第十四章
村長の依頼
ようやく最後の部屋と思われる扉の前に着いた。
遺跡へ入って十日。やっとの思いでここまで来れた。早く部屋を確認してとっとと外へ出たい。私の我慢はもう限界だ。
アビスの話によると、このダンジョンタイプはネクロポリス。つまり死者の都だ。なんでそんなタイプがあるのだろう。ダンジョンの製作者に文句を言いたい。
ゾンビやグールなどに行く手を阻まれるだけならまだいい。特に強いわけでもないので瞬殺だ。でも、問題はそこじゃない。問題はアイツらの臭いだ。鼻がひん曲がりそうとはまさにこの事。何度諦めようかと思ったことか。
ウロボロスのような巨大な空間や、人界の地上でゾンビやグールに会うならそれほど気にならないと思う。だが、このダンジョンのような小さな閉鎖空間ではそうもいかない。逃げ場のない匂いに死んでしまいそうだ……不老不死だけど。
こんなことなら脱臭の術式をヴァイアに教わっておくべきだった。この匂いのせいで、この十日、まともに食事をとってない。こんな臭いの中で何か食べたら、例え美味しい物でも不味く感じそう。食べ物は匂いが重要なんだ。
そんな事を考えていたら、目の前の扉を調べていたジョゼがこちらへ振り向いた。
「フェル様、扉の解錠が終わりました。周囲に罠はありません」
「分かった。エリザ達はどうしてる?」
「ゾンビ達の殲滅に当たっていましたが、終わったようです。今、こちらへ向かっています」
「なら、皆を待って全員で入ろう」
おそらくこの中に魔王様はいないだろう。もしいたら、何でこんなところにいるんだと問い詰めたい。あと、数日は風呂に放り込んで洗う。私が隅々まで洗ってやる。魔王様に拒否権はない。
……ちょっとむなしくなってきた。くだらない妄想は止めるか。多分、こんなことを考えるのはお腹がすいているからだな。
現実的なところで言えば、この部屋に強い魔物がいるはずだ。ダンジョンコアを守る守護者。状況から考えるとアンデット系の魔物だろう。なにが出てくることやら。
十分程待つと、エリザ、シャル、マリーが戻ってきた。
「皆、ご苦労だった。おそらくだが、ここが最後の部屋だ。ここを守る奴がいると思うから全員で入るぞ」
私の言葉に全員が頷く。
とりあえず、いつも通りの役割で戦うと命令した。私とジョゼ、エリザは前衛アタッカー、シャルは中衛サポート、マリーは後衛の遠距離アタッカーだ。基本はそれで、あとは臨機応変に行くことにした。
「よし、行くぞ」
そう言って、両開きの扉を押しながら中へ足を踏み入れた。
中は暗い。だが、数歩進むと部屋の中が明るくなった。直後に入ってきた扉が閉まる。
金属でできた巨大な空間。奥行や幅が五百メートルはあるだろう。こういう場所も随分と見慣れたものだ。
だが、見慣れないモノが部屋の中央にいる。こちらに気付いたのか、のそり、と動き出した。数十メートルの巨体のせいか、動作は遅い。いや、半分腐っているから遅いのか。
体が腐りかけているドラゴンがこちらを見て咆哮をあげた。
ドラゴンゾンビという奴だろう。後ろ足が太く、前足は短いタイプのドラゴン。首は短いが尻尾が長いので気を付けなくてはいけない。危険そうだから魔眼チェックもしておこう。
……毒や麻痺などの状態異常ブレスが厄介そうだな。ジョゼ達には効かないが、私には効果がある。毒や麻痺をしてもすぐに治るが、極力ブレスには当たらないようにしよう。それとドラゴンゾンビの再生能力も侮れない。再生できない程の攻撃を一気に与えるしかないな。
「まずは足を狙って動きを止めるぞ。相手が動けない状態になったら全員で一気に仕留める。いいか?」
スライムちゃん達が頷いた。
「よし、戦闘開始だ!」
まずマリーが炎蛇の魔法を放った。大量の炎蛇がドラゴンゾンビめがけて飛んでいく。いくつかはブレスにより無効化されたが、何体かがドラゴンゾンビに噛み付き、そこで燃えだした。腐っているからか燃えやすいのだろう。嫌なにおいがするが我慢だ。
シャルは全体に加速や障壁の魔法を展開した。ドラゴンゾンビにもさらに動きが遅くなるように減速の魔法を使ったようだ。動いているのが怪しいぐらいの遅さになる。
