価値

 

 やってきた隊長とミトルに婆さんとリエルが礼をした。隊長に助けられたときにリエルは気を失っていたが、私がシャワーを浴びているうちにディアに聞いたようだ。


 リエルは礼をした後、「結婚してやろうか?」と言った。隊長は「嫁と子供がいるから無理」という答えを返す。隊長に子供がいるのは私も知らなかったが予定調和というかなんというか。


 リエルは見事に振られたな。全然気にしていないようだけど。リエルにとっては挨拶みたいなものなのだろうか?


 あと、隊長にリエルが清らかな女性ではないことがバレた。ものすごく複雑そうな顔をしているが、私の顔をみてから「まあ、そうだよな」とため息交じりで言った。私にはそういう知り合いがいるわけないと言いたいのか、コラ。


 そんな怒りを抑えて店の事情を話した。この店が狙われている事、その対策として、この店でリンゴを売りたい事の二点だ。


 話が終わると、隊長は首を傾げた。


「この店でリンゴを売りたいという事だな? よく分からないのだが、私達エルフに許可が必要な話なのか? 好きに売ってくれて構わないと思うのだが」


「それはそうかもしれないが、エルフの森で採れたリンゴを勝手に売ってしまうんだぞ? その、なんとなく嫌な気分になったりしないか?」


「盗まれたリンゴならそんな風に思うだろうが、正当な取引で渡したリンゴなのだろう? 自分で食べようと他に売り出そうと問題ないぞ」


 隊長の言葉にミトルも頷く。そういう考えなのか。


 婆さんがお茶を飲んでから隊長を見つめた。


「待ちな。うちの商品を評価してくれるのは嬉しいよ。でもね、硬貨に換算したらどう考えても釣り合わないんだ。エルフを騙しているようで気が引けるんだがね」


「そのあたりはミトルに聞いた。リンゴ一つで小金貨一枚くらいの値段が付くそうだな。そして木彫りの置物は安い物なら小銀貨一枚もしないとか」


「そうさ、リンゴ一個でうちの在庫を全部買えるよ。アンタ達が提示したリンゴの量じゃ、うちがぼったくりの店になっちまう」


 そういうのは正直に言わなくてもいいと思うが……婆さんは正直者なんだろうな。商人に向かない気がする。


「リンゴの値段は人族が勝手に決めたものだろう? 釣り合わないと言われてもこっちが困る。店にある商品に対してこちらがリンゴ何個分の価値がある、と思って取引をするわけだからな」


 婆さんが複雑そうな顔をした。


「大した労力もなく利益が出ちまうのは、まっとうに働いている人に申し訳ないんだがね」


「なら商品の仕入れ先に還元してもらえればいい。置物や装飾品を作った職人にはそれだけの技術や価値があると思っている。フェルを通して色々見せてもらったが、ここの商品が私達の中では人気なんだ。女性のエルフ達もここの店の装飾品を付けるのがブームになっているほどでな」


「そうなのかい? それを聞いたら娘婿も喜ぶよ……分かったよ。そこまで言ってくれるなら、取引させてもらえるかい?」


「それはこちらからお願いしたい事だ。ぜひ頼む。フェルが信用している店なら私達も信用できるからな」


 恥ずかしいことを言わないでくれ。そういうことは思っていても口にしないで貰いたい。


「フェル、なんでそんな嫌そうな顔をするんだ? 信用している、と言われるのが照れくさいのか?」


「多感なお年頃でな。あんまり言うとグレるから注意しろよ?」


 なぜか皆が笑った。面白いことを言ったつもりはないんだけどな。


「それじゃ隊長! 早速、展示されている商品を見ましょーよ! 色々と頼まれているし時間は有限ですからね!」


「なら、先に見ていてくれ。私はこちらの方と取引内容を色々決めてから行く」


「りょーかいです! じゃ、先に見てきます!」


 ミトルはそう言うと一階の方へ向かった。女性の事以外であんなに張り切るミトルは初めて見た。


「すまない。落ち着きがない奴でな」


「気にしちゃいないよ。それだけうちの商品に魅力があるってことさ。それじゃ取引の話だね――」


 その後、婆さんと隊長は商売の話をすることになってしまった。やり取りの頻度とか、リンゴ以外の果物でも取引できるとか色々話をするらしい。これは邪魔しちゃいけないな。


 一応、この店でエルフの森で採れる物を売れることになった。すごく高値らしいから利益は相当出るのだろう。これなら商人ギルドも助けてくれる可能性が高い。


 でも、これだけじゃ足りないかもしれないな。他にも手を考えようか。


 婆さんと隊長から少し離れてヴァイア達と改めて作戦会議をしよう。


「こっちはこれでいいと思うんだが、他に案はないか? いくつか用意しておいた方がいいと思うんだが」


「まだ足りねぇのか? と言ってもこれ以上利益を上げる必要は無いと思うぜ?」


「そうか? なんとなく心配なんだがな」


 ディアが勢いよく手を挙げた。別に挙手する必要は無いんだけど。


「メノウちゃんに聞いてみたらどうかな?」


「メノウに? 何でだ?」


「ヴィロー商会がフェルちゃんに脅しをかけていた時にさ、商会に損害を与えられるような話をしてたと思うんだよね。おばあさんの店はエルフさんとの取引で十分だから、今度はラジット商会へ損害を与えた方が効果的かなって思ったんだけど」


 そういえば、メノウがそんなことを言っていた気がするな。ヴィロー商会が私に敵対するなら損害を与えるとかなんとか。でも、あれはハッタリじゃないのか?


