本物の証明

 

 城門の前は複数のかがり火によって明るく照らされている。


 ついさっき、サリィが城門から中へ入った。アンリの子孫であるトラン王に報告しているのだろう。


 私は残されているわけだが、警戒している兵士達のど真ん中というのは落ち着かないな。暴れないと言っているのに信用して貰えていないとは。


 今は違うようだが、昔はトラン国に魔族が多くいて国の復興を手伝った。色々と抵抗もあったようだが、私がアンリの手助けをしたということで魔族もそれなりに受け入れられていたんだけどな。


 他にもアンリは色々な種族を招いていた。そこから色々な知識を教わって、たった数年でトラン国を立て直すことに成功したんだ。ヴィロー商会が色々とお金を融通していたというのもあるが、アンリや村長の手腕が復興できた一番の理由だと思う。


 その後、アンリはトラン国の貴族と結婚した。王族というのは生まれた時から婚約者がいるものらしい。トラン国民は十数年眠っていたので、その婚約者も例外ではない。十数年分の成長を取り戻すために色々と努力したそうだ。


 とはいえ、アンリは最初渋った。しかも「フェル姉ちゃんに勝てないと認めない」と言い出しやがった。


 その男に何度も決闘を挑まれた。もちろん代理ではなく本人との決闘だ。決闘とは言っても命の取り合いはないけど、それなりにボコボコにした。


 十数回目の決闘で、アンリが婚約者を認めた。私にボコボコにされても諦めなかった根性が気に入ったらしい。


「フェル姉ちゃんは私達のキューピッド。結婚式で花を撒く権利をあげる。フェアリーフェルって呼ぶ」


 丁重に、即断った。


 たしかヴァイアの子供達に代わってもらった。ああいうのは子供がやるべきだ。


 ウェディングドレスはディアが作った。それはもう豪華なドレスだったな。色々な場所へドレスの素材を取りに行かされた気がする。


 そして結婚式の司会進行はリエル。はげしく駄々をこねた。「結婚なんかさせねぇ!」と叫んでいたのを何とか説得して結婚式を進めた。ものすごく疲れたのを覚えている。


 ……あれ、なんだろう。あまりいい思い出じゃないような気がする。当時はそれほど気にしなかったけど、私っていいように使われているのか?


 まあいいか。ちょっとモヤっとするが、いい思い出なはずだ。多分。


 そういう結論を出した直後に、城門が開いた。


 開いた場所にはサリィが立っていて少し困った様な顔をしている。


 どうかしたのだろうか?


「ええと、トラン王が貴方に会うそうだ。城にいるフェル様にも会わせる」


「なんでいきなりトラン王が会う事になっているんだ? 危険かもしれないから、ここか中庭辺りで会うのでは?」


「そう進言したのだが……トラン王は面白いことが好きでな。どちらが本物で、どちらが偽物か、そういう余興を楽しみたいと言っている」


 サリィが大きくため息をついた。苦労人なような気がする。


 しかし、楽しみたい、か。危険な事を危険と思わない感じなのは、アンリの血筋だなって思うが、そんな奴が王様で大丈夫なのだろうか。


 それはともかく、これは決定事項なのだろう。なら渋っても意味はない。


 もし、相手が偽物だとバレて暴れるようなら私が止めればいい。サリィもトラン王を守れるくらいの強さは持っているはずだ。問題はないだろう。


「分かった。なら向かおう。そろそろ晩餐も終わってしまう。早く行かないと」


「ああ、そういえば、トラン王からの伝言だ。料理を用意するからぜひ来てくれとのことだ」


 どちらかが偽物、もしくは両方とも偽物という可能性だってあるのに、随分と余裕だな。それともそういう懐の大きさを見せているのだろうか。ちょっとだけトラン王に興味がわいた。


 サリィがこちらに背を向けて城の方へ歩き出す。私もそれについていこう。




 サリィに連れられて、城の中を歩く。見た感じ昔と変わらないな。


 向かっているのは大食堂と呼ばれている場所だろう。あそこでよく食事をした。


 思っていた通りの場所でサリィが止まる。そして目の前の扉をノックした。


「サリィです。ええと、フェル様をお連れしました」


 どうやら偽物としては扱わないようだ。


 扉の向こうから声が聞こえる。そして扉が開いた。


「トラン王がお会いになるそうです。どうぞ、お入りください」


 扉の隙間からメイドが見えた。そして私を見て少し微笑んだ気がする。もしかしてメイドギルドのメイドなのだろうか。私が本物であることを知っている?


 そんな私の疑問が浮かんだが、サリィが中へ入ったので私も入った。


 長細いテーブルが部屋のずっと奥まで続いている。


 真正面にいるのがトラン王だろう……女性の王か。アンリと同じだな。


 そしてトラン王の右後ろには白髪の男性が立っている。結構な歳のように思えるな。宰相の立場かもしれない。


 王を正面に左側に座っているのが私の偽物か。横顔なので分からないが、結構似ているような気がする。


「貴方はこちらだ」


 サリィが長い机の右側へ移動した。どうやら偽物の正面に座るようだな。


 少しずつ偽物の顔が見えてくる。なるほど、そっくりだ。目を瞑っているからはっきりとは分からないが、間違いなく私に似ているだろう。


「貴方もフェルというのね? フェルさんが二人いるなんて面白いわ」


 トラン王がそんな事を言い出した。それなりに豪華なドレスを着ているようだが、随分と若いな。十代後半と言ったところか? なんでそんな奴が王になっているんだ?


