部長会議
朝っぱらから部長会議に呼ばれた。
オブザーバーという立場なのだろう。本当に必要なのか問いたい。発言はできるのに議決権はないんだから必要ないと思うんだけど。
会議室の円卓に魔王であるオリスアと全部門の部長が座っている。オリスアの後ろにはサルガナが控えていた。議長的な立場なのだろうか。私は壁沿い置かれている椅子に座っているだけだ。
サルガナが咳ばらいをしてから、皆を見渡した。
「ではこれより部長会議を始めたいと思う。発言がある時は挙手してくれ」
その言葉に全員が頷く。
「では最初の議題だ。大広間に置くフェル様のオリハルコン像について――」
「異議あり」
「……フェル様。発言の時は挙手をお願いします。で、どうされました? 言っておきますが、これは裁判ではありません。異議は認められませんよ?」
「そもそもその議題を最初に持ってくることに悪意すら感じるが、まず、なんでそんなものを大広間に置こうとしている? というか、誰が言い出した?」
オリスアが踏ん反り返りながら腕を組み、笑った。
「当然、この私、オリスアです! フェル様のご威光を余すことなく像にして未来永劫称えるのです! フェル様フォーエバー!」
「まず、言い出した時点で誰か止めろよ……まさか満場一致で賛成じゃないよな?」
満場一致だった。コイツら、私を馬鹿にしているとしか思えないんだけど。こんなにおかしい奴らだったっけ?
「とにかく、私のオリハルコン像なんてダメだ。肖像権侵害とかで訴えるぞ」
「大丈夫です! もみ消します! なんてったって魔王ですから! 法務部に賄賂くらい余裕です!」
「魔王を悪用するんじゃない……ガリプト、お前も嬉しそうにするな。法務部なんだから賄賂はダメだ」
私を馬鹿にしているんじゃなくて、私で遊んでいるような気がしてきた。私ってイジラレキャラなのだろうか。あまりにひどいようならちょっと力で黙らせよう。
そんなことを考えていたら、ルネが勢いよく手を挙げた。サルガナが頷いて発言を許可する。
「皆さんはお年寄りだから分からないかもしれませんが――あ、すみません、危険な魔法は止めてください。身代わりの人形が無いので、一撃で骨まで無くなりますから……まあ、聞いてください。私にはフェル様が言いたいことが分かりますよ?」
言ってやれ。恥ずかしくて、居たたまれないのだとな。ルネも若いからその気持ちを分かってくれるだろう。
「フェル様は、オリハルコンじゃなくてアダマンタイトで作れ、そう言っているのです!」
全然違う。かすりもしない。
「盲点だった。まさにその通りだ、ルネ。オリハルコンじゃ生ぬるい。アダマンタイトで行こう。ルネ、いい案を出したから、魔王オリスアの名で支給の食糧を増やしてやる」
「ありがたき幸せ……!」
「おう、いつまで私はこの茶番を見てればいいんだ? お前達の余命が刻一刻と減っているけど、あとちょっとで無くなるからな? 墓の石碑に言葉を刻んでもらえると思うなよ?」
私が本気で嫌がっていると、皆はようやく分かってくれたようだ。オリスアが最後まで作りたいと言っていたが、ことごとく却下した。オブザーバーだけど議決権があるオブザーバーだ。
次の議題は魔王名鑑の作成だった。なんでそんなものを作るのか聞きたいが、まずは流れを見ておこう。
サルガナが皆を見渡してから口を開いた。
「分かっていると思うが、今の私達があるのは歴代の魔王様のおかげだ。それを忘れないためにも資料としてまとめておきたい。これまでは墓地エリアにある墓に書かれた名前だけだったからな。今後は別の形で残すことにした」
先祖に感謝することは間違っていない。勇者に勝てなかったのかもしれないが、それは世界規則と言う不可侵のルールがあったからだ。絶対に負けることが約束されているルール。でも、歴代の魔王達はそれを知らなかった。勝てると信じて魔王達は魔族を率いて勇者に戦いに挑んでいたんだ。
その戦いが無駄だったとは思わない。人族を圧倒できるほどの能力があるのは身体スペックの差だけじゃないはずだ。魔族は勇者に勝とうと色々研鑽してきた。それが今の私達に受け継がれているからだと思う。
でも、そう考えると、魔王としての職務を中途半端にした私はダメだな。これまでの魔王と同等に扱うのは間違っている。
手をあげた。サルガナがこちらを見て頷く。
「私の名前も名鑑に入るのか?」
「もちろんです。歴代の魔王は全て記載するつもりです。まさかとは思いますが――」
「そのまさか、だと思う。私の名前は載せないでくれ」
会議室がざわついた。サルガナが「静まるように」と言うと、会議室が静寂する。私の言葉を待っているようだ。
