第38話 女装。それは真理であり、世界である。



 ゴスロリの服装をした少女が、食堂に入ってくる。白と黒を基調とした至る所にフリルのある服装。だがしかしそれは、ただ盛ってあるのではない。適切な引き算も考慮された素晴らしいバランスの上に成り立つゴスロリ衣装。


 さらに髪は肩まであるも、綺麗に縦に緩いカールがかかっている。その真っ白で純白の髪はどこまで透き通って見える。顔も少し化粧をしているのか、幼いながらも確かな色香がそこにあった。


 この子は絶対に将来美人になる。そう思わせるほどの美貌がそこにあった。


 でも私はこの子が誰なのか知らない。軍の食堂には偶に軍人の家族がやってくる。だから別に取り立てて騒ぐことでもないのだが……その子はあまりにも綺麗すぎた。だからこぞって、みんなの視線は彼女の元に集まる。その様子を私は遠目から見ていた。



 でも……なんか見覚えがあるような……。



「ねぇ、シェリー。あの子みたことない?」



 ソフィアが近寄ってきて、私に話しかけてくる。そう言われれば……確かに、見たことある気がする。



「そうね……確かに誰かに似ているかも……」

「あ! ユリアじゃない!?」

「二人とも、何話してるの?」



 ソフィアとそう話していると、エイラ先輩が近寄ってくる。ちょうどトレーに食事を置いて移動してきたようだ。



「あ、エイラ先輩。えっと、あの子がユリアに似てるって話してるんです」

「あれ、ユリアよ」

「「は……?」」



 声が重なる。あれが……ユリア? そんなバカな。ありえない。だってあれはどこからどうみても……女性にしか見えないのだから。



 そしてくだんの女性がこちらに近寄ってくる。



「あ、シェリーにソフィア」

「え!? ちょ!? マジにユリアなの!?」

「落ち着きなさい、ソフィア! こんな時は素数を数えるのよッ! 2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31……」



 世界が停止した。


 その声はマジにユリアのものだった。男性にしては高いハスキーな感じの声。でも忘れるわけがない。この声は……ユリアだ。間違いない。ほぼ毎日聞いているのだ。間違いようがない。



 そして何故ユリアが女装しているのか……それは数時間前にさかのぼる。




 ◇



「……よし」



 バッチリ目が覚める。今日は久しぶりの休日。そしてエイラ先輩と街に買い物に行く予定だ。曰く、「買うものが多いから、付き合ってくれない?」とのことだ。もちろん僕は同意した。先輩には常日頃からお世話になっている。これを機に、少しでも恩返しができるのなら僕は嬉しかった。



 そして普段着に着替える。と言っても、服は良いものは持っていないので至って普通のものだ。シャツにズボン。シンプルだけど、まぁ……これしかないのだから仕方ない。いつも着ている軍服なら楽なんだけど、こういう時のために色々とすべきなのかなぁ……。



「……おっと、時間が」



 モタモタしている間に、時刻はすでに集合15分前。


 僕は慌てて外に出ると、集合場所へと向かう。宿舎の前で待ち合わせすればいいのに、先輩が指定したのは街中にある噴水の前だった。どうしてわざわざそんな所を指定したのかは不明だが……きっと僕には思いつかないような、崇高な考えがあるのだろう。



「す、すいません……ギリギリで……」

「いいわよ。私も今来た所だから」

「……」



 見惚れる。そう、先輩の姿は僕の予想しているものとは全く異なった。髪はポニーテールにしているが、少しラフに纏めており、前髪もおでこが透けるような感じにしてある。所謂、シースルーバングというやつだろう。また垂れている髪も縦にいい感じにカールがかかっている。それに顔も少し化粧をしているのか、いつもよりも肌が白いし淡いピンク色も混ざっている。さらに特筆すべきは、着ている服だ。白を基調としたシンプルなワンピース。それが先輩の魅力を何より引き立てていた。



 そ、それに比べてぼ、僕は……。



「せ、先輩……すいません。僕は……僕は……っ!!」

「ちょ、ちょっとどうしたの?」

「先輩がそんなに見た目に気を使っているのに、そんなに可愛いのにっ! 僕は、僕はこんな陳腐な見た目で……自分が不甲斐ないですっ!!」

「え、か、可愛い?」

「そりゃあもう、とんでもないですよ! なのに僕は……っ!!」

「ふ、ふーん。そうなんだ。か、可愛いんだ……」



 髪をくるくると指に巻きつけている先輩。くそ……そんな姿も愛らしいというのに、僕は……僕はッ!!」



「あ……そうだ。いいこと思いついちゃった」

「!? ま、まさか不甲斐ない僕に制裁をッ!? し、しかしそれは……心して受け入れるべきでしょう……」

「ふふふ、ユーリア。おめかし、しーましょ?」



 僕は先輩の後について行った。そこから先……僕に待っていたのは未知の世界だった。



「これが……僕? いや、私?」



 鏡を見ると、そこにいたのは僕ではない。私だった。ユリアちゃんだ。



「ふ、やっぱり素材がいいと思っていたのよ。もともと中性的だしね。透き通った肌に、ほのかに染まる唇。さらに、肩まで伸びている純白の髪の毛っ!! これを活かさない手はないッ!!」

