他愛のない話

 

「へぇ、そんなことがあったのね」


 アールを叩きのめした翌日、魔界で色々な対応を済ませてから人界へ戻ってきた。


 今はセラと一緒に夕食を食べている。事情があるとはいえ、約束を延期してしまったから今日は私の奢りだ。


 食事しながら魔界であったことをセラに説明した。それなりに興味があるようで、食事をしながらも色々と質問してきた。


「それで、その魔王はもう大丈夫なの?」


「どうやら人界侵攻は止めたらしいな。それに先代魔王を治しておいたから、今は先代魔王から魔王としての心構えを勉強している最中だろう」


 医務室で昏睡状態だった先代魔王に治癒魔法を使った。魔眼で状況を確認し、的確な治癒魔法を使えばある程度は何でも治せる。毒とか疫病とかは無理だけど。今度リエルから貰った医学書を改めて読まないとだめだな。


「ふうん? その治してあげた先代魔王には魔神として会ったの?」


「なんでそんなことを聞くんだ? まあいいけど、セラの言う通り魔神として会ったぞ。目を覚まして話をしたら、いきなりベッドから降りて跪くから、こっちが慌ててしまった」


「それは見てみたかったわ。フェルが慌てるなんてあまりないものね」


「趣味悪いぞ。嫌な奴に思われるから改善した方がいい」


「大丈夫よ。こんなことを言うのはフェルだけだし」


「もっと悪いだろうが」


 そう言って二人で笑った。今更ながらに随分とくだけた間柄になったものだ。


 セラは半年くらいふらっとどこかに行く。そして色々と土産を持って帰ってくる。それを三百年くらいずっと繰り返している。


 どこで何をしているのかは知らない。冒険者的な仕事をしているとだけは聞いたが、詳細はあまり聞かなかった。興味がないと言う訳じゃないが、無理して聞きたいわけでもない。プライベートは大事だからな。


「でも、フェルは魔王をやらないの? 魔族はフェルの言う事なら何でも聞くでしょ? フェルが魔王をやって魔族を導いてあげればいいのに。なんでしないのか、いつも不思議に思っているのよね」


「前に言わなかったか? 私はシステムによってえらばれた魔王だ。しかもイブに因子を埋め込まれて無理やり魔王にされた。そんな奴が魔王を名乗るなんて恥ずかしくてできないだろ? ちゃんとした奴が魔王をやるべきだ」


「フェルほどちゃんとしている魔族もいないと思うけど。でも、何となく分かるわ。私もシステムに選ばれた勇者に過ぎない。勇者としてフェルと敵対したくないし、自分で勇者って名乗るのも恥ずかしいわ」


 おお、気持ちを分かってくれると言うのは嬉しいものだな。


 スライムちゃん達に似たような事を言ったら「魔神を名乗っていて何を言ってるんですか?」とか言われた。真顔で。いや、それも恥ずかしいんだけど、あの頃のみんなが付けてくれた二つ名だからな。ちょっとだけ大事にしてる。


「でもね、フェルは王としてもやっていけると思うの。貴方がいれば、魔族が魔界で生きることに不満を覚えたりしない、私はそんな風に思うのだけど?」


 食事を奢っているからだろうか。セラは私をヨイショしている。何が狙いだ?


 それはともかく、私が王か。そう言ってくれるのは嬉しいが、それは駄目だ。


「私が優先するべきは魔王様だ。残念ながら魔族達は二の次。そんな考えを持っている奴が王になったら駄目だろ? それに私は不老不死だ。私が魔王として永遠に君臨するというのは、なんとなく魔族の可能性を奪うような気がする」


 私に従っていれば何も考えなくていい、そんな状況になりそうな気がする。魔王に疑問を持たず、ただ言われた通りに生きる。それは間違っていると思う。


 今回、アールの人界侵攻に関しては疑問に思っている魔族も多かった。残念ながらそれを諫めるほどの進言はなかったようだし、力で抵抗することもできなかったのだろう。でも、そういう意見を持っていたということは嬉しい。


 単に魔王の命令を聞くだけの魔族じゃなく、自分で考えて行動できる魔族じゃないとな。私が魔王をやっていたらそうならなかった可能性が高い。


 うん、やっぱり私は魔王をやるべきじゃないな。


「可能性を奪う、か。フェルは色々と考えているのね。でも、それを聞いたらやっぱりフェルは魔王であるべきだと思うけど」


「さっきから随分と私を持ち上げるな? もしかしてまだ奢って欲しいものがあるのか? 追加を頼むなら自分の金で食べろよ?」


「国家予算並みのお金を持ってるのにケチね。でも、そうじゃないわよ、本当にそう思っているだけ。私なんかは本当に平凡。そんな種族全体の事を考えるなんて無理よ。よくて家族単位――」


 セラはそこまで言いかけて、少しだけ悲しそうな顔をした。


 家族か。セラには婚約者がいたようだが、両親はどうだったのだろう。話を聞いたことはないが、いたんだろうな。ここは踏み込んでみるか?


