魔素化

 

 ジェイと戦いながら考える。


 ジェイは助けてと言った。でも攻撃の手を緩める感じではなさそうだ。監視されているとか、そういうことなのかもしれない。罠と言う可能性もあるが、コイツがそんなことをするような奴にも思えないんだよな。


『ちょ! 無視は良くない! 助けてってば! いえ、助けてください! お願いします!』


 仮面で顔は見えないが、口調は結構切実な感じが出ている。演技とは思えないから、話くらい聞いてやるべきだろう。そうだ、アビスにも聞いてもらおう。私だけじゃ判断できないかもしれない。


『アビス、聞こえるか?』


 アビスに小手を通して念話を送る。


『はい、聞こえます。どうされました?』


『なんかジェイが助けてって言ってる。これから話を聞くんだが、一緒に聞いてくれるか?』


『分かりました……と言いたいところですが、渡したイヤリングのおかげで、皆聞いてますよ?』


『そうなのか――もしかして神殺しの魔神と名乗ったのも聞かれていたのか?』


『イヤリングを持っている方は確実に聞いてますね』


 恥ずかしさで死にそうだ。レオだけに聞こえるように言ったのに。


 いや、嘆いている場合じゃない。まずはジェイの言葉を聞こう。


『もう、分かった! 秘蔵のすごい下着をあげるから! 前にオリンへ偵察に行ったときに買ったスコーピオンって感じの下着! 勇気が無くてまだ履いてないから安心――』


『ちょっと黙れ。いいか? この言葉は念話で周囲にも聞こえてる。言葉には気を付けろ。戦いながら話を聞いてやるが、訳の分からない話だったらすぐに終わらせるぞ』


『うっそ、マジで……? あの、すごい下着を買ったのは調査なんで。履こうと思ってなんかいないんで。あんなの履くのは変態さんなんで』


『言い訳はいいから、早く事情を説明しろ』


 ジェイの話では、ここでレオとジェイは負ける予定だったらしい。できるだけ敵を倒してから負けて、他の奴が魔石を回収する。その後、また新しい魔素の体に回収した魔石を入れて戦う、という作戦だったらしい。


 ただ、ジェイは博士が別の相手に違う説明をしていたのを、たまたま聞いていたそうだ。


 それは「レオとジェイはかなりの経験を積んだ。その経験を積んだ魔石を王に食わせるから、次の体に入れる必要はない。魔石を回収したら、玉座の間へ持って来い」とのことだったらしい。


『ありえなくない? そりゃ仕事を結構サボってたけど、そこまでしなくていいよね! 魔石を食べられたら、私が死んじゃうじゃん!』


 そりゃ魔石を食べられたら死ぬのだろうが、そもそも魔石を食べるってなんだ? ジェイは何を言っているのだろう?


『ジェイ、少し仲間と相談するから、このまま戦っておいてくれ』


『それはいいけど、ちょっとは手加減してくれない? 体がもたないんだけど? スペアの体がもうないことになってるから、大事にしたいんですけど!』


 そんなこと知るか。だが、できるだけ早めに結論を出してやろう。


『アビス、今の話を聞いたな? 魔石を食べるってなんだ?』


『レオやジェイが得た知識や経験が魔石にデータとして蓄積されているのです。それを食べる――おそらく取り込むという意味でしょう。そうすると、食べた方はレオやジェイの知識、経験を得られると言うことです。ですが……』


 珍しくアビスがちょっと言い淀んだ。何かあるのだろうか。


『ただの人族が魔石のデータを引き継げるとは思えません。もしかするとトラン王はすでに人族ではないのかも』


『人族じゃない?』


『はい、創造主と同じように肉体の魔素化を行っている可能性がありますね。それなら魔石のデータを自分の体に覚えさせることができると思います』


『肉体の魔素化……ということは、不老不死か?』


 確か創造主は肉体の魔素化をすることで不老不死となっていたはずだ。つまりトラン王も肉体の魔素化をしていれば、不老不死になっているはず。


『いえ、不老不死ではないでしょうね』


『何でだ?』


『不老不死は肉体の魔素化をした上で、膨大なエネルギー、つまり膨大な魔力の供給が必要不可欠です。博士は機神ラリスの技術を持っていても、管理者の権限は持っていません。魔力を供給する不老不死のシステムへ介入はできないはずですから、その王とやらは魔素化した体を持っているだけという事になります』


