エルフ
さて、今日も頑張ろう。
まずは、人族かエルフ族に接触する必要がある。この森にいるらしいが、こちらに来てから誰にも会っていない。本当にこの森にいるのだろうか。
いや、魔王様を疑ってはいけない。これは試されているのだ。
ちょっと思いついたので魔王様に聞いてみよう。
「私の探索魔法を使えば、人族かエルフ族かはわかりませんが生体反応は分かると思います。試してみても良いでしょうか」
「え? そんなことが出来るの? 出来るならやってほしいけど」
魔王様は驚いているようだが、それは、驚いている振り、だろう。私が言い出すのを待っていたに違いない。
「では、少々お待ちください」
とりあえず、半径一キロぐらいで探索魔法を使った。近くには誰もいないようなので、少しずつ範囲を広げていくと、ここから東に五キロぐらいのところに三人いるようだ。人族かエルフ族かは分からない。そのどちらでもない可能性もあるが。
「魔王様、東に五キロほど行ったところに反応があります。行ってみますか?」
「よし、行こう」
反応があったところに着いたが、誰も居なかった。しかし足跡はある。ここで何かしていたのだろう。
「誰か居たみたいだね。足跡からすると靴を履いているようだから、魔物とかではなさそうだね」
ゴブリンとかオークは靴を履かないから足が汚い。魔界のダンジョンでは靴を履かせているけどあいつらには評判悪い。なにかポリシーがあるのだろうか。
さて、誰かは知らないが、ここで何をしていたのだろう。辺りを見渡しても何も無いように思えるが。
「あれを取っていたのかな?」
魔王様が上を指さした。指した先を見ると、木に赤い実がぶら下がっている。
「魔王様、あれはなんでしょう?」
私は見たことがない。なんとなく良い香りがするけど。
「あれはリンゴだね。果物の一種だよ」
「初めて見る果物です」
魔界では柿ぐらいしか食べたことがない。とても渋いが、味があるだけマシな部類だと思う。
「食べてみても良いですか?」
「うん。僕はいいから、食べてみたら」
魔王様の許可がでたので、もぎ取ったリンゴを食べた。
うまい。なんだこれ。こんなものがあるなんて。戦争仕掛けるぞ、コラ。
「魔王様、木ごと魔界に持って帰りましょう」
「いや、魔界じゃ育たないよ」
生まれて初めて絶望した。そんなのってない。せめて沢山持って帰ろう。空間魔法で亜空間にリンゴを収納しておけばいつでも食べられるし。
人界に来た甲斐があった。毎日一個ずつ大事に食べよう。
「すごく喜んでいるところ悪いんだけど、もう一度探索してもらっていいかな」
おっといけない。リンゴを食べて我を忘れてしまった。
改めて探索魔法を使うと、ここから北東に一キロぐらいのところにまた反応があった。多分、最初に見つけた三人だと思う。
魔王様に説明して、その場に向かった。
「何者だ」
その場所へ行くと、いきなり弓で狙われた。いつでも撃てるぞ、という感じだ。ちょっと声をかけただけなのに。
「私は魔族のフェル。隣に――」
「魔族だと? ここ数十年見たことがなかったが、魔族が何の用だ」
魔王様を紹介しようとする前に向こうから別の質問をされた。不敬だぞ。
魔王様は気にしていないようで、人族の集落について聞いてくれと言われた。
なるほど。魔王様が直接聞いたら相手は委縮するかもしれない。お優しいな、魔王様は。
「この辺に人族の集落はないだろうか。そこへ行きたいのだが」
三人のエルフは、小声でぼそぼそと相談しているようだ。なんだろう。相談するようなことなのだろうか。
「まず、人族の集落に行くのはなぜだ。滅ぼすつもりか?」
あの嫌な奴と協定を結んでいるからそんなことはしない。そんなことをしたら、魔界が危ない。
「魔族は身を守る以外で誰かを襲うことはない。そういう協定を結んでいる。どちらかというと友好的な関係を結びにいくつもりだ」
また、ぼそぼそと相談し始めた。なんだよ、もう。
「それを素直に信じるわけにはいかないが、人族がどうなろうとも我々は関知しない」
じゃあ、なんで聞いたんだよ、と思ったが突っ込まない。なんとなく空気を読んだ。
