シシュティ商会

 

 シシュティ商会の男が私を睨んでいる。


 金を返してやると言うのに睨むと言う事は、そもそも金を返して欲しいわけじゃないのだろう。


 本当に欲しかったのは術式の権利か。詳しくは知らないが結構な利益を生みそうだからな。目の前にある大金貨五百枚なんかよりも相当な金になるのだろう。


 男は咳払いをしながら冷静になろうと取り繕っている感じだ。こめかみに青筋立てているから怒りが収まりきれない様だけどな。


「失礼ですが、貴方のお名前を伺っても?」


「いまさらか? まあいいだろ、私の名前はフェルだ。ああ、お前の名前は言わなくていいぞ、覚えるつもりはないから」


 男の頬がピクピクと動いている。


「念のための確認ですが、貴方は魔族ですよね?」


「角がアクセサリーに見えたか? 確認させるつもりはないが、これは本物だ。間違いなく魔族だぞ」


「ならば、シシュティ商会の意向に逆らうという事は、どういう結果になるかくらい分かるでしょう?」


「いや、分からん」


「な……!」


 本当に分からないんだけど。シシュティ商会に逆らうと何か問題なのか?


「なら、分かりやすく説明してあげましょう。いいですか? 貴方は魔界を潰そうとしている。そう言う意味です」


 この男は本当に何を言っているんだろう。まったく脈絡が分からん。


「……ここまで言ってもわかりませんか。今、魔界へ食糧供給を行っているのはシシュティ商会です。つまり我々に逆らうということは、魔界への食糧供給が行われなくなる。そう言ってるんですよ」


「シシュティ商会が魔界への食糧供給を行っている? ヴィロー商会はどうした?」


「なぜ、そんな古い話を知っているのかは分かりませんがね、ヴィロー商会は魔界への食糧供給から手を引きましたよ。いや、引かざるを得なかったといったところですね」


 私が夢に逃げている間に色々あったようだな。でもなぜだ? ヴィロー商会が魔界から手を引くなんてことがあるのだろうか。なにか魔族と諍いでもあったのか?


「なんでヴィロー商会は魔界から手を引いたんだ?」


「どうやら貴方は何も知らないようだ。ならそれも説明してあげましょう。ヴィロー商会はダンジョン商会と言われるほど、ダンジョンの運営を行っていました。ですが、百年ほど前に管理しているダンジョンで魔物暴走が発生し、ダンジョンの外へ魔物が溢れてしまったのですよ。それで終わりです。ヴィロー商会はダンジョンを管理する能力がないと思われて、すべてのダンジョンを手放すことになりました。その後、我々シシュティ商会がダンジョンの管理することになったのです。ちなみに、今のヴィロー商会は大商会だったころの面影はなく、細々とやっているそうですよ」


 魔物暴走? ヴィロー商会に管理をお願いしたダンジョンで?


 あり得ないだろう。ダンジョンの管理はアビスが遠隔でも行っていた。魔物暴走が起きる理由は一つもない。それとも私やアビスが知らないダンジョンの管理にでも手を出したのだろうか。


 だが、そうか。ダンジョンを手放すことになり、商会自体の運営が厳しくなったのだろう。ヴィロー商会の利益に関してはダンジョンによるものが大半だった。他にも色々やっていたが、ラスナがいた頃に、いい物をより安く提供するという考えにシフトしていたからな。ダンジョン運営以外はほぼ赤字だったと聞いたことがある。


「あ、あの、フェルさん」


 レヴィアが小さな声で私に話しかけてきた。どうしたのだろう?


「魔物暴走は不死教団がやったって話があるんです。実はシシュティ商会は不死教団を支援しているようでして、その見返りに色々裏で危ないことをしてもらっているとか。皆、口には出していいませんが思ってます。シシュティ商会がダンジョンの利権を得るため、不死教団にやらせたって……」


 なるほど。それを鵜呑みにするわけにはいかないが、可能性はありそうだな。そもそもアビスが目を光らせているなら魔物暴走はどのダンジョンでも起きないはず。それでも起きたという事は、何かしら人為的な介入があったのだろう。どうやったのかは分からないけど。


 でも、分かったこともある。どうやらシシュティ商会と不死教団は私の敵のようだ。


「状況は理解した。では、お前の後ろにいる魔族二人はシシュティ商会に雇われている、ということか?」


 男がまたニヤニヤと笑い出した。形勢が逆転したと思っているのだろう。


「ええ、魔族が働けるところなんてほとんどありませんからね。我々の商会で雇わせてもらっていますよ」


「貴方達がどこでも魔族を雇わせないようにしてるんじゃない!」


 レヴィアが男に対してそんなことを言いだした。雇わせないようにしている?


