開戦の狼煙
扉を叩く音で目が覚めた。
「フェル様、お時間です。起きてください」
ジョゼフィーヌの声だ。スライムちゃん達は寝ずの番をしていたはず。起こしに来たということは時間だという事だろう。
「ああ、起きてる。準備をするからちょっと待ってくれ」
一度だけ深呼吸をした。
落ち着いている。心が澄み渡るというか、力が漲っている。
両手で何度かグーパーしてから両腕を大きく広げて伸びをした。
うん、調子がいい。これならどんなこともできそうな感じだ。早速準備をしよう。
まずは髪の毛をブラシで梳かす。身だしなみは大事だ。そして歯を磨いて、洗顔。亜空間があると汚れた水をためておけるから楽だな。後で捨てなくちゃいけないけど。
その後は別の亜空間から洗いたての白いシャツを取り出した。袖に腕を通し、ボタンを上から一個ずつとめていく。
次はズボン。ディアが作ってくれた足の動きを阻害しないお気に入りだ。その黒いズボンをいつも通り左足から履く。ズボンにシャツを入れて、ベルトで腰に固定。その後、簡易ベッドに腰かけて黒い靴下を履く。これも左足から。
次にネクタイ。これも黒だ。ちょっと細めだがそれがいい。これには一番幅広い所に十字架のマークが描かれている。ちょっと薄めの黒なので注意しないと見えないが、見えない感じなのがオシャレだ。ちょっとチューニ病っぽい所があるので、ディアには言ったことないけど。
ネクタイを付けたら次はベスト。黒寄りの灰色と濃い黒の縦ストライプ。シャツと同じように腕を通し、ネクタイの上からベストのボタンをとめる。ただ、一番下のボタンだけはとめない。これもオシャレ。
最後にジャケットだ。ズボンと同じでこれも黒。というか、シャツ以外ほとんど黒だな。赤い髪とは合わないかもしれないが、流石に赤い服を着る勇気はない。
ジャケットに腕を通す。ジャケットにボタンはついているけど、とめたりはしない。シャツ、ネクタイ、ベスト、そしてジャケットの見栄えが一番いい状態なのがこれだと自負している。襟の部分をつまんで、何度か軽く引っ張る。これで完璧だ。
あとは小物として、白いハンカチをポケットに入れておくか。他にも白い手袋とかモノクルも欲しい所だが、それは持ってない。それに手袋をしていたら、私の装備であるグローブがつけられないからな。
そうだ。今日はもうグローブを付けておこう。どうせ十時に南門を破壊するんだ。最初から装備しておけばいい。
亜空間からグローブを取り出し、それを右手に装備した。グローブと右手が一心同体という気がする。
よし、これで準備は整った。皆が待っている。部屋を出よう。
部屋の扉を開けて地下の広場に出る。皆は既に準備を整えていたようだ。
「私が最後だったか。すまない、遅くなった。それじゃ行こうか」
歩き出そうとしたらディアに止められた。
「フェルちゃん、ちょっと待って」
「どうかしたのか?」
「フェルちゃんからの言葉を頂戴。皆の士気に関わるから」
そういうのは苦手なんだけど。とはいえ、何も言わないのも味気ないか。仕方ないな。
全員を見渡した。真面目な顔をしていて、やる気は十分そうだ。
「リエルを助け出すのは絶対だが、お前達が怪我したらリエルが悲しむ。危ないと思ったら逃げるように。例え任務を遂行できなくとも私が必ず何とかしてやるから気楽にやってくれ」
あれ? 皆、微妙な顔をしている。今のじゃダメなのか?
「ちょっとフェルちゃん。もっとこう、私達を頼っているって感じの言葉にしてよ。さっきのじゃ、私達がいなくても平気って意味にも取れるじゃない。もっとこう命令する感じでお願い」
ダメ出しを食らった上に注文が多い。皆にはかなり頼っているんだけどな。それにしても命令か。そういうのは趣味じゃないんだけど、オリスア達魔族や、従魔達が期待した目で見ている。
「分かった。期待に応えてやる。ただ、一回しか言わないし、スベっても文句言うなよ」
皆がうんうんと頷いている。
えっと、頼っている形にした上で命令する言葉か……無理だな。ここは違う言葉にしよう。
「魔王としてお願いする。リエルを助け出すためにお前達の力が必要だ。どうか私に力を貸してほしい」
そう言って頭を下げた。命令ではなくお願い。空気を読めていない気もするが私の本当の気持ちだ。
頭を下げているので良く見えないが、ざわついている感じだな。やっぱりダメだったか?
