最強で最高のダンジョン

 

 夢を見た。


 皆が「おかえり」と言ってくれる夢だ。


 これは単なる願望だろう。皆ならそう言ってくれると私が望んでいるだけ。でも、嬉しかった。起きてもその嬉しい気持ちだけは薄れない。


 以前のようにまた見たいとか思う夢じゃない。おかえりは一度でいい。もう言われる必要はないんだ。ずっと現実にいるんだからな。


 朝食を食べた後、レヴィアとフリート、それと魔族の二人も一緒にヴァイアの墓へ来た。


 家のすぐ近くにあったようだ。エルリガが見えるように建てたのかもしれない。


 定期的に掃除をしているのだろう。綺麗に手入れがされている墓だ。白い石碑に名前が書かれている。そして「偉大な魔女、ここに眠る」とも書いてあった。その隣にある墓はノストの物のようだ。


 途中で摘んだ花を二つの墓に供え、目を瞑り、手を合わせる。


 ヴァイア、すまなかったな。ずっと来れずにいて。


 それに私が弱いせいで約束を守れなかった。だが、安心してくれ。もう大丈夫だ。子孫たちも魔術師ギルドも必ず昔のようにしてやる。もちろんヴァイアの不名誉な名前も払拭してやるからな。


 他の皆にも謝りに行くつもりだ。怒られるかもしれないが、甘んじて受けよう。それだけの事をしてしまったんだからな。


 ……これからは何度も来るつもりだ。いい報告ができるようにするから楽しみにしていてくれ。


 そう心の中で言ってから目を開けた。


「ヴァイアへの挨拶は済ませた。これから色々行動に移す。レヴィア、すまないがそれ程早くは解決できないと思う。それまでは頑張ってくれ」


「何を言ってるんですか。本来は私達が色々やらなくてはいけない事なのに……感謝の言葉もありません」


「感謝は解決してからでいい。まあ、感謝はしなくてもたまに美味い物を食べさせてくれ」


「はい、いつでも来てください」


 そうだ、丁度いいので、魔族の二人にお願いしておこう。


「お前達は二人を守れ。シシュティ商会が来るかもしれないからな。殺さない程度に追っ払うだけでいい」


「魔神様の命令ですので、逆らう訳ではないのですが、今、魔界の食糧事情は厳しいものになっています。シシュティ商会に逆らうのは魔族全体の危機になってしまうのですが……」


「それなら別の商会から食糧供給をさせるつもりだ。それに魔王に依頼して魔族はシシュティ商会に関わらないようにさせる。お前達が魔族を危険にさらした、という状況にはさせないつもりだから安心しろ」


 二人が跪いた。


「……畏まりました。魔神様の御心のままに」


 そういうのはやめて欲しいが、今回は仕方ないだろう。魔神という立場を使って魔族に介入するわけだしな。個人的に嫌だとか言っている場合じゃない。


「レヴィア、すまないがこの二人の事も頼む。大金貨五百枚を渡しておくから生活費の足しにしてくれ」


「生活費ってレベルのお金じゃないのですが……」


「その辺りはよく分からないので適当に使ってくれ。それに魔術師ギルドの復興とやらに使ってくれてもいい。それだけあるなら旦那が帰って来ても大丈夫だろ? フリートが寂しそうだし、父親がそばに居てやった方がいい」


