穏やかな朝
なんだろう。身動きがとれない。いや、気のせいか。動けない程じゃない。腕が固定されているだけだ。
よく見ると、右腕にアンリが、左腕にスザンナが引っ付いてる。私の腕を両腕で抱え込んで寝ているようだ。なんだこれ。
ゆっくり思い出そう。昨日、何があったっけ。
そうだ、昨日、遅くまでガールズトークをしていた。かなり遅くまでやっていたので、アンリとスザンナはそのまま寝てしまったんだ。
部屋に連れて行くのが面倒だからスザンナも一緒のベッドで寝た。ヴァイア達は眠い目を擦りながらも自宅とか教会に帰ったはずだ。
結局、ベッドで三人寝れたな。意外と大きいベッドだったのか。私が小さいから三人で寝れたという理由では無いと思う。
ちょっと寝坊してしまったな。朝と言っても遅い時間だ。起きるか。
「二人とも起きろ。もう朝だぞ」
腕を揺り動かすと、二人とも目を覚ましたようだ。二人とも抱きしめていた私の腕を離して、大きく伸びをした。
「おはよう、フェル姉ちゃん、スザンナ姉ちゃん」
「おはよう」
「ああ、おはよう。二人とも良く寝れた――と言うほどじゃないか。まだ眠いか?」
二人ともまだ眠そうだ。遅くまで起きていたからな。
「大丈夫。今日はお祭りだから起きないともったいない」
お祭り? お祭りなんかあるのか?
「なんのお祭りをやるんだ? 私は知らないんだが」
アンリが首を傾げた。
「フェル姉ちゃんがニア姉ちゃんを助けたから、そのお祭り。皆、フェル姉ちゃんが帰ってくるのを待ってた。昨日、お爺ちゃんがエルフの皆も呼んでた。昨日の夜更かしは前座。今日が本番」
そういえば、そんな話をしたな。結婚男に食糧を集めておけとか村を出る前にいった気がする。
そうか、今日はそのお祭り、と言う名の宴会をするのか。
「スケジュールはどうなっているんだ?」
「お昼から始めるって言ってた。広場で食べ放題」
なんて素敵な言葉だ。確かに寝ている場合じゃない。
「よし、それじゃ、顔を洗って食堂に行くか。まずは朝食を食べないとな」
「フェルちゃん、待って」
スザンナがシャツを引っ張った。どうしたんだろう?
「シャツがボロボロ。着替たほうがいい。あと、ちょっと臭い」
なんてこと言いやがる。
だが、確かにそうだ。よく考えたらセラと戦って服はボロボロだ。そしてシャワーも浴びてない。乙女としてこれはいかん。でも、臭い、か。私の乙女的な部分が精神的なダメージを受けた。かなりショックだ。
「わかった。シャワーを浴びて着替えてから食堂に行く。二人とも先に行っていてくれ」
二人とも同時に頷く。そしてアンリがものすごく見つめていた。
「どうかしたか?」
「フェル姉ちゃんが臭くても私は味方」
「そういう慰めはいいから」
スザンナも「私も味方」とか言ってる。何となく恥ずかしいから、もう匂いについては言わないでくれ。
二人が部屋を出て行ってからシャツの胸元を引っ張って臭いを嗅いでみる。うーん、自分の臭いって分からないな。よし、徹底的に洗おう。あと、シャツや下着も変えておかないとな。
シャワーを浴びて着替えてから食堂へ来た。
食堂中にいい匂いが充満している。もしかしてお祭り用の料理を作っているのだろうか。匂いだけで期待が膨らむな。
いつものテーブルに行くと、アンリとスザンナ、そしてユーリがいた。相変わらず胡散臭い。
「おはよう。このテーブルで朝食を食べるのか?」
「おはようございます。いえいえ、私は既に頂きましたよ。食後のお茶を飲んでいるだけです」
お茶か。私はリンゴジュースがいいな。
よく見るとテーブルには料理がない。二人はもう食べたのだろうか。
「フェル姉ちゃんを待ってた。早く朝食にしよう」
なんと待っていてくれたのか。なら早速頼まないと。
ヤトに三食分の朝食を頼んだ。今日は何かな。卵を使った料理がいいのだが。
「ところでユーリは何か用か? 邪魔なんだが」
「酷いこと言わないでくださいよ。食堂にフェルさん達がいるのに、私が一人でお茶飲んでたら寂しいじゃないですか」
お前もセラと同じように寂しいのか。そういえば、スザンナもなんとなく寂しがり屋な気がする。すぐくっ付いてくるし。アダマンタイトってそういう奴が多いのかな。
