肩書

 

 会議室では全部が終わったという雰囲気が漂っている。その中でオリスアだけがポカンとしている感じだ。


 気持ちは分かる。売り言葉、買い言葉であったとしても魔王をやると言ってしまったからな。気乗りしていないのに勝手に決められたようなものだ。さらに満場一致みたいな状況にもなってる。これは覆せないだろう。


「オリスア、その、大丈夫か?」


 正直なところ、オリスアに全部放り投げた感じだ。任命したのは私だけど、かなり申し訳なくなってきた。


「えっと、私は魔王になるのですか?」


「まあ、そうだな。私としてはやれると思って任命したんだから、やってほしいと思ってる」


「……そう、ですか」


 こんなオリスアを始めて見た。本当に大丈夫か。


「それじゃ魔王として、フェル様以外のここにいる奴らを皆殺しにしてから、私も死にます!」


「やめろ」


 サルガナがわざとらしく咳をしてからオリスアの方を見た。


「オリスア。魔王として最初の仕事はフェル様のために魔族や獣人達にウロボロス内での生活を命令することだ。今までの話を聞いていただろう? それをすることでウロボロスに第二階層への扉を開いてもらうんだ」


 私のため、か。私のためだと言うなら、共闘してウロボロスから権限を奪う事を選択してほしかった気もする。だが、ウロボロスが大罪を背負わせた奴らを、私に殺させたくなかったのだろう。なら、私がそれを強行する訳にはいかない。


 人界から大量の食糧を送るとか、ここでの生活が良くなるようにあらゆることをしてやろう。それこそ人界よりも快適だと言われるようにしてやらないとな。それは私が魔王を辞めたとしてもやらなくてはいけないことだ。


「フェル様のためか。なら仕方ないな。でも、サルガナ、ちょっとだけお前の首をはねていいか? ちょっとだけだから」


「ちょっとでも首をはねられたら死ぬだろうが。それに私はお前の補佐をするつもりだぞ? 自分で言うのもなんだが、優秀な奴が死ぬと困るのはお前だからな?」


「自分を人質に取るとはなんて奴。魔族の風上にもおけん」


 仲がいいのか悪いのか。どちらかと言うと悪いんだろうな。


「さて、オリスアを魔王にする件は終わりましたので、次の議題に移ります」


「サルガナ、次の議題ってなんだ? もう終わりだろ。私としては納得できない結果になったが、お前達が考えて決めたなら私もそれに従うつもりだ。もう、魔王じゃないしな」


 というか、私の立場ってどうなるんだろう。ただの魔族だけど、魔王であるオリスアには従わない感じだろうか。余裕があれば、色々やるけど。


「まさにそれです。それを決めなくてはいけません」


「それってなんだ?」


「フェル様の事です。フェル様は魔王ではなくなりますが、フェル様は魔王であるオリスアの命令に従う必要はありません。ですので、それなりの役職に就いてもらわないと、他の魔族達、それに未来の魔族達も納得しないでしょう」


 そういうものなのだろうか。別の役職……会長とかかな? でもそれじゃヴィロー商会のローシャと同じだからちょっと嫌だな。フェル会長……しっくりこないし。


「そこで先程のウロボロスとの会話です。なかなかいい情報が出てきました。新たな役職を決めるのには困らないでしょうね」


「ウロボロスとの会話?」


 何をしゃべったっけ? 色々とあったから忘れてしまったが。


「はい。では、候補としてはこの二つでしょう。『神殺し』と『魔神』。それじゃお前達、多数決だ。好きな方に手を上げろ、では、神殺しから――」


「ちょっと待て、サルガナ。なんだその二択は? どうして私がそのどちらかを名乗らなくてはいけないんだ?」


「ウロボロスとの会話でそうおっしゃっていたではありませんか。まさか、魔神ロイドが存在していて、それを倒していらしたとは……それに人界へ行く理由の一つは神殺しだったのですよね? ならこれ以上似合う役職はありません。どちらの肩書も魔王よりも強そうですし、皆も納得です」


 サルガナのその言葉にオリスアが反応した。


「おお! サルガナ! 素晴らしい案だ! フェル様が魔王よりも強そうな役職に就くと言うなら、私も魔王として遠慮なく頑張るぞ! フェル様に仕える魔王としてな!」


「そうか理解してくれたか。では、フェル様、どちらがいいですか? 一応、フェル様の意見も参考にします。その後、多数決で決めますが」


 私の意見を聞いた上で多数決ってなんだ?


