花言葉
長谷川ルイ
第1話 向日葵
頭の上に大きな影ができていた。視界を覆っているのは、私の顔よりも大きな向日葵だった。陽光が黄色い花びらの影から見え隠れする。太陽のように広がる向日葵の花が、私の視界いっぱいに広がっていた。
遠くから私を呼ぶ声がする。向日葵に気を取られていたが、私たちはかくれんぼをしているところだったのを思い出す。隠れる場所を探しているうちに、神社の裏側に出てしまったのだ。高校生にもなってどうしてかくれんぼなのか、今更ながら疑問しか浮かばないが、呼ばれてホイホイと身柄を拘束されるほど、私も子供ではない。他のみんなは捕まってしまったのだろうか。ここからでは神社の戦況は分からない。
「おしりを出した子一等賞」私は小さい頃にテレビでやっていたアニメの歌を思い出した。かくれんぼに一等賞もなにもないし、第一おしりを出していたら一番に見つかる。率先して負けることを奨励しているのか、それとも競争社会に対する挑戦か、多分に大人の事情が絡んだ歌詞なのではないかと想像した。
呼ぶ声がだんだんと近づいている気がした。鬼役の加藤は、クラスでも一二を争うくらいの長身だ。百八十センチ近くあるだろうか。見上げる高さはちょうどこの向日葵と同じくらいだ。枝が擦れる音がする。加藤は野性的勘が働くのか、気配はまっすぐこちらに向かっている。
「こんなところにいたのか」すぐ横で加藤の大きな声がして、私は思わず体を引く。一際大きな向日葵の影から、程よく日焼けした加藤の顔が覗いていた。「お前、かくれんぼのルール知らないのかよ」加藤の主張はもっともだ。かくれんぼのルールというよりも公序良俗に照らして、この場合神社から外に出るのはご法度だということくらい、私にも分かった。
「あんた、霊感強い?」野性的勘というのは語弊がある気がして、私はそう言った。「陸上なんかやめて、占い師にでもなれば」
「なんだよそれ。探すの大変だったんだぞ」
加藤は腰に手を当てて、呆れた声を出す。
「とにかく、もうお前だけだからな。行くぞ」加藤は背を向ける。私はその背中に呼びかける。
「かくれんぼのルール、知らないの?」
教室でいつも見ていた後ろ姿。肘のあたりに浮き立つ筋や、無骨な掌、短く刈り込まれた髪。そのどれもが、夏の太陽の下では違って見えた。
私の声に加藤は振り返る。しばらく考えて、そして口をポンと開けた。
「広瀬、みつけた」人差し指で私を指す。照れることなくそれができるのが加藤のいいところだ。私はどきりとしてしまう。名前で呼んで欲しくて、それも周りに誰もいないところでそうして欲しくて、随分と遠回りをしてしまった。
夏に向かって花を咲かせる向日葵と同じだ。太陽ばかりを追いかけて、ここにいるとアピールをしているのだ。太陽はそれに気づいているのだろうか。
私は加藤の背中を追いかける。油断をすればすぐに葉っぱや花に隠れてしまう。
今はまだ向日葵でもいい。でもいつか、あなたを正面から見つめることができる日がくるといいな。
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