フィクションとノンフィクション
セラが旅に出た数か月後、商業都市リーンへやってきた。
ようやく完成した「恋愛魔導戦記」を本にしてもらうためだ。自己満足で書いただけで面白いかどうかは分からない。でも、初代魔女ヴァイアのことをしっかりと書いた内容だ。
最初は「真実の愛」に対抗して書こうと思った小説だが、ヴァイアが不当な扱いをされているのを聞いて、それを払しょくするために書くことにした。
ヴァイアがいかにすごい奴だったかを書いた力作だ。恋愛方面に力を入れているのは、それが売れ筋だからだ。「女性は恋バナが大好きです」。そういうアビスのアドバイスだ。信じよう。
町を歩き、本屋へと向かう。
歩きながら街並みを眺めた。この都市へは何度も来ているが、来るたびに大きくなっている気がする。
婆さんがやっていたエリファ雑貨店のおかげだろう。エルフの森で栽培される食材は迷宮都市以外だとここだけでしか買えないからな。特に買う物はないが、帰りに寄ってみるか。
それにクロウの子孫がしっかりとこの都市を治めているらしい。ちょっとだけ術式の研究が大好きだったが領主としては優秀だったからな。それがちゃんと受け継がれているのだろう。
昔の事を色々と思い出しながら歩いていたら、すぐに本屋へ着いてしまった。ここはあの頃のまま変わらないな。
「たのもー」
本屋へ入ると、独特の香りが充満していた。結構好きな香りだ。
カウンターの近くでワンコが伏せをしていた。いや、狼か。
狼は頭を前足に乗せるようにしていたが、私に気付くと、伏せをしたまま顔だけ上げた。そして本屋の奥のほうへ向かって「ワン」と一度吠える。その後は仕事が終わったのかのように、最初のポーズに戻って目を閉じてしまった。
奥の方から誰かが来るような気配がする。
「はいはーい、いらっしゃーい。好きな本があったら十冊でも二十冊でも買ってってねー」
奥から来たのはジェイだ。どうやらまだ生きてるようだな。
「ジェイ、元気か?」
「なんだ、フェルじゃん。客かと思って期待しちゃったよ」
「いや、客だろうが」
ジェイは相変わらずだ。だが、元気そうな姿を見ると嬉しいものだな。
「なになに? そんなにジロジロ見て? もしかして貞操の危機? ……あ、止めて! グローブは付けないで! 殴られたら耐えられない!」
「相変わらずだな。まあ、元気そうで何よりだが」
「それがジェイちゃんのいいところだからね! んで、どうしたの? 客ってことは本を買いに来たの?」
「そうじゃない。たしかジェイは以前、本の製本に関してやり方を知っているとか言っていただろう? 小説を書いたから本にしてもらいたいんだ」
ジェイは何度も瞬きをしてから「あー!」と叫んだ!
「そういえば、フェルはそんな事言ってたね! あれ、でもそれって百年くらい前じゃ……? え、今頃?」
「色々忙しかったんだよ。なかなか時間が取れなくてな。ようやく書き終わって、原稿に穴が開くほど推敲もした。だからお願いしたいのだが……もちろん金は払う。どうだ? やってくれるか?」
「当然でしょ。こんな面白いことに首を突っ込まないでどうするの! そろそろ私の体も限界が近いけど、最後にこんなことができるなんて超嬉しい!」
そうか、元気そうだけど、体の限界が近いのか。こんな奴でもいなくなると思うと寂しくなるな。
確かレオは既に体が耐えられなくなったはずだ。それに魔石も砕けてしまったとか。
「もう少し早く完成していれば、レオにも頼れたんだけどな」
「それって私だけじゃ頼りにならないとか言ってる?」
「そういうわけじゃ――いや、そうだな」
「言い直さないでくれない? 超ショック。でも、大丈夫だってば。知り合いに本の製本ができる人がいるんだ。その人に頼むだけだから」
どうやら昔から懇意にしている人、というか家族がいるらしい。でも、ジェイが懇意にしている家族? それって……?
