疑い

 

 エルフの村で一夜を明かしてから、ルハラ帝国へやって来た。


 ソドゴラへは戻らずに、エルフの村から直接転移門を開き、帝都の東にある古城へ転移したわけだが、ここはあまり変わっていないようだな。


 でも、あの頃にいたデュラハンももういない。アンデッドと言っても寿命というか、耐久年数はある。私のように膨大な魔力で肉体を維持しているわけじゃない。色々な形で体が劣化していくのだろう。そして意識を保つことができなくなる。


 デュラハンの体も同様だ。ジョゼ達と同じように意識を保つのが難しくなり、最終的には体ごと崩れ去ったと聞いた。それほど関わりが無かったとは言え、知っている奴がいなくなると言うのは寂しいものだ。


 今は古城を引き継いだアンデッドではない魔物達が見回りをしているらしい。それに森の安全もちゃんと守っていると聞いた。私のこともしっかりと引き継がれているようで、古城に着いた時は特に騒がれなかった。


 そして帝都へ行くと言ったら、馬車を出してくれると言ってくれた。徒歩で行ってもいいが、ここは言葉に甘えるとしよう。


 馬車に乗ると、いい感じの揺れ具合と暖かい日差しで眠くなってきた。


 昨日は遅くまでエルフ達と話をしていたのでまだ眠い。


 話した内容は主にミトルの話が本当かどうかという検証だ。アイツ、昔はモテモテだったとかいい加減な事を言いやがって。なんで人界にいる種族全員からプロポーズされたことになってるんだ。大体、ドワーフのゾルデには嫌われていただろうが。


 ことごとく否定してやったが、私がプロポーズしたことだけは、感謝している手前、否定できないので奥歯をかみしめながら耐えた。今度調子に乗ったら引導を渡してやる。


 転移門を開いた時に「また来いよ、美味い物を用意して、ずっと待ってるからな」とミトルに言われた。


 ずっと待ってる、か。


 ミトルもそろそろ寿命を迎えるだろう。いくら成長を遅くしていると言っても、寿命はいつか来る。私もまだまだミトルと話をしたい。その時間を作るためにも、色々なことをとっとと終わらせないとな。


 うつらうつらとしていたところで帝都の東門についた。御者をしてくれたバンシーに礼を言ってから馬車を下りる。


 馬車が帰るのを見送ってから、東門で入場手続きをしているところへ並んだ。意外と並んでいる人は少ないようだ。これならすぐに入れるだろう。


 待つこと十分。ようやく私の番になった。さっきから周囲の目が気になる。敵対的な視線ではないのだが、なんとなく関わりたくないという雰囲気が出ている。ルハラでは魔族が珍しいと言う訳じゃないと思うんだが。


「次の方、どうぞ――」


 門番が私を見て驚いている。もしかして何かあるのだろうか。シシュティ商会の奴らが魔族を使って悪さをしていたという可能性はある。それで帝都に入れないとかになったら困るな。


「これが私のギルドカードだ。中に入れるか?」


 青く光らせたカードを見せながら門番に聞く。だが、門番は視線をキョロキョロとさせて挙動不審だ。


「え、ええと、お待ちください。今、担当の者を呼びますので」


「担当? もしかして魔族の担当がいるのか?」


「そういう訳ではないのですが……申し訳ありません。中の詰所で少々お待ちいただけますでしょうか」


 ここで無理を通しても余計な問題になるだけか。なら、少しくらいの不自由はしかたないだろう。


 案内された詰所の部屋で椅子に座って待つ。入って来た扉、そして机が一つに椅子が二つ、さらに窓がない閉鎖的な部屋だ。明かりは部屋の四隅にある光球だけ。アビスにある何もない部屋に似ているな。ただ、向こうよりも狭いから圧迫感を感じる。


 さて、ぼーっとしていても仕方がないので、今のうちに色々考えておくか。


 図書館に行くには皇帝が持っているペンダントが必要だ。あれがないと、図書館に通じるクリスタルタワーへ入れない。


 問題は、それをどうやって借りるか、だよな。そもそも城へ入れてくれないだろうし、皇帝に会いたいと言っても追い返されるだけだ。


 となると、もっと簡単に会えそうで皇帝にも関わりありそうな奴と接触するか。


 今もあるかどうか分からないが、ロックの実家が宿をやっていた。もしかしたらロックから私の事を何か聞いているかもしれないからその線で攻めるか。


 あと可能性があるのは傭兵団「紅蓮」だな。


 あの傭兵団はアンリの王位簒奪を手伝った後もトラン国でアンリの手伝いをしていた。ある程度トランが復興すると、ルハラへ戻ったようだが、半分くらいはトランに残ったと聞いてる。


 もしかしたら「紅蓮」という名前はもうないかもしれない。でもルハラでもかなり大きな傭兵団だったはずだ。名前は無くなっても、その名残みたいなものはあるだろう。それを当てにさせてもらうか。


