第6話 第七結界都市
オーガの村を出てから、再び一年が経過した。結界都市から出た時は、オーガの村まで一年かかった。でも戻るのは地図とコンパスもあるし、今の実力を考えてももっと早いと思っていた。だがどうやら、この地図少し今の世界とズレているらしい。古いもので少し心配していたが、予感は的中した。
それでもないよりはマシだった。何よりも明確な指針になる。初めの一年のようにどこかを彷徨い続けているという恐怖感も薄い。相変わらず、僕は死の恐怖に怯えながら進んでいたけどそれでも、足取りは決して重いものではなかった。
そして、僕はちょっと疲れもあってトボトボと歩いていると……何か大きな建物というか巨大な壁のようなものが見えた。
「まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか? あれは……城塞都市」
視界にわずかに入るぼんやりとした景色。だが、間違いようがない……あれは結界都市だッ! 僕は……僕は戻ってきたんだッ!!
「う、うわあああああああああああ。や、やったあああああッ!! ごほっ! ごほっ! う、むせた……」
あまりの喜びに思わずむせる。でも、もう目の前なのだ。僕は……黄昏で2年過ごした。そして……戻ってきたのだ。
ダンたちに見捨てられ、そして結界で戻ってこれないようにされ、不当な扱いを受けて……僕は黄昏の世界に迷い込んだ。ずっと恐怖と隣り合わせだった。強くはなったかもしれない。でも、強くなればなるほど黄昏の世界の異質さに気がついてしまった。存在する、魔物、魔族は途方も無い強さだった。戦った時もあったけど、命辛々、懸命に逃げることもあった。逃げるが勝ち、というがあれは真理だった。そしてそんな日々を2年も繰り返して、僕は二度目の大陸横断を果たして……戻ってきたのだ。
「うわぁ……結界都市だぁ……ううう、ちょっと泣きそう」
そう独り言を言って、大きな都市を見上げていると外にいる見張りの人が近づいてくる。
「おい。今の時間は外にでいている人間はいないはずだ。何者だ?」
「人間だ……人間がいるッ!!!」
「は?」
「おっと失礼……」
人に会うのも2年ぶり。思わずあの時のゴブリンのような物言いになってしまった。そうだ。冷静に話をしよう。
「僕はその……黄昏を2年間彷徨っていまして……今戻ってきました」
「はぁ?」
「ほ、本当ですよ? それに学院にもともと所属していたんです。確認をとって頂ければ……」
「……名前は?」
「ユリア・カーティスと言います」
「ちょっと待ってろ……」
そう言って守衛の人は下がっていく。
うーん。早く中に入りたいけど、確かに不審者そのものだよなぁ……そうして30分ほど経過して連絡がついたようだった。
「第三結界都市のユリア・カーティスだな。と言っても、ここは第七結界都市だからな。少し確認に手間取ってしまった」
「え? 第七?」
「そうだ」
「マジか……」
僕は地図を見て、第三結界都市を目指していたつもりだった。でも第七結界都市にたどり着いてしまったらしい。うーん。ここで引き返すのもなぁ……それに、すぐに戻る理由もない。ここでお世話になろう。
「顔写真を確認したが……髪色と長さが変わっているな。長さはともかく、その色は? 染髪したのか?」
「こ、これはちょっとストレスで……」
そう、今の僕は元々の茶髪から純白の髪へと変質していた。一時的なものだと思ったけど、根元を見てもその白さに変わりはなかった。おそらくストレスだと思う。あの過酷な世界で僕は常に死を意識していた。そのせいだと……思う。それに、髪は2年も経ってすでに胸の下ぐらいまで伸びている。前髪だけは邪魔だったのでナイフで削ぎ落としていたけど、あとはそのままだった。でも、今は別にいいと思っていた。これもまた、僕が生きている証拠なのだから。
「はぁ……まぁいい。では、お前の誕生日、両親の名前、学院での成績などプライベートなことに答えてもらう」
「分かりました」
徹底していると思ったが、確かに不審者に変わりはないので致し方ないと思って僕は答えることにした。
「では入ってよし。まずは学院で学院長と話をしてもらう。復学する気なのだろう?」
「はいッ!!」
そして僕はとうとう、城塞都市に戻ってきたのだった。
◇
第七結界都市の印象はそれほど変わりがないな……ということだった。まぁでも、それもそうだろうと思いながら、僕は周りにいる人をジロジロと見ていた。
あぁ……戻ってきたんだという安堵感が胸を一杯にする。
「ではこちらでシャワーを浴びてください。衣類、持ち物はこちらで検査をします。それと……衣類はこちらで洗濯をしておきます……」
「ありがとうございます」
学院にやってきた。第三結界都市もそうだけど、やっぱり大きい。そして僕はここの先生……確か、デリア先生だったかな?
