第28話 終焉
「う、うわあああああああああッ!」
「逃げろ、逃げろおおおおおッツ!」
「嫌だ、嫌だ、嫌だッ! 死にたくないッ! 死にたくないッ!!」
すぐに外壁の入り口付近にいる
僕は残っている人を何とか逃げるように誘導して、そしてあの巨大な魔物に1人で立ち向かう。
「すうううううう、はあああああああああ……」
大きく深呼吸。すでにここに生きている人はいない。残っているのは死体と、僕だけだ。残りの雑魚たちはすでに街の中心部に向かっており、まるで一騎打ちを望んでいるみたいだった。
そして戦闘が始まった。
◇
戦闘は苛烈を極めた。
そしてこいつは、尻の方から糸を吐き出すと、それを宙に浮かぶ魔法陣を通じて転移させている。さらにはその糸もまた、普通ではない。鋼鉄のように鋭く、刺さってしまえばひとたまりもない。さらには、脚もまた転移させ僕の死角を狙うようして攻撃してくる。
「……くそッ!!」
思わず声を漏らす。あまりの手数の多さに、僕は手こずっていた。
だが、
「……
僕は魔眼から派生させた、
「キィイイアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「……ぐ、ぐうううううッ!!」
――鮮血。すでに僕の体は自壊を始めていた。
それにここで負けてしまえば、第一結界都市は墜とされる。そうなれば、人類へのダメージは計り知れない。この場所は人類全ての希望そのものなのだ。ここが墜ちれば、他の都市の結界も機能しなくなる。そうなれば、あの地獄が再び繰り返される。
僕は……いや、僕たちは平和ボケしていた。魔族との戦いが落ち着いて、結界都市を築いて、そこに入れば安全だと思った。いつか魔族に対抗する、いつか黄昏を無くして輝かしい光を取り戻す、いつか大地を取り戻す……その未来を漠然と夢見ていた。人類は、150年間そう思い続けてきた。だが魔族は待ってくれる事などなかったのだ。
「うおおおおおおおおおおおおッ!!」
後悔はある。あの時こうしていれば、あの時こうしなければ、そんな想いが錯綜する。でも今は……今だけは、この瞬間に集中しなければならない。
僕は
流石の相手も
相手もまた、転移魔法による攻撃に自信があるのか、さらに攻撃の量が増して行く。そして、迫り来る糸を、脚を避ける。避ける。避ける。避ける。避ける。避け続けるッ!!
止まってしまえば、すぐそこには死が待っている。すでに自身の体から流れている血は気にならなかった。そして音が消え、ほとんどの色が消える。見えているのは真っ赤に燃え上がる、灼けるような赤色だけ。それさえ知覚できれば僕は戦える。
全ての攻撃を躱し、脚を削ぎ、体を削ぐ。再生するも、それを上回る。ただ相手よりも速くなればいい。それだけだ。それだけが僕の全てなのだ。
「キィイ、キイィイイイイイイアアアアアアアッ!!」
再び咆哮。でもそれは威嚇などではない。悲痛な叫びであると僕は直感的に悟っていた。
すでに意識の中に何をこうする……というものはなかった。ただ無意識的に、本能的に、体を動かす。両手に持つナイフを起点にした
完全に、僕はこの空間を支配し始めていた。
「……フッ」
そして肺から空気を一気に吐き出し、
そして再び僕は相手の体を切り裂き続ける。
「キィイイイ、キィイイアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
悶絶する
何も感じない。ただただ、終わらせる。屠る。殺しきる。それが今やるべき事。
そして僕の剣戟はとうとう
僕の腕は呼んでいた。あの結晶の在りかは……ここにあると、叫んでいる。刻印からはどくどくと血液が際限なく溢れ、ナイフを持つ手が滑る。その瞬間、僕はナイフを捨てた。
今、武器はいらない――。この己が四肢全てを起点にして、
「あれだッ……!!」
間違いない。削っている腹の肉に食い込むようにして存在する結晶。だが今回のものは青いものだったが……それでも、あれなのは間違いない。あのクリスタルを破壊できれば、この戦いは終わるッ!!
「キィイイイイ、キィイイイイイイイイイ、キィィィィアアアアアアッ!!」
相手も弱点が発見されたと察したのか、今までよりも尋常ではない速さで攻撃を仕掛けてくる。すでに僕は、360度全て転移の魔法陣に囲まれていた。そしてそれは僕を確実に追尾してくる。
僕があの青い結晶を破壊するのが先か、それとも相手の攻撃が僕に届くのが先か。
すでに互いに死は眼前。片足を突っ込んでいる。だが、怯むな、臆すな、怖気付くな、躊躇うな。死を意識するな……死は今ない。僕はまだ生きている。この体を懸命に動かしている。まだ、まだ僕は……生きているんだッ――!!
「……」
「……」
静寂。今までの喧騒が嘘のように、静まり返る。
そして、永遠とも思われた戦いは終わりを告げた。
僕の
死は迫っていた。だが、死神が選んだのは僕ではなかった。勝利の女神は僕に微笑んだ。
「キ、キィイイイイ……キ……ィイイ……イイイ……」
「……勝った、勝った、僕は勝った……」
疲労感でその場に倒れこむ。一気にどっと疲れがやってくる。もう体は動かない。流れ出る血は暖かいな……そう思った。
人類のために、僕はやるべきことをできたのだろうか?
あの非力で、無能で、無力だった僕は……誰かのために役に立てたのだろうか?
最後のあの一瞬。死の世界にいた僕は、微かにみんなの顔が思い浮かんでいた。あの人たちのためなら……この人類のためになら、僕は成すべきことを成せる。そう思った瞬間、僕は青い結晶を貫いていたのだ。
「あ……あぁ……ぁ……あああ……」
すでに声は枯れていた。体全体から存在が消えていくのを感じる。無茶をし過ぎた。きっと限界を超えたのだろう。右腕は灼けるように熱い。その感覚だけが今の僕を支配していた。
思えばここまで長いようであっという間だった。黄昏に追放され、懸命に生きることに執着し、生きるために技能を身につけ、結界都市に帰ってきた。そして色々な人と出会って、特級対魔師になった。何もない、何もできない無力な人生だと思っていたのに、僕は思いがけない機会を手に入れたのだ。
そう思考に耽っても……今は疲れた。ただただ眠りたい。眠ってしまいたい。この先に死が待っているとしても、すでに理性ではどうしようもなかった。
それにこれが僕の最期の時だとしても、後悔はなかった。何もできない自分がここまで来れたのだ。もう十分だろう。人類のために、無力な僕が何かを成すことができた。もう、思い残すことはない。
この黄昏を切り裂く、一筋の光になれたのなら……それで十分だった。
「……アアッ!! ユリアーッ!」
「……ユリアーッ!!!」
最期にそんな声が、聞こえた気がした――。
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