筋書き

 

 屋敷の客間で女神教を潰すとクロウ達に宣言した。有言実行が我が信条。絶対にやる。村の方針だからな。住人ならちゃんと守らないといけない。


「クロウ、さっきから黙ったままのようだが、話は聞いていたな? なので、手伝ってもらいたいのだが」


 クロウはため息をついてから、こちらを見た。


「流石に女神教を潰す手伝いはできんよ? 王都でフェル君達と別れた後、ダイアンに家督を譲ったがね、それでも私はオリン国の貴族だ。ロモンと戦争になる様な行為に手は貸せん」


 家督を譲った? そうか、ダイアンというのは妻が三人いるとかいうクロウの息子だったな。じゃあ、クロウはいま、どういう肩書なのだろう。領主ではないよな?


 まあ、それはいい。クロウは普段のにこやかな顔と違って険しい顔をしている。貴族バージョンのクロウか。信頼できる状態になったな。そしてその真面目なクロウが所属する国が不利益になる様な事はしないと言い切った。当然だな。


 だが、ここは何としても手伝ってもらう。そのためならどんなこともするぞ。


「まあ、待ってくれ。何も一緒にロモンへ攻め込んでくれという話じゃない。そうだな、まずは情報を提供しよう。それを聞いてから考えてくれ」


「情報の提供? なんの情報だろうか?」


「女神教は洗脳による布教を行っている。場所によって状況はバラバラだが、少なくともこの町の教会では、それをしていたぞ」


「……洗脳による布教?」


 クロウは随分と間抜けな感じの顔になっている。さっきの真面目な顔はどうした。


「そうだ。見方にもよるが、それは女神教、つまりロモン国の侵略行為と言えるんじゃないか? それとも、オリン国はそんなことをされても問題ないほど、寛大な国なのか?」


 クロウは私を見つめている。本当か嘘か見極めようとしているのだろうか。


「オルウス、確認を」


「畏まりました」


 オルウスはまたこめかみに右の人差し指をあて念話をしているようだ。誰かに頼んでいるのかな。なら伝えておくか。


「洗脳魔法が付与されているのは女神像だ。初めてこの町の教会へ行ったとき、リエルがそれを無効化していたけどな。ただ、無効化はしても付与はされたままのはずだ。それを確認してみてくれ」


 オルウスはこちらを見てから一度頷いた。あ、そうだ。


「教会にはディア達が行っているが、それとは無関係だからな。私達が女神教を貶めるために、でっち上げたとか言うなよ?」


「女神像に魔法を付与するならそれなりの付与師がいないと無理だろう。ヴァイア君ならともかく、他の者にはできまい。それにフェル君がそういう小細工をするとは思えんよ」


 そういう信頼はされているみたいだな。確かに私はそういう事はしない。やるのは魔王様だと思う。


 オルウスがこめかみから指を離す。そしてこちらを見た。


「いま、メイド達を教会へ向かわせました。しばらくすれば結果が分かるでしょう」


「教会が黙って調べさせるかどうか分からないから注意させろよ?」


「はい、そこは抜かりありません。ハインやヘルメほどではありませんが、精鋭部隊を送りました」


 メイドに精鋭部隊っておかしくないだろうか。いや、私がおかしいのか?


「さて、フェル君。もし君の言う通り、女神教が洗脳による布教をしているなら、我が国もそれ相応の対応をするだろう。その時、フェル君は何を望むのかね? 一緒に攻め込んでくれ、という話ではないようだが」


「そもそも、ロモンという国と、女神教がどういう関係なのかは知らない。だが、ロモンという国を潰すということではなく、女神教だけを潰すつもりだ。そしてリエルが女神教に代わる新しい宗教を作ることになっている」


「新しい宗教を作る?」


「そうだ。女神教は医療機関としても使われていると聞いた。それが無くなったら困るだろ? リエルか誰かがそんなことを言ってた。なので、女神教という母体をそのまま別の宗教へ変える。どうやら洗脳を指示しているのは教皇とか言うトップらしいからな。ソイツと、腐敗している上層部を取り換えれば何とかなる……と思う。多分」


 教皇というのは女神で、先代聖女の体を操っているのだろうが、それは言わないでおこう。


「今の女神教は、教皇をトップにして、四賢と言われている奴らがいるだろう? その内、聖女であるリエルと使徒アムドゥアは洗脳による布教をやめようと教皇へ直訴していたらしい。だが、聞き入れてはくれなかったそうだ。なので、教皇とそれを支持している奴らさえ代えればいいと思う……まあ、その辺りはリエルにお任せだな」


「そんなことがあったのかね……なるほど、だからリエル君はお供もつけずにこの町まで来ていたのか。内部からだけでなく、外部からも女神教を変えようとしていたのかもしれないな」


 全く違う。アイツは男を求めて聖都を脱走しただけだ。でも、それは言わない。親友だから。


「まあ、そんなところだ。そこで本題だ。やってもらいたいことは、今の女神教は洗脳による布教をする邪教であるという声明をオリン国が出してほしい。このまま私がロモンへ乗り込んで女神教を潰すと、魔族への評判が悪くなるからな」


