魔界への出発準備

 

 ベッドの上で目が覚めた。


 何時かは分からないが、窓から入り込んでいる日差しの明るさを見ると、ちょっと遅めの朝なのかもしれない。どうやら寝過ごしたようだ。


 仕方ないよな。昨日は結構遅くまで騒いでいた。アンリとスザンナが寝落ちしてしまうほどだ。村長の家まで運んだけど、悪いことをしてしまったな。村長達は笑って許してくれたけど、大人として子供に夜更かしさせるべきじゃなかった。反省しよう。


 その後も色々あって寝る時間が遅くなった。まあ、楽しかったから良しとしよう。


 身支度を整えて、朝食を食べに食堂へ足を運ぶ。


 なぜか空気が重い状況だった。アレだ、ウロボロスでマッドウルフに囲まれた時のような、多くの殺気に囲まれる感じ。


 よく見ると、ヤト、メノウ、ウェンディが一つのテーブルを囲んで座っていた。全員すまし顔だ。でも、お互いに威圧している。朝っぱらから何をやっているんだ。朝食ぐらい普通に食べさせて欲しい。


「お前達、昨日の結果が納得いかないのか? 皆、同じぐらい良かったと言っただろう? その前におはよう」


 朝の挨拶をすると三人ともおはようと返してくれた。私を見る時は普通なんだけど、挨拶が終わると、また三人がお互いを威圧している。


 ウェンディが座ったまま胸の前で手を組み、口を開いた。


「二人、往生際、悪い。一番、私」


「冗談は寝て言って欲しいニャ。ソドゴラ村は獣人が少ないニャ。私にとってはアウェーニャ。例えウェンディが魔族であったとしてもアイドルのトップは譲る気ないニャ」


「ヤトさん、それを言うなら私だってアウェーですよ? 私のファンはこの村に少ないのですから」


「アウェー、私も。この村、新参者」


 三人とも何をやっているのだろう。昨日、他種族同士が集まっていい感じの宴だったと言ったのに、今は一触即発だ。これが原因で人魔大戦とか起きないよな?


「お前達、そういうのは後でやれ。私はお腹がすいた。朝食を頼む」


 昨日、私に誰が良かったか三人に詰め寄られたが、私は三人とも良かったと回答した。誰か一人には決められないと、明確な順位は避けた訳だが、それに納得いっていないみたいだな。皆が楽しんだんだから順番なんかどうでもいいと思うのだが。


 とりあえず、私の言葉でこの戦いは休戦になったようだ。ヤトとメノウがいつも通りウェイトレスの仕事に戻ってくれた。テーブルにはウェンディだけが残っている。


「ウェンディ、明日、魔界へ出発するから準備しておけよ? 昨日も言ったと思うが、忘れてたら置いてくぞ?」


「大丈夫。問題、ない」


 昨日の夜にラスナから、今日にでも食糧が着くと教えてもらった。リーンからこっちへ向かって出発しているらしい。エルフの隊長達が持ってきたリンゴやムクイ達が持ってきた肉もある。魔界へのいいお土産ができたな。


「フェル様、魔界、誰、行く?」


 魔界へ行くのは誰か、という質問か?


 人族としてはクロウ、オルウス、ハイン、ヘルメの四人だな。魔族はウェンディを抜かすとドレア、オリスア、サルガナ、レモだ。私を含めて全部で十人。


 ズガルにいるガリプトとルントブグは、サルガナから連絡をしたようで、すでに魔界へ出発しているとのことだ。合流はウロボロスの中だろう。


 それはいいとして、クリフが泣きそうな顔で止めたとか聞いた。本当に悪いことをした。ヴィロー商会に頼んで、いい酒を送る様に手配してもらったから、それで許してもらおう。


 魔界へ行くメンバーをウェンディに説明すると、深く頷いた。


「魔族、多い。人族、安心」


 確かにそうだな。魔族が六人もいれば、安全に魔都までエスコートできるだろう。


 魔界の地表では魔力コーティングで魔素に触れないようにすればいい。これはヴァイアにお願いして魔道具を四人分作って貰っている。


 そもそも魔族である私達には不要だ。子供のころから教え込まれるからな。これができないと魔界での生活が成り立たない。必死に覚えさせられる。


 ウロボロスの内部でも問題なのは、第一階層と第二階層だけだ。マッドウルフとマッドタイガーに囲まれたとしても部長クラスが三人と私がいるし、ウェンディやレモもいる。強さ的には全く問題にならないだろう。


「ヤト、魔界、行かない?」


 ヤト? ああ、ヤトは魔界に行かないのか、という意味かな。どうだろう、特に考えていなかったが、久しぶりに帰りたいと思っているのかな?


