拘束

 

「さて、出かけようか。この道に沿っていけば人族と接触できるからね」


 魔王様は昨日早くおやすみになられたせいか、とても元気だ。


「どれくらいで着きますでしょうか?」


「多分、夕方頃には着くと思うよ」


 魔王様は本当になんでもご存じだな。どこで情報を得ているのだろうか。


 数時間、道を歩いていても特に何もなかった。誰かとすれ違うこともなく、魔物に襲われることもない。ちょっと暇だ。


「道なりに歩いていれば、人族に会うかとも思いましたが、誰にも会いませんね」


「そうだね。この森はエルフ達がいるから、魔物の脅威はあまりないと思うけど、人族にとっては危ないからね。あまり道を使っていないんじゃないかな」


「そういうものですか」


「月一で使うぐらいだと思うよ」


 魔王様にはそういうのが分かるのだろうか。私にはさっぱりわからない。


「なぜ魔王様には分かるのですか?」


「ごめん、期間は適当にいっただけだよ。この道、土が柔らかい割には足跡とか馬車の跡とかほとんどないでしょ。あまり使われていないのかなって思っただけ。本当のところは全然分からないよ」


 魔王様はたまにお茶目だ。いや、もしかすると暇そうにしている私を和ませるための演技か。成功です、魔王様。私は和みました。


「魔王様の作戦は成功しましたよ」


「ごめん、何の作戦かな?」


 その後、道にそって数時間歩くと、夕方頃に村に着いた。魔王様を疑っていたわけではないが、ここまで正確だとちょっと怖いぐらいだ。


 さて、村に入る前に状況確認だ。


 人族と友好的な関係を結ぶという目的は忘れていない。イラッとしても殴らないように気を付けよう。


 申し訳程度の門をくぐり村に入った。


 人の気配はするのに村の外には誰も居ない。


 振り向きざまに「魔王様、なんだか寂しいところですね」と話しかけたら、魔王様は居なかった。どこに行かれたのだろうか。


「おい、お前」


 魔王様ではない声がした。振り向くと人族らしい男が五人立っていた。剣とか斧とかそれぞれ武装しているようだ。


 やる気か、コラ、と思ったが、優先しなければいけないのは人族と友好的な関係を結ぶことだ。殴っちゃだめだ。手を上げて無防備をアピールする。安心しろ、殴らないぞ。


「ふん、ただの旅人のようだが、間の悪いやつだな。おい、こいつを縛って女どもの小屋に入れておけ」


 ちょっと待ってほしい。これも殴っては駄目なのか。魔王様がいないから聞けない。セクハラだし、縛られて喜ぶという特殊な趣味はない。初対面なのにいきなり縛るなんて人族やばい。もしかして、魔王様は危ないやつらがいるのに気づいて逃げたのか。私にも言ってほしかった。


 縛られたまま、小屋に入れられた。このまま一晩過ごすのだろうか。縛られたままじゃ、日記が書けない。


 仕方ない。小屋まで連れてきた男にお願いしてみよう。


「日記を書くからロープをほどいてくれ」


「何も持っていないのに面白いこと言う姉ちゃんだな。だが、そりゃ駄目だ。それに、もう日記を書く必要もなくなるから安心しな」


 そう言うと笑いながら小屋を出て行った。


 うん、いつか殴ろう。


 さて、この場に魔王様はいらっしゃらないが、村の近くにはいらっしゃるだろう。魔王様が人族にどうこうされることはないだろうし、心配はしなくてもいいかな。むしろ私が暴れないか心配だ。


 それにしても、なぜロープで縛られたのだろう。悪いことはしていないはずだ。魔族だけど。


 少なくとも人族に対して敵対行動はとっていないからセーフなはずだ。まだ友好関係を結べるはずだ。何も失敗はしていない。


 小屋に入れたということは、ここで寝ていいと思う。ワラもあるし、ここで寝てしまおう。天井がある場所で寝れるのは久しぶりだ。


 疲れたから、今日は早く寝る。夕飯はリンゴだけだが仕方がない。その分、明日食べる。


 しかし、このロープ、耐久力が低すぎではないだろうか。思った通り、軽く力を入れたらすぐに引きちぎれた。弁償しろとか言われたらどうしよう……自然に切れたと言えばいいか。


 リンゴを食べながら日記を書こう。ちょっと行儀が悪いけど、まあいいや。




 日記が書き終わった。人族がやばいことをしっかり書いた。


 寝ようとは思うのだが、気になることがある。


 同じ部屋というか、同じ小屋にいるこの女達は何なのだろうか? もしかして一緒に寝るのか?


 ロープで縛られている上に、さるぐつわまでされている。もがもが、とうるさいんだが。


 ロープを引きちぎったり、亜空間から日記とかリンゴを取り出したりしたときに、ビクっとなるし。それに対して私もビクッとしてしまった。私を驚かせるとか人族は本当にやばい。


 いま思い出したが、昔、本で読んだことがある。人族には変な祭りや風習があると。もしかしてそれなのだろうか。


 となると、ロープを引きちぎったのは早まったか。もしかしたら歓迎の意味があったのかもしれない。いや、このロープは自然に切れたんだ。私のせいじゃない。


 ……どうでもいいか。人族の風習なんて知らん。どう考えても私は悪くない。


 だが、一応、礼儀は必要かな。私は人族に対しても礼儀正しいのだ。


「おやすみなさい」


 もがもが、としか聞こえないが、同じように「おやすみなさい」と返しているのだろう。お前らも早く寝ろよ。

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