力の証明

 

 私はいまドラゴニュート達に崇められている。


 落ち着こう。


 今までの事を良く思い出すんだ。なんでこうなった。


 昨日、遅くまでラーズ達に皆の事を話してやった。とくにエインが色々と知りたがっていたので、クルがソドゴラの町にいた頃の話をした。主にアンリやスザンナと一緒に行動していた事と、傭兵団に誘ったことだ。


 エインは「なんでトラン国王が傭兵団に所属してるんですか!」と怒っていたが、あの頃アンリがトラン国の王位継承者であることを知っているのはわずかだったし、アンリ本人だって知らなかった。クルが知っているわけがない。


 そんな風に色々教えてやったら、「ご先祖様は何してるんですか……」とショックを受けていた。でも、あれのおかげでアンリに味方する紅蓮の傭兵が多かったし、ルハラとも友好的な関係が結べた。立役者の一人だと言えるのだが。


 そう言ってエインをなだめていたから寝る時間が遅くなった。


 朝起きて、眠い目を擦りながら用意された食事をとった後、大霊峰へ転移門を開いた。


 大霊峰にあるドラゴニュート達が住んでいる場所からちょっと離れた場所だ。以前も使っていたので問題ないと思ったのだが……扉を抜けるとなぜかドラゴニュート達が集まっていた。


 そしてヴェールを付けたドラゴニュートが「龍神様が降臨された!」と言い出して、今に至る。


 思い出したけど、なんでこうなったのかが全く分からない。そもそも、ここには何もなかったはず。だが、今は祭壇みたいなものがある。


 ピンときた。祭壇みたいなものじゃなくて祭壇なんだ。おそらく何か祭事をしていた最中だったのだろう。そして転移門が現れて、そこから私が出てきた。


 龍神と思っても仕方ないかもしれない。ちゃんと否定しないと。


「待ってくれ、私は――」


「ああ! 古より伝え聞く姿と瓜二つ! 龍神様で間違いありません! 皆、ひれ伏すのです!」


 ヴェールを付けたドラゴニュートがそう言うと、全員がひれ伏した。ものすごくやめてほしい。


「待て待て、話を聞け、私は龍神じゃない。そもそもこの角を見ろ。魔族だろうが。どこに龍の要素がある」


「そんなわけありません。貴方様は昔から伝わっている姿と同じです。燃えるような赤い髪に黒い羊の角、それに黒い服に身を包んでいるのも伝え聞いた通りです。それにここは龍神様が降臨されるという神聖な場所。そこに急に大きな扉が開いて貴方様がいらっしゃいました。貴方様が龍神でなくて、誰が龍神なのですか!」


「えーと、龍神の祠という場所に大きい黒い魔石――いや石があるだろ? あれが龍神だ」


 龍神ドスの護衛だったドラゴンが残した魔石。あれを龍神として残したはずだ。そして龍神は眠っていると言う事になっているはず。そういう設定だ。当時の巫女もそれに納得していた。


「闇落ちした龍神ですね。討伐の証として、真の龍神様である貴方様が残したとか」


「なんでそんなことになってる」


 まさかとは思うが、勝手に設定を変えたんじゃないだろうな。あの後も何度かここに足を運んだが、そんな風にはなってなかったと思うが。


 これはちゃんと説明しないとダメだな。多分、この巫女っぽい奴じゃダメだ。族長に話をしないと。


「族長はいるか? ちゃんと話をしたい。それにお願い事もある」


 龍神の祠から工場へ入るための鍵が必要だ。まずはそれを借りないと。


「龍神様のお言葉に逆らう訳がありません。すぐに族長を呼んできましょう」


 私が違うと言っている事に関して逆らっていると思うんだけど。それはともかく、ここに族長を呼ぶ必要はない。こちらから向かおう。その方が早い。


「私の方から族長のところへ行くから案内してくれ」


「なんと恐れ多い。龍神様はここでお待ちください。歩かせるなど言語道断です」


 なんか面倒になってきた。ここは龍神として振る舞ってしまおう。全てが終われば、龍神だって復活するわけだし、後はドスに丸投げしてやる。


「何度も言わせるな。私から出向く。案内しろ」


「失礼いたしました。でしたら私の背中にお乗りください。龍神の巫女として恥じぬ行いを致します! 乗り心地もいいはずです!」


「いや、本当に勘弁してくれ。自分で歩くから。お願いします」


 なんで私が下手に出てお願いしないといけないのだろうか。まあいいか、案内してくれるようだし。メイドギルドもそうなんだけど、もうちょっと普通に接して欲しい。この願望はワガママじゃないと思う。




 族長がいるところまで、ドラゴニュートに囲まれながら移動した。


 ヴェールを被っていたのは予想通り龍神の巫女で、名をヨルシャと言うそうだ。そして族長の名前はトナ。どうやら双子の姉妹らしい。


 そして族長がいる場所に来て驚いた。洞窟の入り口に布が掛かっている。これって昔渡した野営セットの一部じゃないか? テントの布が使われている様に見える。結構な年月が経っているはずなのにまだあるとは驚きだ。


「ささ、龍神様、こちらへお入りください」


 仕切りとして使われている野営セットの布を払いよけつつ中に入った。


 当時の族長や巫女が使っていた洞窟と変わらないな。記憶よりも随分と物が置かれているように思えるが、ソドゴラで物々交換した物だろうか。ワイバーンの肉と交換でヴィロー商会から色々融通してもらっていたからな。その頃の物なのかも。


