スタンドバイミー

 

 朝早くスザンナと共に名も知らない町を出た。


 トランの方は随分と冷えるんだな。その上、スザンナの水竜のスピードが速いので相当な寒さだ。スザンナの着ている革製の服が温かそう。私もそういう物を用意しておくべきだったな。


 まあいい。今日、アンリはトラン国を取り戻すだろう。そうすれば宴と称して色々暖かい物を食べさせてもらえるかもしれない。それまで我慢だ。


 でも、よく考えたら今日一日で王都を落とせるのだろうか。具体的な話は聞いていないからお互いの戦力もあまり知らない。念のため確認しておこう。


「スザンナ、アンリ達の軍はどれくらいなんだ?」


 かなりのスピードで飛んでいるが、言葉を交わすことくらいできるだろう。昨日は聞こえないとか言ってたけど、あれは嘘に決まってる。


 スザンナはこちらをちらっとだけ振り返り、また前を見た。


「知らなかったの? アンリの軍は五万。エルフ、ドワーフ、それにフェルの従魔達がそれぞれ百くらい、獣人が一万くらいかな。人族はルハラから二万で、ロモンからも二万くらい」


「随分と多いな」


 昔ルハラの戦力が三万くらいだったと思うけど。


「国と戦争するなら少ないくらいだと思う。本当はアンリが名乗りを上げることでトラン国にいる反ダズマ派の決起も図ろうとしていたけど、ゴーレム兵ばかりだからね。当てが外れた」


「ダズマって誰だ?」


 そう聞くとスザンナはため息を吐いた。


「本当に何も知らないんだね。ダズマって言うのは今のトラン国王。つまりアンリの弟。ちなみにその母親はラーファ」


 なるほど。ダズマっていうのがアンリの弟か。そしてラーファ。アンリの母を暗殺して、アンリも殺そうとした奴。魔王の呪いが無ければ、私が手を出してしまいそうだ。


 聞いたことはないが、アンリはどうするのだろうか。おそらく王になるためにはダズマの命を絶つしかないと思う。親子共々幽閉という手もあるがアンリ以上に閉じ込められている国民が許さない可能性もある。


「アンリは、ダズマ達をどうすると言ってる? その、なんだ、殺すのか?」


「迷っているみたい。村長達はアンリが決めるべきだと言ってるけど、気持ちの上では殺した方がいいと思ってるみたいだね。ああ、でも、殺すにしても公開処刑みたいなことは考えていないようだよ。戦いの中で命を散らしてあげるべきだと言ってた。それがせめてもの情けなのかな」


 暗殺するような奴にそんな慈悲を掛ける必要もないのだろうが、アンリや村長達だからな。基本的に善人だ。例え恨んでいても、そういうことはできないのかもしれない。まあ、甘いと思いつつも好感がもてる。


 どちらかといえば、アンリには人を殺すような真似はして欲しくないな。それは王として甘いかもしれないけど……これも押し付けか。アンリがどうしたとしても私は見届けてやろう。多分、それだけでいいはずだ。


