移動要塞
管理者を仮死状態にするため、このピラミッドで色々やらなくてはいけないらしい。これからそれに取り掛かることになった。だが、私の出番はないようだ。
話によると、管理者はオリジナルの創造主に体を止められた。ただし、管理者の本体は動いている状態で、仮死状態にしないと、いつか人界を調整してしまう可能性があるとのこと。
うん、魔王様が何をおっしゃっているのか分からない。
「明日、ここから西に行った場所で管理者の体を再起動する。その後、仮死状態にするよ。フェルやオルドには明日、協力してもらうから、今日は休んでおいてくれるかい?」
「畏まりました。ですが、もう少し詳しく教えてもらえますか? 体を再起動する、とはなんでしょうか? その状態のままで仮死状態にはできないのですか?」
「そこから説明しないとダメだったね。ントゥは『移動要塞』と呼ばれる施設にいるんだけど、その施設はントゥの体なんだよね」
移動要塞? 要塞が動くという事かな? 要塞に足が生える?
「今、その要塞は止まっているんだけど、止まっているということは、要塞の中にも入れないという意味でもあるんだ。要塞の中に入れないとントゥをスリープモード、つまり仮死状態にもできないから、一度、要塞を動かさないといけないんだよね」
なるほど、要塞を動かさないと仮死状態にできないという話なのだろう。
「要塞を動かすための準備は僕がこれからするよ。明日は協力しないと大変だからね、今日は皆で親睦を深めていてくれ」
親睦と聞いて四人とも顔を見合わせてしまった。
「それじゃ、また、明日。えっと、ドゥアトと言ったかな? 悪いけど、コントロールルームへ転送をお願いするよ」
「畏まりました」
ドゥアトが魔王様に礼をする。直後、魔王様は風景に溶けるようにいなくなってしまった。
「転送は無事に終わりました。アダム様はコントロールルームにいらっしゃいます」
「うむ、ならアダム様がおっしゃった通り、親睦でも深めるか……まずは食事でもするか?」
アビスとドゥアトは食事をしないだろう。ということはオルドと一緒に食べることになる。良く知らん奴と一緒に食べるのは気まずいから遠慮したいな。
「食事は後でいい。その前に色々聞かせてもらってもいいか? その、いまいち事情が分からん。大体、なんで創造主の記憶を持っているんだ? 理由ではなく、その方法のことだが」
「ふむ、いいだろう。儂もお主に聞きたいことがあるからな」
ヤトの料理はお預けだ。お腹がすいたらリンゴを食べよう。
「まず、創造主の記憶だが、記憶のダウンロードと言うのは分かるか?」
「いや、まったく分からん」
「簡単に言うと、脳の記憶を電子化して、別の脳へ書き込むことを指す。儂の脳には創造主の記憶が書き込まれた、ということだな」
「簡単に言い過ぎだ。だが、詳しく聞いても理解できないことは分かった。そういう技術がある、という情報だけで十分だ」
よく考えたら不老不死を実現できるほどの技術があるんだ。それくらい余裕だろう。
「そうか。まあ、無理に知る必要はない技術だ。創造主も最後までやるかどうかを迷っていた。この技術はかなり危険で、最悪、儂の脳を破壊する可能性があったからな」
「よくそんな状況で了承したな」
私なら絶対に嫌だ。脳が破壊されるなんて想像しただけでも怖い。
「創造主は身の危険よりも、管理者の暴走を恐れていた。例え自分が殺されたとしても、他の創造主へ情報を渡し、楽園計画を継続させることが望みだった」
オルドはため息をついてから、上を見上げた。
「楽園計画に命を懸けていた創造主の願いを断れなかった……いや、そんな消極的な話ではないな。創造主の力になりたいと思った。そもそも儂は創造主に命を救われた。なら、この命、創造主のために使うのは当然だと考えたのだ」
私と似ているな。私も魔王様に命を救われた。魔王様のために命を使う。そういう気持ちでいる。かなりオルドに親近感が湧いた。
「創造主は命と引き換えに闘神ントゥの移動要塞を止めた。その後、このピラミッド、ドゥアトへの命令権を儂に渡し、儂を創造主と同じように扱えと命令したのだ」
ドゥアトは「その通りです」とだけ言った。
「儂への命令は二つ。他の創造主がこの地を訪れたなら、情報を伝える事。そして獣人達を守ることだ。今回の騒動で、どちらも守れないところだったのだが、お主達が来てくれたおかげで事なきを得たようだな」
オルドは私とアビスの方を見てから頭を下げた。
「本当に助かった。感謝してもしきれない。この恩はいつか必ず返す」
「感謝はもういい。ついでだと言っただろう?」
私よりも倍以上長生きしている奴に頭を下げられても、いたたまれないだけだ。やめて欲しい。
「そうだ、それを聞きたかった。ついでとは、何のついでなのだ? この国に用事があったのか?」
「一つは魔王様の用事だ。魔王様は管理者達を仮死状態にするため、管理者がいる場所を巡っている。私はその手伝いをしているわけだな」
「なぜ、アダム様を魔王様と言うのかは分からんが、状況は理解した。だが、一つは、と言ったな? 他にもあるのか?」
「もう一つは獣人達だ。ルハラにある町で奴隷になっていた獣人達を解放したのだが、私が懇意にしている村まで連れていったんだ。恩を返したいというのと、ウゲンまで自力で帰れそうにないという理由だな。その後、十分に恩を返してもらったのでウゲンへ連れてきた――もう頭は下げるな。そっちもついでだったから感謝されるような事じゃない」
なんだかついでばかりだな。でも、事実だし、礼を言われるような事じゃない。
オルドは下げていた頭を上げて笑い出した。
「恩を返そうとしているのに、恩が溜まっていく一方なのだが?」
「なら一つだけ頼まれてくれ。それで全部恩を返したことにしてやる」
「ほう? 何をすれば良いのだ?」
「ルハラから休戦協定かなにかの話が来ているだろう? 話を受けてくれ。変な条件は付けてこないと思うが、もし納得できない事があったら私に言え。皇帝に言ってやる」
ドレアがいるし、そんな事にはならないと思うけど、変な条件を突きつける可能性だってあるからな。その時はドレアとディーンにガツンと言ってやろう。
「ルハラから確かにそういう話は来ている。だが、どんなコネがあって、ルハラの皇帝に進言できるのだ? それは冗談で、笑うところなのか?」
「こっちはいたって真面目だ。コネと言うほどじゃないが、今の皇帝は、私が皇帝にしてやった様なものだからな。それくらい言えるだけの関係ではあると思う」
「コネなんてレベルじゃないだろうが。まさかとは思うが、儂をからかっているのか?」
事実を言っているだけなのに信じてもらえない。どうすればいいのだろう?
