寂しがり屋

 

 ヴァイアとノストに連れられて教会まで来た。


 教会の周囲には、村の皆が数名と孤児院の子達も集まっている。


 よく見ると、ディアが説得しているようだ。教会の入り口にある両開きの扉を叩きながら、リエルに話し掛けている。


「リエルちゃん、諦めて出て来なよ。リエルちゃんがいなくても結婚はできるんだよ? むしろこの籠城はなんの意味ないよ? それに援軍も兵糧もないでしょ?」


『うるせぇ! この村で精霊を呼べるのは俺だけだ! 俺がいなきゃ、精霊に認められることもねぇから、結婚できないって寸法なんだよ!』


 最低な奴がいる。なんで私はコイツと親友なのだろうか。私も説得しなきゃいけないのか。はげしく嫌だ。


 ディアがため息をついてから、こちらを振り向く。私達に気付いて苦笑いをした。


「もー、リエルちゃんは相変わらずなんだから。えっと、詳しく説明しなくても大丈夫だよね?」


「まあ、ほぼ全て理解している。仕方ないから私も説得しよう」


 力尽くで外に連れ出してもいいが、それだと本当の解決にはならないだろう。なんとか言葉だけでリエル自身が外に出てくるようにしなくては。


 とはいえ、かなり意外だ。口ではああ言っていても、実際にそうなったらものすごく協力すると思ってたからな。本気でヴァイアの結婚を邪魔するとは思わなかった。もしかして何かあるのだろうか。


 まあいい。まずは会話をしよう。口は気持ちを伝えるためにあるんだからな。


 扉の前に立ち、軽く叩いた。


「リエル、私だ、フェルだ」


『フェル? よお、帰ってたんだな。皆まで言わなくても分かってくれると思うが、フェルは俺の味方だよな? 入ってくれ。一緒に徹底抗戦だ!』


「待て待て、なんでそうなる。どちらかと言うと敵だ。私はヴァイアの結婚に賛成だぞ?」


『フェル、いいか? フェルやヴァイアの両親が結婚を認めても俺が認めねぇ! 早すぎんだよ!』


 ヴァイアの両親と言うのは、親代わりのニアとロンの事だろう。なんでニアやロンよりもリエルの許可が必要なのだろうか?


「酷な事を言うようだが、ヴァイアの結婚にリエルの許可は要らないぞ?」


『いるんだよ!』


 理論もなにもない。駄々をこねているだけじゃないか。理論的に説明してもダメなら説得しようがないのだが。


 仕方ない。まずは外に出てもらうことが先決だな。こういうのは小説で読んだことがあるから、やり方は知ってる。


「リエル、教会は完全に包囲した。武器を捨てて大人しく投降しろ」


『断る!』


 ダメだった。なら次だ。


「えーと、ご両親が泣いてるぞ。お前はそんな子じゃないって。昔のリエルに戻ってほしいと泣いて訴えてる」


『勘当されたときに、一生分泣いたから、もう俺のためには泣かないって言ってたぞ? それに俺は昔からこうだが?』


 親にそんな事言われたなんて一体何をしたんだ。リエルとその両親、両方に同情したくなる。それに昔からこうなのか。どうしようもないな。


「えっと、それじゃ、孤児院の子達が泣いてる。その、居たたまれなくて。リエルを慕っているのにお前がそんな駄々をこねていたら、子供達が幻滅するぞ?」


『いいかフェル? 幻想って言うのはいつか壊れるもんだ……そうやって子供は大人になっていくんだよ』


「そんな話はしてない。お前、もしかして遊んでんのか?」


「あの、よろしいでしょうか?」


 子供の中でも最年長っぽい女の子が話しかけてきた。大丈夫だろうか、リエルへの尊敬とかが無くなるとこれからの孤児院運営が大変になりそうだけど。


 とりあえず話を聞いてみよう。


「えっと、なんだ? この状況を打開できる方法があるのか?」


「それは分かりませんが、聖母様の状況はなんとなく予想が付きます。聖母様は寂しいのではないでしょうか?」


「寂しい?」


「はい、その、聖母様はよく私達に、自分よりも先に結婚するなとおっしゃります。それは私達がいなくなると寂しくなるからだと思うのです」


 なるほど。それは間違っていると思う。ほぼ百パーセントの確率で、自分に結婚相手がいないから嫌がらせで邪魔しているはずだ。間違いない。


「それと同じように聖母様の親友であるヴァイア様が結婚してしまうと、寂しくなるからこのような行動を取られているのかと」


 そうだろうか。違うと思う。大幅に間違っていると思うが、一応聞いてみようか。


「えっと、子供達はリエルが寂しくなるから駄々をこねていると言ってる。心当たりはあるか?」


 返事がない。やっぱり違うのだろう。


「やはりそんな理由じゃないと――」


『フェルは寂しくねぇのか? ヴァイアが嫁に行っちまうんだぞ?』


 ショックだ。リエルからそんな言葉が出るとは。裏切られた気分だ。


『ヴァイアがノストと結婚したら、どうせヴァイアはノストに付きっきりだぞ? 俺達の事なんか忘れて、二人で愛を育むんだ。俺達の事なんか二の次、三の次。俺達は過去の女になっちまうんだよ!』


「変な事を言うんじゃない。なにが過去の女だ。言葉の使い方が間違ってる」


 リエルは情緒不安定というかおかしくなってる。そういうのって結婚するヴァイアの方がなるんじゃないのか?


