社会勉強
なぜかアンリがついて来た。
リエルの近くにいるのは教育上良くないのだが。ここはひとつ注意しておかなくてはならないな。
「アンリ、リエルの言動は良くないから注意しろ」
「それは何かのボケなのか? それとも俺に喧嘩売ってんのか?」
「大丈夫。リエル姉ちゃんは駄目な大人。反面教師」
意外と賢かった。流石アンリだ。
「それならいい。だが、ついてくるのは構わないが、遊ぶわけじゃないからつまらんぞ?」
「問題ない。社会勉強」
この村で社会勉強というのはどうなんだろう? まあ、村長も許可を出していたし、問題ないのかな。だが、変な物を見聞きさせないようにしないとな。
よし、まずは冒険者ギルドに行こう。ディアに布を渡して服を作ってもらわないと。そうだ、服と言えば着替えをスライムちゃん達に洗濯してもらう必要もある。急ごう。
「冒険者ギルドに行くぞ。リエル、広場で四つん這いになるな。邪魔だ」
アンリの言葉にショックを受けたのだろう。しかたない、引きずるか。
「たのもー」
冒険者ギルドの扉をくぐると、カウンターにディアがいた。なんだか書類のようなもの書いているようだ。仕事をしている振りか。
「あ! フェルちゃん、いらっしゃい! 待ってたよ!」
はて? 何か私に用だろうか?
「早く達成依頼票を出して!」
そうだった。それがあった。よく考えたら、爺さんから達成依頼票を貰ってない。
「爺さんからまだ貰ってない」
ディアがこの世の終わりみたいな顔になった。まったく責任は無いのだが、なぜか罪悪感がある。
「おー、そういえば、爺さんから依頼票みたいの預かったぜ。これだろ?」
リエルが修道服のポケットから紙を取り出した。そして、ものすごい速さでディアがその紙を奪った。
「これだよ、これ! じゃあ、早速、対応するね!」
紙を魔導金庫に張り付けて、ダイヤルを回す。すると金庫が開いて、袋が出てきた。ディアがその袋を手にすると、不思議そうに首を傾げた。
「どうかしたのか?」
「なんだかすごく軽いんだよね。小金貨九枚と護衛料だから、大金貨一枚にはならないと思うんだけど?」
カウンターで袋の中身を取り出すと、紙が一枚だけ入っていた。どうやら文字が書かれているようだ。
「えーと、読んでみるね?」
紙に書かれていた内容は、簡単に言うと報酬が払えない、ということだった。
報酬は女神教の司祭ファスから支払われる。だが、ファスは犯罪者となってしまったため、ファスに関する金銭がすべて凍結されているらしい。女神教としては、その報酬を肩代わりする気はないとの回答があったそうだ。
また、冒険者ギルドとしても立て替える義理はない。依頼は成功扱いだが報酬はなし。ただ、今回は冒険者ギルドの不祥事もあったので、依頼中にかかった経費や、カードで購入した物だけはこちらで負担する、ということが書かれていた。
全て読み終わったディアが、スローモーションのように立ち上がると、いきなりカウンターを飛び越えてリエルの胸倉を掴んだ。
「女神教はどこまで私を苦しめるの! 報酬がなかったら手数料もないじゃない!」
「俺は関係ないだろ! 本部、本部の奴等だって! 苦しい、苦しい、ギブギブ!」
一番に怒っていいのは私なんだが。しかし、他の奴が自分より怒っていると冷静になるな。
おそらく、謝罪で大金貨を渡したから、それ以上は払わない、とかいう理由なんだろう。ギルドも女神教も大金貨をそれぞれ四枚は払っているからな。謝罪は依頼とは全く関係ない事なんだけどな。
だが、文句を言ってもどうにもなるまい。報酬の小金貨九枚は貰えないが、経費とカードで購入したものがタダになった。これだけでも良しとするしかないな。総額で小金貨一枚にも満たないと思うけど。
「フェル姉ちゃんはタダ働きになったの?」
「そうだな。一応、ギルドが依頼中にかかった経費とかを肩代わりしてくれたので、まったくのタダ働きではないがな」
「冒険者ギルドはちょっとだけスジを通した。でも女神教はスジを通さなかった。女神教は駄目な組織。理解した」
間違ってはいないのだが、社会勉強としては特殊過ぎる事例のような気がする。まあ、いいか。
「ディア、仕方ない事だ。諦めろ」
「せっかく今月の売り上げでランキングの上位に食い込めると思ったのに……」
「げほ、げほ。フェ、フェル! もうちょっと早く止めろよ! 死ぬかと思ったじゃねぇか!」
「いや、私もムカついていたから、ディアにギリギリまでやらせた。私が直接やると危ないからな」
「お前もかよ! 俺のせいじゃないだろうが!」
それはそうなのだが、矛先を向ける相手というのは必要だと思う。女神教の聖女なんかをやっているのが悪い。
「まあ、それはもうどうでもいい。ところでディア、相談があるんだが」
「どうでもいいことで俺は死ぬところだったのか? あん?」
リエルを無視して、亜空間から布と糸を取り出した。それをカウンターに置く。
「布と糸を買ってきた。これで服を作ってほしいのだが」
「リーンの町で買って来たんだ? もちろんいいよ。早速、採寸する?」
「そうだな。出来るだけ早く欲しいから早速頼む」
ディアがメジャーを取り出して色々と測りだした。なぜか、アンリも採寸した。どういうことだろうか?