「お喋りはここまで。そろそろもっと飛ばすよ。間にあわなかったらずっと後悔することになる」


「そうだな。色々な事は後で考えよう。今はアンリのそばに居てやらないとな」


 スザンナが頷くのが分かった。そしてスピードが更に上がる。さらに寒くなったけど、これくらい耐えよう。




 それから四時間ほどして、丘の上に逗留している軍が見えた。さらに南には城下町のようなものが見える。あれが王都か。


 まだ、進軍していない。どうやら間に合ったようだな。


 急に水竜が変な叫び声をあげた。すると地上にいる人達がこちらを指した。なんだか歓声をあげているようだ。


「随分と歓迎されているな?」


「皆にはフェルが来るって伝えていないから、フェルを見て喜んでいるんだと思う。ギリギリまで知らない方がアンリが喜ぶと思って」


「誕生日のサプライズじゃないんだぞ? これから戦うんだから報告は大事だと思うんだがな?」


 でも、そうか。今の今までアンリは私が来ることを知らなかったのか。でも、もしかしたらアビスが連絡したかもしれない。確認してみよう。


『アビス、私が来ることを伝えたか?』


『伝えていません。こう、サプライズにした方が士気が上がると思いまして』


 お前もか。でも、利用できるものはなんでも利用するべきだな。私が利用されたことにイラっとするけど、それは後でいい。


 水竜が地上に近づくと、アンリの顔が見えた。喜んでいることがありありと見える。久しぶりに見るアンリは随分と背が高くなった。その顔には苦労が見て取れる。


 ヴァイアはアンリの事を十八の少女と言っていた。そんなことはない。もう大人だ。少女なんて言うのは失礼なくらい大人の女性になっている。見た目だけなら私の方が少女だ。


 地上に降り立ち、スザンナと一緒にアンリがいるところへ歩いた。アンリのそばには見知った顔がいる。皆がニヤニヤとこちらを見ていた。ちょっと殴りたい。


 アンリの前に立った。


 なんと言ってやればいいのか分からない。スザンナにはいつも通りでいいとは言われたが、いつも通りってどんな感じだったっけ?


 スザンナが笑顔でアンリの方を見た。


「勝負して私が勝ったから連れてきた」


「言っておくが、手加減してやったんだぞ?」


 そもそも私に一撃入れてない。いまさら言わないけど。


 改めてアンリの方を見ると嬉しそうにしているのが分かった。私の言葉を待っているのだろう。


「救援の話は聞いた。スザンナに負けたし、私個人の事情もあるから、今回だけ手伝ってやる。でも、王位簒奪自体を手伝うつもりはないから期待するなよ? そっちは近くで見届けてやるだけだ」


 あくまでも機神ラリス関係しか手伝わないというスタンス。私がやり過ぎると軍の士気に関わるだろうから、線引きは必要だろう。


 残念がると思ったが、そんな事はなく、アンリは嬉しそうだ。


「そばにいてくれるだけで十分。ありがとう、フェル姉ちゃん」


 そばにいてくれるだけで、か。すこし、いや、かなり心にくる。口にはしなかったらしいが、ずっと待っていたのだろう。罪悪感が酷い。


 それにまだフェル姉ちゃんと呼んでくれるのか。


 何も知らないから私をそう呼んでくれているのだろう。私は礼を言われることも、そんな風に呼ばれる資格もないんだけどな。


「手伝わないと言ったんだから、礼なんかしなくていい。それにフェル姉ちゃんはもうやめろ。今じゃお前の方が背は高いだろうが」


 アンリは何も言わずに首を横に振った。つまり、ちゃん付けするってことか?


 改めてフェル姉ちゃんと言うな、と言おうとしたら、ミトルがニヤニヤしながら近寄って来た。


 もしかしてエルフを率いているのはミトルなのか? 人選ミスだと思うけど。


「やっぱり来たな。まあ、アンリちゃんの事でフェルが来ない訳ねーよな」


「うるさい。そんな事よりも、今月のリンゴの支払いがまだだからエルフ達にちゃんと言っとけよ」


 エルフ達にはまだまだ貸しがある。リンゴを分割払いで毎月貰う事になってるけど、今月はまだ貰ってない。戻ったら貰おう。


 今度はゾルデが来た。


 相変わらず大きな斧を持っている。そういえば、ソドゴラ村で見かけなかったけど、こっちに参加していたのか。


「フェルちゃん、今度ドワーフの村に行って親父を止めてよ。鍛冶師に戻ってフェルさんの武器を作るんだって息巻いてるんだから」


 戦いの前なのに世間話だ。緊張感がないな。まあ、ゾルデらしいといえばらしいけど。でも話題がドワーフの村にいる宿屋のおっさんの事とは。私があそこへ行くわけがない。


「そんなことは知らん。大体、あそこは狂信者達の巣窟になってるだろうが。絶対に行かんぞ」


 あそこはメノウ、というよりもゴスロリメイズのファンだらけだ。数年前に一度行ったのだが、その、なんだ。怖かった。皆が黒いフリフリの服で、うまく言えないが、こう、怖い。


 今度はオルドが近寄って来た。


 もう相当歳を取っているはずなのに、いまだに筋肉の衰えがない。でも獣人達の王とも言われてる奴が前線に出てきていいのだろうか?


