弁償
「ご、ごめんね、フェルちゃん」
「悪気があってやったわけではないと思うから構わん」
悪気があったら胴体に風穴を開けるぞ。しかし、着替えをどうしよう。とても嫌だがウェイトレスの服しかないか。今度、別の執事服を用意しないとな。そういえば、ディアは裁縫が得意なような気がする。なんとなくあいつには頼みたくない気がするのはなぜだろう。
「とりあえず、魔道具を作ることが出来るのは分かったな?」
「うん! うん! 直接魔法は使えないけど、魔道具を作って魔法を使うから、私にとっては魔法を使えるのと一緒だよ!」
そうなるのか? それでいいなら、構わないけど。
「一応言っておくが、ヴァイアの魔法付与のスキルはレベルゼロだ。才能があるだけで、何もしなければレベルは上がらない。頑張って訓練するんだな」
「よくわからないけど、レベルゼロってなんなのかな?」
「レベルというのは熟練度みたいなものだ。レベルゼロは簡単に言うと才能はあるが未熟、という状態だな。今回は一回で成功したが、本来は失敗もする。レベルを上げれば成功率も上がるから、何回も魔法付与を使うといい」
「そうなんだ」
「今は簡単な魔法しか付与できないが、レベルが上がれば高度な魔法も付与できるぞ。その分、媒体も魔力強度の高い物じゃないと厳しいがな」
「うん、分かった。寝る間を惜しんで頑張るよ!」
まあ、頑張れ。そう簡単にレベルは上げられないけど、ヴァイアの他スキルを見ればどうとでもなると思う。
「じゃあ、私は宿に戻る」
早く戻って着替えたい。お気に入りの服だが、さすがに鼻水が付いた服を着ていたいとは思わない。
「うん、私はここで魔法付与の訓練をするよ」
「わかった、じゃあな」
「あ、フェルちゃん、その……ありがとう」
「なんの礼かわからんが、ヴァイアがそのスキルを持っていたことなら、私は関係ないぞ」
「そういう才能があることを知らなかったんだから、教えてくれたフェルちゃんには感謝しかないよ」
そういうものか。まあ、感謝されるのはいい気分だ。
「そうか、ならお礼は食べ物でいいぞ。リンゴが好物だ」
ヴァイアと別れて、宿に戻ってきた。早く部屋で着替えよう。自分の鼻水だって嫌なのに、他人の鼻水はもっと嫌だ。
「フェルちゃん、どうだった――汚い!」
ディアが親指を立てて腕を胸の前で交差し「バリア」とか言っているが、魔法障壁とか張られてないぞ。
「ヴァイアに泣きつかれた。だが、問題は解決した。ちょっと着替えてくる」
部屋に戻ってジャケットを脱ぐ。よく見ると被害はジャケットだけだ。ならウェイトレスの服はやめて、ジャケットを脱いだだけにしておこう。よし、スライムちゃん達に洗濯を頼むか。
亜空間から呼び出して、洗濯を依頼したらジャケットをもって部屋を出て行った。なぜ外に行くのだろうか。ここでやればいいのに。
食堂に戻ってくると、ディアとニアが待っていた。お前ら仕事は良いのか? とくにディア。
「で、どうなったの?」
「ヴァイアは魔法を使えないが、魔道具を作るスキルがあった。それを説明したら泣きついて来たから服が汚れた」
「本当なのかい?」
「本当だ。あの汚れは私のではなく、ヴァイアの鼻水だ……違う? ああ、魔道具の方の話か。それなら出来ることを確認した。今は川の近くで魔道具を作る練習をしている。本人は直接魔法を使えなくても、嬉しそうだったからこれで解決だ」
「ヴァイアちゃんには元々才能があったってことなのかな?」
「違うな。魔法付与も瞬間スキル発動もレベルゼロだった。あれは後天的に覚えたスキルだ。どんな条件かは分からないが、魔法が使えないから色々試しただろうし、何度も魔法を使おうとしたのだと思う。それがあのスキルを手に入れたきっかけだな」
生まれた時から持っているスキルならレベル一以上はある。レベルゼロということなら生まれた時にはなかったから、あとからスキルが開花したんだろうな。
「そっか、それならヴァイアちゃんのやっていたことは無駄じゃ無かったんだね」
そうなるのか。魔法行使不可を持っているのに魔法を使おうとするなんて無駄だと思っていたが、そう考えると無駄じゃ無いのかもしれないな。
「まあ、なんにせよ、あの子が元気になるならよかったよ。私からも礼を言わせておくれ」
「礼なんていらん。本人にも言ったが、スキルを見ただけでスキルそのものに私は関与していない。ヴァイアが努力して身につけたものだ」
「それでも、さ。ありがとうよ」
頭を下げられた。そうしたいのならそれでもいいけど。
「じゃあ、私は仕事に戻るよ。ああ、それと今日は仕事を休みなよ。夜盗退治で疲れているだろ」
休みか。夜盗退治でお金もいっぱいあるし、今日ぐらい休んでも良いよな。ヤトもいるし問題ないだろう。
「うちの売り上げが減っちゃうよ……」