「なんでアンリの採寸をしたんだ?」
「違うサイズの服かなにかを作って練習するんだよ。アンリちゃんのサイズなら布の切れ端で何か作れるからね」
「テンションが上がってきた」
アンリが木剣で素振りを始めた。何かを作って貰えるのがうれしいからって部屋の中で振り回すな。
「えーと、作るのはウェイトレスの服? それともメイド服?」
「なんでその二択なんだ。今着ているような執事服にしてくれ。ローテーション用に着たい」
「えー? それはつまらないよ?」
「つまるか、つまらないかの話じゃない。客の要望には応えろ。絶対にヒラヒラしたものとかつけるなよ」
「いろんなものを作る練習でもあるから仕方ないね。しばらくは仮縫いさせてもらうから協力してね」
よくわからんが、本格的な気がする。かなり不安だったんだが少し安心した。
「アンリちゃんはどんなのがいい?」
アンリは少し考えるとなにかを閃いた顔になった。
「マントと帽子がほしい。ボスって感じの。色は黒」
「帽子はともかく、マントは切れ端だけで作れるかな? うん、わかったよ。とりあえず、考えてみるね」
ボスって感じ、という部分に突っ込みが無かった。ディアには、すでにイメージがあるのか?
「よーし、今日から早速始めるからね! 二人とも楽しみに待っているといいよ!」
「少し不安な気がするが、よろしく頼む」
「楽しみ」
これで服の依頼も終わった。そうだ土産の事を話しておこう。
「ディア、土産があるのだが、まだ出来ていない。もう少し待ってくれ」
「お土産? 私にあるんだ? 言ってみるもんだね! 何くれるの? あれ? まだ出来てない? どういうこと?」
頭の考えがダダ漏れだ。少し落ち着け。
「裁縫で使うような針を十本だな。ドワーフのおっさんに作って貰う。出来るまで時間が掛かると思うからちょっと待ってくれ」
「そういえば、ドワーフのおじさんが来てたね。ありがとう、フェルちゃん。服を作るモチベーションが上がったよ!」
そうか、それならさらにモチベーションをあげてもらおう。リーンの町で拾った石をやろう。
「これもやる。リーンの町で拾った。モチベーションの糧にしてくれ」
カウンターに石を置いた。ディアがジッとその石を見ている。そして首を傾げた。
「タダの石だよね? なんで拾ってきたの?」
「お土産は何でもいい、と言っていたからこれをあげようかと。なんとなく形がよかったし」
「ボケじゃないんだよね? たまにフェルちゃんのセンスが分からないよ」
そうだろうか。こう、犬っぽい形でいい感じだと思うのだが。
「いらないなら貰う。犬っぽくて素敵。八大秘宝に匹敵する。今日から九大秘宝になった」
アンリは分かってるな。だが、それよりも、アンリの秘宝というのに興味があるのだが、あとで見せてくれないかな。
「なあ、もう、ここはいいから別のところに行こうぜー」
リエルから不満の声が上がった。ついてきただけなのにわがままな奴だ。だが、ここですることは、もうないな。
「そうだな。そろそろ移動するか。あ、いや、待て。ディア、何か依頼はあるか?」
「ないよ」
即答か。まあ、いつもの事だけどな。
「依頼がない冒険者ギルド。ちょっとだけスジは通したけど、冒険者ギルドも駄目な組織だった。理解した」
「待って、アンリちゃん! この村のギルドだけ! 依頼が無いのはここだけだから!」
何のフォローにもなっていない気がする。リエルも笑っているが、女神教も駄目な組織扱いだったぞ?
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