ピラミッド

 

 クトーニアを出発して十時間、アーカムというオアシスが見えてきた。夕日が地平線に沈みかけているからか、周囲が全体的に赤い。


 本来二日かけて移動するところを一日で移動したわけだ。かなりひいき目に見ても自殺行為なのだろう。ここまで付いてこれたのは流石だが限界がきたようだ。とうとうロックがぶっ倒れた。


「ロック、生きてるか?」


 砂の上に大の字になって倒れているロックに話かけた。相当疲れたのだろう。というか息が苦しいのかな。高速で胸が上下している。服を着ろ。


「み、水をくれ、し、死んじまう……」


「【造水】」


 魔法で水を作る。シャワーと言うよりも巨大な水の塊がロックの上に落ちた。水浸しになるけど、日没までは時間がある。すぐに乾くだろう。私はヴァイアの作ってくれたコップの魔道具で水を飲んだ。うまい。


「ぷはー、はぁ、はぁ、お前ら、どれだけ、体力が、あんだよ……は、走りっぱなしで、なんで、息切れ、しねぇ、んだ……」


 なんでと言われてもな。種族の差としか言えない。ヤトやクーガも平気そうだし、当然だがアビスは汗すらかいていない。エリザベートは飛んでいて、走ってすらいない、というか普段から息はしてない。


