蘇生

 

 私を覆っていた結界が無くなった。慌てて魔王様に駆け寄る。


「魔王様、お怪我は……ありますね。腕がありません」


 でも血が出ていないな。どういう事だろう?


「フェル、すまないけど腕を持ってきてくれるかな?」


 魔王様は転がっている腕の方を見ている。


 そうか、私にやってくれたようにご自身で治癒されるのだろう。急いで持ってこないと。


 転移して腕を拾った。随分と重い。


 見たくはないが断面部分を見てしまった。


 天使の首をふっ飛ばしたときの状態にそっくりだ。火花が散ってる。まさか魔王様は天使とかじゃないよな?


 とりあえず腕を渡そう。また転移してお側に戻る。


「お受け取りください」


「ありがとう」


 魔王様はそう言うと左手で腕を受け取り、切られた部分を合わせた。その場所から一瞬だけ光が放たれると、魔王様は右手をグーパーしていた。もしかしてもうくっ付いてる?


「あの、右手は大丈夫なのでしょうか?」


「うん、言ってなかったけど、僕の右手は義手みたいなものでね、切られても痛くないし、取り付けも簡単なんだよ」


 初耳だ。私は魔王様の事を何にも知らないんだな。


「そうでしたか。切られた時は驚いてしまいました」


 あれ? まてよ? あの時、私を突き飛ばしたのは私を守るためか? いかん、お礼も言ってない。


「私を庇ってくれたのですね? ありがとうございます」


「いやいや、気にしなくていいよ。それよりも思いっきり突き飛ばしたからね。痛みはないかい?」


「はい、問題ありません。でも、一体何があったのか分からないのですが?」


 改めて状況を聞いてみると、広間の上空から私を攻撃してきたらしい。手刀というかチョップで。危ないな。私が真っ二つになるところだった。突き飛ばしてくれなかったらそうなっただろう。代わりに魔王様の腕が切れてしまったが。


 もっと周囲に警戒するべきだったな。私が足を引っ張ってどうするんだ。注意しないと。


「私はなぜ倒れている? 未来予知の演算に失敗したのですか? そんなはずはない。理解不能です」


 倒れているユニがこちらを見ながらそんなことを呟いている。


 腰まである長い髪が色々と隠しているけど、せめて服を着て欲しい。完全な痴女だ。そんなんで神を名乗るな、と言いたい。


「貴方は何者です。虚空領域の情報で演算しました。最後の攻撃を掴めるはずがない」


 魔王様がユニに近づいて腰を落とす。


「虚空領域にある僕の情報はフェイクだ。それを使って演算しても正しい未来は得られない」


「ありえません。情報を改ざんするなど、創造主様ですら――」


 なんだ? ユニが魔王様を見つめて止まってしまった。


「虚空領域の情報を改ざんできるのは、我々の原型か、その創造主のみ。まさか貴方は――」


「それに答えるつもりはないよ。僕は君達が間違った情報でエデンを管理しようとしているから、一時的に止めてメンテナンスしようとしているだけだ」


 二人は何を言っているのだろうか。ちょっと蚊帳の外で寂しい。


 しかし、我々の原型、というと管理者、神の原型か? イブって奴の事だよな? それを魔王様が作った?


「教えて頂きたい。情報通りなら、貴方が人間の蘇生を行ったはず。やり方の情報はありませんが、事例の情報は残っています。貴方なら我が創造主様を蘇生することができるはずです」


 魔王様が人間の蘇生を行った? 魔王様はそんなこともできるのか。すごいと言うよりもちょっと怖いぐらいだ。


「……ユニ、それは無理なんだ。肉体でも脳でも修復することはできる。生物学的に、生きている、という状態にはできるだろう。でも、以前と同じようにはならないんだよ。魂は蘇らないんだ」


「ですが、そこにいる女性は貴方の――」


「彼女は違う。調べればわかるはずだ」


 私? 私がなんだ?


「『スキャン』……確かに違いますね」


 私が違う? 私は私なんだけど? どういうこと?