「お前は創造主の記憶を受け継いでいるのだろう? それくらい調べられないのか? そうだ、図書館を知っているだろう。書いてあると思うぞ。多分」
「……さすがはアダム様の従者と言ったところか。図書館を知っているとは。なら、この説明で分かると思うが、儂には権限がない」
「権限がない? いや、意味が分からんが?」
「アダム様から聞いていないのか? 図書館の情報を閲覧するには権限が必要だ。権限のない者に情報を見ることはできない」
明確に言われたのは初めてかな。なんとなくそんな気はしていたけど。でも、そう考えると、本屋の店主とか、ラジットなんかも何かしらの権限を持っている、ということなのかな。
「儂にはその権限がまったくない。図書館の情報へアクセスする方法は分かるが、何も見れんのだ」
「創造主に権限は貰わなかったのか?」
「権限の譲渡ができるのはアダム様だけだ。例外的にアダム様のサポートAIであるイブ様もやれないことはないがな」
イブもそんなことができるのか。
それはともかく、イブが黒幕っぽいことは言わない方がいいだろうか……言わないでいいな。まだ証拠はないし、言うなら魔王様が言ってくれるだろう。
あれ? でも、なんかおかしいな? 魔王様はいくつかの権限を創造主達に奪われたとか言ってなかったか? 権限の譲渡はできなくても、奪うことはできるのかな?
「どうかしたのか?」
オルドが私の顔を覗き込んでいる。どうやら考えすぎていたようだ。
「すまん、ちょっと考え事をしていた。とりあえず、図書館を見れないのは分かった。なら、ドゥアトはどうだ? ドゥアトなら多少の権限はあるだろ? アビスにも権限はあるんだし」
「その程度の情報なら分かるかもしれませんね。確認してみますのでお待ちください」
待つこと数秒。ドゥアトは、オルドを見た。
「間違いありません。ルハラの皇帝ディーンは、フェルの助けを借りて皇帝になっています」
オルドは「ガハハ!」と笑い出した。豪快な笑いだな。
「今日はなんという日だ! 驚かされたり笑わせられたり、創造主が亡くなってからこんなに楽しい日は初めてだぞ!」
「それは良かったな。そういうわけだから、休戦協定に同意するような感じで頼む」
「ここは合議制の国だ。儂の一存では決められん。だが、そうなる様に進言しよう」
「よろしく頼む」
まあ、こんなところかな。さて、そろそろ食事にしよう。ヤトのあの料理は美味いはずだ。卵を使っているのがポイント高い。無くなる前にたべないと。
「儂からも一つ聞いていいか?」
「構わないが、何を聞きたいんだ?」
「お主は魔族なのだな?」
「見て分かるだろ、こんなに立派な角がある」
黒い羊の角。はっきり言って最高だと思ってる。角のコンテストとかあったら、優勝を狙うつもりだ。
「うむ。その通りなのだが、似た者を知っている。いや、角があることを除けば、似ているというよりはそっくりだ。儂の記憶ではなく、創造主の記憶なのだが」
私に似た奴? 誰の事だ?
「少なくとも私は創造主とやらに会ったことはないぞ?」
「だろうな。創造主の記憶はかなり古いものだ。フェルでないことは間違いない」
「似ている奴は三人くらいいると言うからな。創造主はかなり長いこと生きていたのだから、私に似た奴に会ったこともあるのだろう」
「それはその通りだが……アダム様はなにもおっしゃっていないのか?」
「魔王様が? いや、何も聞いていない。その記憶では魔王様も私に似た奴を知っているのか?」
オルドは私の質問には答えず、腕を組んで目を瞑ってしまった。思い出そうとしているのだろうか。
「……今の話は忘れてくれ。アダム様が何も言っていないのなら、儂から答えられる話ではない」
「ここまで話をしておいて忘れてくれはないだろう」
「すまん、儂の一存では言えん。アダム様が意図的に隠している可能性がある。アダム様に直接聞いてくれ」
ひどいまる投げを見た。まあいいか。後で魔王様に聞こう。
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