 持っているだけでも厄介なのは変わりないけどな。


 アンリはその王に勝てるだろうか。流石に今の王を倒すのまで私がやってしまうとディーンの二の舞だ。最後はアンリにやって貰わないと。


『ちょっと! まだかな! そろそろ腕がもげそう!』


 おっと、手加減せずに殴ってた。


『おい、確認したいことがある。今のトラン王は人族じゃなくなっているのか?』


『あー、そういう質問? まあ、そうだね。あれは人族を辞めてるね。でもね、それは仕方ないんだよ。少々同情もあったから手伝ってたけど、さすがに命かけるほど忠誠を誓っているわけでもないからねー』


『どういうことだ?』


『あ、知りたい? なら教えるから私とレオを助けて! せめて私だけでも!』


 普通、そこはレオだけでも、と言う気がするんだが。まあ、ジェイらしいと言えるが。


『ちょっと待て。確認するから。アンリ、声は聞こえていたな? コイツらを助けてやってもいいか?』


『フェル姉ちゃんに任せるって言ったから、それも任せる。ただ、トラン王の事に関しては私も聞かせてもらう。約束を破ったら魔石を消滅させるから、それは相手に言い聞かせて』


『分かった。そう言っておく。ジェイ、裏切ったら死あるのみだ。魔石を破壊する。レオに関しても同様だ。お前が言い聞かせろよ』


『マジで任せて。ダメそうならレオは壊していいよ。付き合いが長いから助けようとしただけだから。あ、もちろん恋愛的な感情はないから、勘違いしないでね!』


『そりゃ、壊していいなんていう奴に恋愛感情がないくらい分かる。しかし、そういうところは結構ドライだな。ちなみに後ろにいる狼とか、お前達の同類っぽい奴らはどうする?』


『残念だけど、あっちはもう駄目だよ。博士から思考プログラムをいじられちゃって、余計な事を考えられないようにされてるんだ。今じゃ、博士のいいなり。アイツらの目があるから、こうやってフェルと真面目に戦ってるんだってば』


 なるほど。最初に思った通り、監視されているんだな。それはいいとして、思考プログラムをいじられた、か。可哀想な気はする。


 こういう時はアビスに確認だ。


『アビス、ちょっと離れた場所にいる奴らは思考プログラムをいじられているそうだが、直せるか?』


『いじられ具合に寄りますね。倒して回収してください。やるだけやってみます』


『分かった。そうする……よし、ジェイ。とりあえず、レオを回収して向こうの陣へ行け。それだけボコボコにしておけば、例え罠だったとしても暴れられないだろう』


 ジェイへの攻撃を止めた。私の攻撃をガードしていたジェイの腕や足はボロボロだ。


「そういう理由でボコボコにされたんだ? 痛くはないけど、めっちゃ壊れてて動かしづらいんだけど? まあいいけどさ」


 ジェイは小声を止め、普通の大きさで話をしている。両手首を振りながら、レオの方へ歩いて行った。


「そんじゃ、レオちん、あっちに亡命するよ。礼は後で構わないから。ちなみに私はお金が大好き」


 ジェイがレオを担ぎながらそんなことを言っている。


「な、何を、言ってる……?」


 どうやらレオは体が動かないだけで、意識はあったようだ。


「このままだと私達って王様に魔石を食われちゃうんだって。だから亡命。それにあっちの方が楽しそうじゃん?」


「な、なんだと……? いや、そうか。お前が言うなら間違いないのだろう。なら頼む……あ、剣も持って行ってくれ」


 驚きだ。レオがジェイの言葉を信じてる。私は最後の最後まで疑うつもりなのに。


 そう思った瞬間、狼がジェイ達の方へ駆けだした。あれは攻撃するつもりだな。


 ジェイのそばに転移してから、狼の顎にアッパーを入れる。狼は空中に吹き飛んだが、後転しながら地面に着地した。


 いつの間にかジェイ達といた奴らが武器を構えてジェイ達を取り囲んでいた。剣、槍、斧……色々と装備している。全部本体なのだろうか。


 コイツらの目的は、ジェイとレオの魔石を奪う事なのだろう。私よりもジェイ達の方をジッと見つめている。


 どうやらジェイ達を守りながら戦う事になりそうだ。


 まあ、ちょうどいいハンデだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る