「お客様、よくお似合いですよ〜」



 先輩と店員の人によって僕は、いや私は生まれ変わったのだ。



 僕に合わせたとしか思えない服装のサイズ。ゴスロリの衣装はぴったりとフィットし、さらに黒と白の織り混ざったハイソックスを履き、ロングブーツをその上から重ねる。純白の髪の毛は、保護剤(トリートメント)をつけてから25ミリのコテで綺麗にカールをつけていく。最大限の注意を払って、カールは強くしない。かすかに巻かれている程度。そこからさらに弱めのヘアワックスとオイルを丁寧に絡めていく。ヘアワックスで形を整え、オイルでツヤ感をちょうどよく演出する。さらにスプレーをかけてそれを完全にキープする。


 

 化粧もまた、最低限にする。素材を生かす演出。まずは下地から。ファンデーションを少しずつ重ね、さらに淡いピンクの口紅をスーッと引いていく。眉毛も少しだけカットして、ペンで綺麗な形を描いていく。そして生まれたのが……ユリアちゃんとも形容すべき、僕の新しい姿だった。



 そうだ……僕だってオシャレすれば、先輩の隣に立てるぐらいになれるのだッ!!



 この時の僕は完全に失念していた。自分は男で、普通ならば男らしさを追求すべきなのだと。だが、今はそんなことよりも人生の中で最大のオシャレな自分に感嘆していた。やはり、先輩の言い分は正しいのだ。曰く、「ユリアは素材がいいのだから、きっと綺麗になれるわ。え? 女性もの? そんなのは些事よ。いいこと。美しさとは、性別を超越するのよ」らしい。確かにそう言われれば、そうなのかもしれない。いや、先輩が言うのだ。間違いないッ!



「先輩、ありがとうございます。これなら先輩の隣に自信を持って立てます!」

「ふふふ、そうね! さぁ、行くわよっ!」

「はいっ!」



 そうして僕と先輩は街に繰り出して買い物を続けて、軍の宿舎へと戻って行った。それから一旦荷物を置いて、食堂に向かう。着替えても良かったが、面倒なのでしばらくはこのままでもいいだろう。


 食事を受け取ってトレーに置くと、先輩がちょうどシェリーとソフィアと話していた。



「あ、シェリーにソフィア」

「え!? ちょ!? マジにユリアなの!?」

「落ち着きなさい、ソフィア! こんな時は素数を数えるのよッ! 2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31……」



 訳の分からないことを言っている。僕は僕だ。他の誰でもない、ユリア・カーティスなのだ。だというのに、この反応は何なのだろう? あ、そうか今はオシャレをしているから……きっと驚いているのだろう。



 ふふふ、僕だってやればできるのだ!



「ふぅ……やっぱここのカレーは美味しいなぁ……」

「ちょ!? 平然とカレー食べてるし! ユリアは完全に目覚めたの!?」

「ソフィア落ち着きなさい。こういう時は、美味しい物のことを考えるのよ」

「シェリーも壊れてるし! ユリア、どうしたの本当に!?」

「むぐむぐ……どうしたって、先輩にオシャレの極意を教えてもらったのさ。どう? 僕だってやればできるんだよ!」

「えっと……その、可愛くなりたかったの?」

「え?」

「ユリアって、性自認は男性だよね?」

「? そうだけど……」

「男らしさは……必要じゃなかったの?」

「あ……」



 手からスプーンが零れ落ちる。からん、からんと音を立てて……静寂が訪れる。そうだ……僕は男なのだ。ど、どうして……可愛さを追求することに……ど、どうして!? な、何で気がつかなかったんだ!? そ、そういえば……先輩に色々と言い包められた気が……。可愛さは全てを、性別すら超越するオシャレの究極だとか、何とか……。



「ごめんなさいユリア……どうしても、可愛いあなたを見たかったの……ごめんねっ!」

「せ、先輩いいいいいいいいいいいいいいッ!!」



 僕の黒歴史が、誕生した瞬間であった。



 でもこの女装はこれで最期ではないと……僕は後に知ることになるのだった……。とほほ……。

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