「そんな事をするわけないでしょう? 魔族の方はお強いですからね、普通の方では扱いづらいのですよ。その気になれば、一瞬で殺されてしまうほどの強さを持っているのです。そんな相手を雇うわけがないでしょう。だから利害関係のある私達が雇っているのですよ」


 魔族の二人は不満そうにしているが、何も言わないようだ。そんなことはしないだろうが、世間ではそう思われているのかもしれない。


 私が寝てしまう前は、そんな風には思われていなかったんだけどな。


 三百年、か。三百年眠っていたら、前と変わらないような状況に戻っているとはな。


 私がいたところで今の状況は避けられなかったかもしれない。でも、何かしらできたはずだ。


 私はなんてことをしてしまったのだろう。私に責任があると言うほどうぬぼれてはいない。でも、ヴィロー商会や魔族、それに魔術師ギルド、これらが大変な時に私は何もせずに眠っていた。それは許されることじゃない。


 何とかしてあの頃のような状況に戻してやらないとな。


「話は分かった。シシュティ商会に逆らうとどうなるのかもな」


「これは話が早い。ならどうすればいいのかも分かりますよね?」


「ああ、シシュティ商会を潰せばいいんだな? シシュティ商会は私にとって目障りだ。お前達が良い商会なのか悪い商会なのかは知らん。だが、私にとってシシュティ商会は不要だ。悪いが消えてもらうぞ」


「な、な……」


 目の前の男だけでなく、全員が驚きの目で私を見ている。変な事は言ってないよな。宣戦布告をしただけだ。


「そういうわけだから借金は返さなくていいな? どうせ潰れるんだから踏み倒そう」


 そう言って机の上にあった大金貨を亜空間にしまった。


「え、あ、そ、そうなるんですか? えっと、あれ? いいの、です、か?」


 どうやらレヴィアは思考が追い付かないようだ。潰れる商会にお金を渡す必要なんてないと思う。


「さて、話は終わりだ。もう、お引き取り願おうか。シシュティ商会のボスがどんな奴なのかは知らないが、私が宣戦布告したとちゃんと伝えておけよ。そうそう、見送りはない。勝手に出ていけ」


 まずは状況を確認してシシュティ商会への妨害工作を行おう。ヴィロー商会は潰れていないようだし、対抗する商会としてまた大きくなって貰わないとな。それに魔界への食糧供給も改めてお願いしないと。


 私だけでは無理だから、メイドギルドに色々頼むか。他にも助っ人が必要だな。そうだ、魔族にもシシュティ商会から手を引く様に伝えないと。


 これから忙しくなるな。起きたばかりだが、泣き言は言えない。頑張ろう。


「ふざけるな!」


 目の前の男が立ち上がって声を張り上げた。怒りで顔がオーガのような形相だ。


「まだいたのか? 早く帰れ。邪魔だ」


「お前が! お前ごときがシシュティ商会を潰すだと! 馬鹿も休み休み言え! 人界を征服していると言ってもいい大商会のシシュティを潰すなんてできないんだよ!」


「どう思おうと勝手だ。だが、できない理由がないだろう?」


「できない理由だと? そんなのいくらでも――ああ、そうだな、できなくしちまえばいいんだ。おい、お前ら」


 男が二人の魔族の方へ振り向いた。


「このフェルって奴を痛めつけろ。なんなら殺してもいい。同じ魔族だからできないなんて言い訳はさせねぇ。何も分かってねぇガキに世間の厳しさを教えてやれ!」


 魔族の一人が不満そうな顔で男の方を見た。


「同族を殺せというのか?」


「このガキが逆らってる時点で魔界への食糧供給は絶たれることになるんだから同じ事だろうが! それともこのガキ一人のために魔族全部を殺すつもりなのか! コイツを殺せば今まで通りなんだから、とっととやれ!」