 ちょうどいいところに、ヤトが朝食を持ってきた。


「今日はふっくらパン二個とコーンスープニャ。後、茹でタマゴニャ」


「ありがとう。ちょっと聞きたいのだが、ヤトは魔界へ帰りたいか? あくまでも一時的な話だが、帰りたいと言うなら明日一緒に連れて行くぞ?」


 ヤトは人界で色々な技術を学んでいる最中だ。いつかは魔界へ帰ってその技術を教えてもらいたいが、学び終えるまで魔界へ帰るな、というわけじゃない。たまには帰省するのも悪くないはずだ。


「特に帰る理由はないニャ。でも、魔界の件でフェル様にお願いがあるニャ」


 そうか、帰る理由がないのか。でも魔界の件で私にお願いってなんだ?


「どんなことだ?」


「フェル様が人界へ戻ってくる時に獣人を何人か連れて来てほしいニャ」


「獣人を?」


 どうやら料理以外の技術も魔界へ持ち帰りたいがヤトだけで全部はできないらしい。色々な技術を持ち帰るためにも、もうちょっと人を増やしてほしいとのことだ。なるほど、料理以外の技術か。確かに必要だな。


 この村でなら色々と技術が学べる。魔界への食糧供給に関してもある程度目途がついた。金銭を稼げない獣人が多少いても、今後の事を考えると最終的にはプラスになるんじゃないか、との考えらしい。


 確かにその通りだ。お金を稼ぎながら技術を学べるのが一番だが、そうでなくても問題はないだろう。いざとなったら魔界の宝物庫にある物をラスナに売りつければいい。多分、それなりにするはずだ。ルキロフの奴がうるさいだろうが、そんなことは知ったことじゃない。あれは魔族の共有財産だ。アイツのじゃない。


「分かった。なら帰りに何人か連れて来る。具体的にはどれくらい必要だ?」


「その辺りはお任せするニャ。でも、できれば若い女性の獣人がいいニャ」


「なんでだ?」


「ニャントリオンを強化するニャ! ウェンディをぎゃふんと言わせてやるニャ!」


 私がぎゃふんと言いたい。そんな理由かよ。でも、モチベーションというかやる気は大事かもしれない。ヤトには色々とやって貰っているから、それくらいのお願いくらい聞いてやるべきか。


「ダメかニャ? なら褒美としてお願いしたいニャ」


「褒美? 何の?」


「ニアさんがさらわれた時に、影に隠れて護衛していた時の褒美ニャ」


「随分古い話だな。だが、確かにそんな約束をしていた気がする。それが褒美でいいのか?」


「もちろんニャ! アンリやスザンナのキレキレダンスも悪くニャいが、本物の猫耳で勝負ニャ!」


 そういえば、アンリ達はステージ衣装に猫耳とかつけてたな。まあ、あれはあれで、可愛いとは思うんだけど、あれじゃダメという事か。と言うことは猫の獣人を連れ帰ってくれ、と。


 確かに褒美を考えておけ、とか言ったが、物じゃなくてこういう形の褒美か。まあ、無下にすることもないかな。この村なら獣人が増えても問題ないと思う。むしろ、ロンあたりは大喜びだろう。なら連れ帰ってやるか。


 そうだ、ちょうどオルドもいる。魔界の獣人達の事を相談してみようかな……おっと、それは後だな。まずはヤトに返事をしないと。


「分かった。なら猫の獣人で女性を何人か連れて来る。だが、アイドル活動だけが目的じゃないからそこは間違うなよ? あくまでも人界に連れて来るのは技術の習得だ」


「もちろんニャ! 技術を学ぶのが最優先で、アイドルは二の次ニャ。 でも、ウェンディ! 次は目にもの見せてくれるニャ!」


「返り、討ち」


 もう放っておいて朝食を食べよう。スープが冷たくなってしまう。猫舌だけど、暖かいと冷たいは全然違うからな。


 朝食を食べていると、今度はメノウが来た。


 どうやら、ハインとヘルメをアイドルにして、「ゴスロリメイズ」というアイドルグループにするらしい。確かにあの二人も、昨日ステージの上でメイド服のまま歌ったり踊ったりしていたな。好きにすればいいと思うのだが、その報告って必要だろうか。


 まあいいか。魔族も獣人も人族もそういう事で争うなら問題はないだろう。それはそれで人界に派閥ができそうだけど、戦争になるわけじゃないだろうからな。健全な方だ。


「ウェンディもメノウもまとめて倒してやるニャ!」


「笑、止」


「メイドの力をお見せしましょう」


「お前ら物理的に暴れるなよ? そんなことしたら、私が暴れるぞ?」


 一応釘を刺しておく。なんかやらかしそうなんだよな。


 さて今日は村を回って明日魔界へ出発することを伝えておくかな。従魔達の状況も確認しておきたいからアビスへも行かないとダメか。それに私も色々と準備が必要だ。


 よし、出発前に色々やっておこう。

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