呪病

 

 夕食はオムライスという料理だった。


 トマトで味付けして炒めた米を卵で優しく包む。その上にさらにトマトソースで味付け。なにこの素敵料理。


 気付いた時には二回おかわりした後だった。気付いた後、もう一回おかわりしたけど、皿はそっとだした。遠慮って大事。


 しかし、これは考えさせられる料理だ。パン派の私も米派になりかねない。六、四ぐらいでまだパンが優勢だけど。


 不満があるとしたらトマトソースで「メノウ」と書かれていたことぐらいかな。「マオウサマ」とか書いてほしい。


「メノウは料理が得意なんだな。ドワーフの町で食べたカレーも美味かったが、これもかなり美味かった。私の弱点を突いた見事な料理だ」


「弱点……? よ、喜んでいただけたなら幸いです。実は以前、メイドギルドに所属してまして、その時に料理から何から一通り教わりましたので」


 メイドギルドか。たまに聞くけど結構有名なのかな。機会があったら覗いてみよう。


「メノウの料理はうめぇよな。俺は少食な方だけど、ついつい食い過ぎちまうぜ」


「私も美味いと思います! ぜひ、魔界に来てほしいです!」


 リエルとルネがお茶を飲みながらそんなことを言った。


 二人を見るとなんとなく、メノウには多大な心労をかけたと罪悪感が湧いてくる。そうだ、リンゴを分けてやろう。


「メノウ、これはお詫びみたいなものだ。デザートとして食べてくれ」


「お詫び……? えーと、リンゴを頂けるのですか。ありがとうございます」


 なんだか深々と頭を下げられた。迷惑をかけてるのはこっちなんだが。


「わりぃな」


「ゴチになります!」


「食べたことないからうれしい」


「お前らにはやらんぞ」


 三人がびっくりしている。なんでもらえると思っているんだろう?


 三人が文句を言っているが絶対に聞かん。このリンゴはメノウに対する謝罪的な物だ。


「あ、あの、切り分けてきますので落ち着いてください」


「コイツらにはやらなくていいぞ。メノウの心労は大半コイツらのせいだし、スザンナはおまけだから」


 三人の文句がうるさくなった。子供か。


「でも、皆さん、私のために来てくれたのですから色々ともてなしたいのです」


「メノウは大人だなぁ。フェルも見習ってほしいぜ」


「いや、お前らがメノウを見習えよ」


 とはいえ、リエルたちを無理やり呼んだのは私だ。スザンナは特に関係ないけど、見た目は子供だしな。


 ここは私が大人の対応をするか。


 テーブルの上にリンゴを五個置いた。


「仕方ないからお前らにもやる。メノウ、これを切り分けてやってくれ。ああ、弟の分に一個は残しておいていいぞ」


「はい、ありがとうございます」


 メノウは台所にリンゴを持って行った。すぐに切り分けてくれるのだろう。


「なんだよフェル。ツンデレか? 最初っからくれる気だったんだろ? 趣味わるいぜ?」


「いや、金を払えよ? もしくはいう事を聞け」


「え? ツンデレ的な対応じゃないのか?」


「そんなわけあるか。とりあえずメノウへの心労を減らす。弟はカラオと言ったか? アイツに将来の結婚を迫るのは無しだ。いいな?」


 なんでそんな絶望した顔になるんだろう。リエルはいつでも全力すぎる。もっと落ち着けばモテそうなんだけどな。


「リエルっちは残念でしたね! これで私が一歩リードですよ!」


「ルネ、お前もだ。なんでリエルに課された制裁がお前には免除されると思ったんだ」


 だから、なんでそんな絶望した顔になるんだよ。


「私は?」


 スザンナがこちらを見ながら聞いてきた。なんでお前が聞くの?


「お前もカラオに言い寄るつもりか?」


「違う。言う事を聞くってやつ。お金でもいいけど。いっぱい持ってるから」


 アダマンタイトだから結構金持ちなのかな。だが、見た目が子供のスザンナにお金を貰うつもりはない。


「お前は私を襲わないと約束すればいい」


「分かった。襲わない」


 口約束だからどうなるか分からないけど今はこれでいいか。


「切り分けてきました。どうぞ、お召し上がりください」


 メノウが切ったリンゴを皿にのせて持ってきた。ウサギはないな。あれはニアしかやれないのだろうか。


 皆、リンゴを食べるとちょっと幸せそうだ。スザンナなんかはびっくりしている感じだが。


 さて、そろそろ話を聞くか。リンゴを食べながらでも大丈夫だろう。


「病気の件、話を聞かせてくれないか? 念話ではちょっと聞いたけど、改めてどういう状況か教えてくれ」


「おうよ。じゃあ、説明すっからよく聞いてくれよ」


 リエルの説明ではこうだった。


 カラオの症状は呪病と呼ばれるものらしい。自然発生するものではなく、呪いにより抵抗力が極度に下がり、あらゆる病気を併発する迷惑極まりない呪いとのことだ。


 解呪魔法と治癒魔法を使って原因を取り除くことは出来るが、なぜか朝になると呪いが復活している。ここしばらくは毎朝、魔法をかけているのでかなり調子はいいようだが、ずっと治癒魔法をかける訳にもいかないので困っていた。


