魔王のシステム

 

 私はベッドの上で上半身を起こし、みんなは備え付けの椅子にそれぞれ座っている。その状態のまま、時間をかけて私と魔王様の事を四人に話した。


 皆は真面目に聞いてくれていたようだ。最後まで否定するような事を言うことは無かった。否定はしなくても信じてくれたかどうかは分からない。


 はっきり言って私の話は嘘っぽい。人界を作った創造主という存在がいるなんて誰が信じるのだろう。逆の立場だったら私だって信じない。


 アビスは創造主の存在を知っているからある程度は大丈夫だろう。だが、創造主が七人ではなく八人ということを信じるだろうか。


「信じられなくても仕方が――」


「信じるよ」


 仕方がない、と続けるつもりだったが、ヴァイアが食い気味に遮った。


「フェルちゃんがそんな嘘をつくわけないでしょ。大体、そんな嘘をついてどうするの? ねえ、みんな?」


 リエルとディアが頷く。


 そうか、みんなは信じてくれるのか。でも、アビスは同意していないな。信じられないのだろうか。


「アビスはどうだ? 私の言ったことを信じられないか?」


「私にも知らないことはあります。ですが、旧世界の情報ならフェル様よりもあると自負していますので、正直なところ、信じられません」


「そうか。残念――」


「ですが」


 アビスもヴァイアと同じように私の言葉を遮った。


「フェル様の事は信用しております。私が知っている情報とは異なりますが、おそらくフェル様の言っていることの方が正しいのでしょう。思考プログラムが情報と矛盾する結論を出したので、冷却ファンがものすごい勢いで動いてますよ」


 何を言っているか分からないが、信用してくれるのはありがたいな。


「それとですね、フェル様が持っているガントレットが、フェル様の話を完全には否定できないのです」


「魔王様の小手のことか?」


「はい、少し解析させてもらいましたが、はっきり言ってそれはオーバーテクノロジーの塊です。私よりもはるかに演算能力が高いと言えます」


 オーバーテクノロジーってなんだ? 旧世界の言葉だろうか。演算能力と言うのは、計算速度のことか?


 私も含めてみんなが不思議そうにしていると、アビスは説明してくれた。


 どうやら、この小手はアビスや管理者達よりも優れているそうだ。瞬間的に計算できる量が管理者達よりも上である、と言うことらしかった。


 はっきり言ってよく分からない。演算大会でもすれば勝てるという事だろうか。


「魔王様とやらはそれを肌身離さず持っているように言ったのですよね?」


「ああ、さっき説明した通り、脱出ポッドへ入れられたときにそんなことをおっしゃっていた」


「もしかしたらフェル様にイブとやらの対抗手段として、小手を渡したのかもしれませんね」


「イブの対抗手段?」


「はい、魔王様は永い眠りについたのですよね? イブからフェル様を守るために残した可能性が高いと思います」


「なるほど」


 私を守るため、か。確かに可能性はある。


 ただ、気になるのは、イブが何をしたいのか、だ。


 あの時、イブは私を殺せたはず。でも、私の記憶を奪っただけ。私が絶望だけの世界を生きるとか言ってたけど、いまだにどういう意味なのか理解できない。


 イブは魔王様に死んでほしいと言った。でも、その割には魔王様にウィルスを入れて眠らせるだけだったような気がする。それにイブには計画があるような話だった。セラはそれを知っているようだったが、一体どんな計画なのだろう。


 そもそも魔王様はイブの計画に気付かれたのだろうか?


「フェルちゃんの話は聞いていたけど、なんだか分かんないことが多いね?」


 ディアが首を傾げながらそう言った。確かに分からない事が多い。


「フェルちゃんはこれからどうするの? 魔王さんを探すのかな? それともイブやセラって人を探すの?」


 そうか、それを考えないといけないな。


 イブが何を考えているのか分からない。まずはそれを調べないといけないが、そもそも何を調べていいのか分からない。なら魔王様を見つけるのが先だな。


 いつお目覚めになるのかは分からない。いつ目覚めてもいいようにしておかないと。そのためにはどこで眠りについているのかを確認しておかないと。


 待てよ? 魔王様はいつお目覚めになる? 長い期間というのはどれくらいの事なんだ?


「アビス、魔王様が永い眠りにつくと言っていたが、どれくらいの期間、眠りにつくと思う?」


「それなのですが、一つ気になることがあります」


「気になること?」


「はい、イブは『人には耐えられない程の長い時間を生きる』と言っていたのですよね?」


「ああ、そんな風に言っていたはずだ」


 それが何だと言うのだろう?


「もしかすると、百年単位の長さかもしれません。魔王様とやらがお目覚めになるのは」


「百年……単位?」


「はい、そのウィルスとやらを調べて見ないと正確なところは分かりませんが、その可能性があります」


「馬鹿な。それでは私も生きていない。魔族の平均寿命は四十程度だぞ? 頑張っても、後二十年ぐらいしか生きられない」


 人界でならもっと長く生きられるかも知れないが、それでも百年は無理だ。


 アビスをみると、首を横に振った。


「……フェル様は違います」


 違う? 何が違う?


