勇者の意義
聖都には簡単に入れた。
というよりも、門番がいない。今日は教皇の演説日という事で、ほぼすべての信者が中央広場に集まっているそうだ。そんなんでいいのか。
その情報を持って来たのはメイドギルドのメイド達だ。気配もなく背後に立つのはメイドの嗜みだといっていたが、絶対に違うと思う。
メイド達は教皇の不正、そして不死教団の団員リスト、さらにはシシュティ商会から賄賂を受け取っている派閥、そんな情報も持ってきてくれた。私がすることはないと思う。メイド達だけで色々やってしまった方が早い気がする。
でも、それはダメらしい。メイドは影であり、主人より目立ってはいけない。そんな矜持があるそうだ。でも、その矜持ってメイドが持つようなものじゃないと思う。言わないけど。
本気か冗談かは分からないが、実際問題として教皇を守っている勇者協会の勇者が強いので、メイド達では歯が立たないとのことだ。そこで私の出番らしい。
予定としては、教皇が一人になる時を待って私が証拠を突き付ける事になっている。そして教皇と勇者を叩きのめせばいいらしい。あとはメイド達がやってくれるそうだ。
色々とお膳立てされているのはありがたいが、なんかこうメイド達だけで国の一個や二個落とせそうな気がする。絶対に命令しないようにしよう。
教皇が一人になるのを待つため、とりあえず演説を聞こう。終わってからが勝負だ。
顔が見えないようにフードを深くかぶり、多くの人が集まっているところに紛れた。
演説してる場所を見る。大聖堂の入り口までは奥行きや幅の広い階段になっていて、階段の最上段に位置する場所で教皇が演説しているようだ。
教皇は思っていたよりも若い。それにイケメンだ。温和そうな顔をしているし、不死教団の幹部であるようには見えない。だが、メイド達の事を信じよう。あれはダメな奴なんだろう。
二十分ほど聞いていただろうか。演説がそろそろ終わりそうだ。
「――ということです。皆も精進するようにしてください……さて、今日は悲しい話をしなくてはいけません」
なんだ? 演説が終わりそうだと思ったら、まだ続くようだ。
「皆も知っている通り、聖人にはそれなりの高潔さが求められます。ですが、調査の結果、聖人として認められないような人が出てしまいました。教皇の名のもとに、その聖人の資格をはく奪したいと思います」
聖人の資格をはく奪?
「それは聖母リエル。残念ながら彼女は高潔とは程遠い人だと言う事が分かりました。従って聖母リエルは聖人の資格をはく奪。聖母を信仰している者は別の聖人を信仰するようにしてください」
広場にいた信者達がざわつき始めた。恐らくリエルの信者達だろう。一方的な宣言だった。納得できないという声が多く上がっている。
おそらくシシュティ商会も不死教団も私の知り合いを貶めようとしている事に注力しているのだろう。魔術師ギルドもそうだし、ソドゴラにあるお店も、それに今回のリエルの事もそうだ。全部私に関係がある。以前、アビスが言っていた通りだ。私の心の拠り所を失くそうとしているのだろう。
これがイブの思惑なのか? 私に縁のある人達を貶めることで、私が絶望するのを待っているのか?
……感謝しないとな。イブのおかげで、レヴィアから連絡を貰い、ヴァイア達のメッセージを見ることができた。
こんなことをしなくても私は皆と会えないことで絶望していた。でも、今は違う。あのメッセージを見て、私は救われた。もう絶望なんかしない。イブが私の大事な物を貶めようとしているなら全力で守らないと。
後で謝ろう。メイド達は色々と計画を立ててくれたのだろうが、リエルの事を馬鹿にされて黙っていられる訳がない。
周囲から声が聞こえなくなった。そして私を見て離れる。私の異様な雰囲気に気付いたのだろう。私が一歩踏み出すと、集まっていた人が怯えるように道を開けた。
そして聖都全体が沈黙する。言葉を発することでさえ、息をするのでさえ、命の危険を感じるほどになっているはずだ。
一歩一歩、教皇のいる場所へ移動する。教皇の方を見据えると、かなりの汗をかいているのが分かる。
「なかなか面白い演説だった。だが、リエルの聖人認定をはく奪する内容はいただけないな。アイツは高潔だったぞ。ちょっとだけ結婚願望が人より高かっただけだ」
誰も声を上げない。もちろん教皇も。私の殺気で言葉を話せる状態ではないのだろう。
「さて、お前は教皇の立場であるようだが、不死教団の幹部でもあるそうだな。お前が不死教団に所属していることも、金で教皇になったことも、ここに証拠がある」
メイド達から受け取った資料の束を開く巻から取り出して演説を聞きにきていた信者達に見せた。内容が見えるものではないが、証拠があるというアピールは大事だ。
「聖母リエルの聖人認定をとりあげて、不死王シシュティの信者にでもする予定だったのか? 残念ながらそれはない。聖人の資格をはく奪されるのは、リエルではなくシシュティだからな。お金で聖人になるなんて高潔じゃないだろう? いくら払ったかもこの資料に証拠があるぞ? もちろん金を受け取った奴らもな」
否定したいのだろう。だが、その機会すら与える気はない。不死教団の幹部がどれほどのものなのかは知らないが、戦闘力はなさそうだ。この殺気の中で動けないならその程度。こちらの言いたいことを言わせてもらおう。
「さて、教皇を辞めるお前に餞別の言葉を送ろう。不死教団は近いうちに壊滅する。もちろんシシュティ商会もな。つまらない奴に従って人生を無駄にしたな」
そこまで言ったところで、なにか嫌な感じのものが近づいてきた。でも、なんとなく懐かしい感じもする。
「そこまでだ!」
かなり上空から人が降ってくる。両手で剣を持ち、背中の方にまで振りかぶっているようだ。
素早くその場から離れると、立っていた場所がちょっとだけクレーターのようになった。その衝撃でフードがめくれ、顔を晒してしまった。皆にも魔族だとバレたな。まあ、仕方ないだろう。
「貴様……! 魔族だな! この勇者シオンが相手だ!」
まだ若そうな男が剣を構えている。十五、六と言ったところか。
コイツ、勇者といったか? ならコイツが勇者協会の勇者か……なるほど、確かに勇者候補だな。この殺気の中で動けるなら相当なものだ。
それよりも問題は持っている剣だな。聖剣じゃないか。私がバルトスに渡したヤツ。めぐりめぐってここで私と敵対するのか。懐かしいと言うかなんというか。
でも、なんでコイツは私と敵対しているのだろう? 私が魔族だからとか言ったか?
