冒険者
昨日は参った。食事がまずいとはどういうことだ。リンゴが無かったら宿を全壊させてたぞ。
これは文句を言うしかないな。食器を持って怒鳴り込もう。クレイマーではない。裁判をしても勝てるはずだ。
色々と準備してから部屋の外に出る。向かうはカウンターだ。ビシッと言ってやらねば。
廊下を歩きながら思ったのだが、廊下はキチンと掃除されている。そういえば、部屋も綺麗だった。食事だけが最悪だ。だが、それが宿としては致命的なんだろう。多分、私以外の客はいない。
もったいないというかなんというか。バランスというものを考えてほしい。
カウンターにはドワーフがいた。見分けはつかないが、多分、昨日と同じ奴だ。
「おはよう。食事がまずい」
「なんじゃいきなり。食事がまずいと言いながら食器は空ではないか」
「出されたものは食う。だが、我慢して食べたんだ。なんというか塩辛い。高血圧になったらどうする」
昨日のシチューはものすごく塩辛かった。塩を食べているみたいだった。パンに付けてもほとんど中和されない。水を何杯飲んだ事か。食後にリンゴを食べた時、美味すぎて泣いた。
「おかしいのう。いつも通り作ったんだが」
「客がいない理由を考えろ。食事がまずいから客が来ないんだ」
「む、確かに儂が食事を出す様になってから客足が減った気がするのう? 客は食事がまずいとは言わずに、食事はいらないと言ってチェックアウトするから気付かんかった」
「食事はいらないと言ってる時点で気づけ」
このドワーフは筋肉モリモリで強そうだからな。客は大きく出れないのだろう。
「詳しくは分からないが、酒のつまみ感覚で料理をしていないか? 酒飲みは塩辛いつまみを好むと聞いたことがある。私は酒を飲まないから普通の味にしろ」
「確かに塩辛い感じに味付けしたのう。いや、むしろ頑張って味付けした気がする」
「そこは手を抜け。あんなものを食っていたら死ぬぞ」
「ふーむ、そうだったのか。一応、朝食はあるが食べるか?」
「多分、塩辛いからいらん。パンだけ出してくれ。自分の持っている物をつけて食べる」
蜂蜜とかジャムとか一応持っている。これで口直しだ。だが、ちゃんとした料理も食べたい。どこかで食事をするか。
「この辺りで食事ができるところはあるか?」
「そうじゃのう、人族相手の食事処だと、冒険者ギルドがいいかもしれんぞ。食堂が併設されておるんじゃ」
魔物暴走のことも聞いておきたいし、一度、冒険者ギルドに行ってみるか。魔王様からの連絡もまだないし、事前調査しておこう。その後に食事だ。
「わかった。じゃあ、ギルドに行ってみる」
パンを受け取って亜空間に入れる。空間魔法を使ったら驚かれた。反応が新鮮な感じだ。
ソドゴラ村はヴァイアのおかげで空間魔法が付与された魔道具を一人一個ぐらい持っているからな。流石に容量は少ないけど。
よし、ギルドに向かおう。
昨日は薄暗くて町の様子は分からなかったが、石造りの家が多いな。ただ、整列されていないというか、なんというか。
いい加減に建てました、という感じで道が複雑だ。ほとんど直線の道がない。多分、何も考えずに家を建てたんだろうな。初めての奴は迷子になるんじゃないだろうか。
町の奴らはこちらをチラチラとみているが敵意は感じない。どちらかというと好奇か。どっちにしても居心地がいいわけではないが。
そんな感じで歩いていたら冒険者ギルドの看板を見つけた。ドワーフに聞いた通りの場所だ。早速入ろう。
建物に足を踏み入れると、私に視線が集まった。多分、全員が冒険者なのだろう。全部で二十人ぐらいか。
ほとんどの奴は驚いている感じだが、数人はムカつく感じでこっちを見ているな。
まあいい、その程度で喧嘩を売るわけにはいかない。売られたら買おう。
魔物暴走の事を聞くにはカウンターに行けばいいのかな? ちょっと驚いている感じだがカウンターに座っているドワーフに聞いてみよう。
「たのもー」
「な、なんじゃい? ここは冒険者ギルドじゃぞ? その、魔族が何の用じゃ?」
このドワーフも見分けがつかないな。かろうじてひげが違うか?
「魔物暴走について聞きたい。現状、どんな感じだ? あと、坑道に入るにはどうすればいい?」
周囲がざわつく。「嘘だろ?」「魔族が?」「偽物じゃね?」「コスプレか!」とか聞こえてきた。コスプレってなんだ?
「魔物暴走に関しては、入り口を結界で守っているから溢れてくるということはないぞ。坑道に入れないから坑夫の奴らは稼ぎが無くて困っているが、鍛冶の仕事もあるからしばらくは問題ないじゃろ」
その辺りはディアに聞いた通りだな。長い期間続くと大変そうだけどな。
「坑道に入るには冒険者ギルドのカードが必要じゃ。商人ギルドやメイドギルドのカードじゃ駄目じゃぞ」
商人ギルドはともかく、メイドギルドってなんだ? そういうギルドがあるのか。というか私がメイドギルド所属とか思われてないよな?
