第25話 過去を切り裂く




 ダンは人類を売った。そしてレベッカとアリアを殺し、さらにはこの第一結界都市を地獄へと陥れている原因の一つでもあるのだ。


 悲鳴と怒号が止むことはない。その光景が目に入ると、胸の中に燃えるような、灼けるような怒りが僕の中で湧いてくる。今までは感じたことのない感情。でもこれがきっと憎しみ、怒りというものなのだろう。温厚に、みんなが仲良くあればいい。そう思っていた。


 でもそれはあまりにも優し過ぎるし、甘過ぎる。現実とは非情なのだ。そして僕がダンをこうしてしまった原因なのかもしれない。そう思うと、なおさら彼をこのままにしておくわけにはいかなかった。



 殺す。こいつは殺さないといけない。それが今の僕の使命だ。死んでいった人のためにも、僕はこの刃を振るうと決めた。



「いいぜぇ、ユリアッ!! その憎悪に満ちた目、お前も分かってるじゃねえええかッ!!」


 依然として異常なまでの興奮状態のせいなのか、ずっと話し続けている。僕はそれに答えない。話をするだけ無駄だし、無駄な体力の消耗は避けたい。そしてこの戦いは自分の全力を出すと決めていた。



 僕の不可視刀剣インヴィジブルブレードの強みは『見えない』ことにある。これは任意に長さを変更できるし、それに起点に限界はない。右手で握っているナイフと、空いている左手、それに両足からも不可視刀剣インヴィジブルブレードを発動できる。


 さらにリーチを変えることができる上に、質量はナイフの分しかない。そのために取り回しは圧倒的。また、指と足から発動する分には重さも感じない。それにナイフでも些細な程度だ。


 この不可視刀剣インヴィジブルブレードの利点を全て活かせば、たとえ強化されたダンであっても圧倒できる。僕はそう確信していた。




「は……あ……?」



 呆然とした声を出すダン。僕の不可視刀剣インヴィジブルブレードの性質を知らない。だから、反応が全くできていない。ナイフを持っているから、そのリーチの短さに油断していた。もちろん、僕はそれを逃すわけもなく彼の左腕を弾き飛ばした。本当は首を取るつもりだったが、流石にヤバイと分かったのかそこは反応してきたようだ。



「ははは、やるじゃねぇかユリア……でも俺はなぁ……こんなこともできるんだよぉおおおおおおッ!!」



 刹那、彼の腕の切断された部分から肉が盛り上がってくるとそれは腕の形を形成し……そのまま定着。今までと変わりなく、ダンの腕は再生した。


 再生する身体。僕はそれを見ると、ふと思い出していた。待てよ……確かここにくる途中で出会った巨大蜘蛛ヒュージスパイダーも同じだった。普通ではありえない再生能力。それを踏まえると、あるんじゃないかと思った。



 ダンにもまた、あの赤いクリスタルのような核が存在しているのではないかと。



「ふうううううううううううう、はああああああああああああああ……」



 深呼吸。ここから先はもう、間を取らない。一気に殺す。それだけだ。



「……」

「くそッ!! なんだこれはッ!!」



 その後、僕はダンを圧倒した。変幻自在に変わるリーチ。それにナイフに着目しても、僕は左手の指と、それに両足からも不可視刀剣インヴィジブルブレードを発動する。僕の見えない剣戟、さらには変幻自在に変化するリーチ。距離感は掴ませない。それに圧倒的な速さ。質量がほぼないため、その剣戟は圧倒的。ダンはスピードの面でも僕についてこれていなかった。


 また全ての攻撃は毎回長さを変更して、対応できないようにしている。以前の長さをフェイントにも使い、次は長く、次は短く、といった風に僕は彼を翻弄しつつ、その身体を刻み続けた。それにナイフは囮だというのに、彼は全く他の攻撃に反応できていない。おそらく左手の指、それに足からの不可視刀剣インヴィジブルブレードには気が付いていないのだろう。一体どこから、あのナイフに何かあるのかと思っているに違いない。



「くそ、くそ、くそ、くそおおおおおッ!!」



 ダンは抵抗を続けるが、僕の不可視刀剣インヴィジブルブレードはダンの体を細切れにしていく。もう躊躇はなかった。いくら叫ぼうが、喚こうが、僕はダンを殺すと決めたのだ。腕を刎ね、足を刎ねる。さらに四肢を削いだところで、さらにそれを細切れにしていく。再生はしているようだが、もう遅い。不可視刀剣インヴィジブルブレードの速さに付いてこれていなく、僕はそのままダンの首を刎ね飛ばした。




