第2話 黄昏の世界での始まり
僕は未だに森を
すでに結界都市に戻れるという意識はなかった。僕を動かしていたのは、ただ死にたくないという意識だけ。それだけが今の僕の原動力である。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
おそらく黄昏の世界の中でも、僕は人類がこの150年間踏み入る事のない場所にいるのだと思う。すでに方向感覚は失われ、ただ必死に進んでいた。そして進むたびに灼けるような黄昏の色が濃くなって行く。
「う……あぁ……あああ……」
呻き声をあげる。すでに体は悲鳴をあげていて、僕は進むこともできなくなっていた。あぁ……これは死ぬだろう。いや、間違いなく死ぬ……。
「あ……」
僕はただ転んだと思っていた。でも、実際は違った。僕は崖から落ちていたのだ。
ゴロゴロと転がる体に痛みはなかった。ただ……このまま、楽になりたい。そう願ったのを最後に、僕の意識はなくなった。きっと死ぬということは、寝てから目が覚めないのと同じだ。ただただ……意識が希薄になる。
そんなことを僕は思った。
「う……ここは……」
目が覚めると、僕は川辺にいた。どうやら川に落ちて流され、その途中にあった流木に引っかかっていたようだ。冷たい水が僕の体を容赦なく冷やすが、何故かまだ僕は生きていた。
「……」
こんな無様を晒してもまだ生きているのか。そんなことを思いながら、僕は陸に這い上がるようにして進み……そのまま砂利の上で仰向けになる。そして側にあった大きな木々に火を灯す。魔法は、才能によるところが大きい。僕は魔法だけは少しだけ人よりも得意だった。四大属性もうまく使える。
そして最後に力を振り絞って、その火を生み出した。
暖かい火が、僕の冷たい体を癒してくれる。その時、ふと涙ができて来た。
「う……うぅう……うっ……うぅぅうううう……」
嗚咽を漏らす。僕は生きていた。人類が長くは生存できないと言われる黄昏の世界で、生きていた。おそらく一日は経過しただろう。それでも僕は生にしがみ付いていた。まだ、死にたくない。死んでもいいと思った。でも、いざ自分が助かるのかもしれないと思うとその安堵感で涙が出て来た。
どうしてこんなことに。僕はただ、誰かのためになりたかった。偉大な父のように。でも、僕は誰かの捨て駒になりたいわけではなかった。ダンたちに見捨てられるために、対魔師になったわけではない。そう考えると、僕は自分の胸の奥が黒い感情に支配されるのを感じた。でも今は……そんなことを考えている場合ではない。
生きるために、何をすればいい?
「眩しい……」
ふと空を見ると、真っ赤に灼けるような黄昏の光が広がっていた。いつも結界都市の中からみていた景色が、今は目の前に仰々しく広がっている。この世界に朝も昼もない。あるのはただの黄昏と暗闇のみ。日中は黄昏、そして夜は漆黒の闇。それが魔族により支配されている世界の
「火をもっと……火をつけなきゃ……」
結界都市の学院では、黄昏の世界で取り残されることも踏まえてある程度のサバイバル訓練があった。でもそれはただの知識を伝えられるだけで、実践的なものではなかった。それでも、劣等生の僕はなんでも学ぶ必要があると思ってその知識もしっかりと学んで、覚えていた。
そしてそれを踏まえると、まずは火が必要だ。
人間は食料を食べなくても、二週間は大丈夫。それに水も二、三日なら程度なら取らなくてもいい。それに幸い、ここは川の近くで淡水もあるので水のことはいい。問題は魔物に襲われるということ。魔物は火を恐れる。それはきっと本能的なもので、火にはあまり寄ってこない。だから僕は、魔法で火を大きくしていった。
「ごほっ……」
思わず咳き込むと、手には血が滲んでいた。内臓を負傷しているのかもしれない。それとも、何かしらの病原菌に犯されている? 黄昏の世界の知識は僕にはない。いや、人類にはほぼないと言っていい。訓練と称して外に出るも、それは結界都市の近くだけだ。ダンのように、あんな森の奥まで行くのが異常なのだ。
「う……う……うぅぅう……」
そして再び僕の意識は暗転した。
「……」
痛い。体が痛い。その痛みで再び目が覚めた。その痛みを辿ると、右腕に赤黒いヒビのようなものが走っていた。
「これは一体……?」
そう考えるも、僕には到底思いつかない。でももうどうだっていい。ここには医者もいない。誰もいない。もしこれで死ぬことがあれば、それまでだ。
そして僕はある種開き直りをしたおかげで、少しだけ前向きになっていた。幸運なことに、ここの周囲には魔物がいないようでこの川辺は割と平和だった。でも、そろそろ食料を取る必要がある。もう数日、何も食べていない。水は飲んでいるものの、それでも空腹感というのもは否応無しに襲ってくる。
「行かなきゃ……」
フラフラとしながらも、僕はギラついた目つきをしながら前に進んで行った。
「あれは……」
森の中を進んでいると、そこにはホワイトウルフがいた。おそらくこの森全体がホワイトウルフの縄張りになっているのだろう。僕の今の力で倒せるかどうか……そう思うも、この空腹感には抗えない。
僕は小さな木の棒を握ると、それを起点にして魔法を発動する。僕の魔法はただの器用貧乏。そう評されていた。でも実は一つだけ得意な魔法があった。それは幻影魔法だ。幻影は相手を騙す技術。存在しないものを、存在するものとして世界に知覚させるものだ。でもそれは、何の役にも立たない。幻影を生み出したところで、黄昏の世界では無意味。もっと実戦的な技術こそが重要。その考えもあって、僕の評価は学院でも最低だった。
でもなぜか、今の僕ならもっと上手く工夫して使える気がした。生きるか死ぬかの状態だからこそできるのかは分からないが、僕はこの木の棒を一つの剣として世界を騙す。
僕の幻影魔法は、存在しないものを存在するものとして本当に世界に定着させる。普通は幻影魔法はバレてしまえば、終わりだ。その時点で効力は失われる。
しかし、僕が今回使ったのはただの幻影魔法ではない。幻影を生み出して、さらにそれを世界に固定する。
「……よし」
一見すれば、ただの木の棒。でもこの木の棒の延長線上には、鋭い刃が存在している。見えはしない。でも、そこに存在している。そういう風に、造ったのだ。
「……グウウウウウウッ!!!!!」
バッと飛び出した瞬間、5匹のホワイトウルフがこちらを一瞥。それと同時に僕を敵とみなして噛み付こうとしてくる。その速度は流石の魔物で、今までの僕なら怖気付いていたかもしれない。でも今は……こうしないと生きることはできないんだッ!!
そして僕の見えない刀は、ホワイトウルフの首を刎ねた。瞬間、利き腕にあるタトゥーのようなものが赤く発光するが、今はそんなことは気にしていられなかった。
「はああああああッ!!!!!!」
僕はありったけの雄叫びをあげて、自分を奮い立たせる。そして、僕の見えない刀はすべてのホワイトウルフの首を綺麗に刎ねた。
これが始まり。僕が、新しい僕として生きる始まりだった。そして黄昏の世界で長く生活をしていく始まりでもあった。
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