工場
龍神の祠と言う場所を目指して山を登っている。
周囲は草木が生えていない黒い土、というか岩だけだ。退屈だと思っていたけど、山から見下ろす景色は絶景だな。それだけは楽しい。
しかし、結構な高さまで登って来たと思うのだが、まだその場所に着かない。場所に関して嘘はつかれていないと思うんだけど、ちょっと心配になってきた。
朝、族長から鍵を借りると、本当に鍵の形だった。鍵と言っても、こう水晶玉みたいな魔道具を想像していたんだけど、そんなことはなかった。でも、材質がヒヒイロカネだ。エデンで見たものと同じ金属。間違いなく結界を解くための鍵なのだろう。
絶対に無くさないでくれと何度も言われた。そして昨日の夜に使った野営セットをなぜか人質に取られた。まったく価値が釣り合わないと思うのだが、野営セットはすごく便利そう、ということらしい。あまり使わないし、あげてもいいかな。
鍵を借りた後、巫女に大体の場所を聞いた。龍の形をした石があるから行けば分かるらしい。最初は案内するとか言っていたが断った。魔王様もいらっしゃるし、管理者とか創造主がいた場所に移動する可能性が高い。あれは見せてはいけないだろう。
ついて来ると言えば、ゾルデとムクイも一緒に来ようとした。「龍神と戦うの!? 一緒に行くよ!」「俺も龍神様に会いてぇ!」とか言ってた。面倒くさいから大狼に丸投げ。すごく嫌そうな顔をしていたけど、言うことを聞いてくれたようだ。
龍神と戦う、か。なんとなくだけど、そんなことにはならない気がする。
多分だが、龍神は既にいないと思う。最後に巫女が聞いた言葉は口調が違うようだし、戦友という言葉を使った。おそらく創造主が言った言葉なのだろう。どうしてそんな状況になっているかは分からないけど。
まあ、そういうのは魔王様の担当だ。私は魔王様のためにそこへの道を開くだけ。でも、憶測くらいは報告しておこう。
そういえば、ドラゴニュート達は噴火や地震について特に何とも思ってない様だったな。なんとなく、噴火を龍神様が怒ったとかそんな風に捉えていると思っていた。
ムクイ曰く「火山が噴火するのと龍神様が怒るのと、どう繋がるんだ?」らしい。
山と龍神を全く別物と捉えているんだな。昔読んだ本では山そのものを神様と崇めるような信仰があるとか書いてあったから、ここもそんな感じに信仰していると思ったんだけど。
地震に関しても普段から結構あるから特に驚きもないらしい。地震があると、魔物が大群で襲ってくる場合があるから、どちらかと言うと食べ物が増えて嬉しいとか。色々な考えがあるものだ。
さて、考えながら随分と歩いたんだが、まだ着かないのだろうか?
「やあ、フェル。鍵は借りられたようだね」
「……あの、魔王様。いつも思っていたのですが、気配もなく急に声を掛けられるのはものすごく心臓に悪いのですが」
魔王様に忠誠を誓ってはいるし、敬意も払うが、言うべきことはちゃんと言おう。魔王様だって色々と私に秘密が多かった。だからこれくらい言っても問題ないはず。多分。
「ああ、ごめんよ。念話みたいなものだと思って大丈夫だと思っていたよ」
「念話に関しては事前に魔力の流れがありますからそれ程驚かないのですが、魔王様の場合、なんの前触れもないですから」
「そういうものなんだ。分かった、これからは気を付けるよ」
意外と簡単に聞いてもらえた。なんだろう、ちょっとだけ優越感があると言うか、嬉しくなる。とはいえ、調子に乗ってはいけない。魔王様には私が必要だろうが、セラだって私と同じことができるんだ。もう、フェルは魔界へ帰っていいよ、とか言われたらショックだからな。
「では、魔王様。こちらが鍵です。目指すところは龍神の祠という所なのですが、まだ見つかっておりません」
「それなら大丈夫。僕が場所を知っているからね。もうすぐだよ」
「そうでしたか、では、早速向かいましょう」
その言葉に魔王様は頷くと歩き始めた。移動中にドラゴニュートのところで仕入れた情報を伝える。有能アピールだ。
「なるほどね、龍神、つまり管理者ではなく僕の戦友が最後の言葉を告げた、ということなんだね」
「憶測でしかないのですが」
「可能性はあると思う。彼は物理的に強かったからね。龍神を壊すことはできないだろうが、止めることはできたのかもしれないね。残念ながら生きていないのは間違いないけど」
随分と軽くおっしゃった。雰囲気を暗くしないようにワザとそういう風に言ったのかもしれないけど、戦友と言ってもそれほど仲は良くなかったのだろうか。
さらに歩くと、魔王様が急に前方を指した。
「あれが、龍神の祠、だね。僕達は『工場』と呼んでいたけど」
魔王様の指した先を見る。なるほど、龍の口が開いているような感じの岩がある。でも、魔王様がおっしゃったコウジョウってなんだ? 以前も聞いたけどどんな意味があるのだろう?
「あの口が入り口になっているんだよ」
なるほど、あの口の中に入るのか。なんだか食べられるみたいで嫌だな。でも、行かない訳にはいかない。心を決めよう。
魔王様と二人で龍の口辺りにきた。遠くで見た感じだとそうでもなかったが意外と大きいな。高さは四、五メートルくらいあるか? 幅は三メートルくらい。
でも、進んですぐに行き止まりのようだ。岩しかない。
「魔王様、何もないように思えますが?」
「そこでそのカギの出番かな。そこにくぼみがあるでしょ? そこへ鍵を差し込んで回してみて」
魔王様のおっしゃる通り確かにくぼみがある。これがカギ穴なのか。
鍵を差し込んで回してみると重低音が鳴り響いた。そして目の前の岩がうっすらと消えてなくなっていく。そして奥へ続く通路が現れた。
「この岩が結界だったのですか?」
「そうだね。道を塞いでいた岩は単なる映像なんだけど、実際に触れるタイプの映像なんだ。その鍵がないとその映像を消せないんだよね」
面白いな。これが旧世界の魔法ということか。ヴァイアだったら似たような事ができるかな?
