強化魔法

 

 よし、攻められているだけじゃつまらない。こっちから攻撃してかがり火の外側までふっ飛ばしてやる。


 ゾルデの目の前に転移してボディブローという超痛いパンチ。


「うわわ!」


 ゾルデがびっくりしながら斧の刃を横にして防御した。鈍い音がする。


 ここで止まったらダメだな。連打で攻めよう。


「わ! わ! わ!」


 連打を斧で防御された。意外と防御が上手いのか。


 それにしても自分よりも小さい相手ってやりにくいな。ボディブローと言いつつも狙いが顔になってる。それに的が小さい。デカい斧だからゾルデの上半身はほとんど隠れている。


 埒が明かないのでふっ飛ばすつもりで右ストレートを放った。また鈍い音がしたが、ふっ飛ぶことはなくその場で耐えたようだ。


 仕方ないのでまた後方へ飛びのく。仕切り直しだ。


 周りから歓声が上がった。今の攻防が良かったのかな?


「ひゃー、フェルって強いんだね! 攻撃を捌き切れないかと思ったよ! それにあの転移! ズルくない?」


「ズルいというならお前の斧も反則級だろ。壊れない武器なんてそうお目にかからないぞ?」


 セラの持っていた魔剣だって魔王様の攻撃で壊れたくらいだ。あのレベルの剣でも壊れるのにその斧は壊れない。下手な魔剣や聖剣よりも上ということだ。


「へぇ、よく分かるね? 鑑定スキルか分析魔法でも使ったの?」


「それは秘密だ。戦いの最中に手の内をばらす奴はいない」


「それはそうだね! よーし、今度はこっちの番だ!」


 何がそんなに嬉しいのか知らないが、ゾルデは笑顔だ。笑顔でそんな斧を振り回すな。それはサイコパスだぞ。


 ゾルデはまた薪割り攻撃をしてきた。危ないので左に躱す。後ろに躱すと縦回転して追ってくるからな。


 だが、今度は地面に突き刺さった斧を使って、ゾルデ自身がグリップを中心に横回転して蹴りを入れてきた。慌ててガードしたけど、結構威力が強い。ちょっとだけふっ飛ばされた。


 遠心力でも利用したのか? あの小さな体では考えられないくらいの衝撃だ。


「へへん、どうよ? 今のは効いたでしょ?」


 ゾルデは地面に突き刺さった斧の刃部分に立ってこちらを見ている。なんというかアクロバティックな戦い方をするんだな。トリッキーと言うか、なんというか。はっきり言ってやりづらい。


「思っていたよりも強いな。さすがはアダマンタイトだ」


 でも斧が地面に突き刺さっていたら防御できないんじゃ? これはチャンスだろう。


 転移して斧に乗っているゾルデを攻撃する。


 ゾルデはまたグリップを中心に回転して攻撃を躱した。その躱した反動で横から蹴りを入れられた。今度はさっきよりもふっ飛ばされたようだ。痛い。


「ははは! どうしたの? そんな事じゃ私に勝てないよ!」


 ゾルデはグリップを中心にぐるぐる回ってから斧の上で逆立ちした。曲芸ってヤツかな。バランス感覚もいいし、かなり身軽だ。


 そして周囲からは歓声。盛り上がってる。


「どうする? 降参する?」


「馬鹿言うな。いい肉は渡さん。ちょっとだけ本気を出してやる。【加速】【加速】【加速】」


 強化魔法を使ってスピードを上げよう。躱せないようにしてやる。


「あー、強化魔法を使っちゃうんだ?」


「なんだ? なにか問題か?」


「ううん。ならこっちも使おうかなって」


 なるほど、向こうも強化主体の魔法を使うのか。そう言えば魔法を使うタイプとか言ってたか?


「【筋力向上】【筋力向上】【筋力向上】」


 なるほど。今まで以上に力強くなるのか。今までも結構痛かったんだけどな。


「【筋力向上】【筋力向上】【筋力向上】」


 なんだ? 強化魔法の重ね掛けは三つまでだぞ? それ以上は古い物から効果が無くなる。そういう世界規則だ。知らないのかな?


「おい、強化魔法はそんなに重ねても意味ないぞ?」


「それはどうかなー? 【筋力向上】【筋力向上】【筋力向上】」


 知っててやっているのか? ちょっと不安になってきた。ゾルデを見てみるか。


 ……ユニークスキル「強化無限」? 強化魔法の重ね掛け限界なし? 世界規則を無視できるスキルを持ってるのか。すごいな。


 というか、筋力をそんなに向上させたら大変なんじゃ。


「【筋力向上】【筋力向上】【筋力向上】っと、まあ、こんなものかな? 巨人という二つ名の意味を教えてあげるよ! さあ、行くよ!」


 十二回も重ね掛けしやがった。どれだけの攻撃になるんだ?


 ゾルデは斧を片手で軽々しく持ち上げた。両手で振り回していたのに今なら片手でも操れるのか。というか、ものすごく軽そうにしてる。


「いつでも降参していいからね? いくよー!」


 斧を持ったままゾルデが飛び上がる。すごい跳躍だ。暗くて良く見えないが、七、八メートルくらいは跳んだと思う。


 そしてゾルデは空中で斧を投げるモーションをしている。もしかして斧を地面に叩きつける気か?


