普通

 

 ようやく砦が見えるところまで来た。あと少しで到着するだろう。


 ドラゴニュートの村からここまで皆と話をしながら歩いてきた。今はちょうどお昼ぐらい。結構朝早く村を出たからかな。意外と早く着いた。


 話を聞きながら色々分かったことがある。


 ついてきたドラゴニュートの二人は、男の方がパトル、女の方がウィッシュという名前だった。ムクイの教育係として指導しているらしい。どうやらムクイよりも強いから、という理由だけで選ばれたみたいだ。


 今回ついてきたのは族長の要望だったらしい。もともとムクイが外界へ行きたいと族長に相談した。でも、さすがにムクイ一人では危なすぎる。そこでこの二人が一緒に行くことになったようだ。


「外界に興味があったから別に嫌ではない」


「私もそうね。どちらかと言うと美味しい物を期待して了承したわ」


 そんなことを言っていた。どちらも嫌々ついて来たわけじゃないようだ。


「へー、これが砦か。すっげぇデカいな!」


 砦の近くまで来ると、ムクイが興奮気味に砦を見上げた。ついてきた二人も言葉にはしないが驚いているようだ。


「遠くから眺めたことはあったが、これほど大きい物とは知らなかった。これを建てたのは人族なのだろう? 素晴らしい技術だな」


 パトルの言葉にウィッシュも頷く。


「これを作るのにドワーフも手伝ったんだ。人族だけじゃ無理だからね! まあ、ドワーフだけでも建てられないんだけど」


 ゾルデがそんなことを言い出した。ドワーフのプライドだろうか。


 まあ、そんなことはどうでもいいな。確かここで大霊峰から戻って来た手続きをしないといけないんだが、誰もいないな。


「そ、そちらにいらっしゃるのは、魔族のフェル様とお見受けしますが、間違いないでしょうか!」


 砦の上の方から声が聞こえた。屋上から何人かが覗き込むようにして、こちらへ話しかけているようだ。


「ああ、そうだ。戻って来たから手続きをしたいんだが、どうすればいい?」


「あ、あの! そちらにいるのは一体どちら様でしょうか!?」


 ドラゴニュート達のことかな。答えるのはいいんだけど、なんでこんな距離で話をしないといけないのだろう。


「ちょっとここで待っていてくれ。話をしてくる」


「あ、そうなの? じゃあ、昼食にしようか?」


 ゾルデの提案で昼食をとることになったようだ。ムクイ達も頷いて干し肉とか取り出し、地面に座りだした。


「私の分も用意しておいてくれ。じゃあ、ちょっと行ってくる」


 砦の屋上から声を掛けてくる奴らのすぐそばに転移する。ものすごく驚かれた。


 下からは見えなかったが、屋上には弓矢を装備した兵士達が何人もいる。何してんだ?


「驚かせてすまないな。でも、距離が遠いから話づらい。大霊峰から戻って来たんだが、手続きはどうすればいい? ああ、その前に下にいる奴らが誰かって話だったか?」


「は、はい、あの三人はドラゴニュートのようにお見受けするのですが……」


「ああ、そうだ。見聞を広めるためについてきた。私が世話になっている村まで一緒に行く予定なんだが……もしかしてマズイのか?」


 なんだろう? 周囲の奴らが目を点にしている。


「えっと、もう一人の小さい方は?」


「アダマンタイトのゾルデというドワーフだ。あれ? アイツは手続きして山へ行ったんじゃないのか?」


「あ、ああ! ゾルデ様でしたか! そう言えば何週間か前にここを通りました! ……生きていらしたんですね。てっきりもうダメだったのかと」


 ひどい言われようだ。


 ああ、そうか。よく考えたらドラゴニュートは狂暴な種族だと思われている。私も直接会う前はそう思っていた。だから武装しているんだろう。


 これはどうしようかな。私が危険じゃないと言っても認めてくれないかも。


「あの、フェル様。あのドラゴニュート達はフェル様が面倒を見られているのですよね?」


「面倒を見ているわけじゃないが、色々あって村まで一緒に行動する予定だ」


「分かりました。あの、上の者に確認してみますので、もうしばらく待機してもらっても良いでしょうか? すぐに確認しますので」


 色々根回してくれると言う事だろうか。余計な問題は起こしたくないし、しばらく待つ程度なら大丈夫かな。そうだ、待っている間にカブトムシを呼ぶか。歩いて帰るつもりだったけど、エルリガまでならドラゴニュート達も乗せられるだろう。


「分かった。しばらく待つ。アイツらも暴れたりしないから安心してくれ。だから、そっちもいきなり矢を射かけるようなマネはするなよ?」


 一応釘を刺しておかないとな。


「はい、武装は解除しておきます。では、お手数ですがしばらくお待ちください」


 そう言った兵士に頷いてから転移して地上に戻った。


「どうだったの?」


「ドラゴニュートは狂暴だと思われているだろ? だから警戒していたみたいだ。それにこのまま通してもいいか判断がつかないようで、上に確認するとか言ってた。しばらく足止めだな。今のうちに食事をして乗り物を呼んでおくつもりだ」