「この戦が終わったら、今度は儂とお主と決着をつけるぞ。逃げるなよ?」


 嫌に決まってる。大体、オアシスで戦った時にアヒルを使って私が勝った。そもそも私の負けでいい。


「決着はついただろ? それにお前の勝ちでいいぞ。面倒だから」


 今度は人族の女性がビシッと敬礼した。


「フェルさん、お久しぶりです!」


 ……誰だっけ? 顔に見覚えはあるんだけど。


 ああ、思い出した。名前は思い出せない。確か「レ」なんとか。


 傭兵団でアンリ達と同じ隊に所属していたはず。そうそう、私を暗殺者と間違えていた奴だ。村長を刺した奴でもあるけど、それには触れないでおこう。へこみそうだし。


「あの時の傭兵か。今度は見た目で相手を判断するなよ?」


 話した奴らを見渡す。これがアンリの集めた仲間か。


 随分と濃いメンバーを集めたようだ。大丈夫なのだろうか……いままでの戦いから考えると問題ないのだろうが、他に問題がありそうだけど。というか、私の知り合いばかりだな。


 たしかドワーフのおっさん、いや鍛冶師か、名前はグラヴェだったかな。そのグラヴェと弟子もこの行軍には同行しているとか聞いた。


 ドラゴニュートのムクイ達は戦いに参加していないが、大霊峰にある鉱石や、栄養価の高いワイバーンの肉とかを提供していると聞いている。


 それにヴィロー商会も全面的に協力しているはずだ。アンリが王になったらトラン国での商売を独占できるらしいからな。ラスナもやり甲斐があると喜んでいた。


 そんなことを考えていたら、ジョゼが近寄って来た。この三年間、アンリを守る様に言っておいたが、どうやらちゃんとやってくれたようだ。ただ、気になることがある。


「フェル様。ご命令通り、アンリ様を護衛しております」


「それはいいんだけど、お前ら増え過ぎじゃないか?」


 知らないスライム達が三体も増えてる。それぞれヴィクトリア、イングリッド、マルガリータと名乗った。まあいいんだけど、この三年で何があったのだろう。


 ジョゼと話をしていたら、アンリが笑顔で歩き出した。どうやら隊列を組んでいる兵士達の方へ移動したようだ。


 アンリが聖剣フェル・デレを背中の鞘から抜いた。いや、あれは魔剣だ。魔剣フェル・デレ。例え魔眼で聖剣と見えても魔剣だ。私がそう決めてる。あと、いつか名前も変える。


 アンリは魔剣を掲げた。


「今日の戦いは勝ちが決まったも同然。理由は言わなくても分かると思う」


 周囲から笑い声が聞こえた。


 え? 何でだ? 勝ちが決まった? なにか秘策があるのか? まさかアビスの奴、私が必要だと言うのも嘘だったのか?


「そして私も皆に約束する。この戦いに必ず勝利をもたらすと! この聖剣フェル・デレに誓って!」


「それは魔剣だろうが! というか、名前変えろ!」


「全軍! 突撃!」


 反射的に否定したのだが、アンリの号令で兵士達の声があがり、私の声がかき消された。


 くそう、何故バレた。今度、図書館の情報を操作して別の物に変えよう。ついでに名前も変えてやる。


 そんなことを考えていたら、アンリがこちらを見ていた。目が合うとアンリは頷く。「行ってくる」という意味なのだろう。


 魔剣の名前についてはまた後だ。今は応援してやろう。


「負けるなよ」


 アンリの周囲には人が多いし、結構離れている。聞こえたかどうかは分からなかったが、アンリは嬉しそうな顔をした。どうやらちゃんと聞こえたようだ。


「フェル様、随分と笑顔ですね?」


 背後から人型のアビスにそう言われた。いつの間にか近寄っていたようだ。


「笑顔? 私が?」


「はい、眩しいくらいです。嬉しいことがあったのですか?」


「……そうだな。嬉しいことはあった」


 ヴァイアが自分の子供の成長を嬉しく思うのと同じだ。アンリは私の理想以上の器を見せてくれた。たった三年で、これだけの人を従えているほど成長しているなら、アンリはこれからも大きく成長するだろう。それが嬉しい。


 私も覚悟を決めよう。


 これがアンリの最後の戦いになるはずだ。ならば助ける。アンリが王となる道を邪魔する奴はすべて排除する。例え相手が機神だったとしても、今の私なら恐れることはない。機神の技術を持っているだけの人族ならなおさらだ。


 三年待たせたんだ。その三年分の力を使ってアンリを必ず王にしてやるぞ。

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