第23話 終焉の始まり
「では、これで解散。各々自分の担当の都市をしっかりと守るように」
サイラスさんがそう言って、この日は解散になった。あの後は特別なこともなく、ただ淡々と会議は進行して行った。例の赤いクリスタルのことも議題に挙がったが、現状としては要注意……ということで話はまとまった。そして僕は残りの特級対魔師の人ともろくに挨拶をすることもなく、そのまま会議室を後にすることになった。
「それじゃあ、ユリア。またいつか会いましょう。と言っても特級対魔師は都市間の移動が多いからすぐに会えるわよ」
「はい。エイラ先輩には大変お世話になりました」
ニコリと微笑む先輩。新人の僕にここまで優しく接してくれて、本当に頭が上がらない。
さてここでもうお別れだ。本当に名残惜しいけれど……またいつか会えるんだ。それまでに僕もしっかりと役目を果たすことにしよう。
「エイラ、待っていたわよ」
「お母さん? どうしてここに?」
エイラ先輩はどうやら家族の人が待ってくれていたみたいだ。家族、か。僕には縁のない言葉だ。物心ついた頃には、僕は1人でいるのが当たり前だった。そして黄昏での二年間も1人だった。こうして戻ってきて新しい人脈は築いているものの、まだ自分は1人だという認識は拭えていなかった。
邪魔しちゃ悪いし……早く行こう。
「あら? あなたはユリアさんですよね?」
「あ、はい……そうですけど……」
そう思っていたけど、僕に声をかけてくる。ここで邪険にするのも悪いし、挨拶程度はしておこう。
「私はエイラの母で、ライラと申します。以後お見知り置きを」
「これはご丁寧にどうも。ユリアです」
「ふふ……」
「どうしました?」
「いえ、娘が嬉しそうに話しているのなんて久しぶりに見たものですから」
「ちょ!? 見ていたの!?」
「えぇそれはもう。ユリアさん、娘はまだ色々と問題もありますが仲良くしてあげてください。根はいい子ですから」
「もちろんですっ! それにエイラ先輩には大変お世話になっているので!」
「あらあらまぁまぁ……本当にいい人に出会えたのね、エイラ」
「ふん……別にいいでしょう。私の交友関係なんだから、放っておいてよ……」
顔が少し赤くなっているのは、多分……気のせいじゃなかった。先輩も照れたりするんだなぁ……と思いながら、僕はそのやりとりを微笑ましく見つめていた。
そして僕たちはそこで別れたのだった。
◇
付けられている……王城を出た瞬間には、それを感じ取っていた。明確な敵意を込めた視線。でもこれじゃあ本能的に生きている動物と変わりない。黄昏の中では、敵意や殺意をギリギリまで隠していて殺すときにだけそれを剥き出しにするという技術があった。それは危険度が低い魔物でさえしていたことだ。
こんなにも敵意をばらまくようになって、よっぽど感情的になっているのだろう……そして僕は誘い込むようにして路地裏に入り込む。ここならそれほど大きな騒ぎになることもないだろう……もう覚悟は、決まっている。
「……ユリア」
「……ダン。それに、レベッカとアリアも」
3人とも僕をじっと睨んでいる。中でもダンの目つきは一番鋭い。もう次の瞬間には殺しにかかってきていてもおかしくはない。もちろん僕もただやられるわけにはいかない。最悪の場合は武力行使も厭わない。決別の時がやってきたのだ。特級対魔師になったのだ……もう、恐れることはない。それ相応の振る舞いをしなければ……。
「テメェが13人目の特級対魔師? なんの冗談だよ、おい」
「冗談じゃない。さっき、特級対魔師の会議にも出席して正式に13人目として活動することになったよ」
「……そんなことはどうでもいいんだよ。テメェ、何を使った?」
「……使う?」
「とぼけるなッ!! 何か薬でも使ってるんだろうがッ!!!」
「そうよ! じゃないとありえないわッ!」
「ユリアが特級対魔師なんて、ありえないッ! 私たちよりも先に行ってるなんて、ありえないのよッ!!」
ひたすらの罵詈雑言。あぁ……きっと認められないのだろう。自分たちが今まで虐げてきた人間が、死ぬと分かっていて見捨てた人間が、戻ってきたと思ったら特級対魔師になっているなんて……認められないし、認めたくないのだろう。
でも現実は違う。僕は彼らによって黄昏の世界に追放されたが、生き抜いた。そして力を身につけ、特級対魔師に至る。これが他でもない、事実なのだ。
ダン、レベッカ、アリアの3人は才能があり、確かに優秀だった。故に、認められない。だから彼らが次にやることなんて簡単に分かった。
