第三世代

 

 トランへ行く準備をするので、スザンナも準備しておいてくれと伝えると、スザンナはヴィロー商会の店で買い物をしてくると言ってアビスの外へ出て行った。


 スザンナがいなくなったことを確認してから、すこしだけため息をついた。スザンナに準備を促したのは、これからの会話を聞かれたくないからだ。


「アビス、聞こえるか?」


『はい、なんでしょうか?』


「私への救援を提案したのはアビスだと聞いた。正直に答えろ。本当に私の手伝いが必要なのか?」


『いえ、特には』


 このやろう。


「あのな、もう少し取り繕えよ。アンリのために私が必要だという嘘をついたのか?」


『すばらしい洞察力です。まさにその通り』


「お前達思考プログラムって嘘をつけないんだろ? なんで普通に嘘をついてる。お前もイブと同じようにおかしくなってるのか? 変な事をする気ならコアを叩き潰すぞ?」


『イブはおかしいわけじゃありませんよ。自分の欲望に忠実なだけです。私も似たようなものですから分かります。アンリ様に喜んで欲しくてそんな嘘をつきました』


 なら、最後まで嘘をつき通せ。なんでバラした。


「いまさら咎めるつもりはないが、あまり嘘はつくなよ? 信用って大事だぞ?」


『色々勉強した結果、嘘には良い物と悪い物があります。今回は良い嘘ですので問題ありません』


「自分で言うなよ。それは嘘をつかれた方が評価することだ。それにアンリにとっては良い嘘でも他の奴らにとっては悪い嘘かもしれない。だから嘘に良し悪しはない。嘘はただの嘘だ」


『そうですね。ただ、フェル様にとっても良い嘘だったと自負しています。どうでしょう? 嘘をつかれたフェル様から見てこの嘘の評価はどんな感じですか?』


 多分、アビスの顔があったらドヤ顔している。想像の中で右ストレートを放った。


 だが、私の事も気遣った上での嘘か。アビスは昨日のヴァイア達との会話を知らないはず。アビスは私の行動などからどういう状態か分かっていたのかも。助け舟を出されたということか。


 なら、アビスに感謝するべきなんだろうな。ものすごく嫌だけど。


「分かった。私の負けだ。今回の嘘は良い嘘だったと認めよう。私の変な押し付けでアンリを助けに行かなかったからな。タイミングよくこういう展開になってくれたので助かった」


『お役に立てたのなら何よりです。ただ、今回の件、フェル様が必要ないとは言えない状態になっているのも確かなのです。アンリ様に提案した時点では問題なかったのですが、後に色々わかりまして本当に力を借りたい状態になってしまいました』


「というと?」


『機神ラリスの技術が本当に奪われているということです。最初に捕らえたゴーレム兵を確認した時、単純に機神ラリスが作った物を使っているだけ、と思っていたのですが、どうやらそれは間違いでした』


「何が違うんだ?」


『ゴーレム兵は機神ラリスが作ったのではなく、その技術を使って最初から作り上げたようなのです。嘘が本当になってしまいました。それはともかく、問題は人族がそんな技術を理解できるか、という点ですね』


 私も色々と旧世界の技術を学んでいる。だが、あれを学ぶには相当な知識が必要だ。私だってアビスに教わりながら何となくしか理解していない。単独かどうかは知らないが、博士と呼ばれる奴が一人で学べるものではないだろう。


 となると、博士とは何者なのだろう? オルドと同じように創造主の知識がダウンロードされているのだろうか。


「戦場で博士が出てきたことはあるのか? ちなみに種族は人族で間違いないんだよな?」


『戦場に出てきたことはないですね。魔素を使った探索をしてみましたが、王都にいる、くらいしか分かっていません。そして、その探索情報から分かっていますが、間違いなく人族です。ただ――』


「ただ、なんだ?」


『世代の違う人族である可能性が高いです』


 世代の違う人族?