「……他愛ないな」



 そしてバラバラになった身体が崩れていき、首だけになったダン。すでに細切れになった身体は崩壊していき、最後には蒸発するようにして消えていった。それでも、首だけになったダンは生きていた。ならばあのクリスタルが頭部に埋まっているのは明白だろう。それにしてもよく吠える。生命力だけは一丁前で、未だに会話ができるみたいだ。だがそれはあまりにも無様な姿だった。


 全く傷もなく五体満足で上から見下ろす僕と、地面に首だけ転がって僕を見上げるダン。対照的なその姿は、圧倒的な立ち位置の違いを示している。僕が上で、君が下だ。これは覆しようのない事実だった。


 僕は完全に見下した冷徹な目で彼を見つめ、刃を突き付ける。首だけになったダンは本当に哀れで、無様だった。



「そんな目で俺を見るなッ!! 見下すんじゃねええええええええッ!! ふざけるなああああッ!!」


 そして、僕は最後に必要な情報だけ聞こうと試みる。


「ダン。最期に……あの人とは誰のこと?」

「言えるわけない……それは言えない……そういう風になっているんだ!!」



 なるほど。この状況でも言えないとは。何か洗脳か、それともその相手に恐怖しているだけか……どっちにしろ何かあるのは間違いなかった。



 さて、もう終わりの時だ。あの過去と決別する時だ。黄昏の世界で必死に生きて、そして帰ってきた僕はずっと戸惑っていた。この力をどう振るうべきなのか……さらには、彼らに対してどうすべきなのか……。



 力はあっても僕は怖かった。また彼らに会うと、弱い自分を思い出すから。でももう……その呪縛はいらない。僕は僕自身を解放しなければならないんだ。これは僕の弱さが導いてしまったんだ。この力に伴った、強い心が必要だったんだ。もう弱い自分は要らない。僕はこの過去と真正面から向き合い、乗り越える必要があるんだ。



 だから自分で決着をつけよう。それがせめてもの、手向けだ。



 そして僕は不可視刀剣インヴィジブルブレードを彼に向ける。



「や……やめろ……ユリア、俺たち……と、友達だろう? た、助けてくれ……見逃してくれ……嫌だ、死にたくない。死にたくない。死にたくない、嫌だ嫌だ嫌だああ!! 俺は……俺は、こんなところで死んでいいわけがないッ!!!! やめてくれええええッ!! な、なんでもする……謝れと言うなら、謝る……なぁユリア、お前は優しいだろう? そうだろう? なあ? お願いだッ! 見逃してくれッ!!」



 流石に自分の死が迫っているのが分かっているのか、そんな戯言をほざく。レベッカとアリアがどんなに痛い思いをして、死んでいったのか分かっているのか? 確かにあの2人のことも嫌いだった。でもあそこまで無残に……生きたまま捕食されるような死に方をするほど僕は憎んでいたわけではない。ダンにもそう思っていたが、彼はすでに一線を超えた。超えてはいけないラインを、平然と超えた。それに、多くの人がまだ悲鳴をあげて助けを求め、そして……死んでいる。



 この地獄を作り出していて、友達? 助けてくれ? 見逃してくれ? 死にたくない? 嫌だ? 謝る?



 ふざけるな。



 そんなことは許されない。君の罪は死んでも償えない。でも、君は死ぬしかない。だから僕は……殺す。その存在を世界から消す。



「やめろおおおおおおおッ!! やめてくれえええッ!! な、なんでもするッ!! だから、だからお願いだユリアッ! 俺を助けてくれッ! 殺さないで……殺さないでくれッ!! な、なぁ? お、お前もあの人に言えばこっち側に来れるさ? だから、な? 俺は生かしておいた方がいい。あの人に話してやるよ。そ、そうすれなもっと強くなれる……なぁ、ユリア? 俺たち友達だろう? なぁ? 親友の言うことは聞くもんだぜ……?」

「……聞くに耐えない……もう死んでくれ」

「やめろ、やめてくれえええええええええええええええええええええッ!!」



 そして僕は残った頭部に不可視刀剣インヴィジブルブレードを突き刺して、脳内にあったクリスタルの感触を確かめるとそれを砕くようにして力を入れる。パキッ、という音が聞こえたと同時にダンの頭部もまた蒸発するようにして消えていった。



 終わった……僕はダンを殺した。



 そこにあったのはただの無だった。罪悪感も高揚感もない。ただただ、やることを成し遂げた。それだけだった。後悔などありはしなかった。



「……さようなら、ダン」



 そう呟いて、僕は燃え盛る街へと繰り出していく。そして最期に何かボソッと聞こえた気がした。


 

 けれどもう、振り返ることはなかった。


 僕は未来まえに進む。

 

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