「さあ、座って。せっかく来てくださったんだもの。立たせたままなんて悪いわ」


 トラン王がニコニコしながらそんなことを言った。


 なんかこう、箱入り娘って感じだ。本当にトラン王なんだろうか。


 座ろうとしたら、出迎えてくれたメイドが椅子を引いていてくれた。


「どうぞ、お座りください」


 お礼を言いつつ、その椅子に座った。サリィはトラン王の左後ろに立ち、メイドも私の後ろの壁際まで下がって立っているようだ。


「さて、まずは食事にする? 私達はもう食べてしまったのだけど、貴方はまだでしょう?」


「その前に名前を聞いても?」


「ああ、うっかりしてました。私はウルスラ。よろしくお願いしますね」


 ウルスラ、か。アンリと同じ茶色い髪に茶色の目。白いフリフリのドレスを着ていて王というよりはお嬢様って感じだ。


「なんでウルスラが王なんだ? 見た感じまだ若いだろう? 王と言われても違和感があるんだが」


「それが、聞いてくださいます? 両親である王と王妃がダンジョンの探索に行くと言って出て行ってしまったのですわ! 実を言うと私はトラン王ではなくて、その代理なのです」


 なんだ、国王代理か。私もやったことがある。いや、やらせたことがある。


 いきなりサリィが頭を下げた。


「すまない。ウルスラ様が自分の事をトラン王と言えと言われたのでな。その、逆らえなかった」


「いや、気にしてない。じゃあ、それはもういいから料理を用意してくれ」


 そう言ったら、ウルスラが笑い出した。


「本当に食事をするんですね! 冗談で言ったつもりだったんですけど……それだけで面白いわ」


「もしかして食事を用意すると言う伝言も嘘か?」


「いえ、用意はさせているのよ。まだできていないと思うけど」


 なら食事は後回しだな。まずは偽物を暴くか。


 正面にいる奴を見る。まだ目を瞑っているが寝ているわけじゃないだろう。


「おい、私の名前を使って何をしている? 洗いざらい吐け。後、殴るからこっちに来い」


 そう言うとウルスラがまた笑う。


「面白いわねー。決めた、私、こっちのフェルさんの方がいい」


 なんか調子が狂うな。大体そんなことで決めるな。


 正面にいる奴がゆっくりと目を開けた。おお、私にそっくりだ。


「偽物が吠えるな。私が本物のフェルだ。お前こそ何が目的なのかは知らないが、恥をかく前に謝ったらどうだ?」


「あくまでもシラを切るつもりか。まあ、別にいいけどな。さて、ちょっと暴れるけど、後で弁償するから」


 偽物の方へ転移しようとしたら、「ストーップ」とウルスラが声を上げた。なんだ?


「暴れて本物か偽物か決めるのはつまらないです。ここは本物の証明をしてください!」


 ウルスラは何を言っているんだろう? 本物の証明ってなんだ?


「フェルさんと言えば、簒奪王アンリ様の幼少期から一緒にいる不老不死ですからね。アンリ様に関する問題を出すので、お互いそれに答えてもらいましょう! 間違ったら偽物です!」


「そんなことするわけないだろう? 戦って勝った方が本物だ。そのほうが早い」


「もしかして問題に答えられる自信がないのですか?」


「そんなことしなくても本物か偽物かなんて戦えば分かると言ってるんだ」


 大体、アンリの事をなんでもかんでも知ってるわけじゃない。


 困った顔をしたウルスラが扇子を広げて口元を隠し、サリィに何か言っているようだ。残念ながら私の耳をもってしても聞こえなかった。


 そしてサリィが近寄って来て私の肩に手を置いた。


「こうなったウルスラ様は止められん。諦めてくれ」


「王族だからと言って甘やかすな。いや、お前が甘やかしているんじゃないだろうな?」


『聞こえるか? 今、手のひらの水を通して念話をしている。聞こえているなら念話で返してくれ』


 なんだ? サリィが念話で話し掛けている? こんなに近くなのに?


『聞こえるけどなんだ?』


『たのむ、協力してくれ。ウルスラ様はアンリ様に関する問題を出すことで時間稼ぎをしているんだ。目の前にいる奴が偽物なのは分かってる。お前が本物かどうかは分からないが、本物だというなら助けてくれ。すまん、怪しまれるからもう手を離すぞ』


 サリィは私の肩から手を離すと、ウルスラの左後ろに立った。


 そしてウルスラはこちらをみて意味ありげに微笑んだ。いや、そう見えるだけかもしれないけど、なんとなく協力してくれ、って感じの微笑みだ。


 時間稼ぎか。詳しいことは聞けなかったし、今の話が本当なのかも分からない。どうするべきか。


 ……いや、二人を信じよう。アンリとスザンナの子孫なんだ。その二人を信じなくて誰を信じる。


「面倒だが仕方ないな。終わったら美味い物を食わせろよ」


 そういうと、ウルスラは満面の笑みになる……アンリの笑顔に似てるな。


「ええ、もちろん。貴方が本物だったら、超豪華な料理を提供いたしますわ。偽物だったら普通の料理にしますけど……それじゃさっそく第一問」


 第一問?


「アンリ様の八大秘宝、ジェット大王イカ。これはどんなふうに泳ぐ? さあ、本物のフェルさんなら分かるはずですよ!」


 アンリの子孫を信じたのが間違いだった気がする。そんなこと知るか。

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