スザンナ

 

 何とかしないと。いざとなったら制限を解除して暴れ……魔法名を言えないな。しまった。結構ピンチだ。


 手っ取り早いのはこの黒い水を亜空間に入れてしまう事だ。あれなら魔法名を言う必要は無いからやれるはず。


 ……くそ、所有権の問題か? 多分、魔力で作った水なんだろう。手で触れているのに亜空間にしまえない。なんとかこの水が私の物だという認識にさせないと。


 なにも話してくれないならアウトだが、多少は話せるだろう。勝利を確信している奴はそんなものだ。この水が私の物だと言ってくれればいいのだが。


 まずは水のことを聞いておくか。最終的に水をあげるって感じに持っていきたい。


『この黒い液体ってなんだ?』


『教えるわけない』


『なんだ、知らないのか』


『それは挑発? そんな挑発には乗らない』


 意外とガードが堅いな。だが、気づかれないようにこの水を私の物にしないと。


『冥途の土産というヤツだ。教えてくれてもいいだろう? 死ぬ理由となる物を知っておきたい』


『諦めるのが早すぎる。なにか企んでる?』


『なにか企んでいてもこの状態でなにができる?』


 反応がない。考えているのか?


 くそ、息が苦しい。まだ大丈夫だけど、とりあえずもう駄目な振りをしよう。何か口を滑らすかも知れないし。


『こんなところで死ぬのか……』


『そう。その水の塊が貴方の棺桶。苦しいだろうけど安らかに死んで』


 よし、念話だけど言質は取った。


『すまんな。じゃあ、私の棺桶としてもらっておく。あと苦しいけど安らかにって矛盾すぎるぞ』


 黒い水を亜空間に入れた。私の周囲から黒い水が無くなる。


 私は水の塊の中で浮いていたのだろう。地面から離れていたから水が無くなったら背中から地面に落ちた。痛い。


『え?』


「ゴホ、ゲホ! あー、苦しかった」


 息ができるって素晴らしい。


『な、なんで?』


「悪いな。あの水を棺桶としてくれるというからもらった。もう、返さん。あれは私のだ」


 話しながら探索魔法でスザンナという生体反応をチェック。……北東に一キロ先だ。


 そこに向かって駆け出す。どうやってここの状況を見ていたのかは分からないが、全速力で走れば気づかれても捕まえられるだろう。


 木々を躱しながらその場所へ躍り出た。


「よう、直接会うのは初めてだな?」


「……そうだね」


 スザンナは水の塊が着ていた服と同じものだった。だが、メガネで目元は隠してないし、口元をマスクで隠してもいない。見た目は十代前半かな。


「さて、どうする? もう襲ってこないというなら見逃してやるが?」


「アレで殺せなかったのは驚いたけど、もう勝った気でいるの?」


「負ける要素がないな。そもそも弱いからああやって水人形に戦わせているんだろ?」


 明らかにムッとしている。こっちは散々やられたんだ。これぐらい言ってやってもいいはずだ。


 よし、今のうちにコイツのスキルを見ておこう。


 ……『魔水操作』か。魔力で作った水を好きに操れる、と。ただし他の水が一定以上混ざると操れない、か。これは重要だな。


 ちょっと雨を飲んじゃったけど、唾液とか胃液に混ざったから大丈夫かな。体内から腹を破られたら困るし、ビジュアル的に別の生命体が生まれそうだから嫌だ。


「わかった。私の力を見せる」


 スザンナが両手を広げると、降っていた雨が止まった。水滴が全部、空中で止まっている。マジか。


 それがすべてスザンナの方に集まって行った。その水が何かの形を作っている。作り終わる前に殴ってもいいけど、一応全部見てやらないとな。後で卑怯とかいわれたらかなわん。


 どうやらドラゴンのようだ。ウォータードラゴンだな。そしてスザンナはドラゴンの中に飛び込んだ。一心同体みたいな感じになって、ちょっと格好いい。


『これなら貴方に勝てる』


 念話が届いた。そういえば、どうやって私のチャンネルを知ったのだろうか? あとで聞いておこう。


『最強種ドラゴンを模したボディ。これなら負けない』


「最強種? それは魔族の事だ。それを頭に刻み込んでやる。詰め込み教育ってヤツだ」


 でも、どうやって倒そう? スザンナ本体を叩くしかないだろうが、ドラゴンがデカい。やったことはないからわからないが、水の中に転移するのは止めておこう。なんとなくだが、危険な気がする。


