デザート

 

「フェルちゃん、なんで私はアイアンクローをされたのかな? すごく痛いんだけど?」


「俺もだ! なんでだ!」


「アンリに余計なことを教えたのと、笑ったからだ」


 アンリが交渉に行っている間にディアを呼び出して、アイアンクローを食らわした。あとリエルにも。


「ツンデレのことかー。アンリちゃんは一教えたら十を知る感じだからね! 教育する甲斐があるよ!」


「アンリは笑いのセンスがある。伸ばすべきじゃね?」


 もう一度アイアンクローを食らわした。強めに。




 アンリの交渉が終わったようなので、皆で宿へ移動した。宿に入るとニアとヤトが出迎えてくれる。


「なんだい? 随分大人数で来たね? 今日はアンリちゃんもいるのかい?」


「ニア姉ちゃんの料理は絶品。たまには食べたい。お金は貰ってきた。大銅貨三枚。大金」


 アンリがテーブルの上にお金を置くと、ディアとヴァイアも一緒に大銅貨を置いた。そして、私がリエルの代わりに大銅貨三枚を置く。


「そいつはありがとうよ。じゃあ、皆で食べられるようなものがいいね? ちょっと待ってな。ヤトちゃん、手伝っておくれ」


 ヤトがテーブルのお金を受け取り、ニアと一緒に厨房の方に向かった。


 食事の用意でヤトが手伝えるのか。料理の腕を上げたと見える。是非とも技術を魔界へ持ち帰ってほしい。


 それはともかく、今日の料理は何だろうか? 皆で食べられるものとは一体? 楽しみだな。


「そういえば、村の案内と社会勉強は終わったの?」


 料理のことを考えていたら、ディアに話しかけられた。


「いや、まだだ。午後に畑の方に行くつもりだ。教会は行かなくていいよな?」


 リエルとアンリに聞いてみる。


「そこは俺が寝泊まりしてるから行かなくていいぜ。でも、寄付はしてくれ。年中無休で受け付けてる」


「女神教は駄目な組織だから行かない。司祭様はいい人なのに」


 それを聞いたリエルが「女神教はともかく、俺はいい人だぞ!」とアピールして、ディアは「さすがアンリちゃん! 分かってる!」と褒めたたえていた。


 しかし、聖女が間接的に女神教を駄目な組織と言っている。いいのだろうか。敵対組織だけど、なんとなくかわいそうになる。


「リエル、どうして聖女をやってるんだ? どういう基準で選ばれたのかわからん。もしかして自薦か?」


「俺も知らねぇよ。異端審問で捕まった後、新たな聖女になってくれって頼まれただけだから。治癒魔法が上手かったからじゃね?」


 新たな聖女ってことは以前の聖女がいるのか? こんなのが二人いたら嫌だな。


「リエルちゃんを捕まえた時、前任の聖女が教皇になった直後だったんだよ。丁度、聖女枠が空いてたんだよね」


 女神教の事ならディアも詳しいのかな? だが、聖女って枠扱いなのか? 四賢枠?


 しかし、今の教皇というのは、聖女をやっていたのか。もしかして、リエルが未来の教皇? ほっといても女神教は潰れるんじゃないだろうか。


「あー、確かそんなこと言ってたな。そんな事よりも、『聖女になったらモテモテですよ!』とか言っておきながら、いざなってみたら男と付き合うのも結婚も駄目って言うんだぜ? 詐欺だよな?」