 二人の魔族は諦めたような顔をして私を見つめた。


「この男の言っていることは正しい。お前の無知なわがままで同胞を危険にさらすわけにはいかない……安心しろ、殺しはしない。少しだけ痛い目に遭わせるだけだ」


「そうか。なら私もお前達を殺さないでおいてやる。だがな、ヴァイアを詐欺師呼ばわりされてちょっとイラついてたんだ。お前達で憂さを晴らすつもりだから、全力で耐えろよ」


 夢に逃げて現実を見ていなかった私にそんなことをする資格はないのかもしれない。ヴァイアが詐欺師呼ばわりされている要因の一つだろうからな。でもな、ヴァイアをそんな風に言う男に、魔族が付き従っている事実が許せないんだ。


「……俺達二人に勝てるつもりか? 見たところ、まだ十五、六だろう? どれだけ強さに自信があるのかは知らないが、大人二人に敵うはずがない」


「たかが二十年生きたくらいの奴が二人程度で、私に勝てるつもりなのか?」


 そう言った直後、転移して二人の胸倉を右手と左手、それぞれ片手で掴んだ。そして部屋の窓から外を見る。


 更に転移。二人を強制的に外へ連れ出した。


「な、なんだと!」


「あの家は私にとって大事な場所だ。暴れて壊すわけにはいかない。さあ、私の憂さ晴らしに付き合ってもらうぞ」


 左手で捕まえていた奴を地面に叩きつけた。


「が、はっ!」


 ちょっと地面がクレーターになったけど、まあ大丈夫だろう。家からはそこそこ離れているし。


 右手で捕まえていた奴は思い切り放り投げた。百メートルくらい飛んで、ダイレクトで大きな岩に激突したようだ。岩にひびが入っている。


「いかん、先手を譲るべきだったな。さあ、来い。次はお前達の番だ」


 ……なんで立ち上がって来ないんだ? まさか死んでないよな?


 ……大丈夫だ。魔眼で見たけど、死んでない。ちょっと瀕死なだけだ。


 落ち着こう。大丈夫じゃない。危険だ。ポーションは持ってないから、治癒魔法を使ってやろう。リエルから教わったから私もそれなりに使えるようになったはずだ。


 ……気絶したままだが、もう命に別状はないだろう。でも、魔族なのに弱すぎないか?


 まあいいか。まずは戻ろう。


 二人をこのままにして、転移で部屋に戻った。


「ど、どこへ行っていた!」


 男が怯えたように叫んでいる。


「転移で外へ出ていただけだ。あの二人は外で気絶しているから後で回収しておけよ……いや、そんなことしなくていいか。シシュティ商会から全部の魔族を引き揚げさせる。アイツらには直接魔界へ帰って貰おう」


「な、なんだと?」


「さて、さっきも言ったが、シシュティ商会を潰すから忙しくなりそうなんだ。悪いがお引き取り願おう。それとも丁寧に外へ出してやった方がいいか? 付き添いが必要ならやってやらんこともないぞ?」


「くそ! 覚えてろよ!」


 男は逃げるように部屋を出て行った。


「あ、あの、フェルさん、えっと、本当にシシュティ商会を……?」


「ああ、潰す。シシュティ商会は目障りだからな。それにアイツはヴァイアを詐欺師呼ばわりした。それは許せない」


「そ、そんなことで――」


「そんなこと、じゃない。それ以上の理由がないくらいだ……そうだ、フリート」


 フリートはレヴィアの足に隠れるようにしてたが、呼びかけると私の前に出てきてくれた。しゃがみ込んで目線を合わせる。


「いいか、ヴァイアは詐欺師なんかじゃない。多くの人に感謝される偉大な魔女だったんだ。お前はそのヴァイアに似ている。お前だって偉大な魔女になれる可能性はあるんだから頑張れよ」


 フリートは嬉しそうに笑って頷いた。


「うん! 私、初代魔女様のような、偉大な魔女になる!」


「ああ、楽しみにしている。そうなれるように私も色々手伝ってやろう。まあ、しばらくはシシュティ商会の事に専念してしまうけどな」


 こっちはこれでいいだろう。


 私の方はまずは味方を集めよう。本当かどうかは知らないが、相手は人界を征服しているそうだ。なら、それ相応の味方を集めないと相手に失礼だからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る