「それにちょっと聞きたかったのですよ。セラの事で」
「セラの事? 何を聞きたいんだ? あ、いや、待て。先に聞きたいんだが、この村がルハラの兵士に襲われた時に村を守ってくれたのか?」
「ええ、スザンナさんが頑張ったので、私はちょっとだけですが」
「余裕」
スザンナが目を瞑り、鼻を上に向けている。得意気な顔だ。
「そうか。ギルドへの連絡とか、色々助かった。礼を言う」
スザンナは体を左右に動かして照れている。ユーリは特に変化はないかな。
「スザンナの朝食は私の奢りだ。こんなもんじゃ礼にならんが受けとけ。もちろんアンリにも奢るぞ。いい子にしてたからな」
二人とも嬉しそうに頷いた。
ユーリも朝食がまだなら奢ってやったんだが。
「ユーリには、お礼として質問に答えてやる。セラの何が聞きたい?」
「昨日聞いたのですが、セラをダンジョンに閉じ込めたのですか?」
「そうだな。アビスに頼んで出口のない階層に閉じ込めた。今は治療中だ」
ユーリは細い目が一瞬だけ開いた。驚いたのかな。
「意思を持つダンジョンにも驚きましたが、そういう事も出来るのですか。ちなみにセラは何の治療です? それに昨日の戦いを見た限り、フェルさんはセラに圧倒されていたと思いますが」
ズケズケ言ってくるな。本当の事だけどもっとマイルドに言って欲しい。傷ついたりはしないが、殴るかもしれん。
「私も詳しくは知らないが、精神的な制約を受けているらしいぞ。私に関することで正常な判断ができないとか。あと、感情的な部分が増幅されているとか言っておられたな」
「言っておられた……? 他に誰かいるのですか?」
「昨日の戦いを見たんじゃないのか? 魔王様がセラを倒しただろうが。今の話は魔王様からの受け売りだ」
「魔王がいた? セラが貴方に襲い掛かって、急に苦しみだしたような気がしましたが」
なにいってんだコイツ。もしかしてセラの魔力で意識が混濁したか。
「さっきも言ったが、セラを倒したのは魔王様だ」
「そうですか……」
納得していない顔だな。でも、高濃度の魔力で意識が保てなかっただけだろう。
「アンリも最後は分からなかった。気付いたらヴァイア姉ちゃんとリエル姉ちゃんに介抱されてた」
「うん、私も同じ」
さすがにセラの魔力で意識を保てなかったか。あのままだったら危なかったけど、ヴァイアが何とかしてくれたから助かった。あとリエルの治癒にも感謝しないとな。
そうだ、セラが治ったら謝罪させよう。例えおかしくなっていたとしてもケジメはつけさせないと。
「お待ちどうさまですニャ」
話をしていたらヤトが朝食を持ってきてくれた。大銅貨六枚を払う。よし、戦闘開始だ。
まずは偵察。どうやらオーソドックスに目玉焼きと野菜スープだ。あと、ふわふわのパン。そして牛乳。何事も基本が大事だと言う事を教えてくれる。
さて、どう攻略するかな。牛乳、パン、目玉焼き、スープの順番かな。いや、まてよ。目玉焼きの後にスープだと味が微妙か。そこにパンを挟んでワンクッション置くべきだろう。そしてスープで締め。
これを三回繰り返すぐらいがベストか。一点集中で一品ずつ食べ終えるのは素人。玄人はバランスよく食べる。そしてよく味わう。料理は有限だ。できるだけ長い時間を幸福な気持ちでいないとな。
「フェルちゃんは食事の時にいつも真剣」
「大丈夫。野菜スープにピーマンは入ってない。昨日までピーマン尽くしだったアンリには分かる。これはいい料理」
「これがいい料理なのは同意するが、ピーマンの心配はしてない」
そんなこんなで朝食を食べた。やはりローテーションによる食べ方は最高だ。
なんだか穏やかな朝だな。こういう日が続けばいいのに。
「フェルちゃん! 大変だよ!」
ディアが飛び込んできた。フラグの回収が早すぎる。
「どうした? また厄介ごとか?」
「分かんないけど、魔物の皆が言い争いをしてるみたい!」
これから宴会だと言うのに何をしてるんだ。つまらん事なら殴ろう。
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