魔王様が「さあ、入ろうか」と言って先に進まれた。返事をしてから魔王様の後を追う。
相変わらずこういう場所は暗くない。壁がうっすらと光っている。
世界樹やエデンと同じように通路は金属製だ。これもヒヒイロカネだな。
しばらく進むと少し広めの部屋に出た。祭壇、だろうか。部屋の中心に幾何学的な模様が書かれた円形のテーブルがあった。
「魔王様、これは何でしょう?」
「念話ができる魔道具かな。正式名称は思念受信装置なんだけど起動してないね……あ、いや、特定の遺伝子を持つものがこの装置に乗ると起動する仕組みになっているようだね」
シネン? イデンシ? 旧世界での名称かな。まあ、念話ができるものと思えばいいのか。
確か龍神の言葉は巫女にしか聞けない、とか言っていた気がする。巫女が乗れば動くと言う事かな。
「今回それは関係ないから放っておこうか。えっと……こっちだね」
魔王様が部屋の奥へと足を運んだ。そして壁を調べている。
「ああ、あった。これだ。フェル、すまないけど、ここに手を当ててくれるかい?」
「分かりました」
壁にうっすらと手形の模様が見える。そこへ掌をあてると、入り口と同じように重低音が鳴り響き、奥へと進める通路が現れた。
「ここからは工場の施設だ。大丈夫だとは思うけど一応警戒して」
「分かりました」
龍神はいなくても天使がいるかもしれない。注意しないと。
魔王様と一緒に通路を歩く。
十分ほど歩いただろうか。かなり開けた場所に出た。ここは上の階なのだろうか。通路を出た所には手すりがあって、上にも下にも空間が続いていた。エデンの空間並みに広い。
でも、そんなことはどうでもいい。目を引くのはこの空間にある巨大な球体だ。部屋の中央に巨大なガラスの球体が浮いている。
赤というか黒というか、そんな色のものがその球体の中で火の様にうごめいている。そしてその球体から細い管のようなものが部屋の天井の方へ繋がっているみたいだ。それとも逆か? 天井に球体がぶら下がっているのだろうか?
「魔王様、あれは何でしょうか?」
「簡単に言うと、魔素を作る高炉だよ。球体の中に見えるのは魔素そのものだね」
「魔素って見えるものなのですか? 私は初めて見ましたが」
「あれは魔素の集合体だからね。外に出ると分散されて目では見えなくなるよ」
外? あの天井への管のことかな? あれを通って外に出る?
「気になるかい? 多分フェルが考えている通りだよ、あの天井への管を通って魔素は外に出るんだ」
「そうなのですか」
「大霊峰の火山口が出口だね。そこから魔素は人界中に飛散するんだ。まあ、そこは後で説明するよ。まずは下に行こう」
「分かりました。しかし、下と言ってもどれくらいの高さがあるか分かりません。魔王様は浮遊できるかもしれませんが、私には無理なのですが」
まさかとは思うが、私を抱きかかえて下ろしてくれるという事なのだろうか。よし、お姫様抱っこを希望しよう。次点でおんぶ。ヴァイアがくれたホウキの事は黙っておく。
「大丈夫だよ。ここがエレベーターになっているからね。いつものエレベーターと違ってむき出しだから、気持ち悪くなることも少ないんじゃないかな」
やはりそんな虫のいい話はないんだな。まあ、実際にされても困るから別にいいんだけど。
魔王様が何やら手すりの中にある柱を操作すると、入って来た場所に手すりがスライドした。そしてちょっとした浮遊感があったあと、周りの景色が上に動いた。
いや、自分が下に移動しているのか。なるほど。エレベーターって実際はこんな風に動いているんだな。確かに景色が見えると気持ち悪さが軽減するかも。
数分経ってから到着した。結構な距離を下りて来たようだ。
そして手すりがスライドして外側に出れるようになった。外側に出て球体を見上げる。やはりデカい。
「フェル、こっちだよ」
おっといかん。集中しないと。球体から魔王様の方へ視線を移すと、その途中で目の端で何かを捕らえた。あれはなんだ? 人?
「魔王様、あそこに誰か倒れているような気がするのですが」
「え? どこだい?」
「あそこです。ちょっと見てきます」
倒れている人のそばに転移した。うつ伏せで倒れている。
仰向けにすると正体が分かった。
天使だ。でも、動きそうにない。死んでいるのだろうか。
「龍神ドスの天使だね。活動は停止しているようだけど」
「誰かに倒されたのでしょうか?」
「外傷らしきものはないね。機能自体が停止しているんだと思う。多分、僕の戦友がやったんだと思うよ」
「そうでしたか。では、これはどうしますか? このままにしておきますか?」
「回収しておこう。動かせば何か情報が得られるかもしれないからね」
魔王様はそう言うと亜空間に天使をしまった。死んでいる天使を動かす……そんなこともできるのか。まあ、魔王様だからなんでもありだな。
「さて、用があるのはあっちの部屋だ。行こうか」
魔王様が指した方向には扉があった。あそこが部屋になっているのだろう。
面倒な事が起こらなければいいんだけどな。
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