 そんなことを考えながら、部屋でニ十分ほど待っていただろうか。部屋の外が騒がしくなってきたと思ったら、一人の男が入って来た。


 忌憚ない言葉で言うなら、マッチョだ。筋肉モリモリの暑苦しそうな男。なんとなく、本当になんとなくだが、知っている奴の子孫っぽい。


「おお、マジだ。マジでそっくり。それに名前も一緒か。となると間違いねぇかな」


「いきなり来てジロジロ見るな。それと上半身になにか羽織れ。無条件で殴りたくなる」


「すまねぇな。これはポリシーだ、譲れねぇ。ただ、ジロジロ見ちまったことには謝るよ。悪かったな」


 ほぼ決まりか。でも、一応確認してみよう。


「もしかしてロックという奴が先祖にいるのか?」


「やっぱり知ってんのか? ああ、ロック様は俺のご先祖様だ。ちなみに俺はダルムだ。よろしくな」


「私はフェルだ。こちらこそよろしく頼む」


 ダルムはさっきから私を知っているような言動が多い。もしかすると簡単に皇帝に会えるかもしれないな。


「念のため確認したいんだけどよ、ディーン皇帝時代から生きている魔族、フェルで間違いないか?」


「ああ、そうだ。信じられないかもしれないが、私は不老不死でな。あの頃から生きてる」


「本当にそうなんだな……ディーン皇帝が残した精巧な絵にアンタそっくりな奴が描かれているんだ。そしてソイツの名前はフェルだと伝わっている。着ている服も同じだし、間違いないようだな」


 妖精王国で撮影した絵か。あれなら私も持っている。ディーンも大事にしてくれていたんだな。そして、そのおかげで今の皇帝にも頼みごとができそうだ。問題は解決だな。


「それじゃ悪いのだが、皇帝に――」


「フェルには不死教団の教祖である疑いが掛かってる。悪いが牢屋に入れさせてもらうぞ」


「――なんだって?」


「聞こえていただろ? 不老不死ならあの過激な集団、いや、犯罪組織である不死教団の教祖で間違いないって話だからな。悪いが調べが終わるまで牢屋で拘束させてもらうぜ」


「ちょっと待て。私はあの教団とは全く関係ないぞ?」


「それはこれから調べる。まあ、一ヶ月くらいだから大人しく牢屋に入ってくれ」


 一ヶ月? そんなに牢屋にいたら市長選が終わってしまう。今の状況でも市長選には勝てるかもしれないが、シシュティ商会と不死教団を潰した時にイブが姿を現す可能性があるんだ。それまでに管理者達を目覚めさせておかないと。牢屋なんかに閉じ込められている場合じゃない。


「悪いが牢屋に入るつもりはない。やることがあるんでな」


「アンタにはアンタの事情があるかもしれねぇが、こっちも、はいそうですかって訳にはいかねぇんだ。悪いが拘束させてもらうぜ」


 ダルムが両指の骨を鳴らしながら近づいてきた。武器は持っていないので、ロックと同じように素手での戦いに長けているようだ。でも、本気で私に勝つつもりなのだろうか。私の強さは伝わっていないのかな。


 それに、こんなことをしている場合じゃないんだが……仕方ない。殴り倒して逃げよう。皇帝のペンダントの事はまた後で考えるか。身の潔白を証明しないとどうにもならない。


「行くぞ?」


 ダルムはそう言うと、左手でジャブを放ってきた。だが、遅い。そんなパンチには当たらないな。


 当たらないことを悟ったのか、徐々にジャブのスピードが速くなる。だが、今の三倍速くても当たらないぞ。


 とりあえず、ダルムのジャブに合わせてパンチを放ち、相殺した。ダルムは驚いて後方へ下がる。


「今の攻防で分かっただろう? お前では勝てん。私を拘束するのは不可能だ」


「……みたいだな。魔族相手に出し惜しみしても仕方ねぇ。本気で行くぜ」


 ダルムがそう言うと、部屋の四隅にあった光球が消えた。


 窓のない部屋は光が入って来ないので当然真っ暗だ。この状態でなら本気を出せるという事なのだろうか。いわゆる心の目で見て殴るとかそういう事か?


 突然、右足首を掴まれた。なんだ? いつの間にあの距離を詰めた? というか、何で足首を掴んでる?


 直後に思い切り腹を殴られた。


 大して痛くはない。だがおかしい。右足首を掴んだまま、私の腹を殴れるか? できないことはないだろうが、どんな体勢で殴った?


「悪いな、女子供を殴る趣味はないんだが、アンタは例外だ。本気でやらないと勝てないのは分かっているからな」


「顔を殴らないだけ紳士的だと思ってやる」


 だがどうする? 一応ガードを固めるか? 右足は掴まれたままだし――あれ? ずっと掴んだままだよな? でも声はもっと遠くの位置で聞こえたんだが。手が伸びてる?


 いや、そんなことはあり得ない。なら、暗くなった途端に誰かが部屋へ入って来たのか? いや、それもないな。それなら扉を開けた時に光も入って分かるはずだ。元々潜んでいたと言うのもあり得ないだろう。それくらいは気配で分かる。


 でも、ならどうして……?


 考えなくていいか。部屋を明るくすればすぐにわかるだろう。光球の魔法を使えばいい。


「【光――】」


 魔法を唱えようとした瞬間、口元を手で押さえられた。言葉に魔力を乗せられなかったので、光球が発動しなかった。そしてまた腹部を殴られる。


 今度はそこそこ効いた。エグイ角度で殴ってきやがる。


「悪いが光を出す魔法はダメだ。俺はシャイでね。明るい所は苦手なんだ」


 シャイさ加減なら私の方が上だ。魔族の皆に魔神はシャイって思われているからな。


 でも、どうするか。こんなところで足止めをされているわけにはいかない。とっとと逃げ出さないとな。

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