 ニアの時と一緒だ。いろんなところから声明を出してもらって、魔族が女神教を潰すのは正しい事だと人界中に認識してもらわないといけない。


 今でも一部の人族は私を信じてくれるだろう。でも、そうでない人族も多いはずだ。それに人魔大戦の再来とか思われたら、今までの苦労が水の泡になる。


「ふむ、女神教を邪教扱い、か」


「そうだ。洗脳なんかしてるんだから邪教だろう。そしてリエルがその邪教に捕まったという声明もお願いしたい」


「しかし、リエル君は女神教の聖女だ。なら邪教の聖女ということにならないかね? 捕まったというよりは黒幕扱いされてもおかしくないと思うが」


「そこはこういう筋書きにしよう。女神教が邪教だと知ったリエルが内部から崩壊させるために聖女になったと。本当でもないが、あながち嘘でもない」


 女神教を潰した時の手柄は全部リエルに持ってもらおう。新しい宗教を立ち上げるために必要だろうし、男にモテるとか言えば、絶対に受けるに決まってる。


「面白い話ではあるが……その筋書きにフェル君はどう絡むのかね? 女神教は邪教であり、邪教だと知ったリエル君が捕らえられたという声明を出したとする。そこまではいいだろう。でも、それで魔族のフェル君が女神教を潰しに行く、というのは無理がありそうだぞ? 声明を出しても、女神教を潰したら、魔族への評判は悪くなってしまうのでは? もちろんやってみないと分からないがね」


「そうだな。女神教が邪教だからと言って、魔族が攻め込んでいいという話にはならない。だが、この手紙がある。リエルが私に女神教を潰すことを頼んだ証拠だ。この依頼を受けて私が女神教を潰す、という筋書きだ」


 リエルが私の部屋に残した手紙。亜空間から取り出してテーブルへ置く。


 オルウスが「失礼します」といって、その手紙を手に取った。そして内容を確認する。


「旦那様、間違いありません。手紙にはリエル様の署名があります。魔力が込められているので、本人確認ができる物です」


 そんな事がされていたのか。気付かなかった。


 クロウはオルウスから手紙を受け取ってから、それに目を通した。


「なるほど、『お前の親友、リエル』か。なかなか泣かせる内容だな」


「泣いてもいいけど、汚すなよ。私がリエルから依頼を受けたと証明する物なんだ。で、どうだ? 声明があって、その手紙があれば、私が女神教を潰しても、問題にはならないだろう?」


「女神教を潰すというだけで、大問題なのだがな。だが、一応筋は通るか……オルウス、どう思う?」


「そうですね、それらの声明と手紙の証拠があるならば、魔族が攻め込んだとしても問題はないと思われます。それにリエル様による新しい宗教の立ち上げもやりやすくなるでしょう。ただ、そんなややこしいことをせずとも、オリン国やルハラ帝国はフェル様の事を信じると思いますね。そこまでする必要があるのかと、いささか疑問ではあります」


 そうかもしれない。特にルハラ帝国はディーンのせいで私の関与が相当知れ渡っているらしい。まあ、魔界から魔族も呼んでいるし、女神教を潰したとしても、魔族を信じてくれると思う。あそこは皇帝がアレだし。


 オリン国も会ったことは無いが国王へ貢物をしている。国民はともかく、国王とかクロウは支持してくれる可能性は高い。


 だが、人界にはロモンはもとより、トランという国もある。それらの国から、魔族は危ない、共存は無理、とか思われたら困る。下手したら国家間の戦争に発展しかねない。まあ、ルハラとトランは前からやってるみたいだけど。


「魔族は恐怖の代名詞だからな。筋が通らない事をすると、また人魔大戦がはじまったのかと人族に思われてしまう。それを危惧しているんだ。だから、そんなことにならないように細心の注意を払っている。色々対策してもダメなら仕方ないが、何もやらずに女神教を潰すなんてことはできないんだよ」


「フェル君を知っている者なら、意味もなく女神教を潰すなんてことはしないと言えるが、そうでない者も多いだろうからな……分かった。女神教が洗脳による布教をしているという事が判明したら、国王に掛けあおう」


「恩に着る」


 クロウに頭を下げたら、そんな事しないでいい、と言われた。私を信用してくれていることに感謝しているんだから、頭くらい下げさせて欲しい。


 急にオルウスがこめかみに右手の人差し指を当てた。念話が届いたのだろう。


 オルウスは何度か頷いたあと、「え」と言った。なんだ? 問題が起きたのだろうか?


「旦那様、教会にある女神像ですが、洗脳魔法が付与されていることを確認しました。それと、現時点では魔力供給が絶たれているようで魔法が展開されていないことも確認済みです」


「そうか。なら、早速国王へ掛け合う準備を」


「はい。ですが、それともう一つあります」


 もう一つ? なんだ?


「町で女神教徒がヴァイア様達を襲ったようです」


「無事なのか!?」


 思わず立ち上がってしまった。それぞれにドレア達がついて行っているから大丈夫だとは思うが、襲われたというだけで心配だ。


 なぜか、オルウスが苦笑いになった。


「はい、皆さん、ご無事です。どちらかというと、襲った女神教徒達の方が大変な事に……魔族の皆様には、やり過ぎないように言っておいて貰えますか? その、かなり激しいようで」


「……きつく言っておく」


 魔族のイメージが悪くならないように頑張っているんだけどな……仕方ない、体に教え込んでやるか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る