魔素

 

「フェルは魔素についてどれくらい知っているかな?」


 魔王様が私を見つめながら、そんな質問をされた。


 知っていることと言えば、魔法やスキルが発動するときに必要とされるもの、という程度の認識だ。魔法やスキルの名称に魔力を乗せることで魔素が反応し事象が起きる。もしくは術式に魔力を乗せても魔素が反応する。


 魔素がない所では魔法もスキルも発動しないとされているが、そんな場所はない、と言われている。魔界に魔素が存在しない場所はないが、人界にはあるのだろうか。


 しまった、魔王様から質問されていた最中だった。回答しないと。


「魔法やスキルに必要なもの、です」


「そうだね。概ね合っているよ。なら魔素の正式な名称は知っているかな?」


 魔素の正式な名称?


 魔素は魔素という名前しかないはずだ。開発部からも別の名前を聞いたことはない。ダンジョンコアは別名、疑似永久機関と聞いたことはあるが、魔素にも別名があるのだろうか。


「いえ、知りません」


「正式な名称は、ナノ粒子型エネルギー変換装置アンブロジアだね。もっと簡単にナノマシンと言われていたけど」


 ナノリュウシ……?


 魔王様はなんと言われたのだろう? 初めて聞く言葉なので聞こえたけどイマイチ分からなかった。


「あの、魔王様、申し訳ないのですが文字で教えてもらえますか?」


「そうだね、ちょっとまって」


 魔王様が手をかざすと縦横五十センチ程度の透き通った板が出現した。薄緑、というか薄い青だろうか。それが空中に浮いている。


 そこに白い文字で「ナノ粒子型エネルギー変換装置アンブロジア」と書かれている。


 ええと、ナノと言うのは極小を示す言葉だったかな。粒子というのは細かい粒。エネルギーってなんだっけ? あと、変換は分かるけど、装置ってなんだ? アンブロジアと言うのも知らない単語だ。


「申し訳ありません。せっかく文字を教えてもらったのですが、正直どんな意味なのか分からないです」


 魔王様は私を見て微笑んだ。


「分からなくて当然だよ。意味としては魔力を別の物に変える細かい粒という意味だね。アンブロジアと言うのは、タダの名前だよ」


 魔力を別の物に変える細かい粒。そうか、魔力って生体エネルギーと言う名称だったから、魔力を変換する物、という意味になるな。うん、それなら何となくわかる。


「何となく名称の意味が分かりました」


 本当に何となくだけど。


「理解が早いね。フェルが最初に言った通り、魔素というのは魔法やスキルを使うのに必要な物だ。じゃあ、次の質問なんだけど、魔素は誰が作ったと思う?」


 誰が作った? 良くは知らないが昔からある物なのではないだろうか? 空気とかと同じ物では?


「いえ、分かりません。そもそも大昔から存在しているのではないでしょうか?」


「そうだね。フェルからしたらそういう答えに行きつくよね」


 魔王様の言い方だと、私の答えは間違っているのだろう。


 たしか魔王様が大霊峰に行くとおっしゃったときに、そこで魔素が作られていると聞いた気がする。ということはその大霊峰で作られているのか。


「以前、魔王様が大霊峰で魔素が作られていると言っていたような気がします。魔素が作られているのはそこでしょうか?」


「ああ、そうだね。そんなことを言ったね。でも、そういう意味の質問じゃないんだ」


 そういう意味ではない?


「魔素は人間が作った物だ。旧世界で作られたという意味だね」


「人間が作ったのですか」


「そう。人界ができるよりももっと前に人間は魔素を作り出した。最初はもっと巨大な物だったけどね。アンブロジア――面倒だから魔素で統一するけど、魔素はエネルギーの変換効率がほぼ百パーセントな上に、人間が生きているだけで発生するエネルギーが膨大だったことが分かってね。魔素を使って、生きている人間からほぼ無限のエネルギーを作り出せたんだよ」


 言っていることはよく分からないが、魔王様は随分と興奮されているように見える。珍しい、というか初めて見た。


「そのエネルギーを使って人間達は繁栄した。それまでの技術が霞むぐらいの早さでね。魔素を目視できないほど小型化し、空間と空間を繋ぐ技術や、脳に直接意思を伝える技術などを作った。今使われている魔法の原型がその頃に作られたと言えばいいかな」


 空間と空間……転移とか亜空間のことかな。脳に直接意思を伝える技術……念話?