「ジェイ、その家族って……」
「あ、分かっちゃった? うん、ダズマの血筋だよ――あー、大丈夫。本人達はトランの王族の血を引いている事を知らないし、そもそもダズマの時に継承権を破棄してるからね。その子孫にも継承権はないよ」
そういうのは詳しく知らないが、ジェイが言うならそうなんだろう。
「そうか、なら大口の仕事ってことで頼む。中間マージンを取っていいから」
「それよりも、その小説に私は出ないの? あ、出ない? そっか……」
「露骨にテンションを下げるな。大体これは初代魔女であるヴァイアをモデルにしてるんだ。お前、ヴァイアに絡んでないだろ」
絡んでいたとしても出さないが。
「そりゃそうだけど……じゃあ、アンリちゃんを題材にしたら私も出てくる!?」
「敵な上にやられ役だぞ? ちなみに私に負ける形だ。派手に散らせてやる」
「友情が芽生えた感じにしようよ! フィクションは大事! 超大事!」
それは分かる。書いた小説もフィクションを大事にした。ちょっと、いや、かなり……激しく盛ったともいえる。
「それはいいとして、どうしようか? 私が原稿を預かる? それともフェルが直接渡しに行く? いや、紹介料は貰うよ? この本屋、売れなさ過ぎて困ってるから。こんなに可愛い看板娘がいるのにね。おかしくない?」
「同意を求められても困る。本に関しては任せてもいいか? 私が直接やりとりするよりもジェイがやった方がスムーズだろうし」
「了解。なら細かいことを聞いていい? 何部刷るとか、一冊いくらくらいにするとか。というか、どれくらい書いたの?」
意外とちゃんとやってくれるようだ。なら色々と細かいことを決めるか。
「……うん、大体分かったよ。その条件で進めておくね」
「よろしく頼むな」
ジェイがメモを取りながら、何度も頷いている。最終的な確認をしているのだろう。
そして少し考えたような仕草をしてからこちらを見た。
「あのさ、ちょっと読んでいい? 大丈夫だとは思ってるけど、変な内容だったら困るし」
「変な内容ってなんだ?」
「グロとかエロとか」
「そんなシーンはない。お子様でも読める健全な恋愛小説だ」
「念のためだよ、念のため。結構なお金を払うんだから、作ってみたけど売れない、とかになったら困るでしょ? これでも私、結構本を読んだんだよ。ダズマに面白い女と言われるようにね!」
動機が不純ではあるが、それなら見てもらうのもアリか。
アビスに読んでもらったんだが、感想が「文法に間違いはないです。誤字脱字もないですね。完璧です」だった。そんなことを聞きたいんじゃなくて内容をどう思うか聞きたかったんだけど。
「わかった。ならちょっと読んでみてくれ」
「うん、じゃあちょっと待ってて。すぐ終わるから」
「すぐ終わる?」
ジェイは原稿をかなりの速度でめくった。読んでいると言うより、めくっているだけの様な気がするが。
そして最後までページをめくると、全部の原稿を、端を揃えるように机の上でトントンとまとめた。
「面白かったんだけど、聞いて良い?」
「その前に今の何だ? あれで全部読んだのか?」
「魔素の体だからね。速読ってスキルが搭載されてるんだよ。これくらいの量なら一瞬だね」
それはどうなんだろう。ゆっくりと読むのが小説の醍醐味だと思うのだが。
「それでさ、相手の妹が最後の障害になるんだけど、これって本当にあった話なの?」
「いや、そこはフィクションだ」
「だよね。あんなに応援してた妹がラスボスになった時は驚いたよ。あとさ、氷のダンジョンは、魔氷のダンジョンの事だよね? あのダンジョンを拡張したって盛り過ぎじゃない? 昔、行ったことがあるけど、あの氷を人為的に壊すのは難しいはずだけど?」
「それは本当にあった話だぞ? ヴァイアは魔氷を削る魔道具を作ってダンジョンの中を広げてた。その魔道具、今はオリン国の国宝だったと思う」
「フィクションよりもノンフィクションのほうがすごいってどういうこと? 初代魔女、マジヤバイ」
そんなこんなでジェイの疑問に関して答えていった。
ジェイが言うには、これで初代魔女の魔法使いとしてのイメージが良くなることはない、とのことだ。これはあくまでも架空の物語で、初代魔女と同一視されるか微妙らしい。
理由としては、魔導関係のノンフィクション部分があり得ないから。
本当の事なのに信じて貰えない可能性が高いとは盲点だった。
「気になったのはそれくらいかな。それ以外は良かったよ。恋愛の部分というか、結婚式のところは良かったね……あ、気になったのがもう一個あったよ。結婚式で精霊が全部召喚されるってありえないでしょ?」
「いや、それも本当の事なんだが」
「……初代魔女、マジ、パネェ」
ヴァイアのすごい所を知らしめたいと思って書いたのだが、この内容では駄目のようだな。でも、本当にやったことを信じて貰えないなら何を書いても駄目なような気がする。
「まあ、本としてはいいんじゃない。魔女が頑張って意中の人と結ばれるところはこっちも嬉しい気持ちになったよ。でも、さっきも言った通り、初代魔女をモデルと思ってくれるかどうかは微妙だね……そうだ、本に帯をつける? 『知られざる初代魔女の物語』とかキャッチコピーを入れれば分かりやすいかも」
それはいい考えだ。
「ジェイの意見ということに引っかかるが、その意見を採用しよう。それで進めてくれ」
「私はその言葉に引っかかるんだけど? それじゃ頼んでおくよ。お金は足りなかったら改めて請求するからよろしくね!」
これで本を作る準備は整った。しばらく待てば本ができるだろう。
なんかこう、くすぐったい気分だ。本を読むのが好きだっただけなのに、本を書くことになるなんてな。でも、書いている時は楽しかった。これなら他のみんなの分も書いてみようかな。
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