「フェル様、頭を上げてください。魔王の名をだして、頭を下げてはいけません」
オリスアの声が聞こえた。
「ですが、我々にとってこれほど価値のあるお願いはありません。必ずやフェル様をリエル殿の前にお連れ致します。さあ、頭を上げてください」
オリスアの言葉に全員が肯定しているようだ。
頭を上げると全員が笑顔だった。いい感じに緊張がほぐれたのかな。命令でも大丈夫だったのだろうが、お願いにした事でより効果的だったのかもしれない。
これで準備万端だろう。
「さあ、行く――」
「その前に僕を皆に紹介してくれないかい?」
全員が一瞬止まった。
背後を振り向くと、そこには魔王様がいた。転移されてきたのだろう。いつも突然だ。
そう考えた次の瞬間、オリスアとヤトがほぼ同時に魔王様へ切りかかった。
「止めろ! その方は敵じゃない!」
オリスアとヤトが止まる。剣の切っ先が魔王様に向いたままだけど。
ディアが、「フェ、フェルちゃん」と驚いた感じで尋ねてきた。
「この人って誰? どこから来たの?」
しまった。どういう風に紹介するか決めてなかった……そうだ。
「この方は私の師匠だ。リエルが体を乗っ取られているだろう? それを治せるから助っ人として来てもらった」
ヴァイア達に私が魔王と言った時、魔王様を師匠と言った気がする。それで行こう。
魔王様はちょっと驚いた顔をしていたが、笑顔で頷いてくれた。どうやら師匠という作り話に乗ってくれるようだ。
「フェルの【師匠】です。皆さんとは初めまして、ですね。よろしくお願いします」
そう言って魔王様は頭を下げた。
言葉に魔力を乗せた? そうか、思考誘導させたのか。私の師匠であると強制的に認識させたんだろう。
皆の緊張が解けている。おそらく私の師匠ということで納得しているのだろう。色々穴がある設定なのに誰も不思議に思っていないようだし。すごいな、思考誘導。だが、これで安心だ。
「理解してくれたな? それじゃ、皆、外へ出よう」
全員が頷く。そしてディアを先頭に外へ出た。
外はまだ薄暗い。それに虫の鳴き声が聞こえる。
「それじゃ、襲撃チームの皆にはこれを渡しておくね」
ヴァイアがマントを取り出して、皆に配った。どうやら認識阻害の魔道具のようだ。
「これを羽織っておけば、ある程度までなら認識されないからね。半径五メートル以内に入られると危ないかな。人が多くなってきたら気を付けてね」
これがあれば、南門の近くまで簡単に行けるな。破邪結界を作っている施設へも同様だろう。
「助かる」
「危ない事を任せるんだからこれくらいさせてよ。それじゃ、私達は聖都へ普通に入っておくね。この念話用の腕輪を通して聖都の様子を聞けるから。攻め込むタイミングは任せるよ」
「ああ、分かった。だが、そっちも危険な可能性はある。気を付けてくれ。ノスト、ヴァイア達の護衛を頼むぞ」
「はい、命に代えましてもヴァイアさん達を守ります」
「頼むぞ。あと、村長達も気を付けてな。もちろん爺さん達やメノウも」
「ええ、無茶はしませんから安心してください。フェルさん達もお気をつけて」
「アンリもヴァイア姉ちゃん達の護衛を頑張る」
「携帯用の水をいっぱい用意したから大丈夫。まかせて」
「なに、儂らは女神教徒じゃからな。それほど心配はいらんよ」
「おじいちゃんと一緒に頑張ります! こういうのは得意ですから!」
「主人の期待に応えるのがメイドの務め。ご安心ください。メイドギルド最高峰の力、お見せします!」
全員、気合が入っているようだな。なんて頼もしい。
「分かった。期待しているぞ」
そう言うと、ディアが近寄ってきた。
「リエルちゃんの事、よろしくね」
「ああ、任せろ」
ディアはニコリと笑ってから、皆とこの場を離れていった。
「さて、残りは襲撃チームか。皆、襲撃場所はちゃんと頭に叩き込んであるな? 施設は認識阻害されているから、ヴァイアの魔道具でちゃんと確認しろよ?」
スライムちゃん達が頷いた。
「ペルとライルは破邪結界が無くなってから行動しろ。結界が無くなる前に聖都へ入ると動けなくなる。ちゃんと情報を聞いて行動してくれ」
二人とも肯定の意思を示した。こっちも大丈夫だろう。
「よし、それじゃ、各自襲撃場所へ移動してくれ。私も南門の近くに移動する」