 魔法はその頃にできたのか。昔からあるのだと思っていた。


「そして最終的に人間は魔素を使って死なない体を作った」


「死なない体……不老不死のことですね?」


「そう。エネルギーをほぼ無限に作り出せたからね。魔素さえあれば老化を防ぎ、どんな傷も負わない体になれたんだよ」


 つまり当時の人間達は魔素を作ったから不老不死になれた?


 でも、たしか絶滅寸前だったと聞いたことがある。その辺りはどうなのだろう?


「しかし、人間は最終的に絶滅寸前だったのですよね? 以前から不思議に思っていたのですが、なぜ不老不死なのに絶滅しそうになったのですか?」


「不老不死だから、かな?」


 何をおっしゃっているのだろう? おっと、心の中とはいえ、魔王様にツッコミを入れてしまった。不敬すぎる。


「ええと、すみません。お答えの意味が分かりませんでした」


「ああ、ゴメン、端折り過ぎたね。不老不死になって何万年も生きた人間達に派閥ができたんだよ。生きることに飽きた人間、自然の摂理に反していると考えた人間、絶対に死にたくない人間。同じ不老不死でも別の事を考える人間が増えてね。不老不死の人間同士で戦争が起きたんだ」


「戦争ですか。でも、お互い不老不死なんですよね?」


 それでは決着が着かないと思う。


「その通り。でも、人間の不老不死を実現しているのは魔素だ。つまり魔素を何とかする戦争になったんだよね。各派閥が自分達の都合のいいように魔素を作り変える戦争になったと言えばいいかな?」


 魔素を作り変える? 不老不死をさせないようにするという事だろうか?


「魔素による不老不死を維持したい派と、死を望む派での戦争でね。お互いがお互いを邪魔しながら魔素の性質を変えていったんだ」


 魔王様は目を閉じてしまわれた。それからどうなったのだろう? 早く教えて頂きたい。


「あの、魔王様?」


「ああ、ごめん。最終的に戦争は、死を望む派の勝ちだったね。魔素から不老不死を維持する性能はなくなった。ただ、それだけじゃなかったんだよ」


 それだけではない?


「何をどう間違ったんだろうね? 死を望む派も緩やかに歳をとって死んでいきたかったのだろう。でも、そうはならなかった。魔素は致死の性能を得てしまったんだ」


「致死の性能……?」


「その魔素に触れていると死に至る。人間のエネルギーを全て吸い取るような形に変わってしまったんだよ」


 触れていると死に至る。私はそれをものすごく知っているな。


「あの、魔王様、それはもしかすると――」


 魔王様は「うん、そうだよ」と言ってうなずかれた。


 そうか。それが魔界の地表が危ない理由か。旧世界の戦争で魔界の魔素は致死の性能を持っている、と。旧世界の人間はろくなことしないな。


「魔素が危ないと気づいた時には手遅れでね。わずかに生き残った人間だけでこの人界に逃げ込んだんだ」


「でも、体内にも魔素がありますよね? それに人界にも魔素はあります。人界に逃げても死は回避できないのでは?」


「体内の魔素に関しては、人界に来る前に浄化したから問題はなかったよ。それと魔界の魔素と人界の魔素は性能が違っていてね。ゲーム用に作った魔素だったから色々と制限が掛かっていたんだよ。それに魔界の魔素とは独立した管理だったからね。不老不死はないけど、致死もない安全な魔素だったんだ」


 なるほど。普通に死んでいくのを楽しむゲームだったようだし、ゲームでずっと生き続けてしまっては意味がないからな。


「生き残った人間は人界で再起を図ろうとしたんだけど、不老不死になった影響で子供を産めなくなっていたんだよね。ああ、この辺りは以前話したかな? そこからは教えた通り、新たに人族を作って繁栄させようとしたわけだね」


 なるほど。なんとなく分かったけど、魔素の話から人間の歴史的な話になってしまった。


 それにしても魔王様は見てきたような言い方をされるんだな。そういうことが書かれている本でもあるのかな。それならぜひ読ませて頂きたいが。


 それにしても、この知識がシステムに介入することに必要なのだろうか?


 いや、魔王様のことだからなにか理由があるのだろう。よし、引き続き頑張るぞ。

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