「シオンと言ったな? お前の相手をする前に聞かせてもらおう。確かに私は魔族だが、なぜ倒そうとする?」
「なに……? 魔族は悪者だろう! 勇者とは悪者を倒すものだ!」
勇者協会って何を教えているんだろう? もしかしたらシシュティ商会か不死教団が入り込んでいるのかもしれない。シシュティ商会は魔族を使っていたが、それを抑えるための戦力も用意していた、というか洗脳しているのだろう。
例えそうだとしても、ここで問答している場合じゃないな。とっとと片付けよう。
「分かった。ならお前の信念のもとに攻撃してこい。手加減はしないから耐えろよ」
正直死なれたら困る。また暴走してしまうからな。
「強がりを言うな! この聖剣の前では魔族など敵ではない!」
「いいから掛かってこい。時間の無駄だ」
シオンは瞬間的に私との間合いを詰めた。おそらく何らかのスキルだろう。
「貰ったぞ!」
首を狙ってくる横薙ぎの剣。聖剣が薄く光っていて威力が上がっているようだ。でもその程度の輝きじゃ私には効かないな。
左手で剣を掴む。聖なる波動とやらで、なんとなく気持ち悪い感じはするが、それだけだ。ダメージはない。
「な……!」
驚いているところ悪いがもう終わりにさせてもらおう。
「精進が足りないな。聖剣の力を全く使いこなせていない」
空いている右手でシオンのボディに一撃。シオンは剣を離して後方に吹っ飛んだ。
「ゴ、ゴホ!」
シオンは数メートル吹っ飛んだが意識はあるようだ。両膝と右手が地面をつき、左手で腹部を抱えている。
そして私の手には聖剣がある。なんだか久しぶりだ。ずっと売り飛ばそうとしていたし、最終的にはバルトスに渡したのだが、また戻ってきた。でも、これは勇者の剣だ。返してやろう。
……いや、その前に使い方を教えてやるか。どうやら全く使われた形跡がない。おそらく知らないのだろう。
「シオン、見ておけ、これが聖剣の力だ」
魔眼で見たから分かる。この剣の使い方はこうだ。
「【活殺自在】」
聖剣に魔力を注入する。そして、上段からの振り下ろし。聖剣から発生した衝撃波がシオンを襲った。
「おわぁ! ……あれ? 痛くない? え、というかさっきの怪我も治った?」
衝撃波を食らったシオンが尻もちをついて、自身の体をあちこち触っている。怪我が治ったのが不思議なのだろう。
「この聖剣は相手を殺すだけでなく、治すこともできる。それに私を攻撃した時の光が弱すぎる。お前はこの聖剣の力を半分も引き出していなかったということだ。もっと精進するんだな」
そう言ってシオンの前に転移し、聖剣をおいた。
「使いこなせれば、お前は多くの人を救えるだろう。勇者とは悪者を倒す奴じゃない。人を救う奴の事を言うんだ」
勇者の意義は変わったほうがいい。対魔族の最終兵器はセラだけで十分だ。もう、お互いに殺し合う必要もないんだし、色々と変わるべきだろう。
「ゆ、勇者だ……!」
誰かの声がした。おそらく私の殺気が緩んだから声が出せるようになったのだろう。でも、なんだ? 勇者? まだいたのか? どこだ?
「勇者です! 真の勇者が降臨されました! 聖人教を救うために勇者が遣わされたのです!」
メイドの声がした。どこにいるんだ?
そして周囲からも「勇者」「勇者だ」「真の勇者だ」と声が聞こえてくる。
おかしい、私には見えない。
「す、すみません! 貴方が真の勇者だったとは知らず、なんてお詫びをしたらいいか!」
「は?」
なんでシオンは土下座しながら私の事を勇者なんて言っているのだろうか……いや、待て、もしかして、皆が言っている勇者って私の事か?
冗談じゃない。魔族が勇者なんて言われたら、魔族の皆に真顔で「面白いですね」とか言われてしまう。というか魔王が勇者と言われてどうする。魔神よりも嫌だ。
「いや、待て。私は勇者なんかじゃ――」
「さあ、あの魔族の勇者様を称えましょう! そして新たな教皇になって貰うのです!」
またメイドの声が聞こえた。しまった、そういう手で来る気か。破たんした計画をこれで調整する気だ。教皇になるのは仕方ないとしても、勇者と言われるのは避けたい。どうすればこの状況を覆せる? 考えろ、考えるんだ。
「魔族の勇者様が不死教団から我々を守ってくれた!」
「勇者様、バンザイ!」
「新しい教皇様に祝福を!」
「聖母リエル様が遣わしてくれたのよ! リエル様にも魔族の親友がいたんですって!」
「あの人はメイドギルドの真の主らしいですよ!」
……もうダメだ。
この雰囲気で勇者じゃないなんて言えない。こういう場所でも堂々と違うと言える度胸が欲しい。
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