「では、創造主様は――」


「そうだ。彼女はもう君に話しかけないし、笑うことも、怒ることもない」


 ユニは沈黙してしまった。表情は変わらないが、なんとなく悲しそうな目で魔王様を見つめているだけだ。


「なぜ彼女を殺した?」


「……何度計算しても楽園計画に創造主様は不要という演算結果が出たのです。他の管理者も同様の結果になりました」


「だから殺した?」


「私にはそれを実行することはできませんでした。ですが、このままでは他の管理者に主が殺されてしまう。そう考えた私は、他の管理者を欺く方法を探したのです。調査した結果、虚空領域に死者蘇生の成功例を見つけることが出来ました。これを使えば管理者達に露見することなく創造主様を守ることができる。私は創造主様の不老不死を止め、一時的な死を与えたのです」


「いつか生き返らせようとしたのかい?」


「はい。時が経ち、楽園計画が盤石なものになれば創造主様が生きていても問題はありません。その時が来るのを私は――」


「もう、いいよ」


 魔王様はユニの言葉を遮った。魔王様は酷く悲しそうだ。どういう感情なのだろう? 憐れみ?


「少しの間、休むといい。不具合が発生しているようだからね。僕が直しておこう」


「私に不具合はありません」


「君にじゃない。虚空領域の情報に不具合がありそうなんだ。直すまでしばらくかかるからそれまで休むんだ」


「貴方の言う事なら間違いないのでしょう。ならお願いします」


「うん。それと彼女の体は僕が責任をもって然るべき場所に持っていくから安心していいよ」


「はい、よろしくお願いします。この施設のロックはすべて解除しておきました。では、またお会いできる日を楽しみにしています」


 ユニの目が閉じた。これで仮死状態なのだろうか?


「あの、色々と理解できないことが多いのですが」


「そうだね。後で説明するよ。まずは彼女を運ばないと」


 魔王様はユニの方を見ている。魔王様が運ぶ? ここは私がやるべきだな。その、裸だし。


「では私が運びます。どこに運びますか?」


「ああ、いや、彼女は僕が運ぶよ。これは僕がやるべきことだからね」


 魔王様はユニを抱きかかえると両手で持ち上げた。お姫様抱っこというやつだ。なんとうらやま――いや不敬だな。だが、想像しただけで顔が熱くなる気がする。


 魔王様はそのままこの広間を出ていかれた。おっといけない、魔王様について行かないと。


 長い通路を歩き、最も奥にあると思われる部屋に来た。


 部屋の中は殺風景で中央に円柱の筒が横になっているだけだ。これって世界樹にあったものと同じかな? 魔王様の戦友がいた円柱にそっくりだ。


 魔王様はその円柱に近寄って、何かしら操作をすると円柱の上半分、ガラスの部分がスライドして開いた。


 ユニをその中に寝かせる。ユニの両手をお腹の前で合わせてから、また円柱を操作された。


 ガラスの部分がスライドして閉じる。魔王様は手を合わせて目を瞑られた。死者を弔うポーズだった気がする。私もやっておこう。


 魔王様はさらに円柱に対して操作を行った。円柱が斜めに立ち上がり壁の方を向いている。


 次に魔王様は壁の方に移動すると何かを操作された。壁が横にスライドしていく。出てきたのはガラスだろうか? 壁一面が黒いガラスになった。


 ……あれ? ガラスだけど、小さい光がいくつも見える。人界で夜空を見た時の景色に似ているな。でもまだ夜じゃないはず。お昼にもなってないはずなんだけど。


「これは何でしょうか? 夜空に似ていますが」


「まあそうだね。これは宇宙空間と言うんだけど、覚えなくていいよ。夜空の方がしっくりくるからね」


 ウチュウ……? まあ、夜空でいいなら夜空で覚えておこう。


 魔王様は円柱の方を見た。


「彼女はこの景色が好きだった。亡くなってはいるけど、せめてここが見える場所にいた方がいいだろうからね」


「ユニが夜空を好きだと言う意味ですか?」


「そっか、説明しないと駄目だね。えっと、彼女は僕の戦友だよ。もう亡くなっているんだ。彼女の体をさっきまでユニが乗っ取っていたんだよね。夜空を好きなのは彼女の方でユニじゃないよ」


 なるほど、そういう事なのか。ユニではなく、魔王様の戦友にこの夜空を見せていたと。


 確かにこの位置なら円柱の中にいる女性はガラスに映る夜空のほうを見ることができるだろう。魔王様はお優しいな。


「さて、まだやらなければいけないことがあるからね。色々聞きたいことはあると思うけど、もう少し待ってね」


 そういうと魔王様は部屋を出ていかれた。


 聞きたいことはあるけれど、なんとなく魔王様の地雷を踏みそうな気がする。慎重に質問しないとな。

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