 よし、まず殴ろう。考えるのはそれからだ。


 ドラゴンの目前に転移して超痛いパンチ。


 当たったんだけど手ごたえがない。くそ、スライムちゃんや、さっきの水人形を殴った時と同じだな。


 それに水全体を覆うように薄く障壁を張っている感じだ。大量の水を浴びせて混ぜるのも無理か。


『このボディに打撃は効かない。今度はこっちの番』


 ドラゴンの首がこっちを向いた。口を開けるとものすごい勢いで水が噴射された。躱したら、後ろにあった木が吹っ飛んだ。私の造水並の勢いだ。


 あれは直撃するとヤバいな。絶対に食らわないようにしないと。


 そして今度は噛みついて来た。それは転移で躱す。


『貴方を飲み込んでしまえば私の勝ち。次は逃がさない』


 水で透明だったドラゴンが黒くなった。水に色をつけたか。アレに取り込まれたら転移できない。今度は棺桶としてくれないだろうし、注意しないと――いや、待てよ?


 さっきは知らなかったけど、あれに普通の水を混ぜれば操れなくなるはずだ。なら取り込まれてから造水を……。駄目か、あの中で魔法名を言えない。


 ……そうか、いいものを二つ持ってた。


 まずは亜空間からゾンビマスクを取り出して被る。これなら空気が作れるぞ。


『何の真似? 馬鹿にしてる?』


「気にするな。魔族の風習だ」


 嘘だがな。


 スザンナは怒ったのか、水撃を飛ばしてきた。躱す度に木が吹っ飛ぶ。私のせいじゃない。


 辺りには水たまりが出来ていた。そして心なしかドラゴンが小さくなっている。いや、確実に小さくなっている。


 なるほど、体を削って攻撃しているわけだ。もしかしてこのまま攻撃させていれば、ドラゴンはもっと小さくなるのか?


「どうした? 随分と可愛らしいサイズになったぞ?」


 一応挑発。もっと攻撃して来い。


 ドラゴンが息を吸うモーションをした。直線上にいるとヤバいので躱す。と思ったら、水たまりから手っぽいものが出て来て足を掴んだ。


 しまった、と思った瞬間、周囲の黒い水たまりが噴水のように地面から伸びて周囲を覆ってしまった。これじゃ転移できない。


『捕まえた。もう逃がさない』


 ストーカーの小説にあったようなセリフを言われた。これは怖い。


 周囲から黒い水が私を覆う。スザンナに見えないように保険の魔道具を出しておいた。右手にしっかりと持つ。次の瞬間、体全部が覆われた。


『また同じ状況。今度は全部の水で貴方を拘束している。これで私の勝ち』


『そうだな』


 ゾンビマスクで周囲に空気を作っているのだが、黒い水がマスクの内側も覆っているから空気が口や鼻に入ってこない。これじゃ魔法も使えないな。


『随分と余裕だけど、まだ何かあるの?』


『さて、どう思う?』


 念話で話しながら右手に持った魔道具に魔力を流す。さて、どれくらいかかるかな。結構かかりそうだがなんとか息を持たせよう。


『最初に抜け出せたのは何で?』


 気付いていないのか。そうだな、今やっていることがバレないように、ネタバレしてやろう。


『黒い水を亜空間に入れた』


『嘘。そんなことは出来ない。黒い水は貴方の体に触れていたけど、私の魔力で作った水だから所有権の問題がある』


『本当だ。あの水を私の棺桶としてくれたんだろ? だから亜空間に入れることができた』


 反応がないな。なんとなく驚いているような雰囲気を感じるけど。


『分かった。もう失敗しない。でも、何で教えたの? 同じことをやれば逃げれたかもしれないのに』


『同じことをしなくても逃げれるからな』


『え? ……あれ? なんで水の量が増えてるの?』


 そろそろか?


 そう思った瞬間、私を拘束していた黒い水がタダの水になって周囲に流れ出した。操作できなくなった水の重みで、薄い障壁が破れたようだな。


 スザンナも水の中にいたのか、覆っていた水が無くなって地面に尻もちをついていた。


「な、なんで! 私の水が!」


「悪いな。普通の水を混ぜさせてもらった」


 ヴァイアに作って貰ったコップを見せる。捕まってからずっと水を出していた。四分の一ぐらい混ざれば操作できなくなるようだな。半分とかじゃなくてよかった。


「ど、どうしてそんなことで……?」


 はて? 自分のユニークスキルの弱点を知らなかったのだろうか? だが、そんなことはどうでもいい。


 尻もちをついているスザンナの正面に転移した。そしてボディに一発。倒れている相手に手を出すのはなんとなく駄目な気がするけど、気絶させないとな。


 スザンナはすこしだけうめき声をあげて気絶した。


 うん。手加減が上手くなった。


 勝ったはいいんだが……服と下着がびちょびちょだ。スザンナに洗濯代を請求しよう。

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