 契約書を読まないからだ。でも、リエルはそれを守ろうとしてないよな? 牢屋でいきなりノストに結婚を迫ったし。


「聖女を辞めればいいんじゃないか? もしくは女神教を辞めるとか」


「やめるって言ってもやめさせてくれねぇんだよ。そういう事もあってこの村のシスターを買って出たわけだ。いわゆる脱走だな」


「まさかとは思うが、爺さんの後ろ盾になったのは聖女を辞めるためじゃないよな? ……なんで目を逸らした。こっち見ろ」


 なにか理由があるとは思っていたが、そんな下らん事だったのか。女神教を潰すのは私利私欲のためか。爺さんが哀れで仕方がない。


「爺さんには言うなよ? それも理由ではあるけど、女神教が駄目だと思っているのは間違いねぇんだからよ」


「リエルちゃんはそういう人だよね。知ってたよ」


「リエル姉ちゃんは、悪い人でもないけど、いい人でもなさそう。要注意人物」


「え、えーと、リエルちゃんは治癒魔法がすごいよ!」


 ヴァイアはいい奴だな。だが、無理して褒める必要はないぞ。つけあがるから。


 リエルがすがるような目でこっちを見ている。もしかして、フォローを期待しているのだろうか。明らかに人選ミスだと思う。私がリエルを褒めることはない。とどめを刺すぞ?


 とは言っても、アンリが言ったように悪い奴じゃない、気がする。ただ、自分の欲望に忠実過ぎるんだよな。それを抑えて黙っていれば完璧なのに。


「何も言わずに微笑んでいれば完璧だと思う」


 フォローにはならんが、こんなものだろう。


「フェルも女神教の奴らと同じことを言いやがる。そんなのは俺じゃねぇだろ? 嫌われてもいい。本当の自分をさらけ出して生きたい」


「欲望を抑えればモテモテになる可能性があるのにな」


「今日から欲望を隠して真面目に生きる。皆に好かれる聖女になるぜ!」


 その決意がどれくらい持つか話し合ったが、全員一致で一日以内という事になった。せめて本人は二日以上にしてほしかった。


「はいよ、お待たせ。皆で食べられるようにピザにしたよ。種類が違う物をこれから焼いてくるからペース配分を考えなよ?」


 雑談をしていたら、ニアが料理を持ってきてくれた。


 円形の生地にトマトソースが塗られていて、その上でチーズが熱によってとろけている。ほかにも数種類の野菜が乗っかっているようだ。出来立てだからすごく熱そう。猫舌の私にはちょっと辛いかもしれない。


 だが、私のそんな考えをよそにアンリがピザを一切れ取ってから躊躇なく食べた。


「アンリ、熱くないのか? 火傷するぞ?」


「熱いのは慣れてる。アンリには効かない。多分、熱耐性か、猫舌無効スキルを覚えた」


 マジか。麻痺耐性といい、アンリは耐性スキルが多いな。猫舌無効スキルは私もほしい。アンリ母のお茶を飲み続ければ私も覚えるだろうか?


「ヴァイアちゃん、その赤い調味料取って」


「え? これ辛いよ?」


「それがいいんじゃない。火を噴くほど辛い食べ物が好きなんだよね。それに辛い物を食べると汗をかくから痩せるんだよ! ……ヴァイアちゃん、それは掛け過ぎだと思うよ?」


「熱々なのがいいよなぁ。聖女やってると、毒見が必要とかで冷めた料理しかもらえなかったからなぁ。解毒ぐらいできるのにな」


「チーズに隠れていても私の目はごまかせない。フェル姉ちゃん、このピーマンあげる」


 皆、思いのままに食べている。猫舌の私はハンデがあるな。だが、ニアは他にも焼いてくると言っていた。勝負を掛けるのは後半だ。




 三枚目のピザが来たところで、皆はギブアップするようだ。焼肉の時と同じだ。残りは私の独壇場だと言えよう。私無双。


「フェルちゃんはよく食べるよね? いつもお腹すいてるの?」


 ディアに呆れた顔で言われた。私の燃費が悪いと言っているのだろうか?