 そこで私の出番らしい。


「ルネ、なんで私が見れば分かるかも知れないと思ったんだ?」


「フェル様は鑑定スキルか分析魔法が使えますよね? 私も鑑定スキルを使えますけど、私より性能が良かったのを魔界で何度か拝見しましたので」


「そういうことか」


 あの頃は魔眼というのを知らなかったけど、使ってはいたからな。


 カラオの状態も魔眼で見てやれば何か分かるだろう。治せるかどうかはまた別だろうけど。


「わかった。カラオのことを見てやる。明日の朝、治癒魔法を使う前に呼んでくれ」


「あ、ありがとうございます!」


 メノウが私の手を両手で握りながらお礼を言ってきた。メノウはドワーフの町にいた頃からこんな感じだな。


「礼は治ってからでいい。ちなみに呪病とやらの原因とかはわかっているのか?」


「それが全くわからないんです。遺跡で呪いと受けたとかならまだわかるのですが、カラオは遺跡に入っていないと言ってます」


 確かにそういう場所なら呪いとか受ける時もあるよな。でも入っていないんじゃ呪われることもないか。


「一年前ぐらいだったんだよな? その頃は何かなかったか?」


「いえ、とくに変わったことはなにも」


「そうか」


 変わったことはないし、遺跡にも行っていない。他に原因があるとすれば……呪いの装備とかかな。


「カラオが毎日身につけている物とかあるか? 呪われていそうなもので」


「いえ、ほとんど寝巻と下着だけですね」


 じゃあ問題ないか。呪いの定番と言えばそれぐらいなんだけどな。あとは食事とか調度品とかかな?


 まあ、いいか。明日、カラオを見てやれば何か分かるだろう。


「一つだけいいか?」


「リエル? 何か気付いたことでもあるのか?」


 期待していいか分からないけど、一応聞いてみよう。変な事を言ったら殴る。


「あの呪いなんだけど、ちょっとおかしいんだよな」


「どんなところが?」


「普通、呪いって言うのは相手が死ぬのを目的としてんだよ。でも、最初に見た時、これは死なないなって思った」


 死なないってどういう意味だろう? 他の奴らもリエルの言いたいことがよく分かってないようだ。


「意味がわからんが?」


「死なねぇギリギリの線で保たれてるってことだよ。ずっと症状は出るけど、死に至るほどじゃねぇってわけだな」


「じわじわと苦しめてるってことですかね? ……あ、メノウっち、ゴメン」


 メノウはちょっと泣きそうな顔になった。


「なんで、あの子がそんな目に……」


 こういう空気は苦手だ。誰か何とかしてくれ。


「おいおい、メノウ、これは運がよかったんだぜ? 本来なら呪いで死んでるところを助かってたんだ。そしてここには魔族二人と聖女がいる。明日には治っちまう可能性だってあるんだからよ。呪いかけた奴をぶっ飛ばすぐらいの気持ちでいろって」


「そうですよ、メノウっち。もし呪いをかけた奴が見つかったら私がボコボコにしますから。こう、魔族的に」


「私もボコボコにするのを手伝う」


「皆さん……」


 メノウが涙ぐんでいる。そして皆が私を見た。もしかして、私も何か言わないと駄目な流れなのか? 苦手なんだけど。


「あー、その、なんだ。何とかしてやるから、美味い物を作れるようにしておけよ? ちゃんと治したら報酬として今日以上に食うからな?」


 皆が黙った。私も言っていてどうかと思ったけど、アドリブに弱いんだ。大目に見て欲しい。


「はー、フェルらしいっていやぁらしいけどさぁ」


「もっと、こう、何かないんですか? 治してもいないのに報酬の話なんてドン引きですよ」


「私ももっと食べる」


 呆れられたり、引かれたり、同調された。つまり私の言葉はあまり良くなかったのだろう。話術スキルが欲しい。


「ありがとうございます、フェルさん」


 なぜかメノウには喜ばれた。顔が泣き笑いのようになっている。


「今までの事より、これからの事ですよね! こんなに頼りになる方たちがいるんですから、絶対治りますよ!」


 ハードルが上がった。まあ、頑張るしかないか。


 よし、明日に備えて寝よう。


「あ、フェル様。これ、預かっていた物をお返しします」


 寝ようと決意したところで、ルネがテーブルの上にエリクサーとかソーマとかを出した。そういえば渡していたな。今じゃなくてもいいけど受け取っておくか。


「リエルっちの魔法で何とかなっていたので使いませんでした。お返しします」


「そうか、じゃあ、回収しておく。……そうだ、思い出した。ルネに渡す様に預かっていた物があった」


「私にですか? なんですかね?」


 メノウのファンクラブカードを出した。


「これだ。ファンクラブのカードらしい」


「おおー。これで私も名実ともにメノウっちのファンですよ!」


「本当にファンクラブに入ってたんですね……」


 メノウがちょっと呆れている感じだ。大丈夫だ。私はそれ以上に呆れている。


「それと伝言がある。ルネはメノウのゴスロリ服を着たから、ファンを出し抜いたという理由で有罪。反省文二百枚だ」


「理不尽!」


「あと、メノウのゴスロリ服を何とかして貰ってこいと言ってた。ファンクラブで崇めるらしいぞ」


「え?」


 メノウがびっくりしている。


「あの、フェルさん? それはどういう事ですか?」


「ファンクラブの中ではメノウの服は聖衣らしいぞ。それを着たルネは罰として手に入れて来いと言ってた」


「それは簡単ですね。メノウっち、服をください」


「え、あ、はい。それはいいんですけど……」


 服をあげるのはいいのか。私なら絶対嫌だが。


「新しい服を作るので持って行ってください。町まで来てくれた報酬みたいなものです」


「あの服ってメノウの自作なのか?」


「はい、メイドギルドで裁縫も学びますので」


 凄いな、メイドギルド。やはり一度見に行かないと。


「聖衣? それは俺の服もそうだよな? 女神教の奴らなら高く買ってくれると思うか?」


「知らん。私ならタダでも貰わないがな。もう、寝ていいか?」


 寝させてくれなかった。


 なんで私が服について意見を言わないといけないのだろうか。そういうのはディアにさせろ。

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