それは知らん。
「フェル様、今ちょっといいかニャ」
ちょっと離れて立っていたヤトが近づいてきた。
「どうした?」
「色々忙しかったようなので、頼まれていたものを渡し忘れていたニャ」
ヤトが亜空間から鍬を二本取り出した。あと袋を二つ出してテーブルに置いた。
そうだ、忘れていた。魔界から持ってくるように依頼したんだった。
「鍬が二本と、種が二種類ですニャ。種はそれぞれ百粒ずつありますニャ」
結構あるな。畑に植えきれるだろうか。いや、まずは少しだけ植えて様子を見てから沢山植えるか。
「うむ、ご苦労。ところで種は何の種だ? ジャガイモとかか?」
「マンドラゴラとアルラウネですニャ」
アイツらって食えるのか? 片方は抜くときに大音量で叫ぶから近所迷惑だし、片方は水の代わりに血を上げないと育たないのではなかろうか? まあ、実験的に植えてみるか。ダンジョンの畑と違ってこちらの畑なら抜くときに叫ばなかったり、水だけでも育ってくれるかもしれない。
でも、ここの畑で育てていいのかな? 怒られたりしないだろうか。あとで聞いてみよう。いや、鍬も弁償しなくてはならないから今から届けるか。
宿の外に出ると、スライムちゃん達がその場で右に回ったり左に回ったりしている。なんの踊りだろう。
「洗濯中です」と答えてくれたが、服を体内に取り込んで、左右に回るのが洗濯なのだろうか。
目が回らないか聞いたが問題ないらしい。というか、目っぽいだけで、目じゃないそうだ。目がないのにどうして幼女の形をしているのだろうか。それが不思議だ。まあ、止める必要もないので、好きなようにやらせてみよう。服が綺麗になるなら問題ない。
畑では皆が今日も頑張っているようだ。この辺りは魔物が多いのか、畑の作物を狙う奴らが沢山いる。そいつらを追っ払ったり、退治したりするのがメインだから大変だな。案山子を増やしてやった方が良いのだろうか。スライムちゃん達にやらせてみるか。
「おや、フェルちゃん、どうしたんだい?」
「鍬の弁償をしたい。同じものではないが、魔界から持ってきてもらった。受け取ってくれ」
「古いものだから、わざわざ弁償しなくていいと言ったのに。でも、ありがとうよ」
渡した鍬をまじまじと見ている。どうしたのだろうか。魔界の開発部で作成した逸品だぞ。あいつらは凝り性というか頑固というか、妥協がない。その鍬も頼んだら直ぐ用意したようだが、性能は高いと思う。
「……フェルちゃん、この鍬なんだけど」
「安心しろ、呪われたりしない」
「桶と柄杓を渡していた時もそんなこと言っていたね。魔界には呪われたものが多いのかい?」
「まあ、多いかな。なんかそういうものを持つと気持ち悪くなる。私は経験がないが二日酔いと同じぐらいだそうだ」
「微妙な呪いだね。呪いの心配はしていないよ。聞きたいのは金属の部分だね。なんか薄く光ってないかい?」
「ああ、ミスリルだからな」
魔法金属ミスリル。魔力を流すと切れ味が良くなったり、魔法威力を上げたりする、すぐれものだ。鍬で魔力を通す必要はないかもしれないが、ミスリルを使ったおかげで便利なスキルもついている。大地活性力上昇とか、疲労回復とか、ミミズ特攻が付いてる。あれ、畑のミミズって倒して良いのか。ビッグワームは退治していいよな? モグラも倒してもよさそうだけど、よくわからんな。
「私としては結構いい出来だと思うのだが」
「出来がいいというか、良すぎるね。ミスリルって鍬に使うものかい?」
人族を襲っていた頃に手に入れた武器や防具を金属に戻したものを使ったのだろう。他人が使っていたものをそのまま使うのに抵抗があったので、金属に戻したと聞いたことがある。個人的には鍬に使ってもいいと思う。どうせ魔界じゃ使い道がなかったし、いまさらほかの金属を使ってくれというのも開発部に言いづらい。
「余っていたから良いと思うぞ。とりあえず、それで思うがままに耕してくれ。何かあれば修理とかするから」
「ああ、そう……なのかい? いや、うん、ありが……とう?」
疑問形でお礼を言われたが、弁償なんだから気にしなくていいのにな。おっと、種のことを聞いておこう。
「魔界から種も送られてきたのだが、マンドラゴラとかアルラウネを植えても良いか」
「それが何なのか知らないが、魔界の食べものかい? まあ、貸した畑は好きに使ってくれて構わないよ」
「そうか、分かった」
とりあえず植えておこう。また、スライムちゃん達に豊穣の舞を踊ってもらうかな。
ヒマワリは順調に育っているようだ。なんか、芽が微妙に動いている気もするが気のせいだろう。今日は朝に水を撒いてないから、今やっておこう。立派に育てよ。
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