第26話 閉ざされた希望



「はぁ……はぁ……はぁ……」



 僕は街の中を懸命に駆けていた。現在はナイフではなく、10本の手の指と両足を使って不可視刀剣インヴィジブルブレードを発動し、器用に使い分けながら、魔物を駆逐していた。存在しているのは巨大蜘蛛ヒュージスパイダーだけだが、数が多すぎる。僕は自身の持ち得る最大の火力を持ってその数を減らしているが、次々と増え続ける魔物。都市の外壁を見ると、そこからはさらにわらわらと増援がやってくる。



 くそ……キリがない。これは母体を叩く必要がある。そう、魔物は基本的に集団行動をしてリーダー的な存在の母体というものがいる。だがこの様子を見るに、母体は都市の外にいる。おそらく距離を取っているのは間違いない。黄昏眼トワイライトサイトで確認しても、近くに大きな魔物の気配はしないからだ。



 そして僕は現状を知るためにも、王城に向かっていた。




「……待てよ」



 ふと、声に出して思う。ここには特級対魔師が全員揃っているはずだ。だというのに、彼らがいる気配がない。戦っているのは僕と、それに軍の対魔師だけだ。でも対魔師たちもすでに絶命している人も多い。道端には数多くの人の死体が積まれていた。そして燃え盛る炎に包まれていく。


 それに今回の魔物は特殊な個体なのか、炎の中でも平然と行動をしている。亜種的な存在なのだろうか……? 


 そう考えながら、僕は目の前にいる魔物を切り裂きながら王城へとたどり着く。そこは対魔師たちが何とか前線を維持しており、僕の姿を見るなりホッとした顔をする。



「状況は……!?」

「……中に入ってください。あなたが来たら、通すように言われています」

「分かりましたッ!!」



 よく分からないまま中に入る。すると中には大勢の人がいた。そしてどこかに特級対魔師がいないか探す。そうして見つけたのは……エイラ先輩だった。



「ユリアッ!!」

「エイラ先輩、状況はッ!!?」



 先輩は負傷した人の手当てをしていた。この中にいる人は負傷している人も多く、血の匂いで満ちている。悲しむ声、戸惑う声、怒りの声、いろいろな声がそこには存在した。


 でもどうして、エイラ先輩だけ?



「よし……これで大丈夫なはず。ユリア、状況は最悪よ。とりあえず付いて来なさい」

「了解です」



 そして僕が彼女に着いていった先は……会議室の前だった。ここに何があるというのだろう?



「サイラス、ユリアを連れて来たわ」

「……生きていたのか。それは朗報だ。さて、単刀直入にいうよ。今動ける特級対魔師は君とエイラだけだ」

「……そんなッ!!?」


 声を上げる。それもそのはず。他の特級対魔師の方々はどうしているのか? それにどうして扉越しに会話をしているのか?



「うおおおおおおおおおッ!! なんで開かねぇんだよおおおおおおッ!!」

「ロイ、ちょっと落ち着きなさい。力を消耗するだけよっ!」


 そして中からロイさんとクローディアさんの声が聞こえてきた。


 まさか……そういうことなのか……?



「残念だけど、この部屋からしばらくは出れそうにない。全員この中に閉じ込められている。古代の結界だろうね。解除にはまだ時間がかかりそうだ……」

「……結界ですか。それも特級対魔師がすぐに解除できないほどの……」

「あの会議の後、君とエイラはすぐに出たがその後すぐに……結界が唐突に敷かれた。全員で突破を試みたけど、破壊は現状不可能だ。つまり……この状況を打破できるのは、君達2人だけだ。軍の上層部にもこの混乱にはまだ対応できていないようだから、今最大の戦力として動けるのは君たちしかいない」

「……そんな、そんなことって……」



 錯綜する想い。ダンの件もおかしいと思っていたが、この件はもっと異質だ。特級対魔師を封じ込める結界の存在もそうだが、何よりも全員を閉じ込めるつもりだったその事実に驚く。やはりこの件はおかしい。異質すぎる……。