とりあえず、ギルドカードを見せる。今までのやり取りでカードの取り扱いは学んだ。最初に魔力を流して自分の物だと証明するのだ。
ギルドカードが青く光った。ドワーフは驚きながらカードを凝視している。
「これでいいのか?」
「お、おう。お主、冒険者ギルドに所属しておったのか。ブロンズランクの様じゃが……」
また周囲がざわついた。「嘘だろ?」「魔族が?」「偽物じゃね?」「やっぱりコスプレか!」とか聞こえてきた。だから、コスプレってなんだ。
「本物の様じゃから魔物暴走の依頼について説明しておくかのう。と言っても坑道に入って魔物を倒すだけじゃ。ギルドカードには魔物を討伐した記録を保存できるから、普通に魔物を倒してから、ここにカードを持って来い。そうすれば討伐した魔物に見合った報奨金を払う」
おお、冒険者っぽい。私のやりたかった冒険者像だ。
するとドワーフが何かに気付いたようにカードを見つめた。
「お主、ソドゴラ村のギルドで依頼を受けておるな?」
「それがどうかしたのか?」
「なら、残念ながらここでは報奨金は払えない。済まんが、報奨金の受け取りはソドゴラ村のギルドで行ってくれ」
ディアの奴、意地でも自分のギルドの稼ぎにしたいんだな。その根性を他に使えばいいのに。
「なるほど、分かった。坑道の入り口はどこにある? まだ行かないが場所だけは確認しておきたい」
ドワーフから場所を教わった。ここからそう遠くはない。
坑道の入り口には結界を管理しているギルド職員がいるからカードを見せれば入れてくれるとのことだ。
これで坑道に入る準備は万端になったと言えるだろう。あとは魔王様の連絡待ちかな。
よし、食事をしながら時間を潰そう。
「食事をしたいんだがどうすればいい?」
「それなら向こうのカウンターで注文してくれ。ギルドカードでの注文も可能だ」
ドワーフが指した方を見ると、受付カウンターとは違うカウンターがあった。そこで注文を受けてくれるようだ。すぐに行こう。
冒険者たちが座っているテーブルの間を抜けるようにしてカウンターに近づく。
「食事の注文をしたいんだが」
ドワーフの女性、と思われる人に注文した。バランスよく注文。何でも食わないとな。支払いはカードにした。硬貨を亜空間に放り込むのは簡単だけど取り出すのが面倒だからな。
そうだ、美味かったらどうしよう。最近は笑顔を見られてもいい奴らばかりだったから忘れてた。……壁の方を見ながら食べるか。食事をする用のカウンターもあるみたいだし。
出来た料理を受け取ってカウンターに座る。これで私の顔は分かるまい。完璧な策略だ。
「いただきます」
野菜やら肉やら色々あったので食べてみた。塩辛くはないのだが、味は濃いな。塩分は高いと見た。ここにいる間は気を付けないと。
「おいおい、なんで魔族のコスプレをした奴がいるんだよ。飯が不味くなるだろ?」
ギルドの入り口の方からそんな声が聞こえてきた。まあ、私の事だろう。魔族がいると食事がまずくなる、か。もっと信頼を築かないと駄目だな。
「いるんだよな、近くの町に魔族が現れたから、それにかこつけて真似しようとする奴が。人が怯えるの見て楽しいのか? あぁ?」
コスプレって真似してるって意味なのか。勉強になる。
「おら、おめぇだよ。こっちむけ。下らねぇ真似すんじゃねぇよ」
とりあえず食事も終わったし、落ち着いたからもう笑顔ではないだろう。なら振り向くか。
「すまないが、私は本物の魔族だ。コスプレとやらではない」
男は私を上から下まで見た。嫌らしいという感じではない。ちゃんと見た、という感じか。
「ふ、ふざけんな! おめぇみてぇな奴が魔族のわけねぇだろう! 魔族ってのは、もっとこう、すげぇ凶悪なんだよ!」
それは私が凶悪そうに見えないという事だろうか。ちょっとだけいい奴だと思ってしまった。
「間違いなく魔族だ。ほら、カードにも種族が魔族と書いてあるだろう。それに安心しろ、もう帰るから食事も不味くならん」
カードを男に見せる。これで納得してもらいたい。厄介ごとは避けるべきだからな。
「ちっ、偽造カードまで作ってんのか。お前、罰金だぞ? だいたい、魔族がこんなこと言われて大人しい訳ねぇだろうが!」
魔族に対してかなり偏見を持っているな。いや、偏見でもないのか。昔の魔族ならそうだったろうからな。
「少し痛い目にあわせねぇと駄目だな! これに懲りたらコスプレなんてやめて家に帰んな!」
男は鞘に入れたままの剣を構えた。あれで殴る気か。
男は上段から剣を振り下ろしてきたので素早く横に躱す。剣が床に当たり、鈍い音が響いた。当てるつもりだったのだろう。躱されて驚いたようだ。
「もういいか? 帰るからそこをどいてくれ」
周囲から少しだけ笑いが起きた。それが男に火をつけたのだろう。目が怒ってる。全部コイツの勘違いなのに何で私に怒りをぶつけるのだろうか。
また、剣を上段に構えて振り下ろしてきた。今度は全力のようだが、私からすれば遅すぎる。実力の差を見せつけるために、左の掌で剣を受け止めた。剣の平部分を親指と他の指で挟んだので剣はもう動かせないだろう。
男が驚いた表情になった。怒りも忘れたという感じだ。
「実力の差が分かったか? もう帰るからこれ以上邪魔するな。次に邪魔したら正当防衛でぶちのめすぞ?」
男が何とか剣を動かそうとしているが、私の握力の方が強いのでビクともしない。諦めろ。
「その剣を離しなさい! 魔族!」
また入り口の方から声が聞こえた。今度は女の声だ。
そちらを見ると服装が派手な女がいた。あれは知っている。ゴスロリという服だ。さらに顔が白いし、唇とか目の周りが黒い。化粧をしているんだろう。だが、問題はそこじゃない。黒色の髪が縦ロールになってる。初めて見た。
「私はアイドル冒険者のメノウ! その剣を離さないなら私のファンが黙っていないわよ!」
メノウはポーズをとりながら私をビシッと指した。
ヤトはこういうのになりたいのか。考え直してもらいたい。
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