「ユリアアアアアアッ!!」
ダンがブロードソードを引き抜き、さらには身体強化もしてきて僕の方へとかけてくる。レベッカとアリアはサポートで、僕の周囲に氷の壁、さらには逃げられないように結界を張っている。
3人から感じる敵意。堕ちるとこまで、堕ちてしまったか……それなら、もう躊躇うこともないだろう。今まで我慢してきた。彼らもまた、いつか分かってくれると思っていた。でも人間はそんな簡単に変われはしない。僕も強くはなったけど、この性格そのものに大きな変化はない。そしてダンたちも一生このままなのだろう。他人を見下し、悦に浸る。
その下衆な思考、行動が自分に向けられているのだ。もう、迷うことはない。そうだ、もういいだろう。僕も我慢してきた。いつか分かり合える日が来るかもしれない。でも、僕たちは永遠に平行線だ。もう無理なのだ。
前の件があって色々と考えた。でもやっぱり、彼らはそういう人種なのだ。下衆という性質は変えようがない。もう……我慢の限界だった。優しい人間でありたいとずっと思ってきた。それは両親の影響などもあるが、僕は知った。この世界には善人もいれば、悪人もいる。そして黄昏の世界では弱肉強食を知った。
もう関わりたくない、彼らのことは忘れたい。そう思ってここに帰ってきてきてからずっと逃げてきた。逃げて、逃げて、逃げていた。僕は強くなったけど、心は弱いままだった。
でも優柔不断な自分はもう、終わりにしよう。全てに優しくなど出来はしない。この醜い部分もまた、人間の一部なのだ。
以前は見逃したが、今回はダメだ。もう……彼らは手遅れだ。
そして……あの時の怒りがふつふつと湧き上がって来る。黒い感情が僕を包んでいく。そうだ、彼らにはそれ相応の報いがいる。もう迷うことはない、惑うこともない。
ポケットからナイフを引き抜くと、僕は
「ぐ、ぐおおッ!! ユリアアアアッ!!」
3人ともに敵意はある。だが、ダンの敵意は特別だ。嫉妬、羨望、憎悪、様々な感情が混ざり合っている。彼が成したいのは僕を屈服させること。何よりも彼らが言っていたことなのだ。人間社会も弱肉強食なのだと。でも、現状を見るに僕は特級対魔師で彼は一級対魔師。その実力は一見すれば近そうに見える。だが特級対魔師とは人類の希望。人類の象徴でもあるのだ。格が違うのは明白だった。
それに強くなったといっても、ダンの技量は明らかにシェリーよりも劣る。彼は努力なんて才能のないゴミがすることだと言っていた。レベッカとアリアも一緒だ。彼らは才能に恵まれていた。だからずっと強かった。
しかし、能力とは……才能、努力、環境。その3つが適切に絡み合って初めて成立するものだ。確かにダンたちは才能に溢れていたけど、才能だけでは限界がある。それが今の現状だ。人を見下し続け、才能に溺れた人間の末路など……こんなものだ……僕は吐き捨てるように、そう思った。
「……ダン、レベッカ、アリア、もう終わりにしよう」
僕は
はっきり言って弱すぎる。この程度ならどれだけに束になろうとも捌ける。
そして僕はダンの鳩尾を思い切り蹴ると、目の前に尻餅をつかせる。
「ごほっ……ごほっ……テメェ……ユリアッ!! あ……? え……?」
気がついていないのだろう。僕は
「うわあああッ!!!!」
「ダンッ!!!?」
「大丈夫なの!!? ユリア、これは犯罪よッ!!」
どの口が……明らかに正当防衛だろう。3人で寄ってたかって攻撃をしてきた癖に。まぁ過剰防衛にならない程度にやるつもりだが……其れなりに加減をしないといけない。
「ユリア、テメェ……やりやがったなッ!!!? 俺の脚を!! 脚をおおおおッ!!」
きっとまともに傷つくのも初めてで動揺しているのだろう。僕はその光景をただただ冷たい目で見ていた。
無様。この一言に尽きる。
結局、増長し、驕り、他人を見下してきた人間の末路などこんなものだ。そして僕はもう一度ダンの脚に
「あ……あ……ああああ……え……あ……ィイイ……あ……」
「い、いやあああああああッ!!!!!!!」
ダンの声にもならない声。それにアリアの悲鳴。僕はただ事ではないと思って後ろを振り向いた。そしてそこには……。
「……」
魔物に捕食されているレベッカの姿があった。あの時の
あの時の違和感はこういうことだったのか……でも……。
一体いつから……いつからそこに……。
こうして……史上最悪の地獄が幕を開ける。
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