図書館
目の前に巨大なガラスの塔が立っている。
ディーンの話ではクリスタルタワーと呼ばれているらしい。水晶、なのだろうか。塔の中がはっきり見えるからガラスだと思うのだが。
以前は何本もの塔が立っていた気がする。一つだけ残して他は崩れた跡だけが残っていた。その瓦礫が残った塔を円のようにぐるっと囲んでいるようだ。
本で見たストーンヘンジというものかな。それに似てる。サイズは似てないけど。
辺りを見渡したが魔王様はまだいらしていないようだ。ならしばらく待とう。
それにしても昨日は疲れた。
何かとディーンが話しかけてきた。
暇なのかアイツは。ペンダントを借りた手前、無下にすることも出来ないから適当に話をしてやったが、皇帝がそんなことでいいのだろうか。私なんかと話してないで貴族達と話をすればいいのに。
今日も付いて来ようとするし、ちょっと皇帝としての自覚が足りないな。まだ若いから仕方ないのかも知れないが、もうちょっとしっかりしてほしい。
そしてヴァイアからは助けてと何度も念話が飛んできた。
慌てて大書庫とやらに行くと、ドレアが本の術式を試そうとしていた。少しでも遅れていたら魔法が発動してたな。ダンジョンの中じゃないんだから破壊力の高い魔法は使うなと叱ったけど、一人にしたら本当に危ないかもしれない。お目付け役をしっかり選ばないと。
リエル達は従魔達に追いついたみたいだ。
ただ、結局、森にあるという古城まで行くことになったらしい。なんでもアンデッド達は魔族に殺された人族らしく、五十年以上さまよっているのはかわいそうだと、徹底的に浄化すると息巻いていた。悪い事じゃないんだけど、なにかやらかす気がする。ルネもいるし心配だ。
はぁ、落ち着いた日々を過ごしたいな。精神的に疲れた。
ソドゴラ村に帰ったらしばらく休養しよう。メーデイアの町で一週間寝たから、体の調子は問題ないけど精神が疲弊している。
ニアも救出したし、しばらくは問題も起きないだろう。
本を読みたい。従魔達を気にせず眠りたい。ニアの料理を際限なく食べたい。やりたいことはいくらでも出てくる。
もうひと踏ん張りだ。この遺跡で無神ユニを仮死状態にすれば少しぐらい余裕ができるだろう。
魔王様以外に何を言われようとも絶対に休む。ソドゴラ村でゴロゴロするんだ。自分へのご褒美だ。
よし、テンション上がって来た。頑張ろう。
「もう来てたんだね」
背後から魔王様に声を掛けられた。振りむくと魔王様が立っている。いつも私の背後に転移されるのは何かの儀式なのだろうか。
「魔王様、おはようございます」
「うん、おはよう。昨日も聞いたけど体の方は大丈夫かな?」
なんとお優しい。その言葉だけで疲れが吹き飛ぶ気がする。
「はい、魔王様の治癒魔法で体の方は大丈夫です」
「それは良かった。もしかしたら無神ユニと戦うかもしれないから万全でないとね」
なんと厳しい。聞いただけでどっと疲れがでた。これが終わったら絶対に休む。
「さて、入り口の方へ向かおうか」
入り口の場所は知らないが、魔王様は歩きだされたので、入り口をご存じなのだろう。ならついて行けばいいかな。
入り口をご存知ならこの塔についてもご存じなのだろうか。ちょっと聞いてみよう。
「魔王様はこの塔の事をご存じなのですか?」
魔王様は一度立ち止まり、こちらを見た。そして塔を見上げる。つられて私も塔を見上げた。
「ここは『図書館』と呼ばれる施設への入り口だね。昔はこれ自体が『図書館』だったんだけど、情報が多くなり過ぎたから別の場所に『図書館』を作って、ここはその入り口だけになったんだ」
図書館? 聞いたことがある。アレだ、全ての情報が集まる場所。その入り口がここなのか。
私の魔眼やリーンの本屋の目が見える場所、か。なんとなく不思議な感じがするな。
「フェルには説明したことがあったかな? 魔眼で見える情報はすべて『図書館』にあるんだ。たしか、全ての情報が集まる場所、としか説明しなかったけど」
「はい、そう聞いています。その後、魔眼を持っている人族に会いまして、『図書館』の事を聞きました」
「魔眼を持つ人族? それは辛い思いをしただろうね。好奇心というのは自制しない限り際限がない。その人はちゃんとした生活が送れているのかい?」
どうなんだろう。本屋の店主として頑張ってはいるみたいだけど。
「そうですね。普通に生活はできていたようでした。ただ、目を潰してましたが」
魔王様は顔をしかめることも無く、ゆっくりと目を閉じた。
「……そうか。意志の強い子なんだね……僕とは違う。尊敬に値するよ」
魔王様が尊敬。ちょっとジェラシー。今度会ったら嫌味を言ってしまうかもしれない。
「さあ、行こうか。図書館の事は中で話をしよう」
魔王様が歩き出したのでそれについて行く。
しばらく歩くとちょっとだけ他のガラスと違うガラスがあった。ここが入り口なのだろうか?