「フェル様、アーカム周辺を調べましたが、獣人達はいません。おそらく、ピラミッドへ行っていると思われますので、早速向かいましょう」


「アビス、ロックがグロッキーだからちょっと待ってくれ」


「なぜこの男を連れてきたのですか? クトーニアに置いてきてよかったのでは?」


 アビスの表情は変わらないが、何となく邪魔っぽく感じているようだ。だが、ロックを連れてきたのには訳がある。


「ロックはルハラの代表みたいなものだからな。ルハラの融和政策を成功させるためにも、人族が助けに来たという実績を作っておきたいんだ」


「そういう考えでしたか。なら、仕方ありません。私が運びましょう。明るいうちにピラミッドまで行きたいですからね」


 アビスがロックに近寄ろうとすると、ロックはむくりと起き上がり、右手でアビスを制止した。


「いや、もう大丈夫だ。ルハラのためにもこんなところで倒れている場合じゃねぇよな。呼吸も整ったから、早速ピラミッドへ行こうぜ」


「そうか。そういうことなら手はかさないでおこう。ピラミッドはここから歩いて一時間程度の場所らしいから、これまでよりは楽なはずだ。あと少しだから、頑張るといい」


 アビスはロックにそれだけ言うと、こちらを見た。


「では、フェル様、行きましょう」


 ロックも大丈夫そうだし、この件は今日、明日中に片付けたい。早速向かうか。




 十分ほどでピラミッドが遠くに見えるところまで来た。アビスが急かすのでまた走ったわけだが、そんなに獣人達が心配なのだろうか。


 ピラミッドって初めて見たけど、思っていたよりもかなり三角だ。そしてデカい。目を凝らすと、その周辺になにかがうじゃうじゃいるのが見えた。


 ヴァイアに作って貰った遠くが見える魔道具でピラミッドの周辺を見ると、獣人達がウロウロしていた。魔素暴走状態の奴らだな。


「アビス、結構多いが大丈夫か? 五百人はいそうだぞ?」


「問題ありません。触るだけで治せますから、それほど時間は掛からないでしょう」


 五百人に触るのって大変だと思うけど。


「では、行ってまいります。こっちに気付いてやってくる奴がいるかもしれませんので、警戒はしていてください」


 私は頷いたが、クーガが一歩前に出た。


「あの、私は行かなくても大丈夫でしょうか? 取り押さえることもできますが」


「いや、いい。獣人達が私に向かって来てくれた方が早く終わる。ここでフェル様達を守ってくれ」


 クーガはちょっと残念そうにしたが、「わかりました」と言って頷いた。


 アビスも一度だけ頷く。そしてピラミッドの方へ歩き出した。


 治療だけだと私の出番はないな。アビスを信じて待とう。一応、遠くからアビスの事を見ておくか。何か異変があったらまずいからな。


 魔道具でアビスの周辺を見る。獣人達がアビスに群がっているが、アビスが手で触れると、パタリと倒れた。本当に触るだけで治せるんだな。


「フェル様、アビス様ってなんなのですか? なぜ、あのような治療を行えるのでしょうか?」


「それは俺も聞きてぇな。人族じゃないらしいけど、魔物でもないんだろ?」


 クーガとロックが不思議そうにそんなことを聞いてきた。


 アビスの状況はヤトに見てもらおう。ヤトに魔道具を渡してから、クーガとロックの方を向く。


「説明が難しいのだが、アイツはダンジョンコアだ。ダンジョンを維持するために存在しているダンジョンコアが意思を持っている、と言うしかないのだが」


 二人そろって首を傾げた。まあ、そうだよな。私も開発部の奴らからダンジョンコアの説明を受けたときそんな感じになった。


「あ、でも、ダンジョンコアと言うのは聞いたことがあります」


「そうなのか?」


「はい、確か、あのピラミッドの中にもダンジョンコアがあると聞いたことがあります」


 ピラミッドの中にダンジョンコア? となると、あのピラミッドはダンジョンコアで維持されているのか。普通の建造物じゃないんだな。あれだけ大きい物をどうやって作ったんだろうとロマンを感じていたのに。


 ショックを受けていたら、ヤトが振り向いた。


「フェル様、なにか様子がおかしいニャ」


「様子がおかしい? 何があった?」


「治療は全部終わったのに、アビスがまったく動かないニャ」


 治療は終わったのか。早いな。でも動かないってなんだ? アビスは魔素暴走に耐性があるから効かないみたいなことを言っていた。変な状態になることはないと思うんだけど。


 念話で聞いてみるか。


「おい、アビス。どうした? 治療は終わったのか?」


 ……反応がない。チャンネルは間違っていないのだが、どうしたのだろう。


 仕方ないな。近くまで行って確認するか。


「私がアビスのところまで行ってみる。お前達は待機していてくれ」


 魔道具で魔素暴走状態の奴がいないことを確認する。うん、大丈夫。


 安全なのを確認したのでアビスの方へ走り出す。今日は走ってばかりだな。




 数分でアビスの近くまでやって来た。周囲には獣人達が倒れている。倒れてはいるが普通の寝息だから治療は終わったのだろう。


「おい、アビス、どうした?」


 声は聞こえる距離のはずだ。だが、反応がない。仕方がないのでアビスの正面にまわった。


「おい、アビス、大丈夫か?」


 ぼーっとしているアビスの肩に触れると、崩れ落ちるように座ってしまった。そしてアビスはすわったままこちらを見上げる。


「助かりました。妨害を受けていたので動けなかったのです」


「妨害? というか私は何もしていないぞ?」


「妨害により私の魔力が切れていたのです。フェル様が触ってくれたおかげで、魔力を頂けました」


 緊急事態だから仕方ないけど、そんな事できるのか? 普段やってないよな? まあそれは後で問いただそう。まずは妨害の事だ。


「妨害とは何のことだ?」


「私を敵だと認識しているようです。以前、色々と情報をハッキングしていたので、ダンジョンコア界隈では、私はブラックリストの一番上なのですよ」


 意味が分からないけど、ブラックリストって悪い意味だよな。なんで心なしか自慢げなんだ?


 いや、待とう。ダンジョンコアってこのピラミッドにもあるってさっき聞いたぞ? まさか妨害って、このピラミッドのダンジョンコアから受けてたのか?


 急に周囲が明るくなってきた。日が地平線に隠れそうだったのに。


 光源はピラミッドの頂上からだった。あそこが光り輝いている。手で光を遮りながらそちらを見ると、黒い影のような物が、頂上から飛び上がった。


 数秒後、近くの地面になにかが落ちた。そして派手に砂を巻き上げる。巻き上がった砂がおさまると、槍を持った人族の男性がいた。その男は矛先をアビスへ向ける。


「貴様! アビスだな! 我々をハッキングしているのは分かっている! 何が目的だ!」


「情報にハッキングしたのは謝罪する。だが、それは必要なことなのだ」


 一度アビスは息を吐きだして、ギラリと男を睨む。


「私は最強で最高のダンジョンにならなくてはいけない。まず、お前を倒し、最強への足掛かりにする。さあ、勝負してもらうぞ」


「別の日にやれ」


 アビスが今回の件に積極的だったのは、もしかしてこのためなのか? ピラミッドに来たかった?


 まあ、やることをやってくれたんだから別にいいんだけど、そういうのは全部終わってからにしてくれないかな。

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