 聞こうとしたら、セラが首を横に振った。


「――家族単位くらいしか考えられないわね。いえ、それすら無理かも」


 セラは無理やり笑顔を作って話を続けた。よし、聞いてみるか。


「あー、その家族のことだが、セラの両親の事を聞いても大丈夫か?」


 セラは不思議そうな顔をして私を見つめた。


「私の両親? 何でまた?」


「いや、家族と言った時に悲しそうな顔をしたから何かあるのかと思ってな。嫌ならいいんだ。無理に聞くつもりはない」


「いいのよ、別に。そう言う意味じゃなかったし。でも、話せることはあまりないわね。平々凡々な両親だったわよ。でも、私が十二、三の頃に亡くなったわ。その、当時はね、ほら、色々あったから」


 色々あった? あ、しまった。そういうことか。


「その、すまん。当時は魔族が人界へ攻め込んでいたな。その犠牲になったか」


「フェルのせいじゃないでしょ。それをフェルに謝られても困るわ。大体、フェルは魔族の侵攻を止めるように色々してくれたじゃない。感謝してるくらいよ」


「そう言って貰えると助かるが、同じ魔族がやったことだからな。すまない」


 忘れていたけど、魔族と人族は殺し合いをしていたんだ。その頃のことを知っている人族がいなくなってうっかりしていた。


「相変わらず真面目ね。じゃあ、アイスクリーム頼んでいい? チョコをトッピングで」


「……せめてバナナのトッピングにしろ。誰かの誕生日じゃあるまいし、チョコなんて贅沢すぎる」


「……ケチね。まあいいわ。じゃあ、二つ頼みましょ」


「当たり前だ。お前だけ食ったら暴れるぞ」


 そんなわけでアイスクリームのバナナ乗せを二人前頼んだ。


 ウェイトレスがそれを羨ましそうに見つめながら持って来た。私も昔、ウェイトレスをしてた時はあんな感じだったのだろうか。ちょっとだけ恥ずかしくなってきた。


「ひんやりと甘くておいしいわね……!」


「テーブルの下で足をバタつかせるな。なんでセラは甘いものを食べるとそうなるんだ?」


「女の子はみんなそうよ?」


「女の子って歳じゃ――いや、何でもない。謝るから、聖剣を出すな。アイスが不味くなるだろうが」


 そのアイスを半分くらい食べ終わってから、セラが何かを思い出したような顔をした。


「そういえば、さっき、魔王君のことが最優先で、魔族のみんなは二の次とか言ってたわよね?」


「ああ。状況にもよるが、概ねその通りだ。それがどうした?」


「じゃあ、私と魔王君ならどっちが優先?」


「魔王様」


 一秒未満で返答した。やや食い気味だったと言ってもいいくらいだ。


「……ちょっとは考えなさいよ」


「拗ねんな。大体、考えるまでもないだろうが。それに、そういう質問は恋人同士がするものだろ。仕事と私、どっちが大事なのって。そんな話を聞いたことがあるぞ。しかも男が嫌がる質問のベスト五に入るらしい」


「まあ、良くある話ね。私はあの人にそんな事を言ったことはないけど。でも、ちょっとくらい迷ってくれても良かったんじゃない? 私は魔王君よりフェルと一緒にいると思うんだけど?」


「あのな。なら、質問を返すが、お前のいうあの人と私なら、セラはどっちを優先するんだ?」


 セラは驚いたような顔をしてから、ニヤリと笑った。


「もちろんフェルよ。決まってるじゃない」


「何が決まっているのかは知らないが、あまり嬉しくはないな。ちなみに私はこのアイスとセラでも、アイスを優先する」


「ひどくない!? 私だってチョコアイスだったら、フェルよりも優先するわよ!」


「それってお前の言うあの人も、チョコアイスに負けてるってことだぞ?」


 そんなどうでもいい話を夜遅くまで続けた。


 こんな他愛のない話でもセラは楽しいのだろう。いや、他愛のない話だから楽しいのかな。私も楽しい。気兼ねなく話せる相手なんて今はセラ、それにアビスやスライムちゃん達だけだ。


 セラとは友達じゃなくて親友と言える間柄なんだろうな。まあ、改めてそんなことを言ったりはしないけど。


 さて、こうなるとセラの話は止まらないな。徹夜覚悟で付き合うか。

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