第8話 Leave them alone



 どうもユリアです。


 僕は黄昏から帰還し、そして何故かシェリーを倒すと、一級対魔師になっていました。うん……なんかあっさりと。自分の実力が、あの黄昏の世界で生き抜いてきたことへの自信は少し出てきたものの……僕は、なんとぼっちになってしまいました。



 寮で部屋をもらい、次の日からの生活を楽しみにしていました。ちなみに何故か寮ではシェリーの隣。曰く、部屋がそこしか空いていないとのこと。女子寮の隅っことは言え、少し心苦しい……。でも、明日からは明るい学院生活が始まる……! そう、思っていたけど……。


「ど、どうも。ユリア・カーティスです。第三結界都市から転入してきました。よろしくお願いしますっ!」



 ぺこりと頭を下げた。ここまでは良かった。


「ではみなさん、彼に質問などありますか?」

「はいはーい! しつもーん!」

「ではソフィアさんどうぞ……」



 クラス担任のデリア先生がそう言うと、確かソフィアさん? が僕に質問をしてくる。


「黄昏で二年も生活してたって本当ですかー?」

「……いえ、それは嘘です。僕は少し事情があって、この都市にやってきました」

「シェリーさんに勝ったと言う噂の真偽は?」

「シェリーさんは学院長の娘さんなので、書類の続きの時に偶然会いました。勝ったとか、負けたとか、そう言う勝負はしていません」

「へぇー、やっぱ嘘かぁ……」



 僕は事前に昨日の試合のことは内密にするように言われている。だからこの事も予め考えていて、答えを用意していたのだ。ちなみに一級対魔師のことも言う気は無い。別にバレてしまっても良いが、しばらくは皆んなに馴染むために不必要な距離感を取ることはしたくない。


「……ちッ!」


 ちらっと見ると、偶然にも同じクラスにいるシェリーが舌打ちをして僕の方を忌々しい表情で見てくる。


 ちょ!? そんな顔したら変に思われるだろう!?


 と言いたかったが、何気ない顔でスルー。黄昏で二年も生活してたなんてバレたら、色々と煩わしいからこのままひっそりと卒業まで迎えたいものだ……などと考えていると、再び質問が飛んでくる。



「その答えにくい質問してもいいですか?」

「いいですけど、なんですか? ソフィアさん」



 まさか黄昏のことをさらに追求してくるのか? と構えていると今度の質問は明後日の方向のものだった。



「ユリアくんって、さん? なんですか?」

「ん……どう言うこと?」

「そのトランスジェンダーなのかなって。女子寮に住んでいるって噂だし。これは間違い無いよね? 名前も女の子みたいだし」

「……えーっと、その……こんな見た目ですが……男です……すいません……男子寮には部屋がないとのことで、やむなく……でも隅っこの方なので、ご迷惑とかはかけません!」



 その瞬間、クラスがざわつくのを感じた。



「女子寮の噂は本当だったのね!」

「あんな女の子みたいな見た目して、もしかして肉食系?」

「あの見た目で男? むしろ良い!」

「おい……誰か何かに目覚めたぞ?」



 まぁ無理もない。僕は戻ってきてから髪を切ることはなかった。黄昏の時の想いを戒めとして残しておきたくて、結局そのままだ。今はポニーテールにしてまとめているけど、そんなに女顔かなぁ……でも朝男子トイレに入ったらギョッとされたし……いや、それはきっと髪のせいだな! うん!



「はいはい。静粛に。では、ユリアくんはシェリーさんの後ろの席で」

「分かりました……」



 そう言って僕はシェリーさんの後ろの席に着く。ちょうど窓際の隅っこ。隅っこは僕の定位置なのか、妙に落ち着いた感じがした。


「よろしく、シェリー」

「……よろしく」


 ブスッという彼女を見て、昨日はやりすぎたかなぁ……と思うのであった。



 ◇



 結界都市にある、対魔学院のシステムは普通の学校とは違う。普通の学校はカリキュラムが全て決まっているが、対魔学院は午前は基礎授業。午後からは選択授業になっている。基礎授業は、基本的な対魔師としての知識。そして基礎体力と、基礎魔法や戦闘技術。でもやはり人には向き不向き、得意不得意があるので午後では自分の得意な分野を伸ばすという目的で、選択授業になっているのだ。



 さて、午後からは何の選択授業を受けようか……と考えている間に午前は終わり。昼休みだ。ちなみに休み時間に僕の周りに人が集まるなんてことはなかった。みんな、遠回しにちらっと見てはヒソヒソと話している。



 でもそれも仕方のないことかもしれない。そもそも、結界都市のシステム的に転入はほぼあり得ない。結界都市間を移動する手段はあるも、それは一級対魔師や特級対魔師の随伴が必須となる。しかも移動する理由は、今の結界都市にはほぼないし、年に数回ある交流試合や大会などくらいだ。


 

 しかも、黄昏で二年も生きた、一級対魔師であるシェリーに勝った極秘の特級対魔師である、女の子みたい、女子寮に住んでいる、いや実はトランスジェンダーなのでは? という噂が学院中に飛び交っている。他のクラスだけでなく、学年からも僕を見にきている人もいるみたいだし。



