雨
途中、昼食のために地上で休憩することにした。
昼食はドワーフの町で貰ったおにぎりとパンだ。どっちも捨てがたいが、私はパン派だな。ウメボシは苦手だ。
カブトムシにはリンゴをあげた。すこしでも私への評価を上げよう。アンリに負ける訳にはいかん。
食事も終わったので、周囲を見渡した。なにもない平原だ。ところどころに木や岩が見えるがそれだけ。なんとも殺風景なところだ。
だが、風が気持ちいい。平原に寝っ転がって空を見た。魔界ではできない事だな。
カブトムシに「食後にすぐ寝るとミノタウロスになりますよ」と言われた。何言ってんだ。レアな魔物だってそんな進化はしない。
なんだか贅沢な時間だ。やらなくてはいけないことは多い。だが、ちょっとだけのんびりしよう。
鳥も優雅に空を舞っている。自由に空を飛べたら楽しいんだろうな。
カブトムシが運ぶゴンドラに乗って空を飛んではいるが、あれはこう、連れ去られているという気分だからな。
そう言えば、ヴァイアから試作品として空飛ぶホウキを貰っていた。ちょっと練習してみるか。
亜空間からホウキを取り出す。
なんでホウキなんだろうとは思うが、本の挿絵にそんなものが書かれていた気もする。様式美というヤツか。
だが、ホウキをまたぐなんて恥ずかしくないか? 私は恥ずかしい。私の中にある女性らしさがあの恰好を拒否している。
よし、立ち乗りを覚えよう。ホウキの上に立って空を飛ぶ。おお、なんとなくチューニ病っぽいが格好いい気がする。立ちながら腕を胸の前で組み、空を飛ぶ。フフフ、これはいい。早速練習だ。
ホウキを地面に置いて、その上に立つ。基本の構えだ。
そして足元からホウキに魔力を込める。……おお、浮いた。そして私は地面に落ちる。かなり間抜けに。
カブトムシは頭を別の方へ向けていた。見ていないという意思表示だろう。それは優しさではないぞ。
うーん? ホウキをまたぐにしても、上に立つにしてもちょっとバランスが難しいな。ヴァイアにその辺りを改善してもらわないと。
スライムちゃん達が使っていた時は、ホウキと合体しているようなものだからな。バランスも何もないんだろう。
ホウキにぶら下がるなら大丈夫だろうか。……大丈夫だ。魔力が続く限り空を飛べそうだ。
さて、練習はこれぐらいにして、メノウのいる町に向かうか。
カブトムシの話では、ここからだと三時間ぐらいらしい。夕方には着けそうかな。よし、出発だ。
一時間ほど経つと雨が降ってきた。人界に来てから初めて見る。魔界と違って溶けたり発狂したりしないよな? 大丈夫だとは聞いているが、ちょっと心配だ。
カブトムシが屋根のようになっているし、簡易結界のおかげで、ゴンドラの中は雨で濡れない。ちょっとだけカブトムシに悪い気がするな。あとでもう一個リンゴをやろう。
「おかしいですね」
「どうかしたのか?」
カブトムシがなにか疑問に思っているようだ。なにか問題だろうか?
「この時期に雨は降らないはずなんですが。それに見てください。雨が降っているのは私達の周辺だけです」
ゴンドラから周囲を見る。私たちを中心に一キロ範囲でしか雨が降っていない。
「人界の雨って面白いな」
「いえ、人界でもおかしな雨ですよ。先程から雨の降っている場所を抜けようとしているのですが、私たちを追ってきているようです」
「雨が意志を持っているということは?」
「それは雨ではなく、精霊とかですね。でも精霊の気配は感じません」
なるほど。なら誰かが人為的に雨を降らせて私たちを追っているという事か? 天候操作系の魔法って知らないけど、あるのかな?
「三時の方向から何か来ます!」
そちらを見ると、なんだか透明な鳥みたいなものが飛んできた。
危ない、と思ったが、ゴンドラにぶつかる手前で鳥みたいなものが弾けた。水、だろうか。
「無事ですか? 一応、対ショック魔法障壁で防ぎましたが」
「ああ、大丈夫だ」
対ショック魔法障壁ってヴァイアが武装させたアレか。
それはいいとして、あの鳥には魔力を感じた。魔法による攻撃だろう。水鳥の魔法かな。
ここはかなり地上から離れている。地上から魔法を放ってここまで届くことはあるまい。なら相手も同じように空を飛んでいるはずだ――いた。
あれは人だろうか。水っぽいワイバーンのような魔物にまたがって、空を飛んでいる奴がいる。人族でも空を飛べるじゃないか。リエルに教えてやろう。
向こうは一定の距離を保ちながらこちらについてきている。もしかしてこの雨もアイツが? そもそも何で襲ってくるんだ?
「やりますか? やられたらやり返す。村の掟ですから」
掟だったのか。だが、反撃はしても、殺しは駄目だ。こんな上空から落としたら多分死ぬ。
「もっと低空飛行できるか? 反撃するにしても殺したくはない」
「分かりました。少し揺れますよ!」
瞬間、カブトムシは頭を下げて、スピードを上げながら急降下していた。そんなアクロバティックな事をしろとは言ってない。超怖い。
こちらが急降下したので相手も追ってきたようだ。向こうもスピードを上げ急降下している。
地面スレスレを高速で飛ぶのも結構怖い。落ちても死なないだろうけど痛そう。
相手はそんなことはお構いなしにスピードを上げてくる。随分と近くまで寄ってきたな。ほぼ、真横まで来ている。
目元を全部隠せるようなメガネをしていて、全体的に茶色の革装備で固めているようだ。あと耳元や首辺りまで覆い隠せる帽子をかぶっている。なかなか格好いい。そして帽子の後ろ側から長い髪が風になびいているのが見えた。断定はできないが女性なのだろうか。
これだけ近いなら声が聞こえるかな?
「おい、何者だ?」
多分聞こえたはずだがどうだろう?
女っぽい奴はこちらに手をかざしてきた。水の鳥がこちらに飛んでくる。魔法を撃ってきやがった。
魔法障壁が水鳥を弾いた。会話する気はないようだな。
「フェル様、どうしますか? 障壁もそれほど持ちません。雷槍を使えますが、多分一回。その後は障壁も使用できなくなります」
障壁はカブトムシの魔力で作り出しているのだろう。進化したとは言え、何回も防げるほどではないんだろうな。それに雷槍か。外したら攻撃も防御もできないしな。
「町まで後どれくらいだ?」
「後、一時間と言ったところでしょうか」
町まで逃げ切るのは難しいか。なら、この場でケリをつけたいが、どうしよう?
止まって戦ってもいいけど、空から攻撃されるだけだろうしな。
「フェル様、いい場所がありました。あそこならどうとでもなります」
そう言われて周囲を見る。小さいようだが木が密集している場所があった。森、でいいのかな。
「森に入って木にぶつからないか?」
高速で森の中を通るなんて、かなり怖いんだが。
「ふっ、だれに言っているんですか。森は私のテリトリーです。クワガタにだって負けませんよ」
その辺はよく分からないけど信じるか。自信ありそうだし。
「わかった、そこに行ってくれ。そこで片付けるぞ」
カブトムシはスピードを上げて森へ向かった。
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