その直後、ジョゼとエリザは素早く移動して、それぞれがドラゴンゾンビの右足と左足を攻撃した。切れ味のいい、液状カッター。それが同時にドラゴンゾンビの両足を切り裂く。
……というか、一撃で足が切断され、ドラゴンゾンビが前のめりに倒れた。私の出番が来る前に動きが止まってるんだけど。
皆が私を見ている。「どうしますか?」という目だ。もう私の出番は要らないと思う。
それに最後の美味しい所だけを持っていくのも気が引ける。仕方がないので、ジョゼ達にトドメを刺す様に伝えた。私がいなくても火力的には十分だろう。
可哀想なくらいにドラゴンゾンビがボコボコにされた。そしてドラゴンゾンビが消滅する。後には巨大な魔石が残されていた。
作戦は必要なかった。普通に戦って勝てる。ドヤ顔で作戦を伝えたのがちょっと恥ずかしい。
そんな居たたまれない状況のところへ、ジョゼが魔石を持って来た。
「作戦のおかげで簡単に倒せました」
「それ本気で言ってるのか? 私を馬鹿にしてるんじゃないよな? 頼むから、これ以上、恥ずかしい思いをさせないでくれよ?」
「フェル様が何をおっしゃっているのか分かりません。良い戦略だったと思いますが?」
さらに追い打ちを受けた気がする。それとも私の心が卑しいのだろうか。こう、被害妄想的な。
まあいい、気を取り直して行こう。早く戻って食事をしたい。
「それじゃ皆、分かっていると思うが、旧世界の物がないか部屋を探してくれ。私はダンジョンコアから情報を吸い出す」
皆は頷くと、部屋の探索を始めた。私は部屋の奥へと移動する。
部屋の一番奥には台座があり、そこにはスイカくらいの球体が淡い光を放っていた。これがこのダンジョンのダンジョンコアだ。
これから情報を吸い出す。とはいえ、私にはそんな事できない。アビスにお願いしないと。
左手の小手を左耳に当てた。
『アビス、聞こえるか?』
『はい、聞こえます。最深部まで行けましたか?』
『ああ、今、ちょうど着いたところだ。目の前にダンジョンコアがある。情報の吸い出しをお願いしたい』
『畏まりました。ダンジョンコアの台座からコードを抜き出して小手につなげてください』
球体がある台座の前にしゃがみ込んだ。そして台座を触る。台座が開く部分を探し出し、そこを開いた。その中には見ていると眩暈が起きそうな模様が描かれている。その模様に沿って赤や青の光が動くからさらに目が痛くなる。
その光は無視して、開いた場所から黒い紐を取り出した。それを小手に繋げる。
小手から青い光が放たれた。アビスが言うには空間ディスプレイと言う物らしい。そこに何パーセントという表示されている。これが百パーセントになれば終わりだ。おそらく数分は掛かるだろう。
『フェル様、ちょっとよろしいですか?』
アビスが小手から直接話しかけてきた。念話通信ではなく、普通の通信と言うのは珍しいな……ああ、情報を吸い出しているから、小手を私の頭に当てられないと思ったのか。確かにコードが短くて小手を頭まで持っていけない。
なら普通に会話しよう。ダンジョンの中だし、問題はないだろう。
「今は大丈夫だが、何かあったのか?」
『村長がフェル様にお会いしたいそうです。フェル様に依頼したい事があるとおっしゃっていました』
「珍しいな。どんな依頼だ?」
『申し訳ありません。フェル様に直接おっしゃりたいとの事でしたので、詳細は伺っておりません』
私に直接か。なんの話だろう? まあ、聞けばいいか。村長から会いたいと言ってるんだ。会わないという選択はない。
「ちょうどダンジョンの攻略が終わった所だから、すぐに向かうと伝えてくれ。そうだな、二日後に着くと伝えておいてほしい」
『畏まりました。村長に伝えておきます。ちょうど情報の吸い出しが終わりましたね。情報を精査しておきます』
「分かった。よろしく頼む」
通信が切れた。そして青い空間ディスプレイを見ると百パーセントになっている。アビスが言った通り情報の吸い出しが終わったのだろう。
