キマイラ

 

 あの咆哮は言葉として意味が分からなかった。おそらく意思疎通ができない下位の魔物なのだろう。上位の魔物なら咆哮でも意味のある言葉を言えるはずだからな。


 肉眼では見えないが、こっちに向かってきていると思う。なら、今のうちに準備しておかないと。


 効果があるか分からないが魔王様の周囲に結界を張っておく。ドーム型でそれなりに大きくしておこう。


「【能力制限解除】【第一魔力高炉接続】【第二魔力高炉接続】」


 制限を解除して魔力高炉への接続。


「【全方位障壁】【全方位障壁】【全方位障壁】」


 障壁を三枚。


「【加速】【加速】【加速】」


 そして強化魔法。


 対天使並の強化を施した。相手が神でもなければ負けるとは思えないが、さて何が来るのだろう?


 声のした方向を見るが何も見えない。まだかな。


 いや、上だ。上空を何かが飛んでいる。あれはなんだろう? ライオンに羽がついてるのか?


 向こうがこちらを見た瞬間に高速で突撃してきた。


 速すぎる。躱す間もなく突撃を受けた。ガラスが割れるような音がして、障壁を二枚持っていかれた。なんて突撃だ。


 ソイツは後方に飛びのいて私と距離を取った。障壁で攻撃が届かなかったことに疑問を感じたのだろうか。ちょっと警戒している感じだ。


 あれはキマイラとかいう魔物かな。ライオンと山羊とドラゴンの頭があって、ライオンの体がベースになっている。あと、コウモリの羽と蛇のしっぽを持っているな。何だろう? チューニ病というか、盛り込み過ぎというか。


 だいたい、ライオンとドラゴンの頭は強そうだけど、山羊の頭ってなんだよ。明らかに戦闘向きじゃないと思うけど。


 まあいいか。とりあえず排除だ。


 ドラゴンの頭が息を吸い込んだ。そう言えば、キマイラは火を吹くとか本に書いてあった気がする。躱そう。


 キマイラの正面を避けるように飛びのくと、ドラゴンの口から熱線が出た。


 マジか。熱を圧縮した超高温レーザーと魔王様に聞いたことがある。魔神が使っていた技だ。コイツも使えるのか。


 あれが直撃したらやばい。少なくとも服に穴が開く。全力で躱そう。あと、障壁も新たに二枚張っておく。


 後は接近戦に持ち込もう。あのレーザーは溜めが必要だ。接近戦なら撃てないだろう。


 キマイラの正面に転移して、ライオンの顔めがけてパンチ。


 ガラスの割れる音が響いた。まさか障壁か? 驚いていたらライオンが口を大きく開けて噛みついて来た。慌ててバックステップ。無駄に障壁を減らすわけにはいかない。


 だがキマイラが追撃してきた。爪によるひっかきか。もっと離れよう。


「【地縛】」


 山羊が喋った。いや、それよりも魔法か? やばい、足が地面に固定された。転移もできない。応戦するしかない。なら、まず、弱体化させよう。


「【減速】【減速】【減速】」


 キマイラはかなり遅くなったと思う。これなら迎撃が可能だ。


 爪によるひっかき攻撃に対してパンチで迎撃。爪に当てると痛そうなので、肉球に当てる。


 五回ほど迎撃すると、キマイラは後ろに飛びのいた。そして、こちらを見ながら円を書く様にゆっくりと周囲を歩き出した。隙を見つけたら襲ってくるつもりだろうか。くそ、まだ足が動かない。


 キマイラが私の後方まで移動すると止まったようだ。背中から襲ってくるつもりか。


 いや、もっと酷そうだ。ドラゴンの頭が息を吸い込んでる。そこからレーザーを撃ち込む気か。まともに食らったらやばい。だが、減速させているから溜めも長い。今のうちになんとか邪魔しよう。


 丁度、亜空間にドラゴンの牙がある。かなりデカいから牽制にはなるだろう。


 ドラゴンの牙をキマイラに向かって投げる。後ろ向きだから上手く投げれなかったな。難なく躱されたが、息を吸い込むのをキャンセルできたようだ。まだ、ドラゴンの牙は数本ある。しばらくは牽制できるだろう。


 キマイラはさらに距離を取った。結構慎重だな。


 ようやく魔法が解けた。ヴァイアなら術式を変更して解除できるだろうが、私は出来ない。今度は食らわないようにしないと。


 ドラゴンの頭がまた息を吸った。これなら躱せると思ったが溜めが短い。レーザーじゃないのか?


 火の玉だった。そういう攻撃も出来るのか。だが、そんな火の玉をいくつ出そうが意味はない。


 キマイラの真横に転移して左ジャブ。まずは障壁の破壊だ。ジャブを繰り返すと三回ほどガラスが割れる音がした。障壁を三枚剥がせたのだろう。山羊の頭がこっちに気付いたが遅い。キマイラの胴体に右ストレートを放った。


 キマイラは吹っ飛んで倒れた。多分、致命傷のはずだ。起き上がれまい。


「【治癒】【大気変換】【風纏】【全方位障壁】【全方位障壁】【全方位障壁】」


 マジか。山羊の頭が治癒魔法を使った。内臓を破壊したはずなのに普通に立ち上がったな。しかも障壁を新たに三枚張った。それに私の知らない魔法まで使った。何だあれ? まあいい、攻撃は一度だけじゃ駄目だな。追撃して息の根を止めないと。


 キマイラはこちらを見て低姿勢になったと思ったら、超高速で突進してきた。それを躱すと、そのまま私の横を走り抜けて距離を取った。そしてキマイラはゆっくりとこちらを向く。


 減速させているのにあの速さか。それともさっきの魔法の効果か? ちゃんと躱したのに、今の攻撃で障壁を全部持っていかれた。あの攻撃にカウンターを合わせられるかな?


 キマイラはまた低姿勢になる。そして突進してきた。さっきと同じように躱す。芸がないな。


 走り抜けたキマイラの方を見ると、既にターンしてこちらへ突撃していた。慌てて躱す。


 だが、躱したと思った次の瞬間には、再度ターンしてキマイラが突撃してきた。


 腕をクロスさせて防御態勢。モロに突撃を食らった。衝撃を逃がすために十メートルぐらい後方に自ら吹っ飛ぶ。ロックの真似をしたが、それでも腕が痛い。だがチャンスだ。キマイラは突撃直後で動けない。


 すぐさまキマイラの前に転移して顔をめがけて超痛いパンチ。障壁とか関係ない。威力は落ちるけど全部撃ち抜く。三回ほどガラスが割れる音がしてライオンの頭にヒットした。


 キマイラがよろめいたところに、今度は山羊の顔めがけて超痛いパンチ。回復の隙など与えない。


 山羊にパンチが当たると、キマイラは倒れそうだったが、飛び上がって空に逃げた。そうか空を飛べたな。


 よし、ドラゴンの牙を投げて撃ち落とそう。


 亜空間からドラゴンの牙を取り出すと、不意に鳥の鳴き声が聞こえた。なんだ? 鳥? 近くで鳴いてる?


 いや、気にしている場合じゃない。今はキマイラだ。見上げると、ドラゴンの頭が息を吸っていた。火の玉でもレーザーでもこの状態で当たるわけがない。一体何をするつもりだ?


 待てよ? さっきの鳥の鳴き声はカナリアストーンか? 近くにガスがある? まさか……?


 ドラゴンの頭が火の玉を吐き出した。やばい! どこでもいいから遠くに転移!


 転移した瞬間に大爆発が起きた。遠くに転移したのだが、それでも爆風で吹き飛ばされた。私はともかく魔王様は無事か!?


 魔王様の方を見ると、どうやら無事なようだ。結界を張っておいて良かった。戦っていた場所も遠いからあの爆発の影響はなかったようだな。


 よく分からないが、可燃性のガスが私の周りに充満していたのか? いつの間に? もしかしてキマイラが使った魔法か? ガスを作る魔法とかがあるのだろうか?


 キマイラが空からこちらを見ている。なんだろう? 見下しているような顔に思えてきた。絶対にぶちのめす。


「【大気変換】【風纏】」


 あの魔法がおそらく可燃性のガスを作る魔法なんだろう。念のため魔眼で確認。


 ……大気変換という魔法でガスを作り出し、風纏でガスを周辺にまき散らすのか。連続で襲い掛かってきたのは私の周辺にガスを充満させるためだったんだな。しかし、同じ魔法を使うと言うことは同じことをする気か? その辺りは下位魔物だな。


 キマイラが空から突撃してくるのを躱す。私の横を通り抜けてすぐさまターンして突撃してくる。よく分からないがこの行為で少しずつガスを私の周囲に溜めているのだろう。


 何度か突撃を躱すと、カナリアストーンが鳴きだした。充満したようだな。


 キマイラがまた突撃してきたので、躱さずに受け止める。今度は吹っ飛ばずにその場で耐えた。だが超痛い。骨が逝ったかもしれん。


「捕まえたぞ? 【結界】【結界】【結界】」


 私とキマイラを囲むように結界を三枚張った。そこそこ大きめに作った。これでキマイラは逃げられない。そして結界内にはガスが充満しているだろう。


「【発火】」


 発火の魔法を使うと同時に結界の外に転移した。結界の中で爆発が起きる。危ない。ギリギリだった。ぶっつけ本番でやるもんじゃないな。


 結界が三枚あれば十分だと思うけど大丈夫かな。……どうやら二枚は壊されたが、三枚目が耐えたようだ。


 結界の中には黒い消し炭がある。多分、キマイラだ。


 しばらく待ったが動く気配はない。結界を解いて近づいた。足で突いてみる。反応はないが念のため魔眼で確認。


 ……ああ、そういう事か。


 キマイラの消し炭から離れようと目を逸らした。次の瞬間、キマイラのしっぽの部分が襲ってきたので手で捕まえる。


「残念だったな。バレバレだ」


 魔眼で確認したら蛇だけ生きてた。最後に来ると思ったよ。


 捕まえた蛇を本体から引き抜いた。おう、グロテスク。だが、血が出るという訳でもなく、溶けるように無くなってしまった。キマイラ本体の方も床に溶けるように無くなった。残ったのは魔石だ。結構大きいな。これは戦利品として持ち帰ろう。


 はー、疲れた。でも、魔王様の対応が終わるまで周囲を警戒しないとな。もうひと踏ん張りだ。

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