従魔達とヤトはそれぞれの襲撃場所へ向かった。残っているのは魔族と魔王様だけだ。
「それじゃ私達も南門近くへ移動する。大丈夫だとは思うが、バレないように行動するぞ」
皆でマントを羽織り、認識阻害の状態になる。そしてこの場を離れた。
数時間後、皆が配置についたと連絡があった。後は時間になるまで待機だな。
聖都の中では既に多くの人が大聖堂の前に集まっているようだ。四賢の姿は見えないようだが、十時になれば全員が大聖堂から出て来るらしい。そこで教皇が挨拶をする。その時に襲撃だ。
ルハラとオリンに確認したが、声明は十時に出すとの返答があった。各ギルドも同様だ。
大きく深呼吸した。失敗は許されない。だが、心配はしていない。私には頼りになる皆がいる。それに魔王様も。失敗などありえないな。
ただ、気になるのは聖都の真上にある空中都市か。アレに何かできるとは思えないが、かなり大きいので、威圧感がすごい。
「まお――師匠。あの空中都市はどういった理由でここに来ているのでしょうか?」
「おそらく降神の儀というのをやるのに必要なんだろうね。魔力の消費を抑えるために近くまで来た、ということかな」
「特に攻撃手段とかはないのですか?」
「攻撃手段はあるけど、魔力の消費が激しくてやれないだろうね。まあ、ここでそんなことはしないよ。それに僕がさせない」
おお、力強いお言葉を頂いた。なら空中都市も問題ないな。リエルの救出だけに注力しよう。
「フェル様、師匠殿と何の話をされているのですか?」
ドレアが話の内容に食いついた。まあ、そうだよな。
「ちょっと空中都市についての話をな。師匠は博識なんだ」
「そうでしたか。それなら私ともぜひ話を――」
聖都から鐘の音が鳴り響いた。大聖堂にある、大鐘楼という鐘だろう。
一回、二回――どうやら十時になったようだ。
十回の音が鳴り、その後沈黙した。
『女神を崇拝する者達よ。良く集まってくれた』
念話用の腕輪から声が聞こえる。ヴァイア達が聖都の音を送ってくれているのだろう。これが教皇の声か。
『今日、降神の儀を行う。新たな神の代行者として聖女リエルが新たな教皇となる。皆、祝福を!』
教皇がそう言うと、聖都の方から大歓声が聞こえた。リエルは人気者なんだな。
『では、聖女リエルをここに』
状況は分からないが、リエルが皆の前に姿を現すのだろう。そろそろ声明が出されるはずなんだが、まだか?
『聖女リエル。皆に言葉を――どうした……? 何だと?』
何かあったようだ。魔道具を通して周囲がざわついている状況が分かる。
『フェルちゃん、各国の大使館とかギルド支店から声明が発せられたよ! 女神教は洗脳で布教をするような邪教だって!』
念話用魔道具からディアの声が聞こえた。とうとう来たな。
「よし、行くぞ、お前達。まずは開戦の狼煙だ」
オリスア達が頷いた。認識阻害のマントを亜空間に入れて、南門の方へ近づく。
門番が怪訝そうな顔で近づいてきた。
「今、聖都では大切な儀式中だ。入るのは待って――」
門番は私の角を見て息をのんだ。魔族だと認識したのだろう。
「その儀式とやらを潰しに来た。通らせてもらうぞ」
念のため、門の近くを探知魔法で確認。この門番と、もう一人の門番しかいないようだ。皆、儀式を見に行っているのかな。
「サルガナ。門の近くにいる奴をこっちに引き寄せてくれ」
「畏まりました」
サルガナがそう言うと、途端に門番が地面の影に飲み込まれた。そしてサルガナの影から放りだされる。影に飲まれた本人と近寄ってきていた門番は驚いて腰を抜かしたようだ。
「怪我をさせたくないんでな。そこで大人しくしていろ」
門番二人にそう言ってから、右手に魔力を込めた。能力制限を解除してないけど、あの程度の門ならこの程度で十分だろう。
「【ロンギヌス】」
門まで五十メートルくらいの場所からロンギヌスを放つ。拳撃が木製の門に当たり、周囲の壁もろとも吹き飛ばした。
「皆、作戦開始だ」
念話用魔道具を通して従魔達へ連絡する。魔道具から従魔達の雄叫びが聞こえた。
さあ、とっととリエルを取り戻すぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます