第47話 才能の先へ



「はぁ……はぁ……」

「この程度? もう少し粘って欲しいところだけど」

「はぁ……はぁ……まだ……まだいけます……」

「そう。なら、もう少し頑張りなさい」

「はいっ!!」



 第七結界都市、演習場。そこには二人の少女がいた。一人は、ソフィアでもう一人は、エイラである。ソフィアは前々からエイラに魔法を色々と教えてもらっているのだが、最近は特に厳しくなって来ている。周囲の人間も、それを見てやりすぎではないか? と心配するほどだった。しかし、ソフィアが望んだでやっていることなのだ。そのため、エイラも訓練の過酷さに躊躇することはない。



 ソフィアは常々思っていた。自分は置いていかれている……と。彼女には確かな焦燥感があった。今までは学院でも卒なくこなせる優等生という立ち位置だった。彼女もまた、それを良しとしていたし、許容していた。



 ソフィアは自分が特級対魔師の娘で、才能があることは知っていた。しかし彼女は才能があっても、努力というものを怠っていた。シェリーのように死に物狂いでやってやろうという気概がなかったのだ。


 加えて、ソフィアは兄を失い……この世界に激しい憎悪を抱いた……それでも、彼女は本気になれなかった。自分が本気になっても、この世界に抗えるのか? 自分如きが、何かできるのか? 自分よりもはるかに優れている兄でさえ、黄昏に抗うことは叶わなかった。ならば、自分に何ができると言うのか。


 その思考が今まで彼女の歩みを妨げていたのだ。




「ソフィア、あなたは才能があるわ。やっぱりこうして向き合っていると、感じる。特に四大属性の中でも、火属性がいいわね」

「はぁ……はぁ……そうですか?」

「あなた、それぞれの属性の特性は理解している?」

「はぁ……まぁ……一応は……」

「水、氷、火、雷とあるけど、水と氷は物質、火と雷……というか厳密にいうと電気ね。これらは現象。そこらへんはしっかりと分かってる?」

「……すいません、あまり意識してませんでした」

「……まぁ学院でもあまりうるさく言われないからね。特級対魔師の中には感覚派の天才もいるけど、私は根っからの理論派。序列11位のイヴとかは、感覚派の天才ね。そしてソフィア、あなたも私と同じで感覚派じゃないわ。だから理解しなさい。魔法を生み出すために、どのような理論が働いているのかを」

「はいっ!」

「まずは水と氷ね。この二つは物資。物質は主に四つの要素に分類できるわ。液体、固体、気体、プラズマ。プラズマは電離した気体のことだけど、今はいいわ。つまりは、水は液体で氷は固体。物質を魔法で生み出すのに、それほど苦労はない。ただイメージを魔素を通じてこの世界に定着させるだけだから。問題は、火と電気。この二つは何か理解してる?」

「現象……ですよね?」

「そう。火と電気は物質じゃない、現象なのよ。火……厳密に言うと、燃焼ね。燃焼の条件は二つ。酸素と燃料よ。酸素は今存在しているものに加えて、魔素を酸素に変換してその量を増やす。さらには酸化反応を起こして、燃焼と言う状態である光と熱を生み出す。このプロセスを無意識にやっているけれど、しっかりと今まで意識していたかしら?」

「いえ……すいません……なんとなくやっていました」

「なら直しなさい。感覚でやるのも悪いと言わないけど、プロセスをしっかりと理解するのも大事よ。あとは電気ね。電気は原子を生み出し、そこから外部からの刺激……まぁ、熱や光とかね。それらを加える。すると、一部の電子が原子核から飛び出し、自由電子になるわ。そしてその自由電子を別の中性の原子に組み込むことで帯電するんだけど、理解できる?」

「う……ま、まぁ……ギリギリ?」

「……しばらくは電気はいいわ。とりあえず、火属性を伸ばす方向でいきなさい」

「分かりました」



 エイラが言った話は別に学院で習わないわけではない。それに軽視されているわけでもない。だが理論を理解したからと言って、魔法が上達するかと問われればそれは人によるとしか言えない。それでも、エイラはソフィアに感覚でやることを忌避するように言っている。それは彼女の経験から来ている。エイラもまた、昔から才能に溢れていたわけではない。彼女にはおおよそ、他の特級対魔師に比べると才能がない方である。他の女性の特級対魔師に比べて、異常なまでの魔法適性があったわけでもなかった。



 ではなぜ、エイラが『氷結の魔女』と形容されるまでの地位に至ったのか。それこそが、理論、理屈を追求すると言うことだった。彼女は無意識に行なっている魔法のプロセスを全て理論を通じて可視化することにした。なぜこの物質が生まれるのか、なぜこの現象が生じるのか? それを突き詰め、その過程を全て無意識に落とし込めるまで膨大な努力を費やし、彼女は特級対魔師という地位を手に入れた。決して才能がないわけではなかったが、彼女はそれに加えて努力の天才でもあったのだ。




「エイラ先輩は広域干渉系スフィア、使えるんですよね?」

「まぁそれが二つ名になっているしね」

「見せてもらっても?」

「えぇ……めんどくさぁ……」

「お願いします! 先輩!」

「うーん……まぁいいけど。じゃあ、危ないから私の後ろに来なさい」

「分かりました!」

「……ほんと、調子良いわね」



 エイラは目を瞑り、両手を交差するようにして前に突き出す。そしてそれから数十秒後。演習場の中心に巨大な魔法陣が出現し、いきなり輝いたと思いきや……そこには氷の世界が広がっていた。



「すごい……これが……」

凍結領域フロストスフィア。ま、ちょっと時間かかるけどね」



 エイラはそう言って右手を薙いだ。すると、存在していた氷が一気に粒子に還っていく。キラキラと光るそれはあまりにも、幻想的な光景であった。



「これが魔法の頂点なんですね」

「実用性があると問われれば、微妙だけど……発動できれば、それなりに役立つわね」



 魔法の中には、広域干渉系スフィアと呼ばれているものがある。これは半径30メートル以上にも及ぶ干渉範囲をもつ魔法のことである。エイラはその中でも氷に特化した凍結領域フロストスフィアを有している。またこの氷の世界の中では、自由自在に氷を操ることができる。発動に時間はかかるが、発動できればかなりの威力を発揮する。これが魔法の頂点とも言われている、広域干渉系スフィア。特級対魔師に中には使えるものもいるが、エイラのそれはその中でもかなりの練度を有している。これは彼女の才能とも呼べる部分である。



「はぁ……すごいですね〜。私もここまで行けるんでしょうか?」

「努力次第ね。才能はいるけど、ソフィアはそれなりの才能を有していると思うわ。あとはあなたがどれだけ腐らずに努力を重ねることができるのか、ね」

「エイラ先輩も、努力したんですか?」

「私は本当の意味で天才じゃないからね。特級対魔師の中でも、真の天才は数人だけよ。それでも上り詰めることはできる。それは私自身が証明したわ。だから頑張りなさい。あの二人に置いていかれたくないならね」

「ははは……分かりますか……」



 頭をかいて愛想笑いをするソフィア。そう、彼女がどうして今になって本気になったのか。それはあの襲撃の件もあるが、一番はユリアとシェリーの影響が大きい。人間というのは、知らぬ間に他人の影響を受ける生き物である。それは付き合う人間も同様だ。類は友を呼ぶというが、それはある種の真理でもある。



 その人物が能力を最大限に伸ばすには、才能だけでは足りない。努力だけでも足りない。必要なのは、才能、努力、環境。この3つが適切に重なり合った時、人は自分の能力を最大限伸ばすことができるのだ。ソフィアはちょうど、それらが重なり合う重要な時期を迎えている。本人にその意識はないのだが。



「……はっきり言うけれど、ユリアとシェリーは真の天才の部類よ。あの二人は私たちと違って、近接戦闘がメインだけど……あの二人の場合は、理論や理屈で説明できる範囲を超えている。ユリアはこの目で見たし、シェリーはあのベルが天才だと言っていたわ。それでも、あの二人の側に立ちたいの? きっと辛いことになるわよ。二人の才能に潰されたくないなら、諦める道もあるわ。私は何人も見て来た。自分の限界が見えて、潰れていった対魔師を」

「……知ってますよ。あの二人が本物の天才で、私はちょっと才能のある凡人だって。でも、それでも、それは言い訳にはなりません。自分でも限界まで努力して見て、それでダメなら諦めます」

「そこは冷めてるのね」

「ま、根性論だけじゃどうにもならないので。それでも未来のことは誰にも分かりません。それはたとえ、誰であってもです。だから私はこの努力を重ねようと思います。ちょうど今は、ユリアとシェリーもいないですしね」

「……大物ね、あなた」

「にしし。それだけが取り柄ですから!」



 そんなソフィアの努力が花開くのは、そう遠くない話であった。

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