 何者かの意図を感じずにはいられない。



「ユリアくん、エイラくん……僕たちにはどうすることもできない。すまないが、あとは任せるよ……」



 悲痛な声でそういうサイラスさん。きっと外に出てどうにかしたい気持ちで一杯なのだろう。だというのに何もできない現状で、それも比較的最近、特級対魔師になった2人にしか任せることができない現状。



 だがやるしかない。僕とエイラ先輩が先導して、この状況を打破しないといけないのだ。不安はある、恐れもある。僕たちに人類の命運そのものがかかっているのだ。もちろん、怖い。僕は強くなった。でもそれは万能ではない。全てを凌駕できるほど、圧倒的な強さを身につけたわけではないのだから。



 それでも、僕には確かな想いがあった。あの地獄と化した街をみて、動かないわけにはいかない。僕には特級対魔師として、人類の希望として、動く必要がある。ダンの時のように、迷っていてはいけない。僕は……前に進むと決めたのだから。


 そう考えると、自然と声は出ていた。



「分かりました……最善を尽くします。これ以上は、やらせません」

「……ユリアと行ってくるわ、サイラス。もし出れたらすぐに合流して」

「……わかったよ。こちらも最善を尽くそう」



 そして僕とエイラ先輩は下の階に降りて、現状を話し合う。



「とりあえずは、現状をどうにかしないとね」

「その話ですが、まずはできる限り僕と先輩で削った後に外にいる母体を倒す必要があります。外壁の結界は機能していなく、際限なく魔物が入って来ています。個体名は巨大蜘蛛ヒュージスパイダー。確認したのはそれだけです。ただ数が多い。正直言って、僕の戦闘技能は単体に特化しています。しかし今回のような集団戦になると、どうしても手数が足りません」

「……不幸中の幸いって、こういうこと言うのね。私は逆に集団戦に特化しているの」

「そうなんですか?」

「私の二つ名、知ってる?」

「いえ、存じません」

「私は『氷結の魔女』って呼ばれているのよ」



 そして僕とエイラ先輩は燃え盛る街へと繰り出すのだった。



 ◇



「はあああああッ!!!!」



 僕は不可視刀剣インヴィジブルブレードで魔物を切り裂き続けた。その一方で、先輩は圧倒的だった。氷の魔女の異名は伊達ではない。彼女が放つ氷属性の魔法は、全てを凍結させる。右手と左手を振るうだけで、目の前に氷が縦に一気に走って行き、魔物の生命活動を停止させる。


 現在は他の対魔師の人には人命の救助と、僕たちが漏らした魔物の撃退を依頼している。一方の僕たちは魔物の殲滅を最優先としている。


 だが僕と先輩をもってしても、現状を維持していると言うのが厳しい状況を物語っている。溢れてくる魔物はさらに勢いを増している。それを僕とエイラ先輩が殲滅し、ぎりぎりプラマイゼロと云ったところだ。


 やはり外にいる母体を叩く必要がある。僕は黄昏眼トワイライトサイトで知覚していた。外に続くようにして続いている魔素の流れを。きっとこれを辿れば、母体にたどり着けるのに……くそッ!! もっと増援が、増援がいれば……そう思っていると僕は視界に知っている2人がいるのを確認する。



 あれは……シェリーとソフィアだ。2人は10人ほどの子どもを囲むようにして、巨大蜘蛛ヒュージスパイダーに対処しているが数が多くそろそろ崩壊しかねない。



「……先輩ッ!!」

「わかっているわよッ!!」



 僕はすでに駆け出していた。そして先輩の氷の領域が広がっていくと、一気に魔物の足元を凍らせる。今回は彼女たちが近くにいるので、先輩は魔物の足元だけを凍らせている。そして……一気に距離を詰めて、一閃。


 あっという間にその場にいた魔物全ての体を切り裂いてゆく。



「……シェリー、ソフィア。大丈夫?」

「ユリア……生きていたのね……」

「はぁ……助かったぁ……ちょっと、本気で死を覚悟したよ……」



 2人の後ろを見ると、そこには震えている子どもたちがいた。



 どうしてこんなことになっているんだ……どうして……。そう思うも、答えなどない。今成すべきことは、魔物を殲滅することだけ。だと言うのに、僕はそう考えずにはいられなかった。



 そして、地獄のような戦場はまだ……続くのであった。

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