84話 記憶喪失

 俺のストレス発散を終えたら、俺はリングを降りた。

 ……畏怖の視線か……。

 ま、想定はしてたんだけどね。


「透っ!」


 楓がこちらに詰め寄ってきた。


「流石にあれはやりすぎだよ……」


「それは俺も少し思った」


 でも回復させただけまだマシだと思うな。

 俺は野郎に喧嘩を売られたら徹底的にやり返す主義でな。

 本来ならこんなことはしねえよ。

 でも流石に公衆の面前で殺すわけにはいかないからな。

 仕方なくだ。


「それでも……」


「俺はアイツに個人的な感情があったから全力でやっただけだ。それで突っかかってくるんだったら知らん」


「……じゃあもし退学とかになったらどうするの?」


「そりゃあ……また冒険者として活動しようかな……?」


 そう言えばまだオークションとかしてなかったし。


「それは嫌!」


 楓が俺に抱きついてきた。


「……もう透から離れたくないよ……!」


 普段の楓からは考えられないような行動を本人は無自覚で行う。


「……ああ、俺が退学になったとしてもみんな一緒だ」


 ルーナもエルも。

 みんなでどこかへ行こう。


「……うん!」


「それじゃあ一旦戻るか」


「そうだね」


 すっかり普段の雰囲気を取り戻した楓が控室に向かって歩き出す。

 ……やっぱり可愛ゆす!

 俺はみんなに見られないように顔を少し下に向けてニヤニヤしながら自分の控室へと戻って行った。


 俺は控室に戻るとグダッとなっていたミサタを発見した。


「……女の子に負けた女の子に負けた女の子に負けた……」


「怖っ!?」


 呪いの言葉のようにつぶやくその姿を見て、俺は思わず恐怖を感じてしまった。

 ……俺はこんな人に会ったことない!


「……あ、トオル……お疲れ……」


「今のお前ガチで怖いぞ。本当に大丈夫か?」


 俺はミサタの精神状況が不安になってきた。


「あははははははははははははははは!!」


「ぎゃあああっ!!誰かコイツを病院の精神科へと連れて行ってやってくれ!!」


 もうコイツはダメだ!

 本格的に壊れている!!

 あまりの奇行動に俺は自身のキャラまでもがブレてしまう。


 それからすぐにドンドンとこちらに向けて走ってくる足音が聞こえた。

 バタンッ!と扉が開き中から人が入ってきた。


「大丈夫ですか!?師匠!」


「あ、ああ。俺は大丈夫なんだが、ミサタが……壊れた」


「ああ。ミサタならさっきからずっとこの調子なので放っておいてください。よっぽど女子に負けたのが悔しかったんでしょうね」


「そうか……」


 それにしては度が過ぎているような……。

 流石にこれは誰が見ても引く案件だぞ。


「おい起きろ!さもないとここから追い出すぞ!!」


 ライオスが脅迫まがいの言葉をかけ、ミサタの肩を揺さぶる。


「………………………はっ!!」


 ようやく我に返ったようで今までの恐怖感がミサタから消失した。


「あれ?俺はどうしていたんだ……?……うっ!思い出そうとすると頭が少し痛いな……」


 まさかの記憶喪失……。

 どこか頭でも打ったのか?

 まああの威力を勇者でもないミサタが防ぐことができたのはすごいことなんだけどな。

 それが頭を打っての記憶喪失なら仕方ない点もなくはない。


「お前……何も覚えていないのか?」


「うーん……あのSクラスの子に負けたことは覚えてるんだけどなぁ……。そこから全く記憶がない」


 なんだと……!?

 あの呪いのような言葉は無自覚で発していたと言うのか!?

 恐ろしい奴!!


「そうか……。元に戻ってよかったな……!」


「ああ!」


 俺とライオスが呼応しているのを見て、ミサタは頭にはてなを浮かべる。


「俺が記憶のない時に俺が何してた!?」


「「それはミサタの名誉のために伏せておく」」


 俺とライオスの意見が完全に被った。

 いや……あれは絶対本人は知らなくていい話だろう……。

 逆にむしろ聞かせたくない。


「なんだよそれ!?すごい気になるんだけど!!」


「「我慢しろ」」


 俺とライオスはそれぞれの肩に手を置き、そう言う。


「なんだよ……!もういいし!」


 いじけて外に出て行ってしまった。


「はぁ……頼む」


「分かりました。それでは師匠、頑張ってくださいね!」


 そう応援をかけられ、ライオスはミサタを追うために控室を出て行った。


「はぁ……」


 なんかあのセリフが今更ながらに恥ずかしくなってきた……。

 どんぐらいかと言うと顔を手で隠して床に転げ回りたいぐらいだ。

 ……なんかイキリみたいでなんか嫌だ!


「Fブロック決着!長い戦いを制したのは一年Sクラスだ~~!」


 長っ!

 ……いや、俺の戦いが短すぎるだけなんだ。

 5秒だからな5秒。

 まさかの2桁もいっていないっていう高速タイム。


 それにしてもSクラスか……一年のSクラスの戦闘は見ておくべきだったかもな。

 だって次に戦うのがそこになるわけだからな。

 出来れば女の子じゃない方がいいな。

 だって野郎だったら一瞬でボコれるもん!


「それではーー」


 それから約一時間後。

 全ての予選が終わり、本選出場の選手が決まった。


「それでは組み合わせは前から自身のブロックの前後になります!それでは三年Aクラス2と二年Sクラスの生徒はリングへと上がってください!」


 楓は招集がかかったので、リングへと上がる。

 ……うん!見た感じ緊張もそこまでしていないようだし、大丈夫だろう。


「それでは……レディー……ゴー!」


 こうして本戦が始まった。

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