「人族の村ならここから東にある。東に向かえば、馬車が通れるぐらいの道に出るはずだ。その道に沿って東へ行けば村に着くはずだ」
おお、いいことを聞いた。これで人族に接触できる。
エルフは偉そうにしているが話は通じるな。ここは世界樹のことも聞いてみよう。
「もう一つ。世界樹の場所を知らないだろうか。知っていたら教えてほしい」
「世界樹の場所を聞いてどうするつもりだ?」
エルフ達は改めて弓を構えた。変なこと言ったら矢で射られそうだ。ただ、魔王様には、ちょっと用がある、としか聞いていない。何か適当に言って聞いてみよう。
「観光だ」
「観光? ……どんな理由があっても、他種族に世界樹の場所を教えるつもりはない」
なんか疲れる。それなら最初から教えないと言ってほしい。
魔王様をちらりと見ると「世界樹のほうはいいよ」と言われた。よし、ミッションコンプリートだ。
「そうか、残念だが仕方がない。人族の村を教えてくれて助かった。ありがとう」
私は礼を言える魔族。魔王様のためなら土下座だって厭わない。
「魔族に礼を言われるとはな。長生きはするものだ……ところで話は変わるが、四、五人連れの人族を見なかったか?」
「人界に来てから人族にはいまだに会えていない。会いたいから、集落の場所を聞いたのだが」
「そうか。アイツらは森の恵みを盗んだ。我々はそれを追っているのだ」
「森の恵みとはなんだ?」
「リンゴだ」
「ああ、あのうまい果物か。人界はあんなうまいものがあるなんてズルいな」
なんだろう。エルフ達から殺気が漂ってきた。
「……そのリンゴはどこで食べたものだ?」
「お前たちが数十分前にいたところのリンゴだ」
足元に矢を射かけられた。危ない。当たったら痛いだろうが。
「なにをする」
「いや、お前が何をしている! エルフの森の物を勝手にとるな!」
あそこってエルフの森なのか? というかこの辺一帯がエルフの森なのか? 看板とか柵でも立てておけよ。
「盗もうと思って取ったわけではない。知らなかったんだ」
「盗人はみんなそう言う……だが、もうどうでもいい。エルフの森で問題を起こした奴はエルフの法で裁いて良いことになっている。死刑だ」
なんてひどい種族だ。魔族だって裁判ぐらいするのに。
矢を射かけられた。頭に直撃コースだ。躱したら、後ろの魔王様に当たって「いたっ」と痛がっていた。
何してんだ、コラ。私が躱したから魔王様に当たったのではなく、矢を射かけたから魔王様に当たったんだ。私は悪くない。
エルフは不思議そうにしていたが、魔王様は頑丈なのだ。矢が当たったぐらいでどうにかなるものではない。恐れるがいい。
魔王様にエルフ達を殴っていいか聞いてみたら意外な答えが返ってきた。
「逃げるよ」
魔王様が本気出せば一瞬で倒せるはずだ。あいつらはエルフ族で、人族じゃないから、協定違反にはならないと思うんですが。
と、考えていたら、ものすごい速さで遠ざかっていった。魔王様、速い。
仕方ないので私も逃げた。「覚えてろ」とか捨て台詞を言いたかったが、ちょっと小物っぽい気もするのでやめた。
何本か矢が飛んできたけど、躱すとまた魔王様に当たるかもしれないので、全部キャッチしてから捨てた。全部急所を狙ってくるから捕まえやすいのが幸いかな。
とりあえず、エルフ達を撒けたようだ。リンゴも無事だ。良かった。
「魔王様、エルフ達に反撃しなくてもよかったのですか?」
「死刑は困るけど、エルフのものを盗んだのは間違いないからね。それで手を出したら、エルフ達に魔族は悪い奴というイメージがついてしまうよ」
「でもリンゴを盗みましたよね? すでに魔族のイメージが悪くなっていると思いますが?」
「ほとぼりが冷めたら謝罪しようね」
あいつら百年単位で怒りますよね? ほとぼりっていつ頃冷めるのだろうか。
今日は疲れたので、ここで野営をすることになった。明日のためにも早く日記を書いて寝よう。
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