 レヴィアは少し涙目になってから頭を下げた。


 最後はフリートだな。


「それじゃあな、フリート。また来るからそれまで頑張って勉強しろよ?」


「うん、初代魔女様を超える魔女になって見せるよ!」


「その意気だ。そうなるのを楽しみにしている……それじゃ、そろそろ行くつもりだ。なにかあればすぐに念話を送ってくれ。すぐに駆け付ける」


 レヴィアが「はい、分かりました」と言ってくれた。


 よし、もう大丈夫だな。まずはアビスに戻って色々対策を練ろう。


「【転移門】」


 大きな扉が目の前に現れて自動的に開いた。その先はアビスだ。


「それじゃ、行ってくる……またな」


 皆が頭を下げた。フリートだけは手を振っている。手を振り返してから、転移門を潜った。


 転移門を抜けると、一瞬でアビスのエントランスだ。


『おかえりなさいませ……フェル様、ですよね?』


「ああ、ただいま。でも、なんで疑問形なんだ? 私の偽物でもいるのか?」


『いえ、行く前と随分と顔つきが変わられた様でして、見違えてしまいました。こう、昔のフェル様に戻られたような……』


「そうか、向こうで色々あってな。ようやく目が覚めた気分だ。さて、忙しくなるぞ。やらなくてはいけないことが沢山ある。アビスも手を貸してくれ」


『そうですか、目を覚まされましたか……おかえりなさいませ、フェル様』


「どうして二度言う? それはさっきも言われたぞ?」


『別の意味で、おかえりなさいませ、と言う事です。今のフェル様に会うのは三百年ぶりですからね』


「ああ、そう言う意味か。そうだな、ただいま。長い間、アビスには迷惑を掛けたな」


『いえ、お気になさらずに。それで、やらなくてはいけない事とは? 魔術師ギルドの状況から考えると、なんとなく分かりますが』


「話が早いな。やることはシンプルだ。シシュティ商会と不死教団を潰す」


『やはりそうですか。私も色々と知ってはいたのですが、手を出せなかったので困っていたんですよ』


「どういう意味だ?」


『不死教団はイブを崇める教団です。なんでも「不老不死を与える女神」を信仰している教団らしいですよ。それにシシュティ商会が支援していると世間では言われていますが、逆ですね。不死教団がシシュティ商会を使っているのです』


 不老不死を与える女神? 何の冗談だ。


 でも、そうか。イブの奴が後ろで糸を引いているのか。どうやら潰す理由が増えたようだ。でも、イブが後ろにいるなら、私が危険な状況であるとも言えるな。


「イブが動き出したと言う事か?」


『詳しい状況は分かりません。ですが、人族を使っているところをみると、まだ体は動かせないのでしょう。おそらく何かしらの手段で人族に啓示を与えて自分の意のままに操っているにすぎないかと』


「疑問なんだが、イブはなんでそんなことをしているんだ?」


『推測ですが、フェル様に絶望を与えるためでしょう。シシュティ商会がちょっかいをかけている組織は、大半がフェル様に関わりのある組織です。おそらくフェル様の心のよりどころを潰そうという作戦なのかと』


「まさかとは思うが魔術師ギルド以外でも問題が起きているのか?」


『はい。ニャントリオンや聖人教、メイドギルドやヴィロー商会、それに獣人達などあらゆるところにシシュティ商会が絡んで問題を起こしています』


「そこまで分かっていてお前は何を――いや、すまん。私のせいだな。私が夢の世界に逃げていたせいだ。それにイブが絡んでいるならお前が対処すると危なかったかもしれない」


 だが、イブが絡んでいるのならどうする? 今の私でイブに勝てるのか?


 負けるつもりはない。負けるつもりはないが、絶対に勝てるという確証がない。それに空中庭園で見たイブは遠隔操作されているだけで、本体は別にある様な事を言っていた。あのイブを倒しても勝ったことにはならないのだろう。


『フェル様、よろしいですか?』


「なんだ?」


『イブに勝つために私の作戦を聞いてもらえないでしょうか?』


「作戦? 作戦があるのか?」


『はい、それには色々と準備が必要なのですが、それが整えばイブに勝てるかもしれません』


「どんな作戦だ? 言ってくれ」


『はい、簡単に言いますと、フェル様を囮にしてイブをこのアビスの中に呼び込むのです。ですが、呼び込んでも、それはイブが遠隔操作している体でしかありません。ですので、その間にイブの本体を叩くのです』


「だが、私が囮になったら誰が本体を叩くんだ? アビスか?」


『いえ、私も遠隔操作のイブをダンジョンに閉じ込めるため、こちらに掛かりきりになってしまいます。本体を叩くのは別の者達です』


 別の者達? だが、イブの本体を叩けるような奴なんているのか?


「それは誰だ?」


『それはもちろん他の管理者達です。スリープ状態の管理者達を再起動させてイブの本体を叩いてもらいましょう。管理者達を説得させるだけの情報とイブのいる場所の情報はすべて揃えました。必ず手を貸してくれるはずです』


 私が眠っている間に色々とやってくれていたのだろう。私が起きて驚いていたようだが、私を信じて待っていてくれたのかもしれない。感謝しかないな。


「……アビスが最強で最高のダンジョンに見えるぞ」


『それが私の存在意義ですからね。ですが、この作戦はフェル様が遠隔操作のイブに勝つことが大前提です。イブの目的はおそらくフェル様の体を乗っ取ること。つまり、戦いに負けて体を乗っ取られたら本体を叩いても意味はありません。フェル様がイブの本体になってしまうだけですから』


 体を乗っ取るという状況がよく分からないが、おそらく女神ウィンがリエルを乗っ取った時のようになるのだろう。本体が無くてもそれができるのだろうか? いや、できると思った方がいいな。


 しかし、イブに勝つか。責任重大だな。だが、負けるわけにはいかない。


 イブに関してはしばらく猶予があるはずだ。その間にもっと強くなろう。


「分かった。必ず勝って見せる。アビスは引き続きイブを調べていてくれ。私はその間に管理者達を起こしながら、シシュティ商会と不死教団を潰す」


『畏まりました』


 やるべきことは決まった。絶対に負けられない。


 自分のためだけじゃない。皆の残した物のためにも、必ずイブに勝利して見せるぞ。

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