 説得に難航しているのが分かったのだろう。ヴァイアが近寄ってきた。


「ねえ、リエルちゃん。どうしてもノストさんと結婚しちゃダメかな?」


『おう、ダメだ。まだ結婚しねぇで俺達と一緒にいようぜ? 俺達は若いんだ。そんなに早く結婚する必要はねぇよ。そうだ、皆で旅行とかどうだ? 王都へ行ったときとか、楽しかっただろ?』


「あのね、リエルちゃん。私が結婚するならフェルちゃん、ディアちゃん、リエルちゃんの三人には絶対に祝福されたいって思ってるんだ。だから、もしね、もし、リエルちゃんが本当に反対なら結婚しないよ?」


『……反対なわけねぇよ。でもよ、まだ早いだろ? 俺達は十八だぞ? 皆、これから色々と忙しくなりそうだけど、もっと遊んでいてもいい年だ。結婚するなら二年後はどうだ? ヴァイアが村を出る時。それくらいなら許容範囲だぞ?』


「それも考えたんだけどね、私は二年後、魔術師ギルドのグランドマスターになるでしょ? すごく忙しくなるんだ。だからその前に結婚して……その、赤ちゃんとかね?」


 ヴァイアが最後の方を小声でそう言った瞬間、教会の扉が勢いよく開いた。


「おう、コラ、ヴァイア! まさかお前、もうお腹の中に赤ちゃんがいるとか言わねぇだろうな!」


 もう他人の振りをしたい。この村じゃ意味ないけど。


「ちょ、リエルちゃん! なんてこと言うの! そんな事あるわけないでしょ! これからだよ、これから!」


「お前ら、止めろ。そういう話ならもっと小さな声でやれ」


 リエルがヴァイアの肩に手をまわしてから、ぼそぼそと話し合っている。何を話しているかは聞きたくない……そういえば、リエルが外に出てきたな。このまま確保するか。教会に戻られても困る。


 ディアに視線を送ると、ディアは頷いてから教会の入り口へ移動して扉を閉めて鍵をかけた。これで教会には戻れまい。


 少し待つと、リエルは肩から手を離した。そして二人が向き合う。


「なあ、ヴァイア、聞かせてくれ。ノストとの結婚は本気なんだな? 気の迷いとか、勢いとか、占いの結果とか、そう言うのじゃないんだな? これからどんなに苦しいことがあっても、二人で一緒に乗り越えて行くって感じの気持ちなんだな?」


「うん、自分の意思で決めた事だよ」


 リエルの問いにヴァイアが力強く答えた。リエルは「そうか」と言った後、ノストの方へ顔を向けた。そして手招きしてノストを呼び寄せる。


「ノスト、お前、本気でヴァイアを嫁にする気なんだな? 遊びとか、勢いとか、政略結婚とかじゃないんだな?」


「もちろんです。これからヴァイアさんに、人生のパートナーとして、ずっとそばにいて欲しいと思ってます」


 ヴァイアが顔を真っ赤にして嬉しそうにしている。リエルはそんなヴァイアとノストを交互に見てから、大きく深呼吸をした。


「本気なんだな……分かった。お前らを祝福してやる。結婚でも何でもしやがれ」


「リエルちゃん……! ありがとう!」


「ただし!」


 リエルが右手の人差し指でノストを指す。そして睨んだ。


「いいか、ノスト。ヴァイアは俺の親友だ。もしも、ヴァイアを泣かすような事があったら、聖人教の全勢力を使ってでも、お前を言葉にできない感じの酷い目にあわせる。これは脅しじゃねぇ。俺はやると言ったらやるからな?」


「分かりました。その時は、この首を差し出します。意見の対立で喧嘩することはあるかもしれません。ですが、泣かせたりしないと誓います」


「分かった。その言葉、違えるなよ? よし、結婚式の時には俺がすげぇ精霊を呼んでやるからありがたく式を挙げろ」


 ヴァイアがリエルに抱き着いた。どうやらこれで一件落着だな。私は結局何もしなかったが、まあ、終わりよければすべてよしだ。


 それにしても意外だった。リエルは寂しかったのか。普段の言動からはそんな風に思えないんだけど。もしかして、そう思っていたのは私だけなのだろうか? ちょっとディアに確認してみるか。


「なあ、ディア。リエルって寂しがり屋なのか? 籠城したのって嫉妬による嫌がらせじゃないのか?」


「納得はいかないんだけど、嫉妬じゃなくて寂しさからきた行動だったみたいだね。でも、ほら、リエルちゃんは聖女になってから同年代の友達っていなかったと思うんだ。もしかしたら私達が初めての親友なのかも。付き合うまでならともかく、結婚したらノストさんにヴァイアちゃんを取られるって気持ちになったんじゃない?」


 なるほど。それなら分からんでもない。私もなんとなくそんな気分だ。ヴァイアには幸せになって貰いたいから邪魔したりはしないけど。


 リエルはヴァイアに抱き着かれたまま、ヴァイアの背中に手をまわし、軽く叩いた。


「ヴァイア、ブーケを投げる時は親友の俺の方に投げろよ? 次に結婚するのは俺だからな? 俺もすぐに結婚してやる。勝った気になるなよ?」


「うん、フェルちゃん、私をそんな目で見ないで。私が言ったことは三割、いや、二割……少なくとも一割くらいは合ってると思うんだよ。合ってるといいなー……」


 リエルのあれは照れ隠しなのかもしれないし、真相は闇の中だな。


 それにしても朝っぱらから疲れた。昼はリエルに奢らせよう。

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