「知っての通り、私はイブと言う奴に強制的に魔王にされた偽物の魔王だ。そんな者の名前がその名鑑に載るのは、他の魔王達に失礼になるだろう。私の名前は残さないでくれ」
オリスアが右手を大きく振りかぶってから、円卓を叩いた。皆がぎょっとしてオリスアを見つめる。
「なぜ! なぜフェル様の名を残してはいけないのですか!」
「理由は言っただろう。私をこれまでの魔王、そしてこれからの魔王と同列に語ってほしくない。私は偽物なんだ」
「偽物なんかじゃありません! いえ、むしろフェル様こそが本物の魔王なのです! なぜそれを分かってくださらないのですか!」
相変わらずオリスアは私に対して盲目的というかなんというか。
「オリスア、私こそが本物の魔王であるという言葉は取り消せ。過去の魔王達を貶めるような発言は控えろ。サルガナが言った通り、今の私達があるのは今までの魔王達がいたからだ。それを侮辱するようなことは許さん」
オリスアは少し項垂れながらも頷いてくれた。
「……発言を撤回します。ですが、フェル様。フェル様は決して偽物なんかではありません」
「そう言ってくれるのは嬉しく思う。たった三年の短い期間だけだったのに、そこまで言ってくれるなんてな。だから、それだけでいいんだ」
「それだけでいいと言うのは……?」
「お前達に私が本物の魔王だったと、そう思ってもらえるだけで十分だ。それだけで満足している。それ以上は欲張りというものだ」
ちょっと恥ずかしい発言だが本心だ。
……オリスアが感動しているようだが大丈夫だろうか。本心ではあるんだけど、余計な事を言ったかもしれない。
サルガナが私の方を見て「フェル様」と言った。
「そういうことでしたら、こうしましょう。名鑑にフェル様の名前は載せません。ですが、任期期間を記載する必要がありますので、なんらかの魔王がいたということにはします」
「私の前に五十年ほど魔王はいなかったんだから、私もいなかったことにしていいんじゃないか?」
「そういうわけにはまいりません。この名鑑に発行年数とかも記載しますし、部門にある資料と辻褄が合わないような事はできません」
そうか。資料にも発行年数とかが書かれるよな。魔王不在の状態だけど、魔族が団結してそういうことを始めた、なんて話はあり得ない。未来の魔族が混乱してしまうか。
「分かった。じゃあ、なんか適当な魔王がいたということにしてくれ」
「はい、それともう一つ。これからの魔王にはフェル様の名前を覚えてもらいます」
「私の名前を覚えてもらう?」
サルガナが何を言っているのか分からない。私の名前を覚えてどうするんだ?
「名鑑に名前は載せません。ですが、偉大な魔王であるフェル様の名前が未来に語り継がれないのは問題です」
しれっと偉大とか言われた。そんな大層なものじゃないんだけど。
だが、オリスアは自分の事のように喜んでいる。
「サルガナ、よく言った! その通り! 魔王オリスアの名で支給の食糧を増やしてやる!」
「私にそういうのは不要だ。で、どうでしょう、フェル様。それは許可を頂けますか?」
まあ、それくらいなら問題ないかな。いつか未来で私の事を誰も知らず不審者扱いされたら困るかもしれない……そうだ、なら他の名前も覚えてもらおう。
「条件がある。私の名前の他にもう一人の名前も覚えてもらいたい。勇者であるセラの名前だ。絶対に勝てないからそういう名前の人族が来たら戦うな」
危険な名前としてイブの名前もある。だが、イブが何かしようとしたら、魔族では対処しきれないだろう。なら覚えていても仕方がない。イブの対策はウロボロスに頼もう。
「分かりました。フェル様とセラの名前。これをこれからの魔王が受け継いでいくことにします。大丈夫だな、オリスア?」
オリスアが頷く。
「うむ、当然だ。フェル様の名前と、セラという名前を覚えておいて、次の魔王へ伝えればいいのだろう? 必ずやって見せよう! これは魔王の職務だ!」
伝言ゲームみたいにどこかで狂ったりしないよな? なんだか心配だ。
「では、名鑑の議題についてはこれくらいで。次は――」
その後も色々と議題が出ては、対処したり次回へ持ち越しされたりしていた。
私が口を出したのも最初の二件だけで、それ以外はほとんど何も言わなかった。皆がああでもない、こうでもないと色々と議論している姿はなんとなく嬉しく感じる。それに頼もしい。
今回の会議を見て分かった。もう私がいなくても魔族達は問題ないだろう。それはそれでちょっと寂しい気もするけど、私が魔王としてやれることはもう終わった。
これからはただのフェルとして活動しよう。私のワガママを聞き入れてくれたことに報いるためにも、気合を入れていかないとな。
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