「巨人の一撃!」


 技名だろうか。おそらく斧を地面に向かって投げた、と思う。地上は危険だ。空中へ転移しよう。


 転移して空中から下を見ると斧が地面に当たり周囲がクレーターになるほどの衝撃があったようだ。戦っていた場所がほとんどへこんでいる。致命傷の攻撃はダメだって言ってたのにな。


 そして先にゾルデが地面に着いた。


「あれれ? フェルがいない? 消し飛んじゃった?」


「上だ、上」


 ゾルデに数秒遅れてから着地する。結構足が痛い。暗かったから何となくの座標しか分からず、結構上の方まで転移したようだ。おりる時の事も考えておくべきだったな。


「そっか、転移があったね! じゃあ、もう一回いっとく?」


「この辺りが穴ぼこだらけになるだろうが。それに攻撃の余波で何人かふっ飛んだぞ?」


 ムクイ辺りは完全にふっ飛んだ。かがり火も二本は倒れている。そんな状態でもドラゴニュート達は盛り上がってるけど。


「じゃあ、どうする? 負けを認める?」


「なんでだ?」


「ええ? この状態の私に勝てるつもり? 悪いけどさっきの大技を使わなくても勝てると思うよ?」


 確かに今の状態のゾルデは強いと思う。だが、何となく弱点も分かる。


「お前のユニークスキルはすごいな。だが、ネタが分かっていれば特に怖くない」


「へえ、それなら試そうか? 受けきってあげるよ?」


「それならお言葉に甘えよう」


 私も最初はついていけなかったからな。こういうのは慣れておかないと使いこなせないものだ。普段と違う感覚に惑わされろ。


「【加速】【加速】【加速】」


「え?」


「【加速】【加速】【加速】」


「ちょ、ちょっと何してんの?」


「強化魔法を使ってるだけだ。気にするな。【加速】【加速】【加速】」


「私に使ってんじゃん!」


「そうだな。【加速】【加速】【加速】、よし、こんなものだろ」


「訳わかんない。なんで私を強化したの?」


「なんだ、まだ気づかないのか? お前、もうまともに動けないぞ?」


「え?」


「急激に速度が上がると逆に動けなくなるもんだ。今までの動きと感覚がずれるからな。自分の動きと思考のずれをすぐに調整できるかな?」


 ゾルデが一歩踏み出そうとして……転んだ。すでに歩けないレベルで感覚が違うのだろう。


「え、嘘、ちょ、待って!」


 ゾルデはうつ伏せで手足をバタバタしているが普通に立ち上がることもできないようだ。


「まあ、そんなもんだ。悪いが私の勝ちだな」


 もがいているゾルデに近づいて襟首を掴み、かがり火の外側へ放り投げた。


「あー!」


 ゾルデが叫びながら弧を描いて飛んで行った。そして地面に落ちる。それほど痛くはないだろう。という訳で私の勝ちだ。


 あれ? 全然歓声が上がらない。勝ちを称えてくれないのか?


「私の勝ちでいいんだよな?」


 族長の方を見ながらそう問いかけた。族長は困った顔をしている。


「う、うむ。確かにそうなんだが、盛り上がりに欠けるというか。もっとこう激しい戦いがあっても良かったような」


「知るか。ルールの中で勝ったんだから問題ないだろ?」


「う、ううむ……」


 勝ちは勝ちだ。とっとと肉を貰って今日は寝よう。


「ここで真打登場だぜ!」


 ムクイが剣と盾を持って飛び込んできた。さっきふっ飛ばされていたのに元気だな。


 そしてドラゴニュート達は盛り上がってる。もしかして本当に戦う流れなのか。


「おいおい、フェル! あの勝ち方はないんじゃないか? せこい真似をして勝っても面白くないだろ?」


「面白いか面白くないかで戦ったりはしないからな。私は勝つために最善を尽くすタイプだ。あと、できるだけ労力を使わない」


「分かってねぇなぁ! なら、俺が戦いというのを教えてやるぜ!」


 やっぱりそういう流れなのか。族長の方を見ると、さっきよりも困った顔をしている。


「あー、フェル、すまん。もう一勝負お願いする。勝っても負けても肉の量は増やすから」


「分かった。いいだろう」


「そうこなくっちゃな!」


 さすがにゾルデよりは弱そうだし特に苦戦することも無いだろう。クレーターで戦うのがちょっと面倒なくらいか。


 よく見たらクレーターの中心にゾルデの斧が突き刺さったままだ。ゾルデの方を見ると、うーうーと唸りながら立ち上がろうとしている。強化魔法が解けるまでそのままだろうな。仕方ない。運んでやるか。


 斧を掴んで地面から引き抜く。何故か周囲がざわついた。なんだ?


「ちょ……!」


 ムクイが何か言ったようだが、気にせず斧を肩に乗せてゾルデに近づく。そしてゾルデのそばに斧を突き立てた。


「ここへ置いておくぞ?」


 ゾルデが仰向けでこちらを驚いたように見ていた。せっかく持ってきてやったのだから礼くらいしてほしいものだ。


 まあいいか。負けたのが悔しいのかもしれん。


「待たせたな」


 かがり火に囲まれた場所に戻って来たら、なぜかムクイも驚いた目でこちらを見ていた。なんなのお前ら?


「そ、それはいいんだけどよ……今、あの斧を片手で持ってたよな? 何かしたのか?」


「何かしたって何の話だ? 普通に引き抜いただけだろうが」


「お、俺なんか両手でも持てなかったのに……」


「さっきから何の話をしてる?」


「なんでもねーよ! ほら、勝負するぞ!」


 なんでいきなりキレているんだろう? 望み通り戦ってやると言ってるのにな。

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