「第三世代の人族、ということか?」


『おそらく。機神ラリスの技術を理解できるなら第三世代の人族でないと難しいでしょう。逆に言えば、第三世代の人族なら理解は難しくないはずです』


 第三世代の生き残りか。結構生き残っているな。これで二人目だ。


 一人目はリーンにいる本屋。アイツが第三世代の生き残りだ。


 以前、私が貰った本「真実の愛」は、旧世界の本だろうと問い詰めると、驚いた顔をしてから色々喋ってくれた。


 本に関しては「図書館」で見た内容をそのまま書き写して本として出版したと答えてくれた。パブリックドメインがどうとか言っていたが、それは何を言っているか分からなかった。


 衝撃的だったのはその後だ。その本屋は第三世代の生き残りだと言った。


 本屋の話では、第三世代の時に神眼で旧世界の本をみていたが、その中の情報で生命体を全滅させる調整の事を知ることができたらしい。いつか来るかもしれない調整を逃れるために備えていたということだ。


 そして第三世代の調整を逃れ、この第四世代で生きることになった。ただ、これ以上神眼で情報を見るのは危険だと感じたらしい。そもそも図書館には閲覧履歴という情報が残る。そして第三世代の人族は管理者を知っている。もし自分が生きていることを管理者に知られたら、どうなるか分からない。


 それに調整による死を逃れることはできたが、一人だけ生き残ることに何の意味があるのか、と自問自答したそうだ。


 最終的に神眼を使えなくしてから、過去に書き写した本を売ってほそぼそと暮らすことを決意したと言っていた。


 その後も本屋とは色々な話をしたが他の生き残りがいるとは聞いていない。わざと言わなかったか、そもそも全く知らないのか微妙なところだ。


「リーンにいる『本屋』と繋がりがあると思うか?」


『おそらくですが、ないでしょう。「博士」の方はどうやって生き延びたかは分かりませんが、「本屋」の方は高性能なコールドスリープです。あれは独自で開発した専用の物でしたし、当時でも量産できるものではないです。おそらく別々の対策で生き延びたので、繋がりはないと思います』


「そうか。なら本屋の方は特に気にする必要はないな」


 本屋は三巻もくれたし、多分いい奴だろうから、とりあえず気にしなくていいだろう。それに今度、本の出版方法を教えてくれることになっている。ヴァイアの事を本にして売り出したいからな。


 あの本よりも売ってやると言ったら、なぜかすごく喜んでいた。しかも早く書いて欲しいと言われている。自分が死ぬ前に読みたいらしい。一文字も書いてない状態でファンが付くとは。私も捨てたもんじゃないな。


 おっと、思考がそれた。


 今の問題は博士だ。ならその博士は私が相手をしよう。アンリにはトラン国の王とその母の対応をしてもらえばいい。それなら私が手伝ったとしてもディーンの時の様にはならないだろう。


「博士は私が対応する。そもそも機神ラリスがどうなったかを知っておきたいからな」


 間違いなく創造主の方は亡くなっているだろう。だが、機神ラリスが現在どうなっているかは分からない。イブが女神ウィンと話していたとき、人族に騙されて機能を奪われたとか言っていた気がする。おそらくだが、その人族が博士なのだろう。


 機神ラリスなら私の案件だ。魔王様がいないということに少々不安を覚えるが、今はアビスが私をサポートしてくれている。何とかなるだろう。


「アビス、すまないが私がそっちに行ったらアンリではなく私の補佐を最優先にしてもらうぞ。相手が相手だし危険かもしれないからな」


『フェル様を呼ぶ提案をしたのは私ですからね。それに博士さえ抑えてしまえば、今のアンリ様達に負ける要素はないでしょう。喜んでサポート致します』


「よろしく頼む」


 よし、これで状況も分かったし、私のやることも判明した。


 今日はズガルに泊まって、早朝、スザンナにトランの王都まで運んでもらうか。


 さて、最後の問題はアンリにどんな顔をして会うかだな。一応救援要請をされているわけだから、普通に行けばいいんだけど、スザンナを通して今まで行かなかったのは知られているんだし、なんとなく顔を合わせづらい。


 そう考えると、一番の問題はアンリへの対応か。明日までに考えておかないとな。

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