「……あなた、暇?」

「暇だけど……」

「付いてきなさい」

「え…ちょっと!?」



 そう言うシェリーの後を僕は渋々ながら追うのだった。



「はいこれ……ご飯」

「おぉ……おにぎりか! ありがとう! いやぁ……文化的なご飯なんて久しぶりだなぁ……」



 屋上。僕たち二人は屋上にやってきていた。何でも一般開放されていないらしいが、学院長の娘であるシェリーは鍵を持っているそうだ。職権乱用だが、悪用しているわけではないので、セーフ……という理屈らしい。



「シェリーの手作り?」

「そ、そうよ!? 悪い!?」

「いやぁ……人の作ったご飯なんて、二年ぶりだよぉ……はぁ……感謝感謝」

「その……外のこと聞いても良い?」

「もぐもぐ……ん? 良いけど」

「ご飯はどうしていたの?」

「うーん。基本は魔物を食べていたかな。蛇とか、蜘蛛とか、蜂とか、タンパク質の多そうなものを好んでいたかな。後たまに脂肪分の多い、太った虫とかも食べたよ。まぁ基本は現地調達かな? 人間に必要な栄養素は、タンパク質、糖質、脂質だからどれも偏らないように気をつけながら食べてたかなぁ……あ、でも一週間食べないとかもあったよ。水だけで何とか繋いでね。あ、これは極秘事項だけど……実は外では水を保存できる魔法のような木材があってね……それを水筒の変わりにしていたんだ……ふふふ、今度シェリーにも見せてあげるよ。持って帰ってるから……ふふふ」

「……何と言うか、物凄いバイタリティーね。ほぼサバイバルじゃない」

「違うよ」

「え?」

「ほぼじゃない。全てがサバイバルだった。文字通り、生きるためには何でもやった。殺して、奪って、泥水もすすりながら、血反吐を吐きながら、生きていたんだ」

「どうして……どうして、外の世界に?」



 言うのは少しだけ躊躇われた。あの出来事は僕にとってトラウマだ。人間の暗い部分を見てしまった忌まわしい事件。あの3人のことを殺したいほど憎んでいるかと言うと、分からない……というのが現状だ。二年も経っているし、僕は五体満足で戻ってきた。でも、シェリーになら話しても良いと思った。



「学院にはパーティを組んで、安全圏で狩りをするシステムがあるだろう?」

「えぇ……そうね」

「でもある時、リーダーが危険区域まで行ったんだ」

「それってまさか……」

「それで、僕は他の3人を逃がすために囮にされた。戻ってこれないようにご丁寧に結界まで張ってね」

「そんなことって……そんなの、人殺しだわッ!!」

「そうだね。そしてそこから僕の黄昏での生活が始まって、今に至る……かな」

「悔しくないの?」

「うーん……なんだかそう言う考えは失せたよ。あの広くて恐ろしい黄昏の世界を歩くと、全てがどうでも良いことに思える」

「強いのね……」

「まさか。僕は二年前は、五級対魔師。しかも学年では最下位の成績。主に、実戦技術がなくてね」

「え……あれだけの技術があって、最下位?」

「あれは全て黄昏で身につけたものだよ。生きるために身につけた技術だ」

「……文字通り、覚悟が違うわけね。あなたの強さ、ちょっと理解したわ」

「でも強くなりたいからって、黄昏に行こうとか……思ってないよね?」

「ッ……」「図星か。どうせ、明日にでも危険区域にまで行くつもりだったよね?」

「分かるのね……」

「その顔は急いでいる顔だよ。二年前の僕にそっくりだ。だからこそ言わせてもらうけど、今のシェリーじゃ死ぬよ」

「……まだ足りない?」

「足りない。基本的な技術はあるけど、まだ黄昏の魔物、魔族には敵わない。特に、東に行けば行くほど魔物は強くなる。僕は運が良くて、そして偶然力を手にしただけだ。自分からあそこに行くなんて、止めた方がいい」

「そっか……」



 シュン、と落ち込むシェリー。何だか虐めているみたいで少し可哀想だと思った。ここまで強くなりたいと思うからには、何か特別な理由があるのだろう。



「僕が……」

「え?」

「僕が練習相手になってもいいよ。シェリーがいいなら、だけど」

「本当!? 実はね、今日はずっとそれを言おうと思っていたの!」

「お……おう」



 食い気味にずいっとこちらに寄ってくるので驚いてしまう。瞬間、女の子特有のふわっとした香りが鼻腔をくすぐる。



「放課後! 放課後、約束だからね! 絶対よ!」

「う、うん……」

「正直、あなたの実力は特級対魔師と同等かそれ以上……そんな人に稽古をつけてもらえるなんて、私はなんて運がいいのかしら!」

「ちょ、キャラ変わってる」

「いいのいいの! あー、楽しみだわ〜!」

「あははは」



 そして僕たちはしばらくこの場所で、適当に雑談に花を咲かせるのだった。平和な日々も悪くない、そう思った。

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