「そういえば、フェルさんは乗り物に乗っているって話だったな。俺達も乗せてもらっていいか?」


 ムクイが期待をした目でこちらを見ている。


「ああ、ここからエルリガという町までならお前達でも乗れるはずだ。そこは遠慮しなくていいぞ」


「やったぜ! 俺達も昔はバジリスクとかを調教して乗ってたらしいんだけど、できる奴が減っちまって廃れたんだよな。何かに乗るって初めてだぜ!」


 ムクイは随分と嬉しそうだ。多少はドラゴニュート達の感情が分かるようになったのだろうか。あまり顔の変化は分からないけど。


 早速、カブトムシを砦まで来るように念話を送る。カブトムシから貰ったチラシのチャンネル経由だから面倒だ。


 とりあえず、魔物ギルド受付のバンシー経由でカブトムシに連絡がいったようだ。しばらくすればくるだろう。


 よし、今のうちに食事をしておくか。




「へー、人族とかドワーフ族はオカネという物を使って取引するのか」


「まあ、物々交換もするけど、大体はお金だね」


 ゾルデがムクイ達に人族のルールを教えているようだ。見聞を広めるのはいいんだけど、どうやって生活するのかな? まあ、ソドゴラ村なら森の中に食べられる魔物はいっぱいいるけど。


「ふむ、我々もオカネを稼ぐために仕事をしなくてはいけないようだな」


「私達って戦う以外に何かできた?」


 あたりが沈黙に包まれる。戦ってお金を稼ぐことも可能だとは思うが、ドラゴニュートを雇おうとする奴がいるかな?


「なあ、ゾルデさんはどうやってそのオカネを稼いでいるんだ?」


「私? 私は冒険者ギルドに所属しているからね。バジリスクの皮とかギルドへ持ち込めばお金に代わるんだ。あと討伐依頼とかよくあるからね、それで稼ぐことが多いかな」


「なんだ、そんなんでいいのかよ。なら俺も冒険者ギルドってものに所属しよう」


「ソドゴラ村ではお勧めしないが、やりたければやるといい」


 村のギルドに依頼はないけど、素材の買取はあるのだろうか。私はやったことないな。


 そんな他愛もない話をして一時間が過ぎると、砦から屋上で話をした兵士が出てきた。


「お、お待たせ、しま、した!」


 随分と息を切らしている。走ってきてくれたのだろうか。なにか申し訳ない気がする。


 兵士は何度か深呼吸を繰り返して息を整えた。


「上、と言いますか、国王の方まで連絡が行きまして時間が掛かってしまいました」


 なんで国王。まあいいけど。


「結果から言いますと問題ないことになりました」


「そうか、助かる」


「ただですね、ドラゴニュートの皆さんが何か問題を起こしたときは、それはすべてフェルさんが優先的に対処する、ということを了承してほしいとのことでした」


 まあ、それは仕方ないかな。ついて来るのを了承したのは私だし、その責任を取らないといけないだろう。


 ムクイ達の方を見た。


「お前ら、問題を起こすなよ? 起こしたら鉄拳制裁だぞ?」


「そ、そんな事するわけないだろ!? 親父や姉ちゃんにもキツク言われたんだ、そんな事をしたら殺されちまうよ!」


「問題は起こさないと龍神様に誓おう」


「私も同じく誓うわ」


 うん、大丈夫だろう。自分から問題を起こすような感じじゃない。巻き込まれる可能性はありそうだけどな。


 兵士の方を見てから頷いた。


「さっきの件、了承しよう。コイツらが問題を起こしたら私が対処する」


「はい、ありがとうございます。それでしたら問題ありません。それと、フェル様、ゾルデ様の帰還証明手続きも終わらせておきました。いつエルリガ方面へ向かわれても問題ないです」


「そうか、仕事が早いな。ありがとう」


 そう言うと兵士は笑顔で敬礼した。とりあえず私も敬礼しておくと、ゾルデやムクイ達も敬礼した。


「では、エルリガまで危険はないと思いますが、お気をつけて」


 そう言って兵士は砦の中へ戻って行った。


「それじゃ出発する?」


 ゾルデが伸びをしながらそんなことを言った。だが、カブトムシがまだ来ていないんだよな。


「なあ、あの飛んでるのってなんだ? ワイバーンじゃないよな?」


 ムクイが指さす方を見るとカブトムシだった。


「いいタイミングだ。あれが乗り物だ。あのゴンドラなら五人くらい余裕で乗れるぞ」


「なあ、フェルさん、聞いていいか?」


「なんだ? 別に構わないぞ」


「もしかして乗り物って空を飛ぶのか?」


「そうだな。言ってなかったか?」


「聞いてねーよ……でも、すげぇな外界。空飛べんのかよ……」


「言っとくけど、空を飛べるのはごく少数だからね? これが普通だと思わない方がいいよ? むしろフェルさんは超異常な部類だからね?」


「私が変みたいに言うな。私だって普通だ、普通」


 全員から半眼で見られた。これはムクイ達の感情が完全に分かった。呆れている感じだ。


 おかしいな。魔王だけど、普通だぞ。普通の魔王。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る