「どっちも嫌だ。大体、私は管理者――神の奴らを誰も殺してない。やったのは魔王様だ」


 サルガナが腕を組みながら、顎に手を当てた。


「フェル様の言う魔王様、それは追放された創造主ということですね? しかし、それを誰も知らないのです。フェル様がやったということにしましょう。さて、フェル様は選べないようなので多数決で決めるぞ」


「なにが、やったということにしましょう、だ。ちゃんと本人の意思を尊重しろ。その役職に就くのは私なんだぞ」


 私の意見は無視された。なんて団結力。私が魔王やってた時よりも強固な連携で勝手に決められた。


「はい、決まりました。では魔神でお願いします。これからは、魔神フェルと名乗ってください」


 拍手された。決定事項なのか。本人が嫌がっているのに。


 だれか仲間を探そう。ここは完全なアウェーと言う訳じゃないはず。仲間はいるはずだ。


「ドレア、ガリプト、ルントブグ、ルネ。多数決をしたみたいだが、お前達の意見を聞かせろ。そもそも「神殺し」や「魔神」のどっちも嫌だろ? 仕方なくどっちかに手をあげたんだろ? ダメだよな? ダメだろ? ダメだと言ってくれ」


「私は神殺しを推したのですが」とドレア。

「魔神でいいと思いますぞ」とガリプト。

「魔神以外ない」とルントブグ。

「超絶美少女魔王を提案したんですがダメでした。すみません……!」とルネ。馬鹿にしてんのか。


 味方がいないことを確認しただけだった。がっくりしていると、オリスアがニコニコしながら手を挙げた。


「フェル様は私の上、つまり魔王の上なのです! 王の上ならば神! これがベスト! これが自然の摂理なのです!」


 何が自然の摂理なんだよ。そんな自然があってたまるか。


「いや、絶対に認めないぞ。何が魔神だ。そうだ、ウロボロス。お前からダメだと言ってやれ。管理者が名乗っていた肩書を私が受け継ぐのは罪だとな」


 正直、コイツの力は借りたくない。コイツのせいで皆がここにいなくてはいけないからな。だが、今は誰でもいいから手を借りたい。ダメだと言ってくれ。


『お前が神を名乗ろうと興味はない。私は魔界の浄化という役目をこなせればいい。神殺しは大罪だが、ウロボロス内のエネルギーが確保されるなら罪にも問わないから好きにしろ』


 なんて役に立たないダンジョンコアなんだ。


 こっそり最深部まで行ってダンジョンコアを破壊しちゃおうかな。ウロボロスを壊したら皆も他のダンジョンか人界に逃げるしかないだろうし。メビウスとクロノスのダンジョンも壊せば人界に行くしかない。頭の片隅に置いておこう。


 だが、これで分かったことがある。ここに味方はいない。もしかすると、ここだけでなくウロボロス内に味方がいないのかも。


「仕方ありません。フェル様がそこまで拒むなら、一度保留にしましょう。ですが、オリスアのためにも魔王よりも偉そうな肩書にします。そこはご理解ください」


 サルガナの言葉にオリスアがうんうんと頷いた。


 仕方ないだろうな。でも、魔王より偉そうな肩書ってなんだ? すぐには思いつかないけど。


「では会議を一旦終わりにします。フェル様が用意してくれた食材で宴を開きましょう。せっかくなので、オリスアの魔王就任の宴としてもやるべきでしょうね」


 オリスアは大きくため息をついたが、直後にキリっとした顔になった。


「分かった。立派にフェル様の代行を務めよう」


「代行じゃなくて、魔王そのものだぞ?」


 そう言うと、オリスアが微動だにしなくなる。息してるよな?


「フェル様。オリスアとしては魔王代行という形にしないと精神が持ちませんので、そういうことにしてください。あくまでもフェル様の代行です。いいですね?」


 サルガナが真面目な顔をして私に説明してくれた。オリスアを視線を移すと、またうんうんと頷いている。意外と精神面が弱いな。いや、私が相当な無茶を言っているのか。


「分かった。なら、そういう形で魔王をやってくれ。すまないな、無理を言って」


「いえ! フェル様からのご命令ならこのオリスア、例え火の中、水の中! 必ずやり遂げて見せます! まずは髪の毛を赤く染めますので! 後、いっぱい料理を食べて笑顔になります!」


「私のモノマネをしろって言ってるんじゃないんだけど、分かってるよな? 冗談なんだよな?」


 皆に目を逸らされた。今更ながら不安になってきた。オリスアにお願いするのは間違ってないよな?

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