その人に匂うと言われて、シャワーに案内された。それに荷物の検査というが、実際は検問の時点で終わっている。おそらく、衣類の洗濯をしたいのだろう。う……なんだか、申し訳ないけど……黄昏では水洗いしかできなかったんだよぉ……。
「さっぱりしましたね。こちら衣類です。着ておいてください」
シャワーを終えると、すでに衣類がまとめてあった。おそらく魔法でも使ったのだろう。
「ありがとうございます」
そう言って服を着て、荷物を持ち直すと僕は学院長室に案内された。
「では私はここで」
淡々とそう言って去って言ったデリア先生。なんだかクールな人だったなぁ……と、今はそんなことはいい。中に入らないと。こんこんとドアをノックすると、中から声がした。
「入って構わん」
「失礼します」
ガチャリとドアを開けて入ると、そこには金髪の女性が二人いた。片方は机におり、もう一人は机の前で立っている。おそらく、奥にいるのが学院長で、手前にいるのは制服を着ているし生徒だろう……そう思った。
「エルザ・クレイン。それが私の名前だ。よろしく」
「これは初めまして……ユリア・カーティスと言います」
僕は中に入ってすぐに挨拶をした。でもなんだが、女生徒の方は僕をじっと睨んでいる気がする……いや、絶対に睨んでいる。
「お母様、この人が黄昏で2年間生き残った人ですか?」
「すまない。極秘事項なのだが、娘に聞かれてしまってね。ちなみに名前は……」
「シェリー。シェリー・クレインよ。それにしてもあなた、本当に2年も生きたの? あの黄昏で。嘘じゃないの? なんだか細くて弱そうだし。それになんだか、女の子みたい」
「ははは……辛辣だなぁ……」
シェリー・クレイン。金髪碧眼で、身長は僕よりも少し低いくらい。女性にしては高い方だろう。それに何より美人だ。でもこれはちょっとキツめの美人というか、僕を睨んでいる目のせいでどうにも嫌な印象しかない。
「さて、ユリアくん。君には編入してもらうけど、構わないかい? 第三結界都市に戻れるなら構わないが?」
「……いえ、編入させてください」
特に残してあるものもない。この場所で対魔師を目指していいだろう。
「それでだが、君……お金はあるかい?」
「え、えーっと……」
ない。そんなものは一銭もない。以前は色々と工面して学院への入学金、授業料を払っていたが、今は何もない。
え? もしかしてこれってやばい?
「そこでいい話だ。君が特待生と認められれば、編入金、授業料、さらには寮での生活も
「ほ、本当ですか!!?」
「ただし条件がある」
「そこにいるうちの娘と模擬戦をしてもらいたい」
「……理由は?」
「理由は一つ。君を疑っているからだ。黄昏で2年も生活をした人間など前代未聞だ。それに、2年もあの過酷な世界で生きていたのだろう? 強くないわけがない。それにこちらとしても、君の力を知っておきたい」
「そう、ですか」
「なに余裕って顔ね?」
いきなりそう言ってくるシェリーさんに僕は少し面食らってしまう。
「ははは……シェリーさんってば、辛辣だねぇ……」
「ふん。こんな、ナヨナヨした男に負けるはずないわ」
「実はうちの娘、一級対魔師でね。どうだい、相手に不足はないだろう?」
「一級対魔師!? 今おいくつなんですか?」
「今年四年になったばかりよ」
「四年生で、一級対魔師。すごいですね……」
検問の際に確認したけど、今は新年度が始まったばかりの五月。そして四年生ということは僕と同い年だ。そう考えると、一級対魔師というのは異常だとよく分かる。
対魔師にはランクが存在して、五級→四級→三級→二級→一級→特級対魔師となっている。普通は卒業段階では、三級対魔師がいいところ。優秀な人は卒業段階で二級対魔師になるらしいけど、まさか四年生の段階で一級対魔師になるなんて……シェリーさんは本当に強いのだと理解する。ちなみに、このランクは特級対魔師はある種特別なのだが、学院を卒業して軍属になる際の指針になる。上のランクであればあるほど、上の階級から軍人としてキャリアを進めることができる。
それと同時に思った。今の僕は対魔師としてどれほど強いのだろうか? エドガーさんと戦って以来、対人戦のようなものはしていない。
だから僕は気になっていた。僕は……立派な、父のような対魔師になれるのだろうかと。
「……怖気付いたの?」
「いえやります。やらせてください」
そして僕はシェリーさんと戦うことになった。
でももし負けたら……お金どうしよう……。
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