 分からないから聞いてみるか。もしそういう事ができるならお願いしたい。


 メノウの持っている魔道具へ念話を送った。


『フェルさん! なんで連絡してくれないんですか! ずっと待ってたんですよ!』


 メノウが怒っている感じだ。そういえば、最近全然連絡してなかった。


「すまん。色々と忙しくてな。王都でお土産を買ってきたから機嫌を直してくれ」


『あ、そうでしたか、全然問題ないです。お帰りをお待ちしてますね!』


 ちょろい。いや、待てよ? 今のは怒ったふりだったのだろうか。メノウの場合、どっちにも取れるな。


『ところでどうかされましたか? その報告だけじゃないですよね?』


 察しがいいのは助かるな。よし、聞いてみよう。


「色々と端折るが、いま、ラジット商会と揉めているんだ。メノウは以前、ヴィロー商会に損害を与える方法があるような事を言っていたよな? あれってハッタリじゃなくて本当にできるのか? それにラジット商会にも効果はあるか?」


『ラジット商会ですか? それでしたらヴィロー商会以上に損害を与えられるかと思います。フェルさんに対して不利益な事をするなら、まず間違いなく動いてくれるかと思いますので』


 動いてくれる? 誰かに頼むとかいう話なのだろうか。どういう内容なのか聞いておこう。


「それってどういう方法なんだ?」


『メイドギルド、そして鍛冶師ギルドがラジット商会から全面撤退する感じですね。違約金は発生するでしょうが、ラジット商会は商売ができなくなるくらいになると思います。やりますか?』


 鍛冶師ギルドはドワーフ村のおっさんが影響している感じだな。メイドギルドは言わずもがな。


 でも、全面撤退って。いくら何でもやり過ぎだ。それにラジット商会のおかげで助かっている人もいるだろうから、そんなことをしちゃいけない気がする。


「そこまでやる気はない。ラジット商会が商売できないと困る奴もいるだろう? 関係ないところまで影響するのはダメだ」


『ラジット商会はいい噂を聞きませんし、扱っているのは武具関係が多いので、平民に影響は出ないと思います。むしろ感謝されるのではないでしょうか』


 それが本当ならやってもいい気がするけどな。でも心配だ。いざとなったらやるけど、最後の手段にしておこう。


「そうか。なら選択肢の一つとして覚えておく。先走ってやるなよ?」


『やる時はいつでも言ってください。フェルさんに敵対するなんて言語道断。潰れてしまえばいいのです』


 メノウってこんなに過激だったかな……? 弟のカラオが元気になったから素が出てきたのか?


 念話を切った。そしてヴァイア達にメノウから聞いた話をする。


 リエルが「いいんじゃねぇか?」と言い出した。


「ラジット商会がつぶれたら、女神教も結構影響が出るんだよ。異端審問官の武具とかをラジット商会が揃えたりしてるからな」


 そういえば、以前ディアがそんなことを言っていた気がする。女神教を弱体化させるにはいい手なのかな。


「それにトランも影響が出るだろ? ルハラ、というかフェルの国に攻め込ませないようにする手段にもなると思うぜ?」


 そういう考え方もできるのか……やっちゃっていいような気がしてきた。


 まあ、まずは婆さんが商人ギルドへ行って仲裁してもらえるか確認するのが先だな。


 婆さんの方を見ると、ちょうど隊長との話し合いが終わったようだ。お互い笑顔のようだし取引は成立したのだろう。


「婆さんとの商談は終わったのか?」


「ああ、月に一度、私達がこの店に来ることになった。置物や装飾品もそれくらいのサイクルでならそれなりに準備できるそうだからな。それに私達が欲しい物、ワインとかお酒類だな。この辺りを新たに仕入れてくれるようなので助かる」


「そうなのか? でも、それだと私やソドゴラ村との取引はどうなる? 同じ物じゃ意味ないよな?」


 私なんかは色々な町へ行くこともあるが、村の皆は旅行とかしない感じだ。遠出するとしてもこの町だろう。わざわざ二つと取引する必要はない。


「村でハチミツを作っているんじゃないのか? それに魔道具もある。他にも森で作れない野菜とかが村にあったからな。この店と被る物もあるだろうが、それなりに違いはあると思うぞ」


 そうか、ヴァイアの魔道具も交換対象だったな。だったら大丈夫か。何年かしたらヴァイアは村を出るだろうけど、それまでは安泰だ。


「それじゃ私は商人ギルドへ行ってくるよ。こういうのは早い方がいいからね」


 婆さんが席を立ちながらそんなことを言った。


「あ、それなら私も行きます。たまにはカードの情報を更新しないといけないし」


 そう言いながらヴァイアも立ち上がった。そうか、ヴァイアも商人ギルドに加入していた気がする。


 なら私も行くか。大丈夫だとは思うが、今はノストもいないし、ヴァイアの護衛をしないといけないからな。

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