「ペンダントを貸してもらえるかな?」
ディーンから借りたペンダントを魔王様に渡した。
ディーンが言うには中に入っても何もないらしく、皇族が昔ながらの儀式を行うためにしか使ってないとのことだった。魔王様の事だからなにか別の方法をご存知なのだろう。
魔王様はペンダントをガラスの方へ向けた。
しばらく待つとガラスが左右に分かれた。入れるのだろうか?
「入ろうか」
魔王様は何の躊躇もなく塔に入られた。遅れないように私もそれに続く。
入り口から少し進むと大きな広間に出た。天井がない。ずっと上まで吹き抜けになっているようだ。
広間の奥に台座っぽい物があるだけで、他には何もなかった。図書館というぐらいだから沢山の本があるのを期待したのだが。いや、ここは入り口だったか。
そう言えば、ゴーレムもいない。無数のゴーレムがいると聞いていたんだけどな?
魔王様は台座に近づいてペンダントを置いた。
「あの、魔王様、何をされているのでしょうか?」
「ちょっと認証手続きをね。古いタイプの認証手続きだけど、このペンダントが僕たちの身分を証明してくれるんだよ」
何をおっしゃっているのかいまいち分からないが、いつもの事だ。魔王様のすることに間違いはないのだから気にすることはないか。
しばらくすると台座の一部が開いた。遺跡でたまに見かける黒いガラスが埋め込まれている。
魔王様がそれに触れると、今度はガラスに手形のようなものが映し出された。
「フェル、すまないけどこれに手を当ててくれるかい?」
いつものアレか。私が手をかざすと扉が開くアレ。
「分かりました」
何の躊躇もなく、ガラスに映っている手形に手を押し当てる。
その状態で数秒待つと声が聞こえてきた。
「認証を確認。一分後に転送を行います。中央のエレベーターにお乗りください」
広間の中央で地面が盛り上がってきた。ガラスに覆われた円柱だ。三十人ぐらいは入れそうだな。
そしてガラスの一部が開いた。
「フェル、アレに乗るよ」
魔王様に促されてガラスの円柱に入る。
これ、エレベーターって言ってたな。また気持ち悪くなるかも。我慢しないと。
「魔王様、このエレベーターは時間が長いのでしょうか?」
「これはエレベーターと言っても一瞬だね。転送装置みたいなものだからね」
それはありがたい。どんなに強くなってもエレベーターには強くならないからな。
「準備が完了しました。行先はサテライトステーション『虚空』です」
サテラ……?
ガラスの内部が徐々に水色の光で満たされてきた。何だこれ?
「あ、あの魔王様? これは大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫。事故の確率は兆に一回ぐらいかな? 事故ったらよほどの運の悪さだね」
「ちょ……」
目を開けていられないほどの光で周囲が満たされると、少し浮遊感があった。
そう思った直後、地面に足が着く。目を瞑っていても周囲が明るいのが分かる。だが、徐々に光が薄れていっているようだ。
ゆっくりと目を開けるとガラスの円柱に入ったままだが、周囲の景色が変わっていた。
ガラス張りの塔からダンジョンのような場所に転移したようだ。
いや、どちらかというと世界樹の中に似ているな。
そんな事よりも確認しないと。
「魔王様、あの、無事に終わったのでしょうか?」
「うん、大丈夫だよ。失敗していたら死んじゃってたし、生きてるから大丈夫」
しれっと怖いことを言われた。ものすごい低い確率でも可能性があるなら怖い。帰る時もこの恐怖を味わうのか。ちょっと気が重いな。
「驚かしすぎたかな? 今の設備はセーフティもあるから大丈夫だよ。転送中に設備が破壊されない限り事故はないね。そしてこの設備を壊すことは不可能だよ」
魔王様のお茶目がでた。私を怖がらせて楽しんでいるに違いない。
それはいいのだが、転送装置って怖いんだよな。別の生物同士だと合体するかもしれない。同じ装置内にハエとかいたらどうするんだろう? 絶対に嫌だ。
「怒ったかな? 怖がらせるつもりは無かったんだけど」
怒ってはいないのだが、転送装置の事故を考えていて顔が嫌そうだったのだろう。魔王様が勘違いされている。
「ふざけが過ぎたね。その、大丈夫かい?」
おお、魔王様から心配というか気を使われている。ちょっと気分がいい。もう少しこのままでいたい。
でも、嘘をつくのは良くないかな。
「魔王様、怒っているわけではありません。転送装置の事故について考えていただけですから」
「そうなのかい? 怒ってないなら良かったよ」
魔王様が安堵されている。たまにはこういう態度を取るのも悪くないな。不敬だけど。
「怒っていませんから大丈夫です。さあ、先に進みましょう」
「そうだね、行こうか」
魔王様に気を使われるのは気分がいいな。
よし、今ならなんにでも勝てそうなきがする。神でも天使でも掛かってこい。
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