小手からコードを抜き、台座の開いている場所へ戻した。そして閉じる。
ジョゼ達の探索も終わったようだ。いくつか旧世界の物があったので、それを受け取り、亜空間にしまう。これも後でアビスに調査してもらおう。
さて、帰る前に伝えておくか。
「さっきアビスから連絡があった。どうやら村長が私に何かを依頼したいそうだ。久しぶりに村へ帰るとしよう」
ジョゼ達が嬉しそうにしている。もちろん私も嬉しい。
でも、慌てちゃいけない。今の私はとても臭いはず。まずはちゃんと臭いを落としてから帰らないと、村から追い出される可能性がある。ちゃんと身を清めてから帰ろう。
約束の二日後、予定通り村へやってきた。いや、もう村じゃないな。ここは随分と変わった。でも、変わらない物もある。村長の家がその一つだ。
「たのもー」
挨拶をしながら村長の家へ入る。すると村長が笑顔で迎えてくれた。珍しくアンリ母とアンリ父も一緒にいる。全員で出迎えとは何があったのだろう。
「フェルさん、お久しぶりですな。この度はご足労いただきまして――」
「村長、何を言ってる。そんな他人行儀なことを言うような間柄でもないだろ。私もここの住人みたいなものなのだから、そんな畏まらなくていい。それに久しぶりって言っても一ヶ月前に来たよな?」
「ははは、そうでしたな。では、立ち話もなんですから、どうぞお座りください」
村長に促され、椅子に座った。村長とアンリ母、アンリ父も座る。テーブルを挟んで村長達と向かいあった。
テーブルにはリンゴジュースがある。勧められたし、せっかくなので頂こう。
ぐびっとリンゴジュースを飲むと、口の中にリンゴの匂いや味が広がった。やっぱりリンゴはいい。いくら食べても飽きない。いつかリンゴの栽培をしたい。
おっと、まずは村長の話を聞かないと。リンゴの事を考えている場合じゃない。
「それで村長、私に依頼があるとか?」
「ええ、そうなんです。お忙しいとは思うのですが、どうしてもフェルさんに依頼したいことがありまして」
「どんなことだ? 村長の依頼だ。可能な限り聞くつもりだぞ?」
「ありがとうございます。依頼と言うのは、アンリをここへ連れて来てほしいのです」
アンリを? 確かアンリはスザンナと一緒にいるはずだったな。でも、依頼?
「それって私に依頼するようなことか? 本人に念話を送ればいいだけの話だと思うが」
「アンリは念話を拒否しているようで、届かないのですよ。スザンナ君も同じように拒否状態でして、念話が届かないのです。もっと事前に連絡をしておけばよかったのですが」
「何やってんだ、アイツら」
「何かの訓練だとは思うのですが、状況が分からないのでフェルさんに依頼しようと思いまして。それに、もしアンリが帰りたくないと駄々をこねても、フェルさんの言うことなら聞きますから」
そういうことか。
まあ、問題はないかな。次に行くダンジョンはまだ決めてないし、しばらくは休むのも悪くないだろう。それに久しぶりにアンリやスザンナに会いたい。
「分かった。依頼を引き受ける。アンリを連れてこよう」
「ありがとうございます。それと申し訳ないのですが、二週間以内に連れてきてもらえますか?」
「二週間か。たしか今はルハラ帝国の帝都にいるんだよな? 間に合うとは思うのだが、二週間以内に何か意味があるのか?」
「大した意味はありません。ただ、昔からそう決めていましたから」
「昔から決めていた?」
「はい、二週間後がアンリの誕生日なのです」
アンリの誕生日……? ああ、そう言うことか。
「アンリに本当の話をするということか?」
村長は黙ったまま、力強く頷いた。アンリの母や父も決意しているような顔で頷く。
「分かった。そういうことなら必ず二週間以内に連れてこよう」
「よろしくお願いします」
とうとうアンリにあの話をするのか。話を聞いたアンリはどんな道を選ぶのだろう。どんな道を選んでも、私はアンリの味方をしてやらないとな。
……あれから十年か。時の流れとは早いものだ。
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