 アビスはヴァイア達の方を見て言いにくそうにしている。


「皆には言えない事なのか? 構わない。言ってくれ。隠し事はしたくない」


「皆さんもよろしいですか? これを聞くことでフェル様へ接し方が変わるかもしれませんよ?」


「おうおう、アビス。俺達を見くびんなよ。例えどんなだろうと、フェルへの接し方が変わる分けねぇだろうが!」


「そうだよ! アビスちゃん! そんなこと言うなら、また壁ドンするよ!」


「まあまあ、二人とも落ち着いて。アビスちゃん、私達は変わらないよ。いいから言って」


 アビスは頷いた。


「分かりました。では言います」


 アビスは、私を見て間を空ける。一体何を言うつもりなんだ?


「フェル様は不老不死です。とある条件を満たさない限り、死ぬことはありません」


 私が不老不死? 歳を取らないし、死なないということか?


「アビス、何を言っている? そんなわけあるか。私は――」


「フェル様。フェル様は三年前、魔王となったのですよね? その時からフェル様は歳を取らないし、死ぬこともありません」


 魔王となってから不老不死?


「まさかとは思うが、魔王も勇者と同じように不老不死なのか? セラが不老不死であるように、魔王である私も不老不死?」


 アビスが頷いた。そんな馬鹿な。


「待て。魔王が不老不死なら、なぜ歴代の魔王は死んだ? おかしいだろう?」


「魔王が死ぬ条件があります。それは――」


「そう、か。勇者か。勇者が魔王を殺せる……そういう事なんだな?」


「その通りです。正確には勇者だけが魔王を殺せる。逆に言えば、魔王は勇者に殺される以外で死ぬことがない、と言う事です。それが魔王のシステムなのです」


 私はこのまま老いることがないということか。セラ以外に私を殺すこともできない。


 私はずっと、このまま。


 両手を開いて、手のひらを見た。綺麗なものだ。だが、化け物だ。セラが言う通りだったな。私とセラは化け物だ。


 みんなのほうを見れない。


 今、みんなは私をどう見ている? 私に恐怖しているのか? 私を化け物のように見ているのか? 怖い。顔を上げられない。


「ごふ、ぐえ、いたっ」


 リエルがベッドにボディプレスしてきた。さらにディアが私の首にクロスチョップ。ヴァイアには頭をチョップされた。


「お前ら何しやがる」


「それはこっちのセリフだ。つまんねぇことでウジウジしやがって。不老不死、上等じゃねぇか。ずっと若いままなんだろ? 羨ましいくらいだぜ」


「そうそう、人族の夢だよね」


「これで魔王さんが起きるまでずっと待っていられるよ! 男の人の目覚めを待つ不老不死の少女……ロマンチックだよね!」


 意外な事に三人とも変わったところはない。いや、私のために無理をしているのだろう。


「でもな、私はずっとこのままなんだぞ? その、気持ち悪くないか?」


 ディアが首を横に振った。


「フェルちゃん、気持ち悪いって言うのはね、リエルちゃんが微笑みながらまともな事を言っている時の事をいうんだよ?」


「なんで俺を引き合いに出してんだよ。あれは聖女スマイルっていって受けがいいんだぞ!」


「リエルちゃんの本性を知っていると気持ち悪いの! あとはヴァイアちゃんがノストさんの事を体をくねらせながら話している時もちょっとキモイね」


「ディアちゃん、ひどい!」


「おうおう、それだったらディアだって、一人で変なポーズ取ってるときはキモイだろうが! 鏡の前でやってんだろ!」


「あれは恰好いいの!」


「なんでお前らお互いを罵ってるんだ? 今は私の話だよな?」


 ディアがため息をついてからベッドに座った。


「だからね、みんなだってそれぞれ気持ち悪い所があるんだって。フェルちゃんの不老不死だってその程度だから、どうでもいいよ」


 え? 私の不老不死ってそんな程度の話なのか? ちょっと心外なんだが。


「そうそう、ディアの言う通り、例えフェルがそのままの姿だって俺達は親友だっての」


「そうだよね。歳を取らないだけでフェルちゃんはフェルちゃんだよ」


 そうか。みんなはそう思ってくれるのか。ちょっと、涙が出そうだ。私はいい親友を持った。


「分かった。ありがとうな」


 みんなの顔を見渡す。三人とも笑顔だ。


「お前達がシワシワのおばあちゃんになっても私達は親友だ」


 そう言ったとたん、リエルに胸ぐらをつかまれた。ヴァイアとディアも顔を近づけてくる。かなり怒ってるようだ。


「誰がシワシワのおばあちゃんだ! まだ、こんなにピチピチなのに! あれか、自慢か! 自分はずっとピチピチっていう自慢か!」


「フェルちゃん? シワシワってどういう事かな? 言葉には気を付けようね? ところで暑いのと寒いのどっちが好き? それとも爆発が好きだったりする?」


「ちょっと針で刺していい? フェルちゃんは死なないんだよね?」


「すまん。例え話だ。歳を取っても親友という意味で、シワシワと言うのは誇張表現みたいなものだ。お前達がそうなるなんて全然想像できないぞ、うん」


 そこまで怒るとは思わなかった。私も乙女なんだが、乙女心は難しいな。


 私が不老不死であることを踏まえた上で今後の事を考えないといけないんだが、今日は皆のご機嫌を取らないとダメそうだな。


 死ぬ気でご機嫌を取ろう。死なないけどな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る