 そして中央にはたき火。こんな密封された場所で火を使うのはまずいと思うんだけど大丈夫なのだろうか。


「連絡は受けております。お帰りをお待ちしておりました、龍神様」


 トサカのついたドラゴニュートがひれ伏すような形で出迎えてくれた。おそらくこのドラゴニュートが族長のトナなのだろう。


「私はそんなことをされるような者じゃない。普通にしてくれ」


「そうは参りませぬ。どう見ても昔から伝わっている龍神様のお姿。その方に対して、普通にするなど――」


 もう、何も言うまい。こうなったらさっきと同じように龍神として振る舞ってしまおう。この怒りと面倒事は全部ドスに放り投げる。


「なら命令する。龍神の祠へ行くので、鍵を渡してくれ」


「龍神の祠に……? ハッ! まさか、龍神様はあの石を使って本来のお姿に戻ろうとしているのでは!」


 族長のトナの言葉に、巫女のヨルシャもハッとしている。


「……ああ、うん、そんな感じ。その儀式を見ると大変な事になるから誰もついて来るなよ。見られたら、二度とここには来れないかも」


 コイツらの中では既にそれが事実として認識されているからな。それを利用して色々お願いを聞いてもらった方が早い。


「おお、なんと! 分かりました! 我々が絶対に付いて行かせないようにしますので、安心して力と姿を取り戻してください!」


 ヨルシャもコクコクと頷いている。


 コイツらは疲れる。早く行こう。そろそろ私が限界だ。




 鍵を借りて龍神の祠までやって来た。


 ドラゴニュート達が色々と世話を焼こうとしてくれるのはありがたい事なんだけど、話を聞いてくれないのはダメだよな。メイドギルドと似たものを感じる。贅沢な悩みなんだろうけど、アイツらの期待する私を演じるのが大変だ。


 私もアンリにこんな期待をかけていたのかもしれないな。今更だけど悪いことをしてしまった。今度、アンリの墓に改めて謝りに行くか。


 それはそれとして、まずは龍神ドスだ。


 ドスは眠る前、魔王様に諭されて色々と考えようとしている寸前だった。その状態でアビスが用意した情報があれば間違いなく味方になってくれると思う。


 ただ、賢神や無神と違って龍神は本体が戦闘力を持ってる。それだけがちょっと心配だ。あの時は魔王様が倒してくれたが、もし決裂したとき私は龍神を倒せるだろうか。私だけじゃなく、アビスにも色々助けて貰わないとダメだろうな。


「アビス、もし龍神ドスが襲ってきたら何とかしてくれよ?」


『そんなことはないと思います。私の情報は完璧ですから。でも、それはフラグってヤツですよ』


 しまった。自分でフラグを立ててしまった。まあ、大丈夫だろう。フラグが立ったらへし折ればいいだけだ。


 魔石のある龍神の祠で鍵を使う。カモフラージュされていた岩が消えて、工場への入り口が現れた。その奥にあるエレベーターを使って地下に降りる。


 広い場所だがアビスのナビゲートで迷う事はない。サクサク進もう。


 龍神ドスの本体。巨大な円柱が静かに佇んでいる。いつもの通り、箱を元に戻して起動させる。その後は紐を小手につなげて私の対応は終わりだ。後はアビス次第。交渉が上手くいくことを願おう。


 巨大な円柱が光を放ち始めた。そして円柱が右に左に回転を始めた。


 ドスは何もしゃべらない。データの更新とかをしているのだろうか。それにしては随分と遅いようだが。こちらから話しかけてみよう。


「ドス、目は覚めたか?」


『ああ、私を起動してくれたのだな。これまでの情報を確認しているところだ。五百年分もあるから時間が掛かっている』


 なるほど。イブに消された情報だけでなく、眠っていた間の情報も確認していたのか。


『皮肉な事だ。我々が色々と対処していた頃よりも、眠っていた時の方が人族は理想通りに繁栄している。私が、いや、私達がやっていたことは何だったのだろうな』


「お前達は必要以上に介入し過ぎたんだと思うぞ。魔王様の受け売りだが、彼らの歴史は彼らが作るものだそうだ。お前達の都合通りに作るものではないと、そんなことをおっしゃっていた」


『必要以上の介入か、そうだな、そうかもしれない。私達や創造主達は焦っていたと思う。今の人族なら旧世界のような状況まで戻せると確信していた。それが過度な介入につながったのだろう』


「分析は後でやってくれ。いま聞きたいことはイブを倒すのに協力するかしないかの答えだ。返答してくれ」


『確認したいことがある。アビスからイブを倒す計画の内容は理解した。だが、それには問題がある』


「問題? どんな問題だ?」


『お前がイブに勝てるかどうかだ。お前の体が乗っ取られたら例え本体を倒しても意味はないだろう。頭の中にイブの情報がダウンロードされてしまい、お前がイブになってしまうからな』


 確かにその心配はある。私が勝てるかどうかが今回の計画の肝だ。私に負けは許されない。


『勝てるのか?』


「負けるつもりはない」


 そもそもイブの力は未知数なところがある。絶対に勝てるとは言えない。今のところ、五分五分くらいかな、という程度だ。


『お前の言葉だけで、この計画に乗る訳はいかない――だから私と戦い、力を示せ。イブと戦っても勝てるという証明をして見せろ』


 巨大な円柱の光が輝きを増した。


 そういう事になるのか。フラグって凄いな。

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