「そういう訳じゃないのだが、食べると言う行為が好きだな。お腹がすいていなくても食べたい」


「太るよ?」


「それが全然太らん。こっちに来てから結構食べているのだがな。ところで、ヴァイア。なんで私の目の前に石を置いた。何のつもりだ?」


 爆風の魔法が付与されている石だ。当たると痛い。


「フェルちゃんは人界の女性に喧嘩を売ったと思うよ?」


 売ってない。一応、石はヴァイアが亜空間にしまってくれた。威嚇だけだったようだ。目はやる気だったけど。


「魔界の女性にも売りましたニャ」


 だから売ってない。ヤトがコップに水を入れながら、射貫くような視線で見てきた。コップの水がこぼれそうで飲めない。嫌がらせか?


「最近忙しかったから、エネルギーの消費効率が良かっただけかもしれないな。あとは気合だ」


 太ったら魔王様に、もう帰っていいよ、とか言われかねん。注意せねば。


「食べ終わったかい?」


 ニアがテーブルまで確認しに来た。珍しい。どうしたんだろう?


「フェルちゃんに言われていたリンゴの料理、というかデザートが出来たんでね。これから持ってくるから、ちょっと待ってなよ」


 デザートか。しかもリンゴ。ニアが作るなら間違いないだろう。


「お前たちはお腹がいっぱいだろう? 私が食べてやるから安心しろ」


「フェルちゃん、分かってないね? デザートは別腹なんだよ?」


 ディアは体内で空間魔法を使えるという事だろうか? いや、それはないな。


「太るぞ?」


「そんな脅しには屈しないよ!」


「別に脅してない。事実を述べただけだ。後悔しても知らんぞ?」


「後悔するのは未来の私であって、今の私じゃないからね!」


 未来のディアも、今のディアも、同じディアなんだけどな。まあ、いいか。他の奴らからも同じく強い意志を感じるし。


 ヤトが運んできたのは、白というか少し黄色がかったデザートだった。ちょっとひんやりする。


「リンゴシャーベットですニャ。冷たいから一気に食べないように注意するニャ。頭にキーンと来るニャ」


「ヤトは食べたことがあるのか?」


「味見をしましたニャ」


「どんな味だった?」


「夜空に輝く流星のきらめき、それは儚く、脆く、一瞬の出来事ニャ。一言で表すと『切なさ』を感じる味ニャ」


 分からん。ポエムか? そもそも流星を見たことないだろ? 魔界は年中無休で曇りだ。まあいいか。食べれば分かる。


 スプーンですくい、口に入れる。噛む必要は無かった。口の中で溶けた。


 何という事だろう。リンゴが来た、と認識してから数秒でなくなってしまった。喉を通ったという感覚が無い。口の中だけで完結している。まさか幻視魔法? いや、あれは味を再現できない。という事は口の中にあったのは紛れもなく本物か。だが、消えた。密室事件ということだな。


「脱帽……!」


 アンリがスプーンを掲げた。行儀悪いぞ。


「うっわ、これは美味しいね!」


「なんだこれ? 美味すぎじゃね? うお、頭がキーンとする!」


「ルハラでは有名なデザートだよ。でも、リンゴを使ったのは初めてだね。すごく美味しい」


 皆、絶賛だ。かくいう私もな。


「驚いた。美味すぎる。おかわり」


 私がそう言うと、他の皆も空いた皿をヤトに渡そうとした。


「申し訳ないニャ。それはもうないニャ。一度に沢山作れないニャ」


「何でだ?」


「これはヴァイア様が作った冷凍魔道具が必要ニャ。作るのに結構な魔力を使うニャ。それに作っている時は寒いニャ」


「ヴァイア、出番だ。魔力が余ってるだろ? バンバン作れ」


 ヤトは首を横に振った。


「魔力だけじゃ駄目ニャ。料理に精通していないと微妙な調整が出来ずに、タダの固い氷になるニャ」


 それはそれで美味しそうだが、致し方あるまい。


「わかった。次に出来るのを楽しみにしていよう」


 こんなに美味い物が食